Vengeance For Pain   作:てんぞー

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最愛を求めて - 1

 ―――弓が放たれた。

 

 一度に三つの矢を番えて放たれた矢は的の中心に命中し、それをまるでマシンガンの如く、10連続で射撃した。滅茶苦茶にしか見えない状況の中でも矢は全て前の矢を叩き折るかの様に中心点に命中し、的の中心に穴を開けており、的が崩れそうになった瞬間、得物を弓から槍へと切り替え、逆の手に剣を握った。一槍一剣というバランスの合わないスタイルで一気に接近すると、槍の穂先を的を引っ掛ける様に転ばせながら浮かび上がらせ、そのまま素早く剣を振るう。半分に断ちながら槍でまとめながら再び剣で断つ。シームレスな動きには超絶とでも表現すべき武術の冴えが見える―――一生を賭けて、死ぬ事なく、衰えても鍛え続けた武芸の神髄とも言えるものがその動きには隠れていた。

 

 そうやって剣を振るう事、何度か。まるで衝撃を叩き込まれたかのように的は粉々の破片になって、塵の山となって()()()()()()()下に落ちて溜まっていた。軽い運動を終わらせた少年姿の理想王は汗をかく事もなく槍と剣を弓同様、虚空に消し去って格納した。

 

「―――未だに全盛期には届かんが、これでも十分戦えるな。だから誰か、あの婦長殿を説得するのを助けてくれぬか」

 

「駄目です。貴方の心臓は確かに8割がた死滅していました。それが再生したとはいえ、未だに安静でなければいけません。それ以上の運動は医師として承諾できません。故に休みなさい―――休ませます。殺してでも貴方を休ませます」

 

「や、やめっ、やめてくれ……!」

 

 そう言っている間にお姫様抱っこでナイチンゲールに回収されたラーマが室内へと搬送されて行った。まぁ、ナイチンゲールの言葉は実際には正しい。ラーマにかかった呪いが解除された事によって、治療が通じるようになった。そうなると概念的な治療行為がスキルを通して行えるサンソンとナイチンゲールが活躍し、一気に傷を塞いで、治療した。とはいえ、呪いに犯されていた時間が長く、ラーマが弱っている事は事実だった。完全に復調するにはもう少々時間を必要とするだろうが、

 

 そうであっても、この武術の冴えは凄まじかった。だがこれでもサーヴァントの全盛期からは()()()のだろう。まぁ、それもしょうがないだろう。基本的にサーヴァントという生き物は、

 

「―――()()()()()()()()()()()()()しているのが大半だからなぁ……。特に大英雄クラスとなるとそこらへん、深刻だよな」

 

「クー・フーリンか」

 

「よう、これが王様……っつーか見た目からすると王子様がやった事か。大分エグイ武術してやがんなぁ」

 

 そう言いながらクー・フーリンはゲイ・ボルクを取り出すと、それを虚空へと向けて振るった。二度、三度、それを振るってから回してゲイ・ボルクを戻した。

 

「お前の場合はクルージーンや戦車が足りてねぇな」

 

「おうよ。他にもキャスターじゃなきゃ原初のルーン持ち込めねぇとかな、色々と制限が付くわけだ。だから色々と制限が緩い奴を見るとちっとばかし羨ましく感じるわ……まぁ、この旅でまずサーヴァントとして間違いなく鍵になるのはお前と嬢ちゃんの二人だ。()()()()()()()()()()()()()()からな、戦力的に一番安定してやがる」

 

 クー・フーリンの言葉は正しい。基本的にサーヴァントとして召喚された場合、冠位指定でもなければ弱体化されているのだ。一部の宝具、一部の能力しか持ち込めないという形で。故にサーヴァントという枠に来ている時点で本来の実力からは程遠いと表現せざるを得ないのだ。故に、一部、生身の場合の方が優勢と言える状況が揃う。それは現代英雄とでも呼べる存在、現代において神話を生み出す、制限のない存在に対してだ。

 

 つまり、自分とマシュになる。マシュも自分も生身、つまりは聖杯から召喚された英霊ではないので()()()()()()()()()存在なのだ。既に成長の終わった存在である英霊では不可能な事が、まだ生身である自分、マシュ、立香には可能だ―――故に、無限とも取れる可能性が存在する。これが、デミ・サーヴァントを保有するという事の重要性だ。英霊としての霊基を保持しながら()()()()()()()()()()()()()という可能性を残すのだろう。

 

「ラーマを殺ろうとした俺はゲイ・ボルクを握ってたらしいし、言葉も喋ったらしい……少なくとも理性がありやがる。クルージーン握ってねぇことは少なくともセイバーじゃねぇ。戦車がねぇのならライダーでもねぇ。ってことは()()()()()()()()ってことだ……戦力さえ整えれば十分殺せる範囲だ」

 

「自己評価たけぇなこいつ」

 

「自分の事を良く理解しているつってくれよ」

 

 くっくっくっく、と互いに小さく笑い声を零していると、逃げ出す様に家の中からラーマが飛び出してきた。それを眺めている此方に気づくと、クー・フーリンと此方へと向かい、

 

「なんで助けてくれんのだ!?」

 

「怖いし」

 

「会話通じねぇし」

 

「うむ―――納得の理由だな! 納得できる理由であるのとは別に、納得するかどうかは別の話だが! 余はシータと逢わなくてはならない、特に離別の呪いを覚者が解いてくれたというのに、これ以降はあり得ないかもしれない状況だ。この状況を、この時を余は見逃すわけにはいかんのだ……!」

 

 ラーマが拳を握りながら力説する。覚悟は硬いらしい。実際、話を知っている身としては物凄く馬鹿馬鹿しく、呪いの一つや二つ、報酬代わりに解呪してやれよ神々、と思わなくもない。そんな事を考えていると、串焼きを食べながら立香とマシュがやってきた。

 

「ちーっす。お、ラーマさん元気出たみたいだね」

 

「何食ってんだお前」

 

「ワイバーンの串焼き。偵察用のワイバーンが飛んでくるからそれを狩ってるんだけど、エミヤがそれでワイバーン料理を色々と創作してて」

 

「あいつ、時間さえあれば料理してんな」

 

 まぁ、料理がエミヤにとっての一番の癒しとでも言うべきなのだろう。無心で料理に向かっている間は何も考えなくてすむ―――まぁ、その気持ちは解らなくもない。自分もそういう気持ちで物事と衝突したい時はある。ただ、いい加減逃避するのを止めて立ち向かったほうが楽なのでは、と思わなくもない。

 

「それはそれとして、質問があるんだけど……ラーマと離別の呪いって何?」

 

「む、余の逸話を知らんのか。こう見えてもインドでは1,2を争う知名度を誇ると思っていたのだが……」

 

「ほんとすいません……」

 

「マスターは少し前までは神秘に全く関わる事のない生活をしていたらしいですし……」

 

 まぁ、歴史の授業なんて専科がそちらか、或いは軽い厨二脳にでも入って勉強を始めない限りは間違いなく調べない。インド神話なんてものも基本、其方系の人間や、インドに興味でも持たない限り触れる機会もないだろう。となると、別段、知らない事は不思議ではない。まぁ、それでもインド国内では知らない人はいない、と言われているのがラーマヤナ、そしてマハーバーラタである。そこら辺を考えるとラーマとしては驚きであろう。

 

「まぁ、簡単に説明するのであれば余は軍による支援を得る代わりに友を玉座へと戻す契約をしてもらったのだ。その結果、友であるスグリーヴァは猿王バーリに敗北しかけて、余はそれを覆す為に手を出してしまったのだ……それが原因で余はバーリの妻に呪われた―――それを離別の呪いと言う。余はたとえ全ての戦いを終え、シータ、余の妻を取り戻しても決して悦びを互いに感じる事が出来ない、という呪いをだ」

 

「うわぁ、エゲつな」

 

 ラーマの言葉にクー・フーリンが首を傾げる。

 

「乱入された程度で呪う程キレるか普通……?」

 

「見たかい、マシュ、立香。これがケルト人だ。家族の間で殺し合ってもまぁ、仕方がないやで済ませるような蛮族だぞ」

 

「おい、待て、なんで俺から逃げるちょっと待てよ俺だって後悔してる事は色々あるから俺は典型的なケルト人よりはマシだろ!」

 

「オイフェ。コンラ。あとコンラ。ついでにコンラ。今回ケルト勢揃ってるくさいしコンラ来てたらどうしよう。後スカサハ」

 

 クー・フーリンが倒れた。お前、今は気の良い兄貴風だけど、ケルト神話でどうしようもないやらかしを何度となくやってるんだよなぁ、と呟くと静かに、大地の上でクー・フーリンが吐血していた。ケルト人の蛮族思考とメンタルの強さはおそらく、地上最強の神話ではなかったかと思っている。

 

 そんな倒れているクー・フーリンを見てラーマがこれ、本当に大丈夫なのか? と視線を見せているが、きっと大丈夫だと信じたい。何せ、対ケルトにおいてこの男以上に頼りになる奴はいないし、最終兵器にもなる。この男一人で大体のケルトは殺害できるのだ。

 

「……まぁ、大丈夫ならそれでいいのだが。ともあれ、余はシータに会わなくてはならない。聖杯戦争であっても余とシータは同じ霊基を有する事で本来であれば同時に召喚される事のない英霊だ。故に今、この状況でのみ余とシータは別々に召喚される事が可能である。そして同時に、再会を阻む離別の呪いも覚者によって祓われた。であれば、この時を逃せば永遠にシータに会えぬかもしれない。余は、余はそれが……耐えられぬ」

 

「一応言っておくけど俺が解呪したのは今回の現界分のみだからな。根本的に英霊の座に対しての干渉は流石に無理だから」

 

「うむ、それは解っている。故に心の底から感謝を。この千載一遇の好機はまさしく貴殿のおかげで齎されたのだから」

 

「お、おう。そうか」

 

 ストレートに感謝の言葉を向けられると少しだけ、恥ずかしい。視線を反らして転がってコンラ、コンラと呻いているクー・フーリンに蹴りを入れていると、横から愛歌が弄ってくる。えぇ、俺は弄られキャラではないのだから勘弁して欲しい。

 

 しかしラーマが十数年間シータを助ける為に戦った果てで、一緒に暮らせなくなった事を考えると、色々と複雑に思う事がある。それでもなお、理想の君主として死ぬまで君臨し続けたあたり、実に不器用だと表現せざるを得ない。

 

「うーん、まぁ……個人的な感情としてはラーマの手伝いをしたい所だけど……」

 

「―――此方にも都合がある、優先して欲しい事はいくつかある」

 

「ジェロニモか」

 

 ジェロニモがワイバーンバーガーを片手にやってきた。見えない所でどうやらエミヤが存分に暴れ回っているらしい。主に調理場だ。

 

「ラーマの思いに関しては此方で汲みたいとも思っている……だが現状、奥方の居場所は解らない上、何時、どこでクー・フーリンに再び襲われるか解ったものではない。それに別の街でサーヴァントが二人ほど、防衛線を張っている。そろそろ限界が見えてくるところだから助けだしたいのも事実だ……やる事が多すぎる」

 

「む……それは、確かに」

 

 だがその根本にあるのは善性。全てを見逃し、見なかったフリをして探しに行く、という狂気を持てなかった。だからこそ苦しんだ、とも言えるのだろう。難儀な男―――いや、今の姿を見ると少年なのだろう。それを本人も理解しているのだろうか、少しだけ表情が暗くなるが、

 

「いや、協力しないという訳ではないのだ、ラーマ。現状のレジスタンスの戦力では手を広げる事が難しいのだ。何より今別行動中のロビンとビリーはどちらも偵察の得意なアーチャーだ、人や痕跡を探す上では間違いなく役立つ」

 

「いや、解っている……これは余のエゴだ。その上で協力すると言ってくれているのだから、余はその誠実さに従おう」

 

 シータを探し、接触させてくれる代わりにいまはレジスタンスの戦力として、その活動を協力する事をラーマが了承した。現状、一番正義のある組織なだけに安心が出来るし、間違った判断ではないだろう。ともあれ、問題は別の所にある。

 

 今現在確認されている対聖杯側の戦力を列挙する。

 

 ラーマとシータ、カルナ、そして気配からして生身のパラシュラーマ。普通、徒歩なだけで来れる訳がない。つまりここへと来るためのインビテーションがあった筈だ―――おそらくは聖杯から。

 

 つまりは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈なのだ。あくまで正規のサーヴァントは()()()()なのだから。

 

 そう考えると、この戦いの先、アメリカという大陸が形を保てるのかどうかが凄まじく不安になって来る。果たして俺達はこの特異点の終わりを無事に見る事が出来るのだろうか。




 ラーマくん解禁。未だにインドで信仰される理想王を見よ。なおナイチンゲール。ラーマヤナの細かいお話は追々と。まずは戦力補充から。

 ありすぎてもたりないぐらいだし。

 なおラーマはまだ若い時代にタイマンでパラシュラーマに勝利したというとんでも王子だったり、ムエタイの創造者だったりする。

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