Vengeance For Pain   作:てんぞー

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地上の星 - 7

 ―――スカサハという一人の戦士は強い。

 

 まず最初に才能に溢れている。神話に由来する背景を保有するスカサハはそれだけで保有する才覚が、そしてポテンシャルが他の存在と極めて違う次元にあると表現して良い。その上でスカサハは死から放逐される程の長い年月を賭けて武を磨き、呪術を鍛え、そしてそれでも磨き上げる事を止める事がなかった。スカサハという女は止まる事を知らなかった。止まるという事が出来なかった。故に彼女は限度を知らなかった。あっさりと超えてはいけないラインを超えてしまい、神域に足を入れてしまった。

 

 そしてその果てに、人である事を剥奪された。

 

 ()()()()であった。彼女はただ単純に、止まろうとしなかった―――自分から人として死ねる領域を手放した、それだけの馬鹿な女だった。彼女の間違いは神代でそれを求めてしまった事だった。神々がまだ多くの権能を残していた時代。神秘が息づく時代。そんな時代であれば()()()()()()()()のだから。現代の様な神秘の薄れた時代とはまるで違う。

 

 だからスカサハという女は愚かで、どうしようもなく救いがなく―――しかし、真っ直ぐな女だった。

 

 だからこそ憐れだとも言える。

 

 しかし、その実力は本物だ。超越者特有の過剰な経験、神代の武装、数多くの手札と引き出し。どれをとっても一流を超えた超一流の領域にある武人だというのが解る。本来であればこの領域にある存在に死角等存在しない。それを認識し、鍛え上げて対策を行い、そこを誘い込むのも手の一つなのだから。だがスカサハは違う。明確に敗北する確率を残している。死角を残している―――否、生まれてしまった。

 

 死の先を、身を焦がすほどに求めている為に、心が先走っている。制御不能な程に。

 

 長い時を生きたスカサハは数多くの弟子を取り、その何人かを愛し、そして肌さえも重ねた。それは女の性だ。だがその全てがスカサハを置いて行く。スカサハという女は絶対に死に追いつけない。神さえも殺す神域に武芸が踏み込んだ瞬間、彼女は人間としての当然の権利を失ってしまった。人の様に美しく死ぬ事も、怪物の様に醜く死ぬ事さえもできなくなった。

 

 或いは人であれば永遠の若さ、永遠の命、そう羨むだろう。

 

 だがそれは間違いだ。死とは権利だ。死とは自由であり、そして人間に約束された最も尊い権利なのだ。誰であれ、死を恐怖する。それは隣人であり、生物最大の理解者でもある。それは平等であり、同時に不平等でもある―――超越者へと至れば、それがどれだけ尊く、そして得難いものであるかを理解できてしまう。それを理解できるのが超越者であるが故に。

 

 だからこそ、スカサハという女は羨んだ。

 

「―――なんとも、羨ましい」

 

 影の国にはもはや彼女以外の人はいなかった。

 

 長い時を得て彼女以外の民は全て死に絶えた。影の国にはもはやスカサハ一人しか残されていなかった。故に彼女の居城、彼女の謁見の間、彼女の玉座―――そこで一人、孤独のままにスカサハは統治を続けた。誰もいない影の国を。ただ一人の国民、王として。

 

「―――あぁ、羨ましいな」

 

 もはや影の国には亡霊の姿さえなくなっていた。亡霊となって残っていた者達でさえ世界の外側に弾かれて長い間残っていても、すり切れて輪廻の輪に戻ってしまった。その命は死を通して再び輪廻を巡り、新たな祝福を受けて生を得るのだろう。スカサハはそれを祝福した。それが生物が受け得る最大の祝福であり、生きている存在が許された最終の救いなのであるから。全ての命に終わりはある―――だがそれは悲しい事ではない。受け入れるべき当然の結末であり、それがあるからこそ生きるという事に意味があるのだから。

 

 スカサハは想う。死を想う。そして思う。

 

 生とは答えのない旅路だ。その果てで漸く答えを得る事が出来る。死を迎え、新たな生へと旅立つその最期の瞬間、そこでこそ漸くその生に答えが見えるのだ。ならば―――ならば自分は何だ、とスカサハは自問する。自分という存在は何なのだ、とスカサハは自問した。死がなければ生きているとは言えない。死があるからこそ生があるのだ。故にその二つが揃わなければ生物ですらない、そしてそれは怪物でもない。

 

「あぁ、成程……儂は人ですらなかったか」

 

 なんとなく、気が付いていた答えをスカサハは一人、退屈そうに玉座に腰掛けながら呟いた。もはや人ですらない。ケルトの女の王、数多くの英雄を育ててきた育成者、神殺し―――果たして人ですらない存在にその言葉の意味はあるのだろうか? 時間だけは無駄に多く存在した。それをスカサハは悩み、悩み、そして己に答えを求め続けた。それでも武芸を鍛え上げる事を止めず、スカサハという女はひたすら存在もしない戦いに向けて自身を鍛えつづけた。それが報われる事はないと理解しながらもスカサハは体を鍛えつづけた。

 

 それしかスカサハには残っていなかった。

 

 スカサハは理解していた。

 

 ―――彼女にはもう、この槍しか自身を示すものがないという事を。

 

 死がなくなってからスカサハはその存在を示した。影の国に弟子を迎え入れて彼女を師として仰がせて鍛え上げた。戦いを見せ、多くを教え、恋をし、愛を育み、抱き、抱かれ、人間として振る舞った。だが女に死はなかった。それは女を人にはしなかった。そしてやがて、次々と弟子たちは、影の国にいた者達は去って行く。

 

 一人は戦いへと消える。

 

 もう一人は天寿を迎える。

 

 また別の者は事故死した。

 

 或いは感情のままに殺した。

 

 そうやって少しずつ、少しずつ、人間として振る舞っていたスカサハの前から彼女を人として知る者達が消えて行った。或いは彼なら、あの才能ならきっと―――何時かは神殺しの神域に踏み込んでくれる。そう信じて特に目をかけた希望でさえも、壮絶な人生の終わりに果てた。彼の人生を見てスカサハは想う。なんて不幸で馬鹿な男だったのだろう、と。結局はお前も人だった。()()()()()()()だ、とも。あんな大往生はスカサハには出来ない。そんな結末はスカサハに用意されていない。用意する事が出来ない。

 

「そうだ……あの馬鹿弟子を羨んでいる。()()()()()()()()()と思っている」

 

 壮絶だった。逆境の中どこまで牙を剥いて戦いながら討ち取られるような最期が欲しい。それは恋する乙女の様な願いだった。実際、間違ってはいない。スカサハは死に恋をしていた。どれだけ頑張っても追いつけないそれに切望していた。数多くの勇士たちがいた。彼ら、彼女らはスカサハを覚えていた。誰がどんな風で、彼女がなんであったのかを。彼らはスカサハをキツいが優秀な師であると覚えていたのだ。

 

 ―――だがそれさえもいなくなった。

 

 誰もスカサハを覚えていない。

 

 書物の片隅でクー・フーリンの師であった、という事実以外には名が残されていない。

 

 スカサハの性格、行い、行動に関しても出てくるのはほぼ創作を通したものばかりであって、事実からは程遠いものばかりだった。もう、スカサハを正確に知る者は死していなくなった。だからこそ、スカサハは焦がれる。死、という結末に対して。自分の人生の意味を、自分の人生の価値を、自分という存在に果たして一体何の意味があったのかを、スカサハは知らねばならなかった。それは数多くの存在に道を説いた彼女であっても知り得ぬ事だった。

 

 なぜなら彼女が教えを説いたのは人であり、

 

 スカサハ、という女は人ではなかったから。

 

「―――誰ぞ、儂を殺せる者はおらぬか」

 

 言葉が影の国を彷徨う。だがそれに返答はない。

 

「……いる訳もないか」

 

 当然の話だった。死に置いて行かれたスカサハ以外で世界の外側へと弾かれた影の国で生存し続けられる存在はいない。或いは幻想種ともなれば話は別だろう。もはや現象の様に時折出現するそれだけがスカサハの存在を知る生物であった―――だがそれすら幻想。人ではない。スカサハの求める解を出せる存在ではない。故にスカサハは求めに求めた。繋がりを、戦いを、自らの存在の証明を果たせる時を。

 

 そして、それは唐突に来た。

 

 

 

 

「―――本当に哀れな女だな、スカサハ」

 

 召喚された影の国は消え去った。完全に荒れ果てて死の大地と化したアメリカ、尻の下には家一軒ほどのサイズはあるであろうアースの氷河によって凍らされた岩塊の姿がある。楕円形の巨岩は大地から僅か数センチの差を開けて浮かんでおり、その下には半径三十メートルに延びる方陣が広がっている。そんな巨岩の上で煙草を口に咥え、アースに向かって煙草を差出し、火をつけて貰いながら一服をする。もはやそこにはラーマの姿はなく、空中での戦いは続いているが、カルナとアルジュナの戦いは完全に停止して空からの破壊音以外は大地は静かになっていた。ケルトの兵士達が出現しない辺り、ワシントンDCでメイヴの殺害に成功したのだろう。となると戦いも終わりが見えた。

 

「お前はなんてことはない、本当にただの女だったんだな」

 

 やった事は簡単だった。スカサハを刺し違えながら抑え込み、曲射で放たれた矢が同時にスカサハを追い込み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で断たれたクンバカルナの腕越しにラーマが出現、生身のスカサハの首筋の神経と魔術を遮断、動きを完全に停止した所で封印術をかけて完全に封印し、動きを停止させた、と言うだけの話である。とはいえ、抵抗が激しくここから去った瞬間に封印を破って外に出てくるだろう。その為、自分はここを動く事は出来ないし、ラーマは最期をシータと過ごす為に去ってしまった。

 

 だから時間を潰す代わりに、煙草で一服しながら第五特異点の終末まで説法をしていた。

 

「本当に愚かで哀れな女だ―――」

 

 スカサハという女に救いはなかった。彼女に死はない。それはどんな言葉であれ、覆せない事実であり、それはスカサハの()なのだ。彼女は過ぎたる領域へとそのまま、役割もなく踏み込んでしまった為にその対価を受けなくてはならなかった。一種のバグだと言っても良い。それはスカサハの様な女に対しては当然の処置だし、俺はそれをどうこうするつもりは一切なかった。だが()()()()()()()()()()()()()()()()話だった。

 

 スカサハ自身が誰よりも理解している。

 

 自分に救いはない―――救われてもいけない、と。

 

 スカサハという女は誰よりも厳しい女だった。弟子に対して、他人に対して―――そして己に対して。そうでもなければ神域の武芸者にまで至る事は出来なかっただろう。故にスカサハももはや、諦めとは違うが、死という事に関しては一種の達観にあった。何時か、時の果てで許される時があるのかもしれない。その時にきっと、終わりを迎えられるだろう。

 

 だがそれとは別に―――スカサハは人でありたかった。

 

 誰かに人としての記憶に残りたかった。

 

 彼女を正確に記録しているのはもはや座に消えた弟子たちの存在だけ―――不安定な召喚によって姿を見せ、そして役割を終えたら消えるだけの儚い幻想。生きている存在ではない。故にスカサハは求めた。

 

 誰よりも鮮烈に、鮮やかに、苛烈に―――ケルトらしく記憶に残り、なおかつ死の先へと進めるかもしれないという可能性を。

 

「めんどくせぇ女だ……助けての一言も言えないのか」

 

 いや、言えたのだろう。だが言わなかった。言う事は止めた―――きっと、それはスカサハではないから。

 

 記憶に残るべきスカサハという女戦士は苛烈で、厳しく、強く、そして美しく―――そういう存在だった。そしてどこか、救いのない哀れさを孕んだ女だった。そうでなければならない。そもそもスカサハ自身、馬鹿ではない。この迫り方で目的が果たされる訳もないと解っていた。悟られるとも知っていた。故に一種の茶番であり、傍迷惑な自殺でもあり、しかし止める事は出来なかった。

 

 それが戦士としての性だった。

 

「―――ふぅー……長かったアメリカもこれで漸く終わりか……」

 

 空では(グル)と未来王による衝突が繰り返され、おそらくは召喚が終了するその瞬間まで、空に亀裂を生みながら戦闘を繰り返すのだろう―――地味に被害が地上に来ない様に戦おうとしている辺り、二人とも器用な部分が伺える。結局はクリシュナの一人相撲だったかぁ、と呟きながらやれやれ、と呟く。

 

「流れ弾食らう前に特異点終わらねぇかなぁ」

 

 祈りながら呟く。もう、こんな忘れられそうにもない女の相手をするのは心底嫌だなぁ、と思いながら。




 アメリカはこれで終わり。これ以上やろうとすると終わりが来ないというか尺取りすぎるで全体がダレるという問題もあるのでここらで終わりなのです。書けば書く程良い、という訳でもないのよね。という訳でおしまい。次回からは次の特異点までのイベント。

 それはスカサハという救いのない女の話であった。

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