「ひ、ひっ、ば、化け物だ……撤退だぁ―――!」
そう声を零しながらフランスの斥候部隊は逃げて行った。控えめに表現して目に映らない速度で攻撃してくる人型のナニカ、そしてどんな攻撃であろうが受け止めるどころか武器を破壊しながら受け流す大盾使いの少女を見れば、化け物以外の表現も見つからないだろう。あまりの哀れさにそれこそエミヤを初めとする英霊達が参戦しなかったほどだ。まぁ、生身の人間相手に英霊を出すほど誰も鬼畜ではなかった、というだけの話だ。ともあれ、フランスの斥候部隊をそうやって追い返すことに成功した。
「うーん、化け物は失礼じゃないかなぁ……」
「いえ、まぁ、一般人から見れば隔絶した能力の持ち主ですし、私達は」
だが立香のその感性は大事なものだ。普通、と呼べる感覚を消失しそうな中でそれを維持し続けるのは苦難だ。なにせ、すべてが終わった後で彼は再び日常に回帰しなくてはならないのだから。その時、その瞬間まで覚えていないとだめなのだ。だから、彼には生き残る義務がある。とはいえ、この程度で危険に陥る、なんてこともないだろう。大戦斧に変形させていたシェイプシフターを腕輪へと戻しながら視線を立香へと向ける。彼が現場指揮官である以上、決断は彼の仕事だ。自分が一々口を出していたのでは成長しない為、必要な時以外は軽く黙る事にする。
それに最近は距離が近すぎるような気がする。引き離す意味でも少し、黙ったほうがいい。
だから黙ってどう判断するかを待っていると、立香が声を出す。
「よし……あの人たちを追いかけよう。少なくとも撤退するって事は他の仲間が、合流する相手がいるって事……だよね? つまりは人のいる所に通じる筈だし……ドクター、そこらへんどうなの?」
『うん、正解だ。逃げた方角を調べると生体反応をそう遠くはない場所に感じる。たぶん位置的に砦があると思うよ』
「じゃあ決定で。そっちの方へ行こう。情報収集しなきゃいけないし」
「解りました。幸い、大慌てのようですし、追いかけるのは難しくはないでしょう」
「じゃあ……確か追跡とかアヴェンジャーさん出来たよね? お願い」
「拝承した―――だがさんはいらない」
立香の横を抜けて先頭に立つと、簡単に後を追えることができる。そもそもロマニも方角を知っているので苦労することはないのだが、一応という形なのだろう。そういうこともあり、一切苦労する事無く逃亡した斥候部隊の後を追いかける。やや立香とマシュの雰囲気が明るい、というかやや能天気ともいえる状態なのが個人的に気がかりではあるが、そのまま先へと進むとやがて、地平線に浮かび上がってくる砦の姿が見える。
ただ、その砦は一目で解るぐらいにはぼろぼろだった。近づけば近づく程のその損壊が目についてくる。
それこそ、
「―――おかしいです。この時期は休戦協定が結ばれたことによって休戦中だったはずです。これではまるで戦時のようです」
マシュの言葉の通りだった。目撃した砦はまるで戦場を今さっき経験したかのようにボロボロであり、今にも崩れそうな姿を見せていた。正直な話、あまり砦としての機能を果たせているとは言い辛い状態だった。何より砦の周りにはまるで萎えたかのように気力をなくしたフランス兵の姿が多数見えた。こちらが近づくのを見てもわずかに視線を向けるだけで、絶望したような視線を浮かべたまま、それを落とした。
ここにいる兵士たちは、
『―――心が死んでいますね。兵士としての心が既に折れていて使い物になりません。見た感じ、圧倒的恐怖に負けた感じでしょうか』
謎のヒロインZの言葉に立香が状況を理解する。適当な兵士に近づき、話しかけようとする。手に剣を握った兵士は立香を見て、奇妙がるが、しかしそれに対して明確なリアクションをとるほどの気力をもっておらず、めんどくさそうに剣を捨てた。
「……なんだ坊主」
「あ、いや。ぼ、ボンジュール! 俺たち旅の者でーす!」
「……おう」
「ごめん、心折れそう」
「ま、マスター!」
サーヴァントに対して向けてたお前のコミュニケーション能力はどうした、と思いながら立香の代わりに前に出る。軽く膝を折って座り込んでいる兵士に視線を合わせる。
「失礼……我々は東のほうから来た旅の者で少々、フランスの情勢に疎いのだ。出来れば現在何が起きているのかを教えて欲しい。風のうわさでは国王が休戦協定を結んだ、と聞いていたのだが……」
「休戦協定? ないぞそんなもん……なにせ陛下は魔女に焼き殺されたからな! イギリスも魔女を恐れて既に撤退して終わっているさ……クソ、クソ……クソォ……ここは俺たちの故郷なのに……どうしろってんだよ……」
そう言う兵士の声には明確な恐怖の色が芽生えていたのが解る。この魔女なる人物を心の底から恐れている―――おそらくそれがこの砦の陥落、そして絶望の正体なのだろうと理解する。しかし国王が死んでいる、となるとそれがこの荒廃の原因だろうか? イギリス軍が撤退している以上、砦をここまで破壊した
きっと、それにぶつかったのだろうが、何て事を考えていると、ロマニからの通信が入ってくる。そして霊体化していたサーヴァント達が姿を見せる。おびえたような様子を兵士たちが見せるが、それを無視しながら自分も大戦斧を作って肩に担ぐ。
『魔力反応……これは
「―――まぁ、この程度で本気を出す英霊も、傷を負う英霊もおるまい」
エミヤがそう言って弓を構えた。その動きを立香は見た。
「見るがいいマスター、これが英霊の力―――」
「―――はい、開幕ロンビームど―――ん! 死ねぇ……!」
黒いビームと白いビームが両方いっぺんに発射され、地平を薙ぎ払った次の瞬間には爆炎と光を生み出しながら存在していたスケルトンをすべて塵すら残さずに蒸発させていた。それをやらかした謎のヒロインZ張本人は笑い声を響かせながら聖槍、ロンゴミニアドを両方とも大地に突き刺してポーズを決めていて。
「はーっはっはっは! どうだ! 見ましたか! これが自重しない英霊の実力ですよマスター! はーっはっはっは! 王様の仕事の一部はビーム打つことですからね! ただ仕事はそれだけじゃありませんからね? それはそれとして私はアルトリアとかいう罰ゲームやらされた王様じゃありませんから」
そう言った謎のヒロインZを見て、エミヤが洋弓を捨てながら両手で頭を押さえながら蹲った。
「座に帰りたい」
「お、落ち着いてエミヤ! ほら、エミヤにはいろいろと助けられてるから! ほら、この間の差し入れとかすっごいおいしかったから!」
「俺解ったわ。こいついる限りシリアスな空気こねぇだろ」
クー・フーリンの諦めたかのような、完全に悟ったかのような発言に、エミヤはその背に哀愁を漂わせるだけだった。なぜかアルトリア―――否、謎のヒロインZにはエミヤは強く出れないらしく、それが原因で注意とかがし辛いらしく、かなり謎のヒロインZの態度が野放しになっている。これは正直、マスターの領分だから自分からも言いづらい。だから放っておくとする。その代わりにフランス兵士へと視線を向けなおす。
「……見ての通りの者だが、我々はああいう怪物の敵対者だ―――もし、この事態に関する情報があるのであればぜひとも提供を欲しい。我々の第一目標はこのフランスの正常化なのだ」
「う、ぐっ」
話術、印象操作、トリック等を使って半分催眠術に近い手法で話しかける。というかここまでやらないと言葉が引き出せない―――謎のヒロインZビームが印象的に強すぎるのだ。その証拠に、この兵士以外の兵士は全員すでに砦の中へと逃げ込むように走り入って行った。誰でもそうするだろう、普通は。たぶんこの男だけは腰が抜けて動けなかったのだろうと思う。無理もない。
目の前でビームを放つ女を見たら誰だってそうなる。
「あっ、ぐ、その……数日前にジャンヌ・ダルクが処刑されて、
兵士がそこまでしゃべったところで、空に響く咆哮が聞こえた。同時に、ロマニの声がする。
『巨大な魔力反応検出! おいおい、骸骨兵なんかとは比べ物にならないぞこれは……! 警戒するんだ!』
ロマニの言葉とともにマシュが立香を守るように動き、言葉もなく誰もが息を飲んで武器を握りなおした。その中で、バサ、バサ、と音を立てながら空を覆う黒点が見えてきた。眩い光の中、徐々に近づいてくるその黒点は巨大化して行き、またその数も決して一体だけではないことを証明した。まるで蜥蜴のような体躯に腕と一体化した翼の姿は子供でさえ良く知る、幻想生物だった。
「―――ワイバーン」
立香の声がその生物の存在を肯定した。それはワイバーン、ドラゴンには届かないが幻想生物の頂点にある存在の一つだった。剣を通さない鱗、矢を弾く翼、そして人の体をあっさりと千切るその顎の強さ。あらゆる面において人間を凌駕する力を持った生物だった。だが同時に、納得できた。これだ―――これが今、この国を荒廃させている存在なのだ。
確かに、こんなものが国を襲えばあっさりと全滅するだろう。
「まさか十五世紀フランスにワイバーンが出るとか教科書で習ったことないんだけどなぁ……」
「マスター、違いますから、これ正しくありませんから! というか早く指示をください!」
「あぁ、そうだったね……冬木で色々と見て。もう驚くものはないと思ったんだけどなぁ……」
立香の言葉は解らなくもない。ただ、ワイバーンが出現するなんてこと、いったい誰が想像できたのだろうか。良くてもスケルトン程度、手ごまにワイバーンの群れなんて誰も想定していない―――とはいえ、こちらは英霊の集団だ。この集団の中で、
―――一人として、ワイバーン
直後、一本の矢が空間を貫いた。
それは歪な剣を無理やり矢の形へと変形させたような形状の矢だった。だがそれを放った弓手は寸分の狂いもなくそれを数キロ先のワイバーンの口の中へと差し込み、
「
「ヒュー、やるねぇ」
ワイバーンを内側から爆散させた。それで手を止めることもなくそのまま次の矢を一瞬で制作し、そのまま弓に番えた―――あの時、冬木で戦ったときは本当にどうしようもない敵だった。だがそんな彼が今、こうやってこちらへと味方として力を貸してくれる光景は実に心頼もしい事だった。それは何よりも、相対した自分がよく知る事実だった。
「さて、私もいい加減家政夫のサーヴァントと勘違いされたくはないからね。弓兵としての働きをマスターに披露させて貰おうか―――というわけでステイ、ステイだそこの理想を投げ捨て去ったような感じの空気を吸っている元騎士王。貴様が手を出すと辺りが焦土になるだろうが!」
「ぶーぶー! 横暴です! マスター、このムッツリに言ってやってくださいよ。なんか、こう、いい感じに古傷をえぐる感じの一言」
「お前、どっからか変な影響受けて畜生化してねぇか?」
茶番を繰り広げながらも再び矢が放たれた―――今度は三矢。空中を弾丸のように射出されて飛ぶそれは一瞬でワイバーンの群れの先陣へと到達し、そこで弾けながら一気に数匹の姿を食い破った。その圧倒的リーチと狙撃の精密さはまさに弓兵であるアーチャーのクラスにのみ許された特権であった。とはいえ、あまりにも多勢に無勢、目視できる範囲でも40羽近く存在しているように見える。エミヤ一人でそのすべてを処理するのはさすがに無理だろう。となると接近してきたところで一気に乱戦に持ち込み、潰すのが得策か。
立香へと視線を向ければ頷きが来る。
「皆―――」
「―――何をやっているのですか! 兵達は即座に頭から水を被りなさい! それで多少は火の息にも耐えられます! そのまま蹲っていれば蹂躙されるのみ。今こそ立ち上がりなさい!」
立香の言葉を上書きするように、聞いたことのない女の声が響いた。新たに登場した女は砦の前にいた。大きく風になびく白い旗を手にした、金髪を編んだ女の姿であり―――彼女からは明確にサーヴァントとしての霊基、神秘、魔力の気配を感じた。
その姿を前に、
ワイバーン達との最初の戦闘が始まった。
やらかしに定評のある王様。お前、1話に1回は絶対なんかしてるよな。というわけで金髪巨乳率が増えるよ、やったね。