Vengeance For Pain   作:てんぞー

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竜の土地 - 3

 大戦斧を回転させながら飛び上がり、正面に見えたワイバーンの頭に刃をめり込ませる。一撃で絶命するワイバーンの頭を鞘代わりに大戦斧を変形させ、その姿を刀へと変える。そのままそこから射出するように素早く刀を加速させながら振るい、屠った隙をうかがっていたワイバーンの首を二つ切り落とす。そのまま走り抜けながら素早く刀をエーテライトワイヤーへと変形、素早くそれを広げながら振るい、飛行するワイバーンの背中へと飛び移る。

 

「死ねぇ……!」

 

 回転するように滑り落ちれば、広げたエーテライトの網が一気に足場に使ったワイバーンを起点に締り、そして締め上げる。ワイバーン数体を巻き込んだワイヤーは首を締め上げたところで動きを止めることなく、神秘に対する特攻機能を果たしながらあっさりと鱗を貫通して食いこみ、

 

 ブレスを吐かせる事もなくその首を一気に切断した。

 

「ほーれ、次行くぞ!」

 

 声が聞こえた。振り返れば凄まじい速度で飛行するワイバーンの背中に立ったランサーが視線を向けることもなく朱槍を通すように心臓に突き刺し、一切動きを止める事もなく、滑らかな動きで通り過ぎながら次のワイバーンへと跳躍し、その横を抜ける、あるいは足場にする度にあっさりと一撃で屠っていた。影の国の女王スカサハから学んだ影の国の技の数々、そして鍛え上げられた戦士としての技能、それはもはや一つ一つの動きが魔技として昇華されている領域にあり、現代の生きている人間では決して真似のできない領域にある。

 

 それは才能だけでは決して届かない領域。天性とも呼べる才能の中でも選りすぐりの者に最高の師を与え、そして過酷な環境と人生を与え、そして腐ることなくその一生を戦いで彩って、それで漸く到達できる領域にあった。人間が、現代の人間がこれに勝利する? 夢物語もいい事だ。人類の英知を合わせ、徹底した経験と技術のインストールを行っても、この鍛え上げられた神話の武威に届く訳がない。

 

 もしそれに届く、或いは倒せるような存在が現代にいるのであれば、そいつは恐ろしく生まれから真っ当じゃないだろう。

 

 しかし―――この場では頼りになる味方だ。

 

 エミヤも、謎のヒロインZも、クー・フーリンもその名を神話に残した英雄である―――たとえサーヴァントという形で召喚されているが故に弱体化していようとも、本人が保有していた技術や経験までは腐らない。エミヤが矢を放てばワイバーンを貫通して三体まとめて落ちる。クー・フーリンが跳躍し、槍を振るえばまるで糸を失った人形のようにワイバーンが落ちる。そして謎のヒロインZの槍は神秘の塊、格が違う。槍に触れた瞬間から蒸発するようにワイバーンの姿が消し飛ぶ。

 

 人間がワイバーンを蹂躙している。

 

 その光景をフランス兵達がまるで夢のように眺めており、

 

 ―――四十を超えるワイバーンの群れはたったの一匹とて、砦に到着する事もなく蹂躙して消滅した。

 

 残されたのは大量のワイバーンの死骸だった。

 

「……戦闘終了、お疲れ様です皆さん。死傷者0、完璧な戦闘でした」

 

「英霊である以上これぐらいは当然だ。聖杯に選ばれた英雄がよもやワイバーン程度に手古摺る訳がなかろう?」

 

「かぁー、良く言うぜこいつ」

 

「いやぁ、ヘラクレスにワンパンで瀕死になってたモヤシが良くぞここまで進化しましたね……もしかして、通信交換ですか? 通信で進化しました?」

 

「ヘラクレス相手なら英霊だろうとそうなるわ! というか貴様はどれだけ俗世に染まってるんだ」

 

 口は軽く、動きも力が入りすぎていない―――だが警戒は怠っていない。意識はまっすぐ、突如として出現した金髪の旗持ちのサーヴァントへと向けられている。戦闘中フランス兵を鼓舞した彼女は後方から兵を叱咤し、此方の邪魔にならないように兵を動かし、被害を最小限に食い止めた。その動きは実に見事だが―――所属不明のサーヴァントだ、警戒は抜けない。

 

 だが何かをなす前に。

 

「―――ジャンヌ・ダルク!! 竜の魔女だ!!」

 

 フランス兵がそう叫び、直後、逃げ出した。ワイバーンが死に絶えた事でようやく恐怖から解放されたのか、今まで指揮されていた事を忘れて、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出し、砦の中へと走りこんでいった。それはどこか、哀れにも見える光景であり、ジャンヌ・ダルクと呼ばれたサーヴァントはどこか、悲しそうな表情を浮かべていた。

 

「君は……ジャンヌ・ダルク?」

 

 立香の言葉にジャンヌが頷いた。

 

「はい、私はジャンヌ・ダルク。此度はルーラーのクラスで現界を果たしたサーヴァントです……ですが―――ここで話すのは彼らにも辛いでしょう。場所を移しましょう」

 

 エミヤの視線がこちらへと向けられた。警戒はしておけ、という意味が込められているのを察し、霊体化する英霊達を見送りながら歩き出す立香やマシュを追いかける。ルーラーという特殊クラスに現界したジャンヌ・ダルクを加え、

 

 南へと向かって移動を開始する。

 

 

 

 

「―――これぐらい移動すればいいでしょう」

 

 砦から移動してしばらく、森近くで一旦足を止める。道中、多少の幻想生物、ジャンヌが魔性と呼ぶ、原生の生物が出現したが、英霊に匹敵するような存在はなく、あっさりと撃退することに成功した。段々とだが空は暗くなり始めており、そろそろ野営地の確保も必要だった。今日はここで野営をするか、とジャンヌのほうへと視線を向けながら移動の計画を立てる。

 

「それで……改めて聞くけど君がジャンヌ・ダルクでいいんだよね?」

 

「はい、私がジャンヌですが……少し前に現界されたばかりで、竜の魔女と呼ばれているジャンヌ・ダルクとは別人です」

 

「―――嘘は言っていません(≪直感:真偽看破≫)ね。少なくとも本人はそう信じています」

 

 謎のヒロインZが腕を組みながらそう言うとそのまま霊体化して姿を消した。予想以上に便利な奴だと思いながらもややあっけにとられているジャンヌに先をどうぞ、と立香が言葉を進めてくる。あ、では、とどこか腰を低くしながらジャンヌが言葉を続ける。

 

「フランスは現在シャルル7世が竜の魔女と呼ばれるジャンヌ・ダルクによって殺害されたことによって酷く荒廃しています。彼女は大量の竜を召喚し、そして使役すると嬲る様にこのフランスを蹂躙しています。この状況でイギリスが乗り込んでくるのかと思いましたがもはやそういう領域を超えていると……現在オルレアンを占拠し、それを拠点に活動しているとだけは解っています―――私は彼女を止めなくてはいけません」

 

 ジャンヌの言葉にロマニの通信が割り込む。

 

『話の途中ちょっと失礼……カルデアの記録にもかつて同一の英霊が聖杯戦争で同時に召喚されたというケースは確認されているよ。非常に珍しいケースなんだけどね。だけどそれとは別にジャンヌ・ダルクがまるで復讐するかのようにフランスを襲うというのもある程度は納得できるものがある』

 

「それは―――」

 

「―――オルタ化、であろう?」

 

 ロマニの言葉を引き継ぐようにエミヤが出現した。

 

「私が経験した……或いは記憶している冬木の聖杯戦争でも発生したことのある出来事だ。英霊のアライメントの反転現象とも言える事だ。或いは暗黒面の拡大化、ともな。そら、貴様はその道のプロフェッショナルであろう?」

 

「は? 何を言っているかちょっと解らないですねぇ……私はオルタ化のプロフェッショナルならぬ騎士王とは全く違う生物ですし。それはそれとして、歴戦の超一級ギャラクティックでユニバースな英霊の話をさせてもらいますが、割と真面目に何考えてんだこいつ? ってレベルでぶっ飛ぶ場合があるのでオルタ化には注意しましょうね。いや、マジで。アレって結局はマスコミが報道したい所のみを報道するのと同じ原理ですから。誰だ我が王は貧乳だけをピックアップした存在とか言ってるのは。ぶち殺すぞランスロット」

 

「名指しはやめたまえ」

 

 相変わらずエンジンを吹っ飛ばすような勢いの謎のヒロインZをエミヤが窘める。その光景や発言を良く理解できていないのか、ジャンヌが頭の上にハテナを浮かべて首をかしげる。なので立香がえー、と声を零す。

 

「ジャンヌさんはさ、フランスを憎いと思った事ある?」

 

「いえ、そんな事はありません!」

 

 うん、だろうね、と立香は頷いた。だけどきっと、と言葉を付け加えた。

 

「ジャンヌさんのどこかにきっとほんの少し、99.9%の善意の中に0.1%の恨みがあったかもしれない。それだけを抽出されたのがジャンヌ・ダルク・オルタ……って存在だって言いたいんじゃないかな、アルトリアさんは」

 

「はい、そこ。私はアルトリアとかいう美少女じゃないんで注意してください」

 

 笑顔でそう言う謎のヒロインZに対していやいや、とクー・フーリンが声をこぼしながら苦笑し、呟く。

 

「お前美少女って年齢じゃねぇだろうがはぁっ―――」

 

 問答無用でロンゴミニアドのスイングがクー・フーリンを捉えた。そのまま大地を転がり、クー・フーリンの動きが完全に停止した。そしてそこに追撃するようにもう一本のロンゴミニアドが投擲され、クー・フーリンが死んだ。光の粉へと変形しながらカルデアへとクー・フーリンが帰還されて行く。その光景を全員で無言のまま眺めてから、謎のヒロインZが口を開く。

 

「ランサー……敵の高度な罠に引っかかってしまって……」

 

「カルデアで召喚された英霊が復活可能なシステムじゃなかったらお前許されてないからな」

 

「というか追撃の投擲は確実に殺すつもりで投げていませんでしたかアレ……?」

 

『ボクが言うのもアレだけど緊張感ないよね。一応これでも人理を救いに来ているのに』

 

 ロマニでさえどこか呆れるような空気を持っているが、ジャンヌは目の前の光景が理解できずにどこかわたわたしている。先ほどまでは悲愴な雰囲気が張りつめていたが、それを一瞬で謎のヒロインZが粉々に砕いた―――エミヤも謎のヒロインZに怒っているようには見えるが、本気ではないのが見える。謎のヒロインZの今の動きもかなりわざとらしさを感じたし、ランサーの犠牲は忘れるとして、空気を軽く変える為に一芝居打ったのだろうか。

 

 ランサーの犠牲は忘れるとして。

 

『まさか世界救済の旅がギャグ満載になるとは思わなかったわ。録画したーい! 凄く録画したーい! で、全部終わって冷静になった王様に見せたい』

 

 やはり一番の畜生っぷりはこの妖精が見せている気がする―――ともあれ、

 

「あれこれ悩んだところで今、一番必要なのは情報収集だろう。ジャンヌ・ダルクは竜の魔女を止めたい。我々カルデアはフランスを元の形へと戻したい。互いに望みは一致している。ここは個別に動くよりも一緒に動いたほうが得だと思うが……?」

 

 視線を立香へと向ける。最終的な判断は彼のものであり、立香は頷き、手を伸ばした。

 

「―――ジャンヌさんみたいな人と協力ができれば物凄く心強いと思う。一緒にフランスの問題を解決できないかな」

 

 立香の言葉にジャンヌが僅かに頬を赤らめながら咳払いをし、立香の手を握り返す。

 

「私のようなサーヴァントでよければ。共にこの国を救いましょう、マスター」

 

 横にいるマシュが少しだけ、不服そうな表情を浮かべている―――たぶん、本人でもその感情が理解できないのだろう。ジャンヌとの握手が終わったところで即座に飛びつくように話しかける姿が見える。まるで子犬の様な少女だと思い、軽くため息を吐く。

 

「アレは将来苦労しそうだな……いや、この先で苦労するな」

 

「フォフォーウ……」

 

 足元を見れば納得するような声で鳴いたフォウの姿が見えた。なるほど、お前もそう思うか、と立香とマシュを眺めながら見ていると背後から英霊組の会話が聞こえてくる。

 

「おや? どうしたんですかアーチャー? ん? なんかまるで思い出したくない過去を思い出すかのような表情を浮かべてしまって。あ、そういえば可愛い子は好きだとかどっかで言ってませんでしたっけねぇ、貴方」

 

「やめろ……やめるんだ謎のヒロインZよ……何と言ったってカルデアへと来てから私の心は擦り傷だらけの硝子だからな……。おかしい……私は今度こそ理想の職場(アヴァロン)を得たと思っていたのに……」

 

「アヴァロンならもう返却したでしょうに」

 

「上手い事を言ったつもりか貴様……!」

 

 英霊組の会話から意識を外し、溜息を吐く。野営準備は自分で進めておこう。そう思いながらも、

 

『これから先、特異点の旅はドンドンにぎやかになりそうねぇー?』

 

 その未来が容易に想像できた。そう思いながら、夜を越すための野営の準備を始めた。




 ジャンヌ合流。なお比較的アルトリアっぽくないのでスレイ=センサーには引っかからず。

 そしてランサーデスカウントその1。これからデスカウントをよろしく!

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