「―――まぁ、こんなものか」
磨き上げていた竜の骨を見る。矢に加工されたそれは通常の木材等では再現できない量の神秘を保有していた。名付けるとして、竜骨の矢とでも呼ぶだろう。砦から離れる前に回収したワイバーンの分、そして夜中、立香とマシュが睡眠中の間に殺して回収したワイバーンの骨はこれで全て加工が完了した。横を見れば作業に参加してくれていたエミヤも作業を終わらせており、その対面側には短刀で竜骨の矢にルーン文字を刻む、カルデア帰りのクー・フーリンが見える。霊核がカルデアにあるからすぐさま復活できるという訳ではなく、ある程度、それこそ数時間という時間を必要とする。
逆に言えば数時間で霊体を崩した英霊を再生できるカルデアのシステムが恐ろしいとも言えるのだが。ともあれ、おかげで矢に加工するだけの筈が、一級品の魔術礼装と化した。改めてクー・フーリンとエミヤへと向けて、頭を下げる。今は謎のヒロインZとジャンヌが警戒で周囲を見ているので、この場には二人がいない。
「すまない、助かった」
「どうせ夜は俺ら眠れねぇしな。気にする必要はねぇよ。警戒するついでに暇を潰せるからな」
「戦略的に有用な道具だ、手間を惜しむのは間違いだろう? ……しかし同属相殺か、面白い概念をアヴェンジャーという存在は保有しているのだな」
エミヤの言葉にそれは、と置く。
「俺が純粋な意味でアヴェンジャーなのが理由だろう。言葉にしなくても大体解るだろう? 俺が
「故に同じものをぶつける事で殺しあえる、という事か。なるほど。確かにそれならば大量のワイバーンを討伐するのにこれ以上便利な武器もないだろう。一匹の死骸から数十匹を殺すだけの材料を生み出せるのだから」
コクリ、と頷く。同情も見下しもせず、何も言わずに話を流してくれた二人の存在はありがたかった。下手に反応されて、あまり関係を拗らせたくはない―――故に英霊相手にはある程度、隠すことはしない。おそらくそんなことはなくても勝手に察するだろう。だが立香とマシュは駄目だ。あの二人はまだ心が子供だ。おそらくカルデアに対して不信を抱いてしまうだろう。そうすればまともに戦えるかどうか解らない。だから、
『―――黙っておくのね? ふふ、優しい優しい復讐者様』
後ろ、抱き着いてくる妖精の暖かさを感じながらも、それを無視し、作業を終わらせた矢を束ねて矢筒の中にしまう。これ一本でワイバーンを相殺、つまりはトレードで殺せる。英霊のような神秘の塊になれば話は違うが、ワイバーンのような自分よりも格下の存在であればそれぐらいの理不尽は通るだろう。ともあれ、これで竜骨の矢は完成された。属性は竜と骨、つまりワイバーンだけではなくスケルトンにも通じる。
ぶっちゃけた話、自分はこれなしでも十分ワイバーンを殺せる。ただ備えあれば憂いなし、とも言う。強力な神秘を宿した相手がいた場合、用意しておいた方が何事もはるかに便利だったりする。何より、最悪の場合はマスターが―――つまりは立香が使う事もできる。
この通り、道具はあるだけ便利だ。それだけとれる選択肢が増えるのだから。そしてそれを作るのが自分の仕事だと思っている。そう判断し、しまいながら次の作業へと入ろうとすれば、近づいてくる気配を感じ取る。気配の方角へと視線を向ければ、林を抜けて謎のヒロインZとジャンヌが見せてくる。静かに警戒を解除しながら、戻ってきた二人に頭を下げる。
「ただいま戻りました。多少の魔性と接敵する事はありましたが、殲滅してそれで終わりです」
「それ以外には特になにもありませんでしたね。いやぁ、いつになったらロンゴミニアドぶっ放せるんですかね」
「一生撃つ機会がない事を祈ってる。切実に」
「えー……」
心底残念そうな表情を浮かべた謎のヒロインZを無視しながら、空を見上げる。もう夜を抜けて朝日が昇り始めている。時期にワイバーン達も活動する時間になってくるだろう。それを察してかエミヤが簡易的な調理セットを投影で取り出し、それで立香たちの朝食を作り始める。旅のための準備を刻々と進めていると、やがてエミヤの作る朝食の匂いに誘われてかマシュが、そして立香が目覚める。
「あいててて……首がちょっと痛いなぁ……」
「はっはっは、まぁ、坊主はどう見てもサバイバルに慣れてるってツラじゃねぇからな。繰り返してりゃあそのうち慣れらぁな」
首を抑えて回す姿をクー・フーリンが見て笑い、エミヤがボウルの中に作り立てのスープを注ぐ。
「さ、一日の元気は栄養のある朝食から始まる。マシュもマスターもアヴェンジャーもしっかりと食べ、今日を戦い抜く力をつけるといい―――ところでアサシン、君の持っているその空の鍋はなにかな?」
「もちろん私の朝食じゃないですかやだー」
謎のヒロインZ、朝食の場から見事蹴りだされる。そんな光景を見てジャンヌは口元を隠しながら笑い声を零し、マシュも立香も堪え切れずに笑い声を零していた。空気は悪くなかった。あとはこの状態で今日はどこまで進めるか、というだけの話だった。
―――特異点・オルレアン、探索二日目が開始する。
「ここから南下するとラ・シャリテへと行きます」
山沿いに、森の外側を歩きながらジャンヌが道を先導し、説明してくる。
「竜の魔女ジャンヌがオルレアンを拠点としているなら、一番近くで情報収集できる街がラ・シャリテになるでしょう。次にパリ、或いはティエール。とはいえパリは近すぎますし、ティエールはやや離れています。そう考えるとやはり情報収集はラ・シャリテが一番適切でしょう」
「流石ジャンヌ。フランスの地理ならお手の物だね」
立香の言葉にいえ、とジャンヌが頭を横に振る。
「私も一応フランスの軍属に所属していましたから。これぐらいは出来ませんと」
「―――と、そうでした」
マシュが歩きながら首をかしげる。ジャンヌ以外の英霊達は基本的に節約と相手を油断させるために姿を霊体化させて隠している。そのため、今明確に姿を出して歩いているのは肉体のある三人に加え、ジャンヌだけとなる。そんな中、マシュはジャンヌに聞きたいことがあるようだった。
「私はずっと気になっていたんですけど、ジャンヌ・ダルクの戦いと啓示、それは本当はどうだったんですか?」
『お、それはボクも気になるかな。結局、君は本当に神の声を聴いて戦ったのかい?』
「あ、やっぱり後世では疑われていたんですね。納得と言えば納得なんですけど、ちょっと複雑な気持ちですね……」
神の声を聴いたジャンヌ・ダルクはフランス軍を快進撃へと引っ張り出した、というのは有名な話だ。そして事実、ジャンヌには啓示のスキルが存在する。つまり彼女は本当にどこからか、声を聴いて実行に移すことができるのだ。聖女としての資質、素養を満たしているのだ。
『遥か昔に神々との決別の時代を迎えてからも神々からの啓示を受ける
「ドクターって無駄に話が長い上に薀蓄を垂れ流すの好きだよね」
『立香くんって意外と辛辣だよね……!』
小さな笑い声が道中に咲いた。それを受けてジャンヌはそうですね、と声を零した。
「私も……色々と最初は驚きました。最初はただの村娘でしたからね、私も。ですけどある日、直接脳に、そして心に響くような声が聞こえたんです。私はそれが即座に運命だと悟りました。その瞬間から私は村娘としての生を終え、ジャンヌ・ダルク―――戦の聖女として立つ事になりました。その果てにあの結末を私は迎えてしまいましたが」
そうですね、と再びジャンヌが言葉を置いた。
「そこに後悔がない、と言えば嘘です。ですが完全に私の人生が悪かったかどうかと言えば―――そんなことはありませんでした。私は私の人生を、全う出来たと信じています」
「あまりの聖女力にちょっと漂白されそう―――謎のヒロインZが」
霊体化を解除して謎のヒロインZがもがき苦しんでいる。お前のキャラクターは大丈夫なのか? と思わず質問したくなる光景だったが、足元、妖精の形をしているこちらの影がねぇ、と言葉を放ってくる。
『聖人としての大先輩のお言葉よ。何かしら感じ入るものはあるのかしら?』
―――特にない。
『あら、そう。早く思い出せるといいわね?』
「フォーウ!」
フォウがマシュの肩から飛び降り、こちらへと移動し一気に肩の上へと飛び乗ってくる。今までしたことのない動きに軽く驚きながらもそれを受け入れ、そのまま前へと向かって歩く。妖精が災厄の猫と呼んだフォウがいる間は妖精が酷く大人しいので、実際に助かる。特に最近は妙に脳髄が痺れるように話しかけてくる事がある。
「―――待て」
霊体化していたエミヤが姿を唐突に見せながら足を止めてくる。その視線は道の先、遠くへと向けられている。おそらくは千里眼のスキルが発動しているのだろう。自分も義眼の望遠モードでエミヤと同じ方角へと視線を向ける。
遠くへと視線をフォーカスさせて見えてくるのは
―――それはラ・シャリテと呼ばれる町の、それは燃え上がる姿であった。
「ラ・シャリテが燃えている」
「敵は節操なしか! マスター!」
エミヤの声に立香が頷いた。
「クー・フーリンはいちばん足が速いから先行偵察をお願い! 謎のヒロインZも一緒に! エミヤは一歩下がってカバーお願い! マシュとジャンヌは俺と一緒に、アヴェンジャーさんは俺を運んで! ……こんな指示で大丈夫?」
「素人の判断としては上出来だ!」
「んじゃ一番槍貰うぜ」
直後、クー・フーリンが風となった。閃光の如く一気に大地を蹴って駆けて行く。その姿を追いかけるように謎のヒロインZも一気に大地を蹴って加速し、エミヤも遅れてラ・シャリテへと向かう。その間に立香を片腕で俵を担ぐように拾い上げ、
―――サーヴァントの速度で一気に駆け出す。
もはや破滅の予感しか存在はしなかった。しかし全速力で駆け抜けて行く景色の先、段々とだがその光景が目に入ってくる。
ラ・シャリテは燃えていた。それも地獄と呼べるような酷さを持って。冬木の時はすべてが
―――臭いだ。
鼻の奥に突き刺さるような焼けた臭い。肉が焼け焦げた臭いだった。だがそれだけではなく、明確に腐臭が織り交ざっており、言葉では表現のできない吐き気を催す空気がラ・シャリテからは漂っていた。
それを尊重しよう。
故に足を止める事無くそのまま全速力でラ・シャリテへと飛び込み、
地獄を見た。
「酷い……」
ワイバーンが人を食っていた。鋭い牙で内臓を食いちぎりながらまるで好物を前にする犬の様な態度で、しゃぶりついて嬉しさを見せていた。それがラ・シャリテの至るところで発生しており、パーティーにあぶれたワイバーン達が空から新たな餌の登場に歓喜の声を漏らしながら徐々に姿を近づけてくる。
食い散らかされなかった人々はアンデッドとなって街中を闊歩しており、新たな仲間を増やすために徘徊し、そして最終的にこちらの姿を見つける。
それは徹底した破壊だった。見ている限り生存者はなく、命の気配なんてものは存在しなく、そしてそれを肯定するようにロマニの通信が入った。誰も生きてはいない。ここはワイバーンの餌場だった。ラ・シャリテという町はもう、既に存在してなかった。その事実にジャンヌが完全に動きを停止させていた。
そんな地獄を前に、マシュも立香も必死に吐き気を堪える様に口元を抑えていたが、
己は逆に、
『―――
……懐かしさを、感じていた。そう、俺はこういう景色を良く知っている―――。
英霊達が割と真面目にギャグってるのはそこらへん、ギャグったままいつも通り戦闘スペックを発揮できるからという点にある。連中は戦いと日常が完全に融合しているので、ギャグりつつフルスペックで戦えるのだ。
つまりしゅらどー、しゅらどーの住人なのだ。
オルレアン読み直してて思ったけど立香、こういうシーンでも吐いたりすること1回もねぇんだよなぁ。やや人間味に欠けるので色々と追加。