―――ラーマヤナの主人公、ラーマの物語は生まれる前から始まっていた。
元々ラーマヤナという物語の始まりはラーヴァナと言う一人の羅刹王が修行を始めた事により、始まる。ラーヴァナは全部で十の頭と十対の腕を保有する羅刹だった。彼は炎で自身を焼きながら苦行を始めた。それも年月が経過するごとに彼は自分の頭を一つ、そしてまた一つ、と切り落としたのだ。その苦行を通し、首が最後の一つとなり、それを切り落とそうとしたところで、創造神ブラフマーがラーヴァナの苦行に応えた。そしてその時、ラーヴァナは求め、ブラフマーから授かったのだ、
以降、ラーヴァナはいかなる神性、神性を持った存在、神話によっても害する事が出来なくなった。インドラも、ガルダ、シヴァも、どんな神であろうとラーヴァナを倒せなくなってしまった。その権利を唯一保持するのは純粋な人間のみだった。神性を持たぬ人間のみがラーヴァナと対峙し、そして打ち勝つ事を許可される。それがラーヴァナの特権にして権能だった。故に古代インド、未だに神と人が交わり、半神、或いは神の血を引く者が大量に存在した時代だった。ラーヴァナに匹敵する実力の持ち主は多くいた。だが、ラーヴァナの権能を前に、その条件を満たしてラーヴァナを御せる存在がいなかった。
無論、ラーヴァナはそれを知っていた。知っていたからこそブラフマーにその権能を強請った。そして当然の様にラーヴァナは蹂躙を始めた。彼は数多くの神々に対して勝負を挑み、勝利し、その財宝や妻を集めた。それは彼の征服という野心でありながら生き様、そして同時に羅刹としての誇りと趣味だった。彼は数多くの王たちの妻を攫い、羅刹の国へと連れ帰った。
無論、それで泣き寝入りする神々ではない。神々たちも一つ、相談し、計画したのだ。
―――人間を此方で用意し、ラーヴァナを討たせよう、と。
それをヴィシュヌ神は承諾した。ヴィシュヌは神性を捨て、神としての記憶を完全に失い、人としての化身を転生する事で生み出す事を決めた。
それこそがコサラの王、ラーマである。ラーマの人生とは神々によって生み出され、そして神々によって計画されたものだった。装備も、仲間も、協力も、そして―――その結末も。全てが神々によって仕組まれた事であった。当然の様にラーマは称賛され、後世でも未だに信仰される程の人気を持ち、名を残している。
―――だが、その横にシータの姿はない。
「ま、ざっとラーマヤナを纏めるとこんなもんだ。一部俺の悪意と偏見が混じっている事は認めなくもないけど、基本的にはこれであっている筈だ」
「まぁ、アヴァターラとして生まれた時点で存命の間に余の自由意思と言えるものはほぼなかっただろう。所詮は化身、神の代理人でしかない。余が何かを選んだ所でそれは結局、元々神が選び、神が敷いた道筋の上であったのだ―――余がそれに気づいたのはシータを奪われ、そしてラーヴァナと敵対する事が決まった時だった。それは―――そう、まるで流れるかのような川の流れだった。余は見た、支流から一つの大河へと流れが繋がって行く姿を。それを見て余は悟った。これが余の地上における役割、そしてこれが余の成すべき事である、と。シータもまた余の為に用意された伴侶であった―――」
が、とラーマは言葉を置いた。
「余はたった一度もシータに対する愛を疑った事はない。余の胸に息づくこの思いは与えられたものではない。確かにきっかけは与えられたかもしれなくても、それでも彼女を愛する気持ちは本物なのだ。それは絶対に偽れない。故に余はこれが運命だと知り、全力で戦う事を決めた。それが神々の為になるからではない―――余は余の妻を、シータを絶対に取り返さなくてはならんからだ」
自慢げな表情でラーマがそう言いきった。そこにはラーマが生涯を通して見つけ出した命題、その答えと思える物が見えた。ラーマは自分の行い、選択、その事に対して一切の疑問を抱く事はなかった。そして同時に、それが用意されたものであろうと、そこに感じた己の理性と本能は本物であると、心の底から信じている。それが何よりも羨ましいと思えるところだった。
まぁ、
「―――婦長に背負われて運ばれながら言われても正直……」
「言うな。……言うな」
立香が現在のラーマの状況を指摘すると、ラーマが両手で顔を覆った。現在の体は完全に回復している訳ではないらしく、過度な運動は許せません、というナイチンゲールの言葉からなぜか、背負われて運ばれている。見た感じ、もう既に戦闘が出来る程度は回復しているが、ナイチンゲールの目からすれば安定はまだ、らしく長期間の運動は病状の悪化があり得るとかなんとか。正直、ラーマが哀れに見えてくる。個人的にファンだっただけに、割とショックでもある。
「局地的な戦闘は許可しますが、それまでは絶対安静です。拒否するのであれば両手足を切り落として完治するまで拘束します」
「逆に入院するわ」
ナイチンゲール、本当に救うという意志しか感じられない辺り、誰も強く出る事が出来ない。それだけに困ったバーサークっぷりだった。まぁ、それはともあれ、
西部側にケルトの数は多くない。エジソンが用意している機械化兵がケルトと同質量で勝負をしながらカルナが時折、最前線をブラフマーストラで奇襲する様に襲い掛かっているからだ―――この時、カルナは必要以上に長く、戦場にとどまらない。おそらくカルナも理解しているのだろう。
正直な話、エジソンの戦術が物量に対して物量でぶつかるという選択の時点で、既に結果は見えている。ケルトは無限だが、それに比べればアメリカ側は有限だ。同じ質量という領域で戦おうとすればいずれ、疲弊して潰れるのは目に見えている事だった。エジソンの戦略は根本的に間違えているのだ―――それに、カルナもエレナも気づかない筈がない。
「東へ、か」
「あぁ、この先の街で防衛線を張っている。合流すれば戦力が向上するだ―――」
ジェロニモの言葉が遮られ、素早くハンドサインで身を隠す様に指示される。だがそれよりも早く閃光の如く駆け抜けて行く槍捌きにより、ジェロニモが感知した存在は一瞬で串刺しになった。傷一つなく、ケルト戦士を虐殺し終わったクー・フーリンはふぅ、と息を吐きながらケルト戦士を魔力の粒子に消し去った。
「おう、悪ぃ。話の腰を折っちまったな」
「クーニキ仕事がはっやい」
「まぁ、対ケルトだったら俺が最強ってもんよ」
「フェルディア」
無言で胸を抑えるクー・フーリン。フォウが足元でやめてあげなよぉ、と鳴いている。立香が不思議そうな視線を向けてきているが、特に教えるつもりはない―――話題に出すとそれだけ、致命傷が増えそうな気がするからだ。まぁ、神話知識のアレコレは知れば知っておくだけ、武器になるし、同時に面白い話題でもあると思う。今のクー・フーリンの頼もしさから想像できないレベルでやらかしが多かったりするのは、面白い話だ。まぁ、クー・フーリンに問わず、神話にいる存在なんてものは基本、やらかしが多い。
「貴方も人の事を言えないけどね」
「やめなさい……やめなされ……俺の過去話は俺が死ぬ」
横でこっそりと呟いてくる愛歌に対して声を震わせながら返答する。この女にだけは一生勝てない気がする―――まあ、勝とうとも思わないのだが。
「急いだほうがよさそうだぞ―――先に見える街が既に崩壊しつつある。戦線の維持は難しそうに見えるぞ」
偵察に出ていたエミヤが霊体化を解除しながらそう告げると、立香が頷き、素早く合流する事を指示する。道が険しく、岩のほかに木々が多くてまともにブーディカの戦車が使えず徒歩の移動だったが、このまま歩いて接近する訳にもいかず、一気にマシュが立香を運び始め、武器を手に一気にサーヴァントが防衛している地点へと向かって飛び込んで行く。
その先頭を行くのは―――ナイチンゲールだった。
「下ろせ! 余を下ろすのだ!」
「その時間が惜しい!」
「そういう問題じゃない……!」
「アレ、ギャグかなぁ」
「たぶん本人は大まじめですよ、マスター」
立香とマシュの呆れた様な視線や声をガン無視し、ラーマを背負ったまま鋼鉄の婦長殿がケルトに襲撃されている街へと向かって突撃して行った。銃を片手に、背に
ラーマの方は堪ったもんじゃないだろうが。
「見てる方は完全にギャグよね」
愛歌の言葉に頷く。見てる方は楽しい―――見てる方は。無限覚醒がバレないようにしておこう。バレた時が色々と怖い。
それはともかく、急いで街へと飛び込み、暴れ回るナイチンゲールのほかに、やや放心しながらその奇怪な様子を眺める二つの姿が見える。おそらくはロビン・フッドとビリー・ザ・キッドだろう。ジェロニモを見て即座に助かったような表情を浮かべる辺り、それなりに追い詰められていたらしい。実際、軽く生命反応を感知する辺りで、この周辺から感じるケルトの気配が既に三百を超えている所だった。斧を取り出しながらそれを肩に担ぎ、ジェロニモや立香がロビンらと合流する姿を見た。
「んー、街が既に防壁としての機能を果たしてないな……連中、理性がないくせに本能的に対軍の的にならねぇようにバラけて動いてるし……いや、そう命令されてるのか、女王から?」
「どちらにせよ、これだけ英霊戦力がいるのよ、三百ぐらいは余裕で処理できるでしょう? ……まぁ、問題はその後なんだけど」
角を曲がって出現したケルトの姿を一振りでミンチにしながら、一角ごと一気に集団を薙ぎ払い、後方も残さず処理しつつ、影の中で潜んでいるアースを影を軽く足先で叩いて呼び出す。星使いの荒い奴だ、と呆れながらもこういうやって顎で使われるのを楽しんでいるのか、ウキウキとした様子で風葬と雷葬を始める。風に触れたケルト戦士が風化して行き、また別のケルトが雷に触れて分解されて死んでゆく。見た目がロリに代わりに働かせている間に軽く考える。
この数を
となると有効手段はまず間違いなく首都への電撃作戦だが―――そもそも、暗殺が通じるような存在であれば神話で実行されているだろう。その上、クー・フーリンから聞けるメイヴの情報には、メイヴにはコンホヴォルという一時期夫だったアルスター王の未来視を借りれる可能性が高いと言われている。
そうでなくても既にディルムッド、フィンと立香が交戦している。その事を考えればコンホヴォル本人の召喚もあり得るだろう。
そうなると
「……作戦立案は2世を呼び寄せてやった方が良さげだな、これは」
まだこの大陸における敵の全容が把握していない。となると現在必要な事は徐々にだが、見えてきている。後は見えているゴールまでどうやって進めるかの話だ。そんな事を考えていると、感じ取れるものがあった。
濃い神気と嵐の気配が衝突していた遥か北の大地、
そこから騒乱の気配が消え去った。
テロガチ勢の緑茶と合流。紅茶と緑茶が合わさった時、クソ不味い飲み物になるので誰か嫌いな奴に飲ませよう。色んな意味で破壊的だ。
それはそれとして、クー・フーリンがいて、メイヴの夫にコンホヴォルがいたという情報があるので暗殺計画はなし。未来視がある相手の暗殺とかする奴がいるかよ!! という話である。
後オマケでカナダ無事死亡と共に戦闘は終了しました。