―――結論から言ってしまえば、エジソンの目を覚ます事に成功したらしい。
その際にパラシュラーマvsカルナの戦いが発生し、城の横の大地に底の見えない大穴を生んでしまった事以外は陣営としての損害はほぼなかったらしい。流石にそこら辺はパラシュラーマも自重した―――のか、或いはカルナが意地でも通さなかったのだろう、どちらにしろ、エジソンとの相対は終わった。これによってアメリカ合衆国側は一つの集団として纏まる事に成功した。それにより、漸く、ケルトという敵に対して相対する事が出来るようになった。
これにより、第五特異点は漸く最終章への幕を開ける権利を得た。
―――城のテラスから夜空を見上げている。
エジソンがいなければ、まだ大量生産の概念が存在しないこの大地は廃棄ガス等の汚染からは縁遠く、空を見上げると美しい星空が見える。だがそれと同時に空を覆う光輪の姿が見える―――それは魔術王ソロモンではなく、その体に巣食う魔神王ゲーティアが放った破滅の宝具。全人類、その歴史という熱量の全てが詰まった理不尽極まりないエネルギーであり、それこそ宇宙を一つ創世してしまえるだけの熱量を誇っていた。既に作業は完了している。それに割り込む様に自分達は今、戦っていた。卑怯、と罵る事は出来ないだろう。これは人類が自力で掴んだラストチャンスなのだから。
「どこへ行っても星空は美しい……そう思わないか、アース」
「センチメンタリズムに浸るか契約者? だがその言葉は否定せん。確かに穢れぬ星々は、輝きの変わらぬそれは美しく映ろうよ……まぁ、私は多少見るのに飽きたがな」
アーキタイプのもっともらしい言葉に、苦笑を隠せなかった。確かに地球形成の頃から宙を眺めていればそりゃあ飽きるだろうなぁ、とその言葉に納得せざるを得なかった。とはいえ、それはそれだ。男は宇宙という世界にロマンティズムを覚えずにはいられない。それは無論、
だがそれはそれとして、
「雑に扱う様ですまないな、アース」
「気にするな。元々自分自身、かなりの我儘でついてきているというのも理解しておる。使い魔と称して世界とレイシフトを騙すのも相当無理をしておろう?」
「まぁ、そこは栄二お兄さんの持ちうる秘術の一つや二つでなんとか、ね。そこまで苦労する部分じゃないさ。何よりアースの存在自体、戦力として便利に扱えるから問題はないのさ。だけどそれはそれとして、やや雑に使っている自覚はある。そこだけはすまないね、と」
「解っているなら言う必要はあるまい。なんだかんだで雑に扱われるのも、使い魔の如く使役されるのも未知と言える事だ。何よりも、我が
アースの言葉に今度は普通に笑ってしまった。
「お母さんキャラか」
「この姿では聊か無理があるであろうがな。本来の
まぁ、確かにアルクェイドの肉体はかなり母性を感じる部分がある。あのドレス姿とかかなり悪くはない―――というか寧ろ良い、好きな部類に入ると思ったとたん、首にぶら下がる感触を得た。見れば先ほどまでどこかに消えていた愛歌が首からぶら下がり、此方の顔を引きずり下ろしていた。そのまま耐え切れず転びそうになるのを何とから体を捻って、尻からテラスに寄りかかる様に、座り込んだ。そのまま正面を占領する様に愛歌が座った。
「妬いた?」
「妬いた」
「そりゃあすまんね。という訳でアース、話の途中だが」
「うむ、心得ておる。ゆっくりとすると良い。私も適当に若者との会話を楽しむとしよう」
アースの気配が去って行く中、仕方がないなぁ、テラスの柵に背中を預けたまま、首を抱きしめるままの愛歌を一回転させるように引き寄せ、股の間に座らせるようにした。それで手を腰の周りに通して抱き寄せれば、満足したような息を感じた。これで幸せになるのだから安い奴―――と、思ってはいけないのだろう。何故なら
それ以外の道では終末の獣を生みだす穢れの大母に辿り着くだけだ。それが愛歌に用意されている結末。
故に彼女が幸せになるにはまず最初に、生まれから変わらなくてはならなかった。好きなタイプが変わらなくてはいけなかった。その上で運命そのものが狂わなくてはならない。もはや別人、とも言えてしまうかもしれない。だが根本的に愛歌は変わらない。嫉妬深く、そして情の深い、一人の女なのだ。そして里見栄二という男はその人生の全て、その労力の全てをまず愛歌第一に捧げると決めている。だから、これでいいのだ。
俺の人生自体が許されるものではなかった。俺は俺の人生を許せなかった。
だけどそれを許し、愛すると愛歌は言った。なら
「私、重い女になってないかしら」
「アホみたいに手がかかる重い女だよ、お前は。少なくとも俺の人生を丸一つ使わなきゃ面倒を見ていられない程には、な」
まぁ、気にするな、と告げる。じゃあ気にしないわ、と声が返って来る。
―――星を見上げた。
回り、廻り、流れ、そして星が揺らいでゆく。それは天体の動きだった。無限に続く、終わりのない永遠だった。だがそれにさえ答えはあった。こうやって座り、空気を感じ、心を無我に済ませる。感じられるのは服越しの愛歌の体温、世界の空気、星の息吹―――そして宙の鼓動。世界は少しだけ落ち着いて感じてみれば、言葉にならない音と祝福によって満たされている。そう、世界は祝福で満ちているのだ。だからこそ、ゲーティアを憐れむ。アレはそれが理解できていない。それが理解できていないのに全てを知った気になっている。
それは、本当に、悲しい。
「悲しんでいるのね」
「俺にも人並みの心はある―――とはいえ、こいつに関しては数少ない
そう、それは例外なのだ、と口の中で言葉を転がしていると、前方、テラスへと進み出てくる姿が見えた。それはシータとラーマの姿であり、此方を見かけるとむ、と声を零した。
「……もしかして邪魔をしたか?」
「いいえ、気にしなくていいわよ。二人だけの時間なんて私達はそれこそ何時だって捻出できるし……ね? それよりも其方は貴重な時間でしょう?」
「あぁ、そう言って貰えると助かる。……ただ、改めて余とシータで貴殿に感謝の言葉を告げたくてな」
そう言うとシータが頭を下げた。
「ありがとうございます、覚者殿。貴方のおかげでふたたびラーマ様の手のぬくもりを感じる事が出来ました。それはもはや二度と感じる事さえないと思っていた事なのに……」
「貴殿のおかげで余とシータは救われた。それだけを伝えたかったのだ。そして改めて感謝を」
そのラーマの言葉にいやいや、と手を振る。
「俺は正直なーんにも助けてないよ。そもそもここで離別の呪いを剥がせてもそれは
「それは真実だ―――だがここに存在した時間を余とシータは今感じている」
「そしてそれを私達以外の誰かが覚えていてくれています。……なら、それだけで十分です。たとえそれが消えてしまう事実であっても、再び私はラーマ様と巡り合う事が出来ました。ならきっと、またどこかで……そんな希望を抱けるのです」
「という事だ。うむ! すっきりした! 良し、ではパラシュラーマの所へ行くぞシータ! 今夜は昔話で盛り上がるとするか!」
「はい、ラーマ様! ふふ、寝ている時間も勿体ないですね」
会釈を残すと童心に帰ったかのように去って行く―――あぁ、そういえば、そんな時間もラーマとシータさえには無かったんだな、と思い出し、二人の未来が明るい事を祈る。それは既に終わってしまった物語だ。ラーマヤナの一説にはその後、ラーマとシータは再び一緒に巡り合えるなんてパターンもある。
だがそれは二次創作だ。
原典ではない。
その事実に、一切の変化はない。
ラーマとシータの物語の終わりに救いはなかったのだ。それだけは事実だった。
だが、それでもあの二人の言葉は正しい。今、この瞬間の時間を否定する事は出来ない。今現在流れるこの時間で発生した出来事は定礎復元と共に消え去ってしまう事実だ―――だが、それを俺達は覚えている。俺達がしっかりと記録している。ならそれはなかった事にはならない。二次創作でもいいのだ、誰かが幸せになった、という事実を覚えてさえいれば。
なぜならほら、世界はこんなにも祝福に満ちているのだから。
「―――ううむ、俺に覚者らしい考えは似合わないな」
「あら、そうかしら? 普段がちゃらんぽらんすぎるだけだから、もう少しだけ言葉遣いを正せばそれで十分だと思うわよ? 私は普段からかっこいいと思っているし」
「そりゃまたどうも」
星を見上げた。明日はいよいよ対ケルト最終章になる。最終的な戦術の確認は明日の朝行うとして、自分の最初の相手はまず間違いなくスカサハになってくるだろう。まずはあの地雷ケルト女をどうにかして処理しないと話にならない。非常に面倒な話ではあるが、そういう意味ではスカサハの取った手段は一切間違っていなかった。ただスカサハ一人相手に遊ばせておくだけ自分の存在が軽いとは思っていない。素早くあの女とケリをつけないとならない。
「なんとも、まぁ、面倒な話だ」
「あら、生きている生身の人間だから軽率に輪廻送りしちゃえばいいのよ?」
「それはそれ、これはこれ。俺がそれを稼働させるのは
見た目はいいのだ、見た目は。だけど中身が暗黒物質なのはどうにかして方が良い。
さてはて、
「―――先生ー! さとみー! さとみーせんせー!」
「あら、呼ばれているわね」
「つか何時だと思ってるんだアイツ……」
テラスから見下ろすと珍しい魔術触媒を両腕一杯に持ち歩く立香の姿が見えた。それらはどれも、自分が霊基再臨を行う為に必要な素材だった。どうやらそれを見て悟った感じ、エジソン大統王から融通してもらったらしく、決戦前の強化に使おうという魂胆だったらしい。根源接続からの自己改造で強制再臨できるだけに、立香が素材を貢ごうとする事にちょっとだけ、罪悪感を感じる。
ちょっとだけ。だがやっぱり誰かに貢がせるというのは気分が良い。
「仕方がない、ちょっとだけ弟分に構ってやるか。年齢的には弟と言うよりはもはや息子なんだけどネ……」
「もう、そんな事で落ち込まないの。本当に救世主らしくないわねー」
「いいよ。俺のリソースは基本全部お前に振り込んでる形だし―――」
でも、まぁ、
―――原罪の獣と相対する時が来れば、俺もまた、この振る舞いを正そう。
その時は
まぁ、それまでは……適当に、緩く、自分らしくやっていこう。
星は、宙は、この世界はそれだけを許す自由と祝福に満ちているのだから。だからきっと、この旅は続くのだろう。最後の最後、青空を取り戻すその瞬間まで。
無言の吐血。
もうロリでいいや……。公式でも……ラマシタに救済を……。