Vengeance For Pain   作:てんぞー

125 / 133
最愛を求めて - 10

「―――は、ははは、悪くなかったぜ……お前の拳はよ。オラ、通れ」

 

 そう言うと満足げな様子のベオウルフがどか、と音を立てて草地の上に座り込んだ。完全にラーマとの殴り合いで満足したのか、体中に痣を作りながらもどこか、すっきりした感じをしていた。どうやら本当に聖杯とかそういう事はどうでも良く、殴り合いたかっただけだったらしい―――これはまた、物凄い珍しいタイプのサーヴァント、というかただのヤンキーだった。それを見下ろすラーマも結構考えなしで殴り合っていたのか、髪がぼろぼろになっている。それでも膝を折る事なくベオウルフを睨み付け、

 

「シータは、どこだ」

 

「一番奥の牢獄だよ。安心しろ、触れちゃあいねぇよ。そもそもこんなの俺の趣味じゃねぇんだ。とっとと救い出してやんな」

 

 めんどくせぇ、と言いながらベオウルフは煙草を取り出し、それを咥えた。ワイバーンを手招きするとそのブレスで煙草に火を付けさせる―――なんとも豪勢な火の付け方だった。それを見て毒気が抜けたのか、或いは冷静になったのか、ラーマが小声ですまん、と謝って頭の裏を掻いて、

 

 完全に飲み食いしながら眺めるこちらを見た。

 

「あの、その、もうちょっと緊張感とか……」

 

「念願叶うのは解るけど、中身はいい大人なんだから突っ走るの止めよう?」

 

「……はい」

 

 それを言われてラーマは大人しく頭を下げるしかなかった―――当然の話だが。ともあれ、ベオウルフは完全に満足してしまったのか、これ以上戦う気概を見せる事はなかった。そしてその理由はアルカトラズの意味がなくなれば前線へと向かえる、というしょうもない理由なのだからどうしようもない。まぁ、ラーマもベオウルフも結果としてはハッピーなのだからこれでいいのではないか、という話だ。

 

「まぁ、とりあえずは行こうか―――ラーマが暴走を始める前にな」

 

「そうだねぇ、まぁ、気持ちは解らなくもないんだけど」

 

 ネロとビリーの言葉にラーマが頭を抱える。そんなラーマの背中を軽く叩く様に前に押し出し、苦笑しながらサンソンが追い付いて軽くダメージを見る―――少し切れている部分があるが、酷いダメージはないらしい。本当にただの清々しい殴り合いだった様子で、後には何も引かない。馬鹿馬鹿しくも儀式的な殴り合い、

 

 ヒーローがお姫様を助け出すなら悪い奴の一人か二人でも殴り飛ばさなきゃ格好がつかない。

 

 それが終われば―――後は一直線だ。

 

 突入可能になるとまずラーマがアルカトラズの扉を蹴り飛ばした。蝶番が扉と共に吹き飛んで、奥の壁に衝突して砕け散る。そのまま足を止める事なくラーマが一気にアルカトラズの中へと飛び込んで行った。

 

「道解るのか?」

 

「気配で解る!!」

 

 そう言うとラーマは止める間もなく一気にアルカトラズの奥へと飛んで行った。アルカトラズの中へと消えていったラーマを走らず、歩いて追いかけはじめる。ラーマの言う通り、アルカトラズの中にはサーヴァント一騎分の気配しか感じられなかった。となるとアサシンでもいなければ、アルカトラズの防備はベオウルフと、周りの幻想種によって賄われていた、という事なのだろう。他のサーヴァントの気配を感じられない以上、急ぐ必要もなく、ラーマの破壊の痕跡を追いかける様に歩く。

 

「やれやれ、こういう所は年頃相応とでも言うべきであるか」

 

「ま、十四年間戦った結末を考えるとな。愛妻家って話は有名だったけどここまでとは凄まじいものを感じるわ」

 

「それよりも余はこの警備の薄さに驚愕するぞ」

 

「まぁ、心臓を撃ち抜かれたのであれば普通はそのまま敗退すると思いますからね。シータ自身にはそこまで価値があるとは思えなかった、しかし完全にノーマークにする事は出来なかった。そういう訳でサーヴァントを一騎配置した……と言う感じでしょうか」

 

 まぁ、ラーマの心臓を八割がた吹き飛ばしたのだ―――その状態から復活出来ると思う方が無茶だ。普通ならば。それを成し遂げてしまう辺りがやはりインド原産サーヴァントの恐ろしさというか、並の英霊じゃなくても真似できない事だ。ともあれ、そんな話をしながらアルカトラズの奥へと、邪魔となったいた鉄格子やシャッターの破壊の痕跡を追いかけながら進んで行けば、奥の方にラーマと、そしてそれに似たもう一つの気配を感じた。

 

 ―――流石に、二人の再会を邪魔するのも悪い。

 

 ラーマに追いついたところで見える範囲まで接近するのは止めて、

 

 少しだけ、二人だけの時間を離れて待つ事にした。

 

 

 

 

 ―――ひとしきり、ラーマとシータが二人だけの世界を作って満足したところで介入し、サンソンを検査の為にけしかけた。その間でもずっとラーマとシータが手を離す事無く握り続けているので、なんともまぁ、言葉に出来ない恥ずかしさを感じてしまう。そう、見ている此方の方が恥ずかしさを感じてしまう程シータとラーマは幸せな表情を浮かべていた。なんというべきか、もう、そこに一緒に、同じ空間にいられるだけで幸せとか、そういうレベルだった。その空気を食らってネロが奏者、と叫びながら撃沈していた。

 

「あの、ありがとうございます。ラーマ様から聞きました。皆様の力のおかげでこうやって切望していた再会を果たす事が出来ました。本当に、ありがとうございました……!」

 

「余から改めて礼を言わせて欲しい。余、一人であれば絶対にシータと再会する事は叶わなかっただろう……。呪いを解き、そして情報を集め、協力してくれたおかげだ。本当にありがとう」

 

 そう言ってシータとラーマが並んで頭を下げて来た。そんなラーマと並ぶシータの姿は凄まじい程にラーマに似ており、実は兄妹なのでは? なんて思えてしまう程に似ていた。だがそのカラクリも、一部は離別の呪いにあるのだろう―――離別の呪いは座にラーマとシータをラーマとして記録させているのだ。それが原因でお互いに、姿が近づいている部分もあるのかもしれない。

 

 それはそれとして、ずっと幸せそうにニコニコしているので、心が温まって来る。

 

「むぅ、流石にちょっと羨ましいわね……ねー?」

 

 言外にもっと構え、とアピールしてくる愛歌に苦笑しつつ、軽く愛歌の頭を撫でる事にした。まぁ、何だかんだで今の自分は一人じゃないし、誰か、一緒にいられる人と共にある……孤独ではないから、大丈夫だ。根源に溶けて消えるその日まで、常に愛歌と一緒だ。それはこれから先も変わる事のない事実だ。俺達は決して切れる事のない縁で結ばれている。

 

「―――ぐぬぬぬ、奏者! 我が奏者を月から呼ばねば……!」

 

「現代の月はもうないからねぇ」

 

「奏者ぁ―――!」

 

 ネロがかつてのマスターを求めて助けを求めるが、無論、月の勝者がそんな言葉で登場できる訳もなく、ネロの声はアルカトラズの中で虚しく響き渡るだけだった。まぁ、何時か会えるよ、と慰める気ゼロの言葉をネロへと嘲笑と共に送れば、拳が此方へと向かって飛んでくる。それを回避しながら軽くおちょくりつつ時間を過ごしているとおほん、という声がラーマの方から来た。

 

「その……なんだ、ゆっくりしててもいいのか?」

 

「おっと、それもそうだな。予想外に楽をさせて貰ったからすっかり忘れてたよ」

 

 ビリーの笑い声にそういえば今、立香チームがエジソンの説得の為の行動中だったな、と思い出す。上手く行けばそのままエジソン城で作戦会議を始める事も出来るだろう―――となると直接エジソン城へと向かったほうがいいかもしれない。

 

「となるとここには用事はもうねぇな。忘れ物、何もないよな?」

 

「うむ―――シータは死んでも絶対に手放さぬ」

 

「ラーマ様……」

 

「えぇい! その甘い空気を止めぬか! 止めぬか!! 余が惨めであろう!」

 

 見つめ合うラーマとシータを引き剥がそうとするネロをサンソンとの二人がかりで腕を掴みながらアルカトラズの外へと引っ張って行く。いやだー、奏者を呼べー、と駄々を捏ねるネロを無視してさっさとアルカトラズの外へと出ると、そこには焚火で竜肉を焼くベオウルフの姿を見た。既に焼き終わった肉が漫画肉の様な骨付き肉となっており、骨の部分を掴んでは食いちぎっていた。ネロを連行する此方の姿を見て、ベオウルフがおう、と言う。

 

「用事は終わったのか?」

 

「余が駄目なのに桃色空間を許すものかー! 放せー!」

 

「あぁ、おう。なんとなく解ったわ」

 

 その後で出て来たラーマとシータの姿を見るとベオウルフが立ち上がり、おーし、と肉をかじりながら周りの幻想種へと指示を出す。

 

「てめぇら! 囚人のいない監獄に価値はねぇ! これをぶっ壊したら前線に戻るぞ!!」

 

「!?」

 

「あぁん? 壊す必要? ……ノリに決まってんだろ!!」

 

 流石鉄腕王、その理屈はおかしい。とはいえ、幻想種の方も最初は困惑してたがノリが良いらしく、ラーマとシータが出た後は嬉々としてアルカトラズの解体へと向かって行く―――その姿を見るに、どうやら余り暴れられない幻想種のストレス発散を兼ねている様にも見える。なんだかんだでこの殴り合いしかしなかった脳筋王は部下の事を考えていたらしい。そしてそんなベオウルフはおう、と呟き。

 

「もう用事はねぇんだろ? さっさと行っちまいな。次、戦場で会ったら今回みたいな事はしねぇ。正真正銘、全力の本気で殴り飛ばしてやるからな。楽しみに待っておけよ」

 

 それだけ告げてベオウルフは此方に背を向けた。恐らくは元々、この監獄に女を一人拘束し続ける事自体好きではなかったのだろう。その為か、楽しそうに部下の幻想種に混じってアルカトラズの破壊解体へと向かって行く。ストレス解消に混ざりたがるネロを引きずりながらアルカトラズを去って行く。何時までもラーマとシータが手を離さないのでネロ本人が荒れ狂いっぱなしである。

 

「えぇい、いい加減にしろネロ! お前のその態度を月の勝者が見たらなんと言うか!」

 

「奏者であれば抱きしめて可愛いと言ってくれるであろう!! そのまま余と即ベッドイン!」

 

「駄目だこれ」

 

 駄々を捏ねるネロをそのまま引きずって行く。これならこいつをエジソン側へと送れば良かった、と心底後悔しつつ、完全に二人きりの空間を形成しているラーマとシータ夫妻を軽く盗み見て、それから前方へと視線を戻す。

 

 考えるのはこれからの展望の話だ。

 

 これで凡そ、この大陸で集められる味方は集まった。立香とパラシュラーマが揃っているのだから、というかナイチンゲールがエジソンの病の前で失敗するとは思えない。だから彼方は絶対に成功するだろうと思っている。そしてそうやって集められるだけのサーヴァントが揃った今、漸くケルトと戦うだけの準備が出来た。

 

 それによって最終決戦へと挑むだけの準備が完了する。

 

 ……コンホヴォルの権能によってメイヴには未来視が備わっている。その為、彼女に暗殺や奇襲という手段は通じない。つまり()()()()()()()()()が一番の手段になってしまう。その為、ケルトvsアメリカという勝負、その最終戦はどういう形になるのかは()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()、これだけだ。

 

 持てる最高の戦力で強引に戦線を突破、メイヴと敵クー・フーリンへと接敵、そのまま正面から圧殺する。これがおそらく可能な唯一の勝利のルートだろう。

 

 問題はケルトの物量に対する此方の対抗手段が必要な事と、相手がケルトとインドから召喚している将兵の数だ。

 

 それらの問題をどうやって解決するかが最終戦における勝敗を分ける要素になるだろう。

 

 ―――それはそれとして、スカサハの事もある。

 

 シータを救い出したところで、第五特異点の未来はまだまだ暗かった。




 ラマシタは特別な事をするのではなく、なんか、もう、一緒にお互いを認識して手を繋いでいられるという時点でもうそれで完成されているなぁ、というかそこに神聖さがあるなぁ、というかもう……心が……浄化……ウワァァァァァ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。