Vengeance For Pain   作:てんぞー

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序章 - 9

 ―――荒野だった。

 

 ただ、ひたすら、荒野が広がっていた。荒廃した大地には恐ろしいとしか表現できない数の剣が突き刺さっており、それが世界を埋め尽くしていた。空にはまるで機械であることを証明するように歯車が、そしてそれとは別にわずかに炎の気配も感じる。それがこの世界の全てだった。剣の丘。詠唱の果てに生み出されたのがこれであり、脳内のデータベースへとアクセスすればそれがなんであるかは理解できた。固有結界、魔法に最も近い魔術の一つ。アーチャーのくせに魔法の領域に届きそうな魔術を使う、面白いが―――また、面倒な相手だった。

 

 洞穴内部にいたころよりも輪郭がはっきりとしたアーチャーは僅かに色を取り戻しているように見えた。そうやって一歩前へと踏み出しながら自身の身長を超える巨大な剣を丘から抜いた。巨大な石斧に見える剣はアーチャーの手の中で矢へと音を立てて変形し始め、変わった。やはり剣を矢へと加工できるらしい―――それも宝具級の矢を。

 

 この丘に突き刺さっている刀剣の類、そのすべてが宝具だった。ありえない。生物としてまずありえない宝具だった。こんな英霊、存在していいはずがなかった。だがそんな考えとは裏腹に肉体と脳は生存を果たすための最適解を導こうと全力を尽くし、たった一つの結論を導き出していた。

 

 ―――それは千変万化の悪夢(シェイプシフター)対星機構(ジェノサイド・シフト)解放であった。

 

「……これが、英霊の宝具か」

 

「含みのある言い方だな、アヴェンジャー」

 

 アーチャーは油断なくそう言葉を吐きながら弓を構えており、それとは別に丘の上にある大量の剣を浮かべ始めていた。それに合わせ、腕輪状態での変形さえ解除し、シェイプシフターを元の球体へと戻した。右手の上で持ち、そして浮かべた。

 

「俺には、宝具がないからな。カルデアで体を作り変えられ、生きたままサーヴァントの霊基を追加され、サーヴァントの様な存在に、宝具を持たない劣化英霊……モドキとしての生を記憶と己の全てと引き換えに手に入れた」

 

「なるほど、悲惨ではある―――が、敵に語ったところでどうしようもないな」

 

「それもそうだ。だがだからこそ貴様が妬ましくもある。あぁ、そうだ。俺は妬ましいんだ。何故貴様らだけが―――そう思うと殺したくて殺したくてしょうがない。本能的に貴様を殺してやりたくてしょうがなくなる。そうだ、これが嫉妬心だ。この醜く暗い感情が俺が思考する生き物である事を証明してくれる……」

 

 故にまずは感謝を。そして同時に、

 

「死んでくれ―――それだけが俺の存在している意味なんだ」

 

「救いようがないな。貴様はおそらく、ここで死んでいたほうが己の為であろう」

 

 それは―――おそらくそうかもしれない。こんなまともじゃない奴が生きていたところでこの先、毒にならない保障はなかった。だがそれとは別に()()()()のだ。サーヴァントを、殺して殺して殺して殺したくてしょうがないのだ。それしか存在意義が己にはない。だから殺したくてしょうがないのだ。サーヴァントという存在そのものに対する復讐を―――()()()()()()()()()()()()()()()、という理不尽にもほどがある言いがかりを、殺意で心で満たしている。冬木へと来て良かった。

 

 アヴェンジャーとして目覚めてから初めて、生きているという感覚を得た。

 

 復讐者の本能が喜びの声を上げているのが解るのだ。故に―――()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()。本来であれば際限なく星を破壊する最悪の兵器。アトラス院が封じたそれをマリスビリーが契約書と何らかの方法をもって徴収した、封印されるべき兵器。それを起動させる。

 

「リミッター解除。対象指定。空間認識。時間軸の固定を完了。千変万化の悪夢(シェイプシフター)の制限全解除」

 

 言葉と共にシェイプシフターの色が薄い灰色から完全な黒一色へと変質した。まるでアーチャーに巣食う泥、あるいは己の肌のような光を一切映さない吸い込むような闇の色だった。それと同時にこちらの完了を待つ事無くアーチャーが殺すための矢を放った。大量の剣が―――百を超える剣が先陣として雨のように降り注ぎ始める。いつか、どこかで英雄たちが振るっていた武器が使い捨ての消耗品として豪勢にも降り注ぐ死地の中で、

 

『さぁ、人類(アトラス院)が生み出してしまった星殺しの禁忌を解放なさいアヴェンジャー』

 

 ()()()()()()()()()()。鏡を確認せずとも、自分がどんな狂笑を浮かべていたかは想像に容易かった。

 

 瞬間、どろり、と黒く染まった宝珠が溶けた。

 

「万象一切を滅ぼし、星を食らえ―――無貌にて世の果てを彩る(ナイアーラトホテップ)

 

 シェイプシフター、その本来の機能が発生する。黒く染め上げる形のない、無貌の闇が大地にしみ込んだ瞬間、矢へと変形した剣が、空を覆い尽くす無限の剣製が、

 

 衝突した。

 

 

 

 

 ―――後には何も残されなかった。

 

 あれほど激しい存在感を刻んだ剣やアーチャー自身も残らず、静かな洞穴の景色が戻ってきた。アーチャーの霊基が完全に消失されたのを確認し、球体状態に戻ったシェイプシフターを懐へと戻した。本来の機能を発揮したことでオーバーヒートして、一時的に使用不能状態に陥っている。とはいえ、これでアーチャーを突破する事が出来たのだから文句は言える筈もない―――()()()()()()()()()()()()

 

 いや、()()()()()()()()()、が正しいだろう。

 

 そうでもなければ対星兵器なんてものはまともに使えない。

 

「少し、消耗しすぎたか」

 

 やはり立香達に任せなくて正解だったな、と思った直後、魔力の高鳴りと爆発を感じ取った。どうやら立香達も派手に戦闘を行っているらしい。あの宝具を使い捨てるようなアーチャーが門番だったのだから、大聖杯の前に陣取るサーヴァント・セイバーはおそらくそれを超える難物なのだろう。シェイプシフターは使用不能だが、早く合流したほうがいいだろう。

 

『さて、間に合うかしら? どうなのかしらね? ふふふ……』

 

 思わせぶりな発言の妖精を無視し、アーチャーとの戦場から逃れるように一気に体を前へと叩き出して走る。もはや邪魔するような存在はいない為、妨害なしで最高速度で一気に前へと出る。自分自身、かなり消耗しているのは事実だが、口の中に回復薬を放り込んでしまえばその程度無視できる。故にそうやって体を一気に前へと叩き出せば、暗闇の中に光源が見え始める。だが魔術の明かりではなく、もっと邪悪で醜悪で、そして救いのような邪光だった。

 

 この先か、そう思って洞穴を突き抜けた向こう側で、見た。

 

 ゆっくりと、しかし消えて行く黒い騎士の姿を。残留する大量の魔力、額に汗をかいて荒い息を吐くマシュ、ぼろぼろになったキャスター、両手を膝についている立香―――そしてヘタレて後方にいたオルガマリー。全員、生きていた。その上で聖杯の守護者であるセイバーを撃破した様子だった。大空洞へと飛び込んだところで思わず足を止めてしまった。本当に倒してしまったのか、と驚いていると、此方に気付いた立香がサムズアップを上げてきた。

 

「―――どうよ、俺達だってやるもんでしょ、アヴェンジャーさん」

 

 明らかに疲れている筈なのに、自信満々に言ってのけるその姿に呆れの息を吐く。歩きながら近づき、

 

「さんはいらない……とはいえ、セイバーを倒したか。正直誰か死ぬもんだと思ってた」

 

「あれ、俺……信用されてない……?」

 

『素人で初心者相手に何を信じればいいというのかしら。こんな状況で才能が開花したところで歴戦の猛者相手に通じるわけないでしょ。それで物事が解決するのは抑止力に協力されている時ぐらいよ』

 

「ま、当然だろうな……とはいえ、坊主も嬢ちゃんも良く頑張ったわ。それは俺が保障するぜ」

 

 慰める様にそう言ったキャスターは僅かにだが光を発しており、それが姿を分解しているようにも見えた。聖杯戦争が終結した事によってキャスターの現界が解除されつつあるのだろう。残念ながら特異点の人間はカルデアへと来る事は出来ない為、これはどうしようもない事である。自分がそこまで心配しなくてもどうにかなったか、その安堵を感じながら歩き、みんなに合流する。

 

「アヴェンジャー、貴方その様子を見るとかなり苦戦したみたいね?」

 

 オルガマリーが此方へと声をかけてくる。その言葉にこたえるようにロマニのホログラムが出現した。

 

『アヴェンジャーが相手をしていたのは宝具を魔術で投影してくる剣製のアーチャー、その上で固有結界まで展開してきましたからね。正直マシュや立香君相手だと戦いづらかったのではないかと。結果を見るとアヴェンジャーの判断は正しかったでしょう』

 

「ロマニ! セイバーが倒れて通信が回復したのね」

 

『観測は何とか続けてたんですけど通信がまだ調子悪くて……』

 

 そう言っている間にキャスターの姿が徐々に消え始めてゆく。

 

「おぉっと、ここで強制送還かよ。次があるならそん時はランサーで呼んでくれ!」

 

 その言葉を残してキャスターはその姿を完全に消した―――セイバーがいた場所にはその代わりに七色に輝く不透明な水晶体が浮かび上がっていた。おそらくそれが聖杯なのだろう。万能の願望器と呼ばれる魔術師の夢の一つ。

 

『……今なら他の三人を殺して聖杯で夢を叶えることもできるわよ? たとえばそうね、マリスビリーを甦らせて! とか、記憶を取り戻して! とか。どう? 凄く魅力的じゃない?』

 

 貴様はいつ妖精から悪魔へと鞍替えしたんだ? と影の中の妖精に胸中で吐き捨てながらその発言を無視した。今はそれよりもサーヴァントを殺すという己の存在意義と、そして価値が全てだ。アーチャーを始末したところをちゃんとロマニが観測していたというのであれば、今回はそれをちゃんと証明できたのだろう。

 

「―――不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。とりあえずはあの水晶体を回収しましょう。冬木の特異点化はどこからどう見てもアレが原因だし」

 

 オルガマリーの言葉に頷きを返す。マシュが回収のために動き出そうとしたところで、

 

「―――いや、まさか君たちがここまでやるとはね。実に想定外にして私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適正者が全く見込みのない子供だからと善意で見逃した結果がこれだ……私の失態だよ」

 

 水晶体の背後に言葉とともに出現したのはレフ・ライノールの姿だった。カルデアの仲間が無事だったことを喜ぶべきなのかもしれないが―――レフ……が放つ気配はどう考えても人間のそれではなかった。頭の奥底、魂の根幹、忘れていたはずの何かが囁いてくる。こいつを殺せ、今すぐ始末しろ。それは存在してはならん生き物である、と、その声を主張してくる。武器がないなら牙と爪を使え。

 

 が、自制する。

 

「―――うんうん、アヴェンジャーくん、動かなくて正解だよ。今の私であれば君が私を殺すことよりも早く48人目のマスターを―――最後のマスターを始末する事ができるからね」

 

「マスター、下がって……下がってください! あの人は私たちの知っているレフ教授ではありません!」

 

 マシュが言葉を吐きながら立香を庇うように動いた。そのマスターに対する忠誠心はさすがと言ったところだが―――状況が拙い。シェイプシフターを問答無用の対星モードで放てばおそらくレフを問答無用で葬れるが、それはアーチャー戦で使用したばかりである為、オーバーヒート中で使用できない。サブウェポンとして銃器とエーテライトワイヤーをローブの下に隠しているが、レフ・ライノールから感じる気配は明らかに人のそれではない。ここで迂闊に手を出せばまず間違いなく殺される。連戦が終わって此方から歴戦の猛者が―――キャスターが消えた瞬間を狙ったのであれば、まさに上手く行ったという状況だろう。

 

『だからずっと前に殺せって言ったのにねー? 私の言うことを聞かないから悪いのよ』

 

 そして―――この時ばかりは、妖精の言葉に素直に従わなかったのを後悔した。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/e6ea99ef-f572-43ee-a360-f47be23cc8b9/758147f7ea4f73ed918ccee846f97ce7

 兵器の内容はまだに詳細不明! 名前からして人類のことを欠片も考えてないことだけは伝わると思うけどね!

 正直序章というか冬木は説明とチュートリアルで物語的には焼き直し場面が多いので、サクサクとスキップしてオルレアンあたりからが本番だと思ってる。さすがに舞台が冬木オンリーだと狭すぎてやれることがまるでねーざんす。世界観的な説明もあるし。

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