スカサハが踏み込んだ。それと同時にその足は泥を踏んでいた。穢れの盃から溢れ出た、汚染の泥。それに触れればあらゆる生物がその強度を歪められ、脆く崩れ始めるそれを、スカサハは踏みながらも一切体勢や動きを崩す事無く、自然な動作で直前まで踏み込んでくる。完全に自身の体重、筋肉、可動範囲、バランス、そして
芸術を超え、神域にある。
―――しかし、
「
振るわれるゲイ・ボルクにも見える呪いの朱槍を一瞬で同じ、槍で弾きながら返しの動きで、つまりは逆の手で握る不滅の刃でスカサハの首を取りに行く。それは何の抵抗もなくスカサハを殺しに行き、
そして鮮血と共にその首に突き刺さった。
「―――な」
「正気か……!」
だがそれでもスカサハの動きは止まらない。首に不滅の刃が埋まって行くのを気にする事なく前へと進み、此方へと向かってくる。それに従って首は断たれて行き―――刃が反対側へと抜けた。スカサハの首は完全に断たれた。だがその瞬間、彼女は死から否定された。死という概念そのものがスカサハへと届かない。触れる事が出来ない。存在する事が許されない。それ故に、彼女は即座に正しい形へと戻る。つまりそもそも首を切り落とされてなんかいない、という状態へと。スカサハに致命傷という概念はなかった―――そう、彼女に死はない。
それは祝福でもなく、呪いでもなく、ただの生き地獄だった。
「まぁ、だから
ラーマを抜けて接近したスカサハの槍と一合、斧を重ね合わせた。それだけでスカサハの持つ死への執着、妄執、愛しさを感じられる。この女は心の底から死にたがっているが、魂や肉体を殺した程度じゃもはや死ぬ事が出来ない。それ程までに絶望的に死から遠ざかってしまった。哀れに思いながらも、ゲイ・ボルクを下へと向けて叩き落した。次の瞬間には逆の手に出現する新たなゲイ・ボルクをもう片手の新しい斧で叩き潰しながら、
素早く六合、連続で刃を重ねた。鋼音が響きながら武器が破壊され、痺れが手に残る。たったそれだけで技量的にはスカサハの方が上回っているというのを理解できた。そもそも悠久の時を生き、絶える事なく鍛え続けて来たのだから、当然の結果とも言える。故に、
「―――故に
「
体を下へと引きながら膝を折り、朱槍の下を抜ける様に動きながら新たな斧を取り出すのと同時にラーマが連携して槍と剣を振るう。僅かにタイミングをズラして行われる槍と剣の連携は相手の反応のタイミングを狂わせる為の動きである。反応した後で捉えて殺す、そういう類いの動きをラーマは取る。しかし殺す為ではなく、
「戯け、生前ならともかく今の貴様で私を捉えられるとでも思ったか」
スカサハが回避した。その動きはシンプルに体を反らせるという動きだった。だがそこに異常とも取れるのはゲイ・ボルクを一本、ラーマの槍に当てながら固定、そこで発生する力の拮抗を使って体を反らせたまま持ち上げ、下からの攻撃を回避しながら体をズラして行き、ズラされる攻撃のタイミングに対応して動く。
だがその動作に入るのと同時に此方も一気に消し飛ばす様に動く。空中にある以上、スカサハの動きは鈍い、故に、遠慮なく空を薙ぎ払う様に、
「―――
奥義を放った。
「
「
重力が急激に縫い付ける様にスカサハの体を大地へと引きずり下ろし、奥義を回避した瞬間、影の中で待機していたアースが上半身のみを覗かせ、スカサハの眼前に手を伸ばした。
「
直後、大地を波が走った。その発生と同時に正面広がっていた大地は一瞬で分解し、砂漠を通り越して液状化し、泥の海へと姿を変貌させた。閃光の通りで一瞬だけスカサハの姿が消える、が、その気配は消えていない。素早く後方へと向かって跳躍すれば、空に飛びあがるスカサハの姿が見えた。鮭跳びの術であのタイミングから逃げ延びるか、と軽く呆れさえ感じるが―――この流れは読めていた。そして跳躍しているスカサハは力を引き出してくる為にゲイ・ボルクを既に投げ放つ態勢にある。その動きは一瞬。
「―――
「
ゲイ・ボルクが投擲されるのと同じ時間軸に干渉し、因果による心臓を貫く呪いを発動と同時に解除し、発動を無かった事とする。だがそれは別に発動自体がなかった事になる訳ではない。斧を二本、交差させるように切り払う。まるで1トントラックを生身で受け止めたかのような衝撃に体が後ろへと無理やり押し込まれ、斧が砕け散る。だがその瞬間にはスカサハは無防備であり。
「……精霊よ、太陽よ。今一時、我に力を貸し与えたまえ。その大いなるいたずらを―――
「……呼んだか?」
「呼んでない。呼んでないから連射しろ。とりあえず連射しろ」
出現する巨大なコヨーテの守護霊、そして出現する太陽。それが一瞬で正面の世界を炎と閃光で包み込んだ。それを助長する様にれんごくをノンストップでアースが叩き込み続けている。逃げ場が無いように抜けられそうな場所を潰し、確実に追い込んで封殺する様に、地形そのものに埋没させるように―――スカサハが得意とする近接武装戦へと持ち込まれない様に攻撃を連続で放つのに、自分も弓を抜いて参加する。一瞬でこの世の地獄とも思える光景が繰り広げられる中、周囲の景色が、風景が、空気が変わって行く。
「―――阻め、我が国、我が身を守護する七つの城壁よ! 来たれ不幸の原!」
「ざけんなー! ざけんなー!
「固有結界ではないな、直接国を召喚して上書きしているか。
「はっはっは、……これは
「そう言いながら一切手の動きを止めずに爆撃を強める辺り流石よね」
弓をラーマと並んで素早く連続で乱射し続ける
それはどんな強運であろうが全てを無に落とす、祝福殺しの野原だ。
それをシャーマニズムでジェロニモがアメリカの大地を活性化させ、召喚された大地に対してアメリカの大地そのもので抵抗する事によって軽減する―――スカサハの本業は呪術師だ。呪いに関する干渉は全て遮断できるが、不幸の原は性質であって呪いではない為、片手間で遮断する事が出来ない。
「プシュカ・パタ! プシュカ・パタ・ヴィーマナ出そう、ラーマくん! お空から爆撃するのだ!」
「余は今はセイバーなのだ! ライダーじゃなければ持ってないぞ! 神器の類であればありったけ持ってきたのだが!」
「このインド使えねぇなぁ! 霊基改造してセイバーで来るならもうちょっと使える宝具持ち込んで来いよ!!」
「良し、戦いが終わった後で話があるとして―――来るぞ!!」
「メンヘラでヤンデレで数千年引きこもりの見た目だけ若作りのババアがか! あ、殺気凄い」
「余裕あるな君達は」
鉄火場は慣れているからなぁ、と思いつつ、城壁を超え乍ら飛び込んで殺しに来るスカサハの姿が見えた。その両手にはゲイ・ボルクが一本ずつ―――そしてその背には同じような呪いの朱槍が三十を超える数で浮かんでいた。その全てに原初のルーンが刻印されており、その全てに心臓破りの呪いが付与されていた。それをどんな方向へ、バラバラにランダムにはなったとしても、その全てが因果を超えて心臓を突き破る為に異次元な軌道を描きながら動くだろう。
正気じゃねぇ。
死にたい。
だけど女王と戦士としての誇りがある。
故に―――
切実に帰ってくれ、と言いたくなるメンヘラ代表だった。とはいえ、殺しに来る以上、殺さなくては此方が殺される―――というか本気で殺しに来ている。これだから、
「ケルトは……!」
朱槍が放たれた。それらの呪いを発現と同時に浄化した。だが朱槍の動きは停止せず、そのまま残像さえ残さずに落ちてくる。それをラーマが弓を速射しつつチャクラムを飛ばし迎撃、朱槍をピンボールの様に跳ね飛ばしながら慣性を利用し、ぶつかり合って弾く。その合間を抜ける様に一気にスカサハが飛び込んだ。不幸の原、その泥濘や効力は一切スカサハには届かず、彼女に味方していた。確かな足取りで底なし沼の上を沈む事なく進んできながら、二本の朱槍を手に、四本を浮かべながら接近した。弓を捨て去りながら踏み込む―――斧を抜きながら確かな足元を感じる。強大すぎるため、この距離ではもう
―――ここからは経験と技巧と連携の勝負。
「私を―――殺せ」
「うるせぇ」
「貴様はここで」
「さっさと死ぬといい」
ラーマから位置を僅かにズラしながら両側から攻め込んだ。対応にスカサハの両手が塞がり、その瞬間に守護獣がスカサハの背後に出現し、ジェロニモの命令と共に一気に襲い掛かった。振り返る事もなく浮かべる朱槍で迎撃に回りながら、スカサハの重心がズレ、打ち合わせる武器を引き込もうと動かす。それに対応し、武器を引きながら後ろへと下がれば、朱槍が回転する様に振るわれる。速度の乗る槍の動き下がるのと同時にれんごくが叩き込まれるのをスカサハが影そのものになる様に姿をブレさせ、動きを作った。
「
が、それを読む―――この地上において読みという一点で覚者を超える事の出来る存在はいない。心を読むのではなく、その人物という存在そのものを読む為、無心になって動いたところでその動きを悟れる。それが覚者という反則的な存在であり、それに対抗できるのは―――その領域まで心理学を極めている存在、プラトンの様な者ぐらいだろう。故にスカサハもそれを相対して理解している為、
―――即ち、技量と経験でゴリ通す。
回避先に攻撃をラーマとサトリとマツヤの予見の権能で互いの動きを読み取りながら即席で連携を組みあげて行く。攻撃を交代させるように素早く、連続で押し込む様にスカサハを圧倒しようとするが、生身であるスカサハに対する制限は現在―――存在しない。
その為、クラス分け等という弱体化を受け付けず、全ての技を持ってスカサハは動ける。
その武術の冴えは
となると、反撃上等で一気に押し込む以外の選択肢が無い。
「
武器を破壊されながら手刀で朱槍を受け流しつつ、拳を握り、根源へと接続する。
片手をスカサハの肩に置き、ミシリ、と骨を砕く様な音を立てながら青年は出現した。浅い褐色の肌に黒髪、上半身をポンチョの様な格好で隠しながら片手で三日月の様な形の斧を手に握り、素足で大地を踏む青年は髪をオールバックで流しながら、口を開いた。
「―――お前、誰の許しを得て人の弟子虐めてるんだ?」
直後、人の姿が影となって吹き飛んだ。遠くで聞こえる城壁の粉砕音と共に、漸く、割って入った姿を見る事が出来た。実に二十数年近い再会となる人物は僅かに成長したようにしか見えない姿をしており―――それでさえ、本当の姿でもなく、力を発揮する為の変体であるのは理解できた。だがその前に、ややひきつった表情のまま、言葉を向けた。
「お、お久しぶりです
「久しいな、馬鹿弟子。理解力が上がった所で少しはお前の師の偉大さを理解できるようになったか? ん? はは、冗談だ、そう僕に怯える事もないだろう?」
「は、はは……はははは……」
どうしてだろうか―――最強の助っ人を前に、乾いた笑いしか漏れないのは。
ハイパーお師匠大戦、アメリカとさとみーとクーニキは吐血する。二人とも帰ってくれ。
果たしてこの戦いに収拾はつくのだろうか……。なお規模としてはどちらも観察と手札の確認なのでまだ小規模な模様。