Vengeance For Pain   作:てんぞー

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最愛を求めて - 9

「大丈夫? 辛くない? 結婚する?」

 

「結婚したい……ちゃんとした家庭に入りたい……」

 

「駄目だなこれは。使い物にならんぞ」

 

「良し、任せろ。弟子の基本というのは生かさず殺さずだ。僕がそこらへん叩き起こしてやろう。場合によっては来世巡りするかもしれないけどね」

 

「超起きました」

 

 ―――そういう訳で、別行動の時間となった。

 

 無論、この短期間で劇的なパワーアップなんてない。ちょっとだけ、体の使い方がマシになったというレベルの話だ。そもそも覚醒したら数倍も強くなると言う考え方が都合が良すぎるのだ。人間、覚醒が入ったとしても強くなるのは良くて三割程度が限界なのだから、継続的に鍛えて強くなることが重要なのだ。なので、特別、強くなったという訳ではない。それでも(グル)の心遣いに関しては嬉しかった。

 

 久方ぶりに、過去の自分を知る人物との時間だったのだから。楽しくない訳がない。今では自分の過去を知るのも生きている人間では愛歌とパラシュラーマのみ、手段がどうであれ、思いっきり運動させられたのは懐かしさと色々と悩む前に発散させる為なのだろう。それでいてキチンと秘術は口伝として受け取った。

 

 書物にも記録にも残さない、言葉のみで伝えられる秘術の中の秘術。それを分けて貰えたのだから、大成果だ。

 

 ―――それはそれとして、作戦行動が開始する。

 

 即ちアルカトラズチームと、説得チームの行動である。ひたすら西へ、アメリカの端へと行った所にアルカトラズは存在するらしく、地形的にはそこまでは山脈のない、平坦な道らしい。漸く、シータに会えるという気持ちのせいか、ラーマは朝からテンションが天元突破している部分が見える―――おそらくは離別の呪いが存在しない事から今回ばかりは本当に会えるかもしれないという思いがラーマの闘志を後押ししているのかもしれない。

 

 そんな事もあって、アルカトラズへと向けての移動、ラーマは常にフルスロットル状態だった。

 

 英霊オンリーのチームである事を含めて、今回も移動に手間はかからない―――ひたすら全力で西を目指せばよい、というだけの事なのだから。そう言う事もあって西、アルカトラズへと向かっての旅は実に順調だった。編成されたチームも基本的に全員、戦闘を行えるサーヴァントであり、幅広い状況に対応できるメンツになっている。

 

 ―――そうやってアルカトラズへと近づけば増える存在がある。

 

 ワイバーンだ。

 

 偶にレジスタンス拠点を突く様に出現するワイバーン―――少し前まではエミヤによって非常食として処理されていた幻想種だが、その出現傾向と方角から、その巣はどうやら西の方、つまりはアルカトラズ方面に存在している様子だった。そしてそれを肯定する様にアルカトラズ方面に近づけば近づく程、うざったらしいぐらいにワイバーンの数が増えて行く。それはまるでこれ以上進む事を阻む様で、ワイバーンのみならずドラゴンまで複数出現し始める始末だった。

 

 とはいえ、そんなものでラーマやノリノリのネロが止められる訳もない。ラーマは赤子の手を捻るが如くドラゴンを抹殺するし、それをネロは皇帝特権で真似て、ドラゴンスレイヤーリプレイを始める。そんな事もあり、出現する障害は障害らしい事を全く行えず、インドとローマのコンビネーションによって瞬く間に蒸発し、逆鱗等の素材に変わって行く。何だかんだで大量に出現する幻想種は素材になってくれるから嬉しい話でもあった。

 

 とはいえ―――目的が目的だ、油断や慢心、抜かりなんてものはない。

 

 宝具の効果によって多種多様の武器を持ち込めているラーマはそれらを駆使して虐殺という言葉に等しい行いをワイバーンやドラゴンたちへと向けて行い続け、アルカトラズへと続く道を真っ赤に染め上げながら突き進んで行く。それはまるでかつて、彼がランカー島に幽閉されたシータを救い出す時のような形振りの構わなさであり、今度こそ、絶対に、という鋼の意志を感じさせるものだった。

 

 半日ほど、ノンストップで殺戮を続けながら西へと進み続ければ、やがてアメリカの果てへ―――つまりはアルカトラズへと到達する事が出来た。

 

 

 

 

 正面には巨大な監獄の姿が見えた。城の様にそびえる石造りの監獄の周りには大量のワイバーンが哨戒しており、鳴きながら警戒の声を放っている。その他にもドラゴン、ゲイザー、ソウルイーターの姿が見え、アルカトラズという監獄を最大の警戒を持って守護しているのが見えた。だがそれらは今、威嚇するような声を放ちながらも一切近づこうとする事はなかった。その理由は実にシンプルであり、

 

 ―――ラーマが、本気だった。それだけだった。

 

 神性を失っていないラーマはアヴァターラとしての権能を持っている他、サルンガを抜いた数多くの武器を持ち込んでおり、それを自在に振るう万全の技量を誇っている。だがそんな事実よりも、ラーマの魔力なんてものよりも、問題はその気迫だった。それだけだった。ただそれだけでしかし、幻想種は()()()()()()()()()()()()()()()という事実を本能で悟ってしまった。

 

 それこそ、味方である自分達さえ先頭を譲ってしまう程度にはラーマの放つ気迫は違った。

 

 ここに、まともな精神の人間が一人もいなくて良かった、と言える。

 

「……わぁ、凄い。これ、()()()()()()()()()()って奴だね」

 

 口笛を吹きながらおちゃらけるビリーの言葉だったが、その言葉に偽りはなかった。心臓の弱い人間でなくても、今のラーマと同じ空間にいれば心臓が停止するだろう。それぐらいには少年の姿をした化身は本気だった。そしてその視線はアルカトラズの監獄、その前の道を塞ぐように座り込む褐色肌の男へと向けられており、その褐色肌の男はこの充満する気配と威圧の中で、笑みを浮かべた。

 

「最初はどんな小僧かと思ったが―――いや、言い訳だなこりゃ。俺の名はベオウルフ。ケルト側に与する将が一人……つっても暴れてぇから味方してるだけなんだがな、これが! がっはっはっはっはっは!」

 

 盛大に笑うとベオウルフは立ち上がり、鈍器と剣を握りしめ、それを肩に担いだ。まるで獣の様な男だった。とてもだが王としては相応しくはない、戦士でも人でもない、獣の様な男だ―――だけど、それでも矜持を持った男だった。目の前の男が到底メイヴに魅了されているようには見えなかったが、それでも彼は敵として立ちはだかっていた。

 

「まぁ、なんだ。見ての通り、俺がここの管理者で責任者で看守で門番だ。そして俺一人がここの管理をしてる……ってーことで、オキャクサン? ご用件を伺おうか?」

 

「シータを、余の妻を返してもらおうか」

 

「悪いな、面会も脱獄も禁止なんだわ」

 

 ―――本来なら、とベオウルフはその言葉に付け加え、視線を真っ直ぐラーマへと向けた。それで大体、ベオウルフの要求と言えるものが理解できた。その為、小さくふふ、と笑い声を零した。ネロ辺りはロマン思考から何をしようとしているのか理解できているだろうとは思う。だからこれはもう、出番ねぇな、と諦めて溜息を吐く。

 

「―――だが俺は殴りに来た。殴り合いをしに来た。なのにこんなところで暇してたんだわ。っつーことで、テメェ」

 

 ベオウルフが武器を後ろへと投げ捨てた。重量のあるそれはアルカトラズに衝突するとその壁をへこませながら埋まった。それを横で見てたワイバーンが鳴きながら逃げて行く。それに気にする事なくベオウルフが拳を握った。

 

「女が欲しいってなら、拳で取り返してみろ―――!」

 

「邪魔だァァァア―――!!」

 

 完全に熱血の入ったラーマが武器を投げ捨ててベオウルフへと向かって飛び込んで行った。

 

「邪魔するんじゃねぇぞてめぇら!!」

 

ごぎゃー(ムリっす)

 

 幻想種達の混ざれる訳ねぇだろ、という抗議の声が響くのと同時に、ベオウルフとラーマが飛び込み、握りしめた拳を二人が同時に避ける事なく、互いの顔面に叩き込んだ。それを受けてもなお、ラーマとベオウルフは一歩も引く事はなく、咆哮しながら拳を握りなおした。そのままラーマもベオウルフも、一歩も引く事無く完全なインファイトを始め、殴り合いを開始する。その姿に幻想種たちはなんだこいつら、という視線を向け、

 

「うむ! 余のコロシアムでの闘技を思い出す光景であるな!」

 

「完全に男の世界入っているねぇ、これは」

 

「終わった後の治療の準備だけはしておきますね」

 

オカン(エミヤ)が残して行ったワイバーンジャーキーでも食うか」

 

 此方は完全に観戦モードに入っていた。ジャーキーをかじりながらラーマ対ベオウルフ、西洋対決を眺める。隣でネロがいけー、そこだー、負けるなー、と物凄く煩いが、それを無視しながら二人の勝負を眺める。

 

 ベオウルフの打撃は強く、そしてひたすら重い。恵まれた体格と圧倒的な筋力と耐久力を合わせたハードパンチャー、それがベオウルフのスタイルだった。基本的に引くという概念も守るという概念も持たない、野生の拳。攻撃をその体で受ける瞬間に筋肉を締め上げ、固定、硬化させ、その瞬間だけ鎧の様に固めて耐えるというスタイルを攻撃を受ける一瞬だけやって、そしてそうやって肉体で受け止めた相手の攻撃で動きが停止している時にカウンターを叩き込む、まるでプロレスを見ているような戦い方だった。

 

「どけぇ―――!!」

 

「進みてぇなら俺を退けてみろ!!」

 

 それに対するラーマの動きは鋭く、そして素早いものだった。刻むような武の冴えは古式ムエタイのもの、拳だけではなく足技を入り混ぜたコンビネーションでベオウルフに凄まじい速度で連打を加えて行く。古式ムエタイの開祖であるラーマはその武術の極みにある存在と表現しても良く、ベオウルフの荒々しい動きとは対極的な動きを取っている。ベオウルフの拳をいなしながら腕や足を滑り込ませ、凄まじい速度でベオウルフの体を何度も何度も穿って行く。

 

 ―――ただし、感情が高ぶり過ぎているのか、やや細かい部分が雑になっているのが自分の目で見えている。

 

 だが、

 

「悪くねぇ―――悪くねぇぞ!!」

 

 それさえも良し、とベオウルフは笑っていた。何よりもベオウルフはラーマのその気概と気迫と、そして妻を救おうとするそのラーマの心の籠った拳を受けて全力で笑っていた。それでいて悪に元から徹しきれていないのだろう。しばらく殴り合いを続けると、ラーマの乱打に押し切られるような形でベオウルフが後ろへと軽く押し込まれた。それで更にベオウルフのテンションが上がる。

 

 はははは、と笑う声と、ラーマの咆哮がアルカトラズの空に響く。幻想種たちは先ほどから繰り返される本能的な危機の気配に、ゆっくりとだが逃亡を始めていた。

 

 その光景を前に、完全に仲間はずれになった俺らはジャーキーを口に咥えながらラーマの戦いをやっぱり、観戦してた。

 

「行けぇーい! そこだぁー! 奥方を救うという気概を見せるのだぁー! そこだ! 王者パンチ! 王者パンチだ!!」

 

「すっかりネロさんが夢中に」

 

「まぁ、ローマ出身だからな―――あ、出る前に(グル)が淹れてくれたチャイ飲む?」

 

「えらくフランクだね、あの人。あ、貰うよ」

 

 四人で横並びになりながらラーマとベオウルフの戦いをチャイを飲みながら眺める。

 

 ―――これ、俺達、必要なかったのではないか……? なんて疑問を持ちながら。




 ラーマ、怒りのランボー。

 古式ムエタイの開祖なので型月的に言えばきっとムエタイEX。そう、武器がなくなったところで弱くならないのだ。それはそれとして、タイマンを始める男たち。偶には本能のままに暴れるのだ……。

 5章が完全にてんぞーと学ぶインドになってて笑う。

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