Vengeance For Pain   作:てんぞー

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プロローグ - 2

 復讐を成す―――マリスビリー・アニムスフィアを絶対に殺してやる。それだけを原動力にずっと、人体改造に耐えてきた。耐えてこれたのだ。だがその果てに待っていたものはなんだ。マリスビリー死亡? 態々顔を覚えて絶対に殺すと誓った連中は総じてすでに死んでいる? 死にざまを想像し、どうやって凄惨に殺してやるかを考えて考えて考えてずっと殺意を磨き上げていた相手が既に死んでいる? 殺せない? 復讐できない? もうこの世にいないから怒りを向ける事もできない。

 

 なんだそれは、ふざけるな―――ふざけるな。

 

 俺にどうしろというのだ。それだけが目標で、それだけが己にあった全てだった。それだけを目標に殺意を研ぎあげていたのに、あっさりと復讐を始める前から死亡とか阿呆の極みとしか言えない。そうなると自分はなんなんだ。絶対に復讐してやると誓いながらそのステージに立つことさえ許されなかった。だがそうやって憤ったところで、マリスビリーは甦る訳でもない。死人は死人で、それをまた殺す何て事はできない。

 

 ―――つまり、復讐は永遠に不可能となってしまったのだった。

 

 その果てに残されたのは一体何だったのだろうか?

 

 色素が完全に抜け落ちて白く染まり、まるで獣のように無造作に伸びた髪、褐色よりもさらに黒く、闇よりも黒く染まった体色。しかし体そのものは見た目で分かるように不完全でボロボロ、ところどころ皮膚が剥げており、その下の黒く染まった筋繊維が剥き出しになっている。特に顔なんてものは直視するのに絶えない怪物のようなものとなっている。そこから名前を失い、己が何だったのかを失い、ありったけの知恵と知識、戦うための経験と技術が脳の中に強制的に流し込まれ、

 

 そしてサーヴァントの核ともいえる霊核、それを人体へと投与できるレベルで物質的に加工されたアイテム、霊器基盤(サーヴァントフレーム)を直接人体に埋められた事によって生きたまま、憑依等を必要としないサーヴァントの肉体が出来上がった。それはマリスビリーが望んだ、カルデアの駒、疑似英霊、或いは擬似英雄とも呼べる存在だった。

 

 それが己に残された全てだった。

 

 鏡に映る己を見て、見いだせるのはそれだけだった。

 

「―――クソが」

 

 声さえもまるで違った。喉から発せられる声には違和感しか存在しない。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という始末だった。故にしゃべって、声を漏らしても違和感しか存在せず、それとともに己がなんであるのか、それすらあやふやになってくる。わかっているのは自分はカルデアの駒として生み出され、そしてそれを願った人物は既に死んでしまっているという間抜けな事実だった。

 

「……」

 

 鏡に映る怪物の顔をどれだけ見つめていても、答えは出ない。

 

『―――それはそうよ、ハンプティダンプティは壁から落ちてしまったのだから、元に戻る訳がないじゃない。アロンアルファを使ったって駄目よ。だってバラバラの粉々に砕け散ったのが貴方なのだから。期待するだけ無駄。願うだけ無駄よ。そんな簡単に答えが出たら人生はどれだけ楽で退屈だったのだろうかしら』

 

 幻聴が聞こえる。鏡の中にいる己の姿の代わりに、少女の姿がそこには見えた。青緑色のフリルドレス姿の少女はプラチナブロンドのショートカットをしており、まるで妖精のような可憐な姿をしている。彼女は鏡の向こう側で、世界の悪意を説くように全てを否定してくる。誰にも見えず、だれにも聞こえず、自分にしか触れられない幻影―――幻覚、故に彼女を狂気の生み出した幻覚を妖精と呼ぶ事にした。

 

『あ、まったく私の話を聞いていないわね?』

 

 鏡から視線をそらして洗面所を出る。

 

『あ、最後まで私の話を聞いてくれてもいいじゃないのもー』

 

 洗面所を出たところで自室に出る―――疑似、或いは人造サーヴァントと呼べるこの身を自由に出来る訳がなく、そもそもからして過去の大半を消失しているこの身が行き場なんてものは存在せず、自分という怪物を生み出したこのカルデアに飽きる事無く留まっている。

 

「人類の救済か……」

 

 それがカルデアというこの組織の目的らしい。インプットされた知識からはカルデアに関する様々な情報が取得できる。その中で、カルデアは神秘との、或いは英霊や守護者達との戦いは必須である事から、神秘と戦える存在を求めているという情報も存在していた。その対抗手段がサーヴァント、そしてそれを使役するマスター。だがそれだけでは足りぬと判断されたからこそ、己のような被害者が生まれたのだろう。

 

 ―――まぁ、もう、どうでもいい事だ。

 

 人類の救済も、カルデアの目的も興味のない事だ。

 

 時間を確認したところ、そろそろ向かうべきだろうと判断し、ベッドの上に放り出された装備品を手に取る。肘までを覆い隠す長手袋、顔の上半分を隠すハーフサイズマスク、そして全身を隠し、そしてフードをかぶっている場合はその中にいる存在を正しく認識できない認識阻害のローブ。それに着替えることで肌の露出を完全にゼロへと抑えられ、この醜い怪物の様な姿を隠す事が出来る。

 

『私は中々素敵だと思うわよ。まるで人の業を煮詰めたような姿じゃない』

 

 妖精の戯言を無視して、装備品の装着を完了させる。自身の姿を完全に隠すことが完了した所で部屋の外へと通じる自動ドアを抜けて、カルデア施設内を歩き始める。先ほどまでは鏡の中にいたはずの妖精もついてきているようで、カルデアの通路、磨かれたかのように白いその金属質の壁には自分の姿の代わりに妖精の姿が反射して映されていた。遊んでいるのか、動きはこちらを真似してまったく同じ動きをとっている。だからそれを無視し、目的地へと向けて歩き始める。

 

 そんな中、通り過ぎて行く人の姿を見る。その姿はこちらに興味を持っても、突き放すような気配に声をかける事ができずに動きを止めて見送って行く。その姿は少なくはない。

 

 人類救済を謡い、魔術と科学の融合を果たす現代神秘の異端と呼ばれるカルデアはしかし、その所属人数はかなり多く、部門別にスタッフを用意しており、英霊使役用に多くの魔術師等を呼び込んでいる。カルデアの目標である人類の救済の為の人員の確保は順調である―――と、植えつけられた知識は伝えてきている。しかし見ている感じ、それは実際に正しいのかもしれない。少なくとも魔力を大量に持った人間が多くいるのは事実であり、

 

 己に値踏みするような視線を向けている者もいるのだから。

 

 当然ながら英霊を使役する者、マスターはサーヴァントと組む。現在のカルデアで完全にフリーとなっているのは己だけ。逃げも隠れもせずにいれば悪目立ちするのは当然の事である。とはいえ、記憶もなく、興味もなく、嫌悪感のあるこの姿を隠す事以外に特に何かをしようという意思はなかった。

 

『だって復讐が果たせないものね。なんて残酷な話なのかしら。そしてなんて滑稽な話なのかしら。復讐のできないアヴェンジャーなんてまるでカレーのないカレーライスのようなものね。存在するだけ無価値で無意味だわ。でも私だけは貴方に愛着を抱いてあげるから、安心していいわよ』

 

 愛着とはなんだ、愛着とは。

 

『あら、だって愛玩犬を愛でるのは飼い主の責任よ? 私はちゃーんとエサやりを忘れない飼い主なんだから』

 

 関係で言えばどちらかというとこの幻覚を生み出したおれのほうが飼い主なのではあるが、そういうことを妖精が言い出すあたり、根本に従属願望でもあるのかもしれない―――とことん救いようがない。そんな事を考え、妖精の戯言を聞き流しながら歩いていると正面から接近してくる魔術師が見えた。緑色のトップハットにスーツ姿、そのいかにも魔術師という気配は他の物同様、隠し通せていない。その姿を見た途端、妖精がまずはアレから殺しましょう、と言い放ってくるのを無視する。

 

 魔術師は近づくと笑みを浮かべる。

 

「これはこれはアヴェンジャー」

 

「ライノール教授」

 

「相変わらず君は面白い呼び方をする。これから彼女のところかね?」

 

 その言葉に頷いた―――レフが示す彼女、とは該当者が複数いるのでどれを示しているのかはわからないが、妖精が煩いので早めにこいつとの会話は切り上げたかった。天才的な魔術師であると≪虚ろの英知≫は訴えてきているのだが、魔術師という存在そのものに一切の興味を抱かない者としては果てしなくどうでもいいことだった。自分からすればただの人当たりの良い、うさん臭そうなセンスのない魔術師だった。

 

「そうか……君も何時か、人類の未来の為に、カルデアの一員として戦ってくれる事を祈っているよ」

 

「そうか」

 

 視線をレフから外し、その横を抜けて行く。壁に映る妖精の姿は舌を突き出してべー、と子供らしい仕草でレフの姿を罵っている。お前はなぜそこまでレフを嫌うのか、それが良く解らない。が、まぁ、別に解らないままでも困ることは一切ない。レフのこと自体興味はないし、妖精をいつも通り無視し、カルデア内部を再び歩き出す。

 

『えー、私は忠告したわよ? 今すぐ殺しておけって。忠告したからね? 後で私を責めても何も教えないからね?』

 

 知るか、と胸中で呟きながらそのまま歩き進んで行く。向かう先はカルデア内のとある場所、であるが、自分に与えられた部屋からそこそこ距離があるのが欠点だな、と思った。

 

 何より、人理継続保証機関フィニス・カルデアは標高6000メートルの雪山、()()()()()()()()()()()()()なのである。ヒマラヤ山脈の根付くようにその頂点を入り口に、地下へと向かってアリの巣状に広がっているカルデア内部は通路が非常に長く、この複雑さは倫敦に存在する時計塔をモデルにしたのではないか、とさえ言われている。

 

 ―――時計塔なんて場所、一度も行った記憶はないのだが。

 

『当たり前よね、だって記憶が焼却されているものね』

 

 ただそんな時計塔と違ってこのカルデアが居住者に対して優しいのは文明嫌いの魔術師とは違い、大っぴらに科学を利用している事だろう。このカルデアに設置されている数々の設備、施設も魔術だけではなく魔術と科学の融合によって生み出されたものが多く、先ほどのレフ・ライノールが生み出した装置もそういうものの一つである。

 

 つまりは、こんな移動が明らかにクソ面倒だとわかる場所でも、エレベーターが現代らしく設置されているのである。上下に移動するだけだったらなんら苦労はしなくていい風になっている。とはいえ、そういう事情もあってエレベーターの利用は割と人気だったりするのだが―――そういう訳で、他人と一緒に利用する場合が多い。

 

 その時に向けられる視線が鬱陶しいというよりは面倒なので、エレベーターではなく階段を使うことを個人的に心がけている。

 

『ふふ、優しいのね。その優しさを欠片でもいいから私に向けてくれないかしら、ねぇ?』

 

 激しくどうでもいい事である。幻覚の分際で主義主張が激しすぎる。もう少しおとなしくしていたほうが、もっと楽だろうに。そんな事を思いながらエレベーターを通り過ぎ、その脇の階段のほうへと向かう。下と上へと向かって延々と続く金属製の階段を眺めていると気が遠くなりそうだが、半英霊化と言ってもいい状態にあるこの肉体は恐ろしいほどに疲れを知らない。

 

 サーヴァントそれぞれに与えられるステータスを見て、そして比べれば数値的に最弱の領域にある筈だ。だがそれでも簡単に人間を超えるスペックに届いていた。これを当たり前のようにサーヴァント達は超えてくるというのがマリスビリーの想定だったのだから、本当に戦闘に特化したサーヴァントという存在は恐れしかない。

 

 階段を降り始める。自分以外で階段を利用する酔狂な者等カルデアには存在しない。そのため、階段を下りて行く所で足音がホールに木霊するのが嫌に良く聞こえてくる。横へと視線を向ければスキップする様な足取りで妖精が階段を下りており、聞いたこともない音楽を口ずさんでいた。まぁ、彼女を見ている限りは自分も何か、飽きる事はないだろうと考えつつも降りて行くと、下の方から足音が聞こえてくる。

 

 まさか自分以外にも階段を利用する酔狂者がいるとはな、と驚きを欠片も抱く事無く特に気にせず階段を降り続けていると、階段を荒い息を吐きながら手すりに捕まり、俯きながら呼吸を整えようとする姿が見えた。

 

「ぜぇはぁ……なんで……ぜぇ……急いでいる時に限って……ぜぇ……エレベーターが……ぜぇ……故障中なのよもぉ! え、エレベーターを……もう一台、ぜぇ、はぁ、ぜぇ……予算都合して追加できないかしら……ぜぇ、ぜぇ……」

 

「……」

 

 どこか、見たことのある白髪の女がぜぇはあ息を切らしながら半泣きの声で俯きながら足をぷるぷると震わせながら手すりに捕まっていた。

 

 人理継続保証機関フィニス・カルデア現所長オルガマリー・アニムスフィアである。

 

『これが人類の未来を国連に託されて守るとか言ってるから控えめに言って人類終わったわよね。良くも皆、こんな沈む船に乗り込んでいられるわね!』

 

 妖精のその言葉を否定する要素が己には一切見つからなかった。




 フリーダム、妖精ちゃん。しかし言葉は常に真理を突く。一体どこのゾンビなんだ……。それはそれとして、そんなマリーちゃんで大丈夫か。

 なおマリスビリー死亡はゲーム開始3年前の出来事だとか。

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