Vengeance For Pain   作:てんぞー

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北米大戦 - 5

「―――成程、未来においても(グル)は変わらずか」

 

「まぁ、クシャトリヤに対する憎悪は薄れていないけど、少なくとも表面上見せない程度……あと現代の人間をむやみやたら振り回さない程度には自制心が芽生えているな。まぁ、何だかんだで数千年も俗世間から離れ、昔の神秘が消えて行く中で生きている人だしな……」

 

「ああ見えて(グル)は情の深い方だ。故にこそ人一倍悲しみ、そして同時に怒り狂う。クシャトリヤを21度に渡って絶滅させた逸話もその根本では(グル)が深い情を持つ人物であったという事に起因する……厚顔かもしれんが俺も、自分が散った後で(グル)がどういう思いをするか、思わなくもなかった」

 

「まぁ、何だかんだであの人は弟子に対して思い入れの深い人だからな……兄弟子も実際、クシャトリヤだってバレたのに二度も殺されずに見逃されただろ? アレ、一説では神々の策略の結果だって言われている訳だけど」

 

「俺にそれが真実であるかどうかを判断する術はない。だがそれはそれとして、俺はあの時、事実としてクシャトリヤである事を(グル)の前に証明してしまった―――理由が何であり、思惑が何であれ、(グル)がそう判断したのであれば弟子としては当然の事だ、受け入れる以外の言葉はない」

 

「高潔なのは美徳かもしれないけどお前のそれは高潔を通り過ぎて一種の病だ。それで良しとする事に忠誠を置きすぎている。おかげで一周回って不幸になる。それを自分自身で自覚しておきながらそれもまた良し、と納得する。それを悟っているとも人は言うだろうし、或いは覚者だと言うけどそれは違う。お前はお前の中にある理想の姿を病的に追いかけているだけだろうに。その態度、一度改めた方がもっと人気が出ると思うぞ」

 

「そう言うのであれば貴様も人の事は言えんぞエージ。貴様とてその本質は誰かを教え、導き、守る事から外れている。そもそもそれらの行いからは対極の存在だ。力を発揮するのであれば寧ろ今の境遇は重荷でしかない筈だ。貴様という存在は誰の為でもなく、己の為にあるからこそ何よりも強い。誰かに首輪を付け、鎖で繋いでいる様に見えてその実は自分から繋がれている。貴様も本当に力になりたいのであれば趣味を捨てて動けばいいだろう」

 

「……」

 

「……」

 

「―――あ、手を結んだ」

 

「殺し合うかと思ったのに、なんであんな言葉の暴力で解り合えるのかしら……」

 

 カルナと手を結び、握手を交わす。中々ドストレートに意見をぶつけてくる所が非常に気に入った。何よりも、この大英雄カルナ、マハーバーラタに名を残す英雄は自分の兄弟子であり、同じ(グル)から武術と教養を学んだ仲なのだ。たとえ時代が違ってあろうとも、同じ(グル)で学んだ兄弟だ。そう簡単に殺し合いに発展する訳がないだろう。少なくとも今は発展するだけの理由がない。あと、共通の話題で話せるというのが非常に良い。

 

「……捕虜の自覚があるのかしら……?」

 

 溜息を吐く様なエレナの言葉に、今現在、自分達は西へ、西部合衆国の拠点となっている場所へと向けて連行されている。と言っても拘束するような道具はなく、そして見張りにいる存在は一人―――カルナだけだ。この状況、逃げようと思えばサーヴァントを数騎置いて行けば何とかなるだろう。だがそれは選択しない。立香を見て、能天気に歩いている姿を見て溜息を吐く。

 

 立香は降参を選んだ―――相手の理性を見て、そしてアメリカを守ろうとする意志が本当であると理解したから。そしてそれと同時に()()()()()()()()()という事も判断したから。恐ろしい程に成長している。あのロンドンにいた頃とはまるで別人の様だった。だが違う。立香にはそれだけの経験があったのだ。今の今まで、それをうまく引き出せていなかっただけに過ぎない。

 

 冬木で絶望を切り抜け、オルレアンで戦いを素早く解決する方法を学び、ローマで人との接し方を覚え、オケアノスでサーヴァントの願いや戦術を学び、そしてロンドンで挫折を知った―――その果てに立香は立ち上がった。おそらく、彼は現代の人間の中で、最も得難い経験を受けている。聖杯戦争なんて人生に一度あるかないかというものを既に四つ経験している―――それは経験の極地だ。人間性とは経験を通して磨かれて行く。地獄という地獄を経験する事は百日の鍛錬に勝る。根幹として必要な基礎に関してはカルデアにいる間、英霊や自分自身で磨いている。

 

 漸く、人理の修復を担う指揮官として立香は、人類最後の希望に相応しい力を身に着けていた。

 

 故に立香に従った―――少年はこのまま捕まって従えば、アメリカ側の大ボスに会う事が出来ると悟った。そしてエレナの言葉の端から感じるニュアンスはそれを感じさせている。そもそも、これだけの英霊戦力をそのまま遊ばせるのもアメリカ側としては不本意な事なのだろうから当然の判断だ。だからこうやって、今は気楽に話している。

 

「しかし……そうなるとカルナだけ話しているのは卑怯ね」

 

 エレナがドヤ顔を見せる。

 

「私も話したいわ!」

 

「えぇー……」

 

『いやね? 立香くん。エレナ・ブラヴァツキー女史は神智学の使徒なんだ。そしてブラヴァツキー女史が傾倒する神智学はインドの神秘思想から大量の影響を受けているんだ。それこそ彼女は生前、インドが第二の故郷であると豪語するレベルでね』

 

 えぇ、そうよ、とエレナは歩きながらホログラムを出さず、声だけを送ってきたロマニの声に返答した。

 

「ぶっちゃけカルナと同じ、宇宙と合一し真理へと辿り着いた聖仙であるパラシュラーマを師にする最新の弟子の存在、そして同時に彼がマハトマ(根源・高次元)へと至った覚者であるというのなら三日三晩話通してサインが欲しいぐらいだわ!」

 

「先生見た目がロリィのに人気っすな」

 

「その口をもう一回開いてみろ小僧。内臓を引きずり出してケルトの餌にしてやる」

 

「俺!?」

 

 まぁ、でもエレナの言葉は解らなくもない。彼女が一生追いかけた―――というより魔術師が一生追いかけて到達しようとする根源に常時アクセスしているような存在な上、自分の憧れとも呼べる領域に立つ人間がいるのだから、テンションだって上がるだろう。実際、俺も兄弟子であるカルナに出会えてかなりテンションが上がっている。どれぐらいテンションが上がっているかとこのままやっぱり、三日三晩修行に関する思い出話と愚痴で語り通すぐらいのレベルでテンションが上がっている。

 

 とはいえ、それを実行しないだけの理由があった。腕を組み、首を傾げながら、()()()()()()()()()を見た。

 

「うーん……この隠しようのない蒼天の様な澄み渡った濁りのない神気……俺の勘違いだったらいいんだけどなぁー。勘違いだったらいいなぁー」

 

「貴様が俺と同じ結論に至っている以上、それが読み違いである事はまずないだろう。形だけの現実逃避だけは止めて事実を認めた方がお互いの為ではないのか」

 

 うん、まぁ、そうなんだけれど。無言のままうつむくと、背中をとんとん、と愛歌に叩かれる。少し気が晴れるがそれは良いのだが立香がニヤニヤしながら見てくるからあの野郎後で顔面に一発良いの叩き込んでやるから見てろよ。それはそれとして、認めなくてはならないらしい。アメリカの広い荒野の上、空を見上げながら現実逃避をどこまでも続けたかった。

 

(グル)が来ている」

 

「気配的にカナダ辺りで暴れているなぁ、これ」

 

「えっ、ほんと!? カナダに行かなくちゃ……!」

 

 お前、連行どうしたの? 捕虜を放置していいの? そんな疑問を想いながらも、久々に感じる(グル)の気配は熱烈過ぎて間違えようがなかった。というか遠く離れた大地でさえその気配を感じるというのだから凄まじい。魔力の使い方、その荒々しさ、まず間違いなく同格の何かと戦っている―――正直、何と戦っているのか、それを知るのが恐ろしくてしょうがない。というか本音を言うと関わりたくはない。規模からすると通った戦場の跡が嵐によって抉り、沈められ、海になっていてもおかしくはない。

 

「えーと……確かパラシュラーマとは栄二さんとカルナさんのお師匠様でしたよね? どういう人物なんですか?」

 

 マシュが首を捻りながらそう言ってくる。その言葉に頷く。

 

(グル)はなんだ……かなりダイナミックな人だった。うん、まぁ、うん……」

 

「パラシュラーマ(グル)は数多くの英雄を育てて来た優れた指導者だ。それと同時にヴィシュヌ(全王)神の化身(アヴァターラ)でもある。細かい部分は省略するが、パラシュラーマ(グル)は昔、その父親をクシャトリヤに殺された際にこの世からクシャトリヤを絶滅させる事を誓った―――それ所以21度世界を回り、存在する全てのクシャトリヤを殺して回った。その果てで復讐を完遂したパラシュラーマ(グル)は数多くの武芸者に技を教えて来た……ただし、クシャトリヤ以外に」

 

ウチ(ケルト)も結構頭おかしいとは思うけどオタク(インド)も結構かっとんでるな……」

 

「いやぁ、これと比べるとブリテンは平和だねぇー」

 

「ピクト人を抜けばそこまでそこまでぶっ飛んだものはいませんからね、ブリテンは」

 

「わ、わしが日ノ本統一すればもっと派手じゃったし……」

 

「一人の国民として言うけど勝手に魔改造しないで」

 

 後ろの方で勝手な声が聞こえる―――まぁ、パラシュラーマという人物は色々と調べてみると非常に面白い人物でもあるが、指導者としては非常に優秀でもある。ただ、彼が武芸を教えた弟子のほとんどは死んでしまう。カルナ、ドローナ、そしてあのクリシュナでさえ死んでしまったのだから、パラシュラーマに武芸を教わった大英雄は必ずどこかで死ぬ、というジンクスでもあるのかもしれない。

 

「まぁ、そんな(グル)が俺とカルナのお師匠な訳だ。偉大過ぎて頭が上がらない」

 

「多くの物を(グル)よりは授かった。そしてそれに返せないでいる事が気がかりの一つではあるが―――ふむ、今度もおそらくは返せないのだろう。どうやら俺はそういう星の下にいるらしくてな。そこらへんに関しては運命だと諦めている」

 

「お、おぉう……」

 

 悲劇の大英雄、カルナ。日本でマハーバーラタに触れた人間であれば基本的にこう思うだろう―――カルナ、あんまし悪くねぇじゃねぇか、と。寧ろクリシュナの下衆っぷりとアルジュナロボっぷりにドン引きする読者の方が多いだろう。かくいう自分もこうやって実際にカルナと会って、その人物像を良く知って、それでいて割と頬をひきつらせているという部分もある。

 

「なぁ、兄弟子よ。お前本当に武芸大会に飛び込んでアルジュナに喧嘩を売ったのか?」

 

「あぁ、真実だ。あの頃は俺もまだ若かったからな。とはいえ、あそこでドゥルヨーダナとの縁が出来たのもまず間違いなくあの時、感情のままに俺が飛び込んだからというのもまたある」

 

「あー、あれ曲解でもなんでもなく本当に兄弟子の方から飛び込んだのか……って事は幼少期のヤンチャ話は実話かぁ」

 

「その頃の話は俺としても中々恥ずかしいものがある。あまり語らないでくれると……その……助かる」

 

 へぇ、と言葉を零しながらニヤリ、と唇の端を持ち上げた。今では完全に高潔な武人ではあるが、その昔のカルナは()()()()()()()だったのだ。罵倒を言ったり、アルジュナの妻を馬鹿にしたり。

 

 だがそれはそれとして、

 

「アルジュナの妻を分け合うのはないわー」

 

「あぁ、それだけは疑問もなく頷ける」

 

『うーん、欠片も擁護出来る要素がないアルジュナの逸話だよねー……』

 

「成程、頭の病気ですか」

 

 ナイチンゲールにストレートなキチガイ宣言に軽く爆笑しつつ、空気自体は悪くはなかった。やはり敗北したのではなく、立香が自分から降参した、という辺り、此方の矜持が守られている分もあるのだろう。そのままやや緩い空気を保ったまま、西部合衆国の支配者を見る為に、アメリカの大地を進んで行く。

 

 遠方にビンビンと感じる師匠の気配を無視しながら進んで行けば、やがて地平線に一つの建造物が見えてくる。

 

 それは1783年のアメリカにはまるで相応しくない建造物―――城だった。




 その頃嵐は北上してカナダに突入、カナダ西部を大西洋と直通させていた。カナダくん今は無人らしいし存分に死ねるね。

 丸々一話、ほぼインドの話だけで進めたけど個人的には満足している。カルナも、パラシュラーマも、その背景の話は非常に面白いもの。ぜひとも皆、英語かヒンディー版を読もう。

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