「成程―――治療が必要ですね。戦場から離れて平和な地で戦いとは無縁の生活を送る事をお勧めします」
「出会いがしらにお前頭の病気だって言われてる件」
ケルト兵の撃退を行って立香たちが帰ってくると、新しく勧誘したサーヴァント・バーサーカー、その真名フローレンス・ナイチンゲールが宣告した。お前ら、どう見ても頭か心の病気だから戦場にいるんじゃねぇ、と。まぁ、正直言いたい事は解る。ただそれで世の中生きていける程楽ではないし、それで治療できる程楽ではない。まぁ、それはともあれ、
「偉く話を聞きそうにないのが今回の仲間なのね……」
愛歌の言葉に立香が冷や汗を掻きながらうん、と呟きながら俯く。その様子はある程度の舵取りは出来ているが、完全なコントロールは出来ていないというのを証明していた。そんな立香を無視してナイチンゲールは勝手に行動を開始する。立香に勧誘されたらしくついてくる気はある様で、ここを出立する前に彼女の中にある正しい医療知識を広げているようだった。それだけを見ればまともな看護婦なのだが。
此方の視線を無視して指示を出すナイチンゲールの姿をクー・フーリンと立香と並んで見る。
「……あの胸の形、いいな。特にあの胸の間の食い込み……言葉に出来ねぇな」
「あぁ」
「それな」
クー・フーリンの言葉に一緒に同意し、三人で並んで腕を叩き合っていると、会話内容が聞こえなかった女子達が此方の集まりを見て首を傾げているが、そんな事を気にする事なく手と腕をぶつけ合って友情を確かめ合う―――男はやはり、エロで団結できる。それを人類は証明する事に成功したのだ。アメリカまで来て何やってるんだろう俺ら、と思いつつもやはりパイスラッシュは良い文明だった。これを破壊しないようにいつか、アルテラ大王に言わなくてはならない。そんなクソな程価値がない事を考えていると、横腹を突く気配を感じる。
「どうかしら?」
ポシェットをぶら下げた愛歌の姿が横にあった。たぶん、ナイチンゲールの真似をしているのだろうが、未来性を完全に失っている愛歌では完全にピクニックに向かう小学生という感じしかしなかった。そう思った直後、穢れの聖杯を取り出した愛歌が泥の触手で首を締め上げてくる。
「ステイ! ステイステイ! 今のは俺が悪かった! 悪かったから!」
「お仕置きで聖杯持ち出してくるからレベルたけぇよな」
「人類には真似できないよね」
「お前ら見てないで助けろよ。貴重な戦力が今幼女に殺されそうなんだぞ。笑ってねぇで助けろよオラ」
そんなこんなで適当な茶番を挟みながら時間を潰していると、やがて医師たちを纏めて指示を出し終わったナイチンゲールが何度か銃を発射して脅迫を完了させ、満足げな表情で此方へと合流してきた。フローレンス・ナイチンゲール―――彼女という人間の人生をこうやって悟り、垣間見るとなんというか、バーサーカーが確かに似合っている看護婦だと納得せざるを得ない。
「お待たせしました。どれだけ治療しようが患者が増えるのだというのであれば、原因を切除し適切な処置を行わなくてはなりません。これは何よりも優先される事です。ここに関しては他の医師たちに指示を残したのでもう大丈夫でしょう。それでは問題の解決の為に行きましょうか」
「わぁい、俺の知ってるメルセデスさんと全く違う男前さ。……だけど、うん。とりあえず進まない事には何も始まらないし―――」
移動を開始しよう、という所で接近してくる多数の気配に足を止め、立香も感じ取ったのか言葉を止めた。そこに付け入る様に走り込んでくるのは多数の機械化兵団の姿、そしてそれを率いる少女の様な女性の姿だった。すみれ色の髪に黒い服装は比較的に現代に近い衣装であり、彼女が抱える本は魔道書の類の様に感じる。
「悪いけど貴女がここから離れると困るのよ、ナイチンゲール。今でも前線で多くの兵士が戦い続けていて、彼らは再び立ち上がる為に治療を必要としているの。その為、ここから離れられると困るのよ」
「どいてくださいブラヴァツキー夫人。彼らはこの根本的な問題が解決されない限りは私の患者が増えるだけだと言っています。そして彼らが嘘を言っていないことぐらいその瞳を見れば解ります。私の患者が増え続けるというのであれば問題を切除する必要があります―――えぇ、治療する為なら私はなんでもします、なんでも」
ブラヴァツキー―――エレナ・ブラヴァツキーに対して迷う事無くナイチンゲールが銃を抜いた。一切の迷いのない動きに驚くどころかドン引きすらしていた。これがバーサーカーの狂化の中でも特に特殊なもの、つまりはEX領域。A+++までは振れ幅で計る事が出来る範囲だが、EXというのはそういう計測対象外だと説明してもいい。喋れるがコミュニケーションは取れない。そんなもの、通常の狂化内容とは全く方向性が違う。EXで当然の結果だ。そしてそういう類いの狂化をこのバーサーカーは持っている。
話した程度で聞き分ける訳がない。
―――これを話し合いだけで味方に引き入れた感じ、立香のコミュニケーション能力の高さが窺い知れる。
「流石バーサーカーね、まるで話が通じないわ……だけどね、ここで貴女を野放しにする事も出来ないの。それに後ろの方にいる英霊やマスターも見た所この状況をどうにかしようとしているらしいけど……貴方達ね、彼女を勧誘したのは?」
エレナ・ブラヴァツキーの視線が立香へと向けられた。それを遮るようにマシュが大盾を前に突き出し、構えた。そして同時にカルデアからの通信が入った。
『エレナ・ブラヴァツキー女史、神智学の才女であるなら貴女なら解っている筈だ。アメリカのやり方では兵を消耗するだけで最終的にはケルトに磨り潰される運命だと。此方の憶測が正しければ聖杯を手にしているケルト側の物量は
「えぇ、でしょうね。本来であればそうなんだけれど―――まぁ、私達の王様が、ちょっとね? まぁ、仕えるって決めちゃったし……駄目ね、これ以上は話し合っても平行線ね」
エレナが溜息を付くのに反応し、立香が声をカットさせるように割り込んだ。
「―――
エレナが何かをするという気配にほぼ全員が身構えた瞬間、エレナが指を弾いた。
「本当はあんまりやりたくないんだけど、敵らしいし? やっちゃって
『凄まじい霊基反応が音速で飛行してくるぞ!』
遠方から何が炎を撒き散らしながら飛行してくるのを感知する。それを感知するのと同時にアルトリアが戦場を移す為に立香を抱えてキャンプの外へと跳躍し、それに従う様に後ろへと大きく跳躍しながら武器を射撃武器へと切り替える。飛行してくる存在と同時にエレナへと向けて迷う事無く
戦場はキャンプ地横の荒野へと移動した。
「下がれブーディカ! お前じゃ一秒も持たない!」
「悔しいけど格が違うし、大人しく従うよ。私が落ちたらアメリカでの移動で詰むしねー」
ここら辺、精神が成熟しきっている英霊らしく、素直に聞き届けてくれるのが嬉しい話だが、それを気にするだけの余裕はなかった。白髪に黄金の鎧、まるで栄養失調の人間の様な線の細さをした、インド人らしからぬ風貌のインド人がゲイ・ボルクを槍で切り払いながら弾き、戦場に空間を開けた。アルトリアも立香を後ろへと運んだことで前線に戻ってきた。それに伴い、
インドの大英雄、マハーバーラタの敗軍の将、カルナが立ちはだかった。
「それがお前の求めるものであれば、その不誠実な憶測に従うとしよう―――
「
直後、放たれた縮小された対国宝具を対国奥義でぶつけ合う事で完全に相殺する。古代インドの奥義ブラフマーストラには幾つか性質がある。これは古代インドの大奥義でありながら、神やそれに等しい
つまり、ここに同じブラフマーストラが存在する以上、そのルールが適応される。振り抜かれた融解された斧の正面、カルナと己の放った対国奥義が完全に相殺を果たす事に成功した。それを見てカルナは此方に少しだけ驚いたような視線を向けてから納得するような表情を浮かべた。
「成程、
そのカルナの話す間に割り込む様に、三つの影が一瞬で割り込んだ。クー・フーリン、アルトリア、そして信長。
「―――令呪三画を持って命ずる、仕留めろ……!」
相殺された瞬間、言葉を放って意識が僅かに逸れた瞬間を縫いこむ様に導き、一瞬で大英雄を倒すという選択肢を立香は取った。令呪が三画消費され、アルトリア、クー・フーリン、そして信長の宝具が同時に発動する。信長の固有結界によりカルナの神性がそぎ落とされ、その力を奪って行くのと同時に、両側から挟み込む様にクー・フーリンがゲイ・ボルクを、アルトリアがロンゴミニアドを構えた。どちらも周辺の被害を抑える事と、そしてたった一人を殺す為に規模を極限まで絞って、過剰な殺傷力をカルナへと挟み込んで放つ。
「
「
挟みこむ様に対人奥義が衝突した。クー・フーリンのそれは説明する必要もない。心臓へと達する因果の呪いを受けた必殺の魔槍。そしてアルトリアが放ったのは普段は対軍、対城規模で放つ聖槍の破壊を対人規模へと凝縮させて放つ、命を百回消し飛ばすには十分すぎる破壊力の一撃。それを両側から受けるカルナの存在は一瞬で蒸発してもおかしくはない。だがそんな事実にカルナは一切恐れも焦りも抱く事はなく、信長の固有結界の中でもまるで影響されないかのように普通に動いた。
両側から迫るゲイ・ボルク、そしてロンゴミニアドを両手から血を滴らせ、腕にいくつもの斬撃痕を刻みながら
その事実にクー・フーリンとアルトリアの動きが完全に停止した。
「―――父より受け賜わったこの鎧を貫きここまで通すとは流石は大英雄といった所か」
炎を纏った両手を見て即座に斬り払いながらクー・フーリンとアルトリアが離れた。何時でもブラフマーストラを相殺できるようにマントラを練りながらカルナを見る。その両手はズタズタになる様にダメージを通されているが、それは炎を纏ってからは徐々に再生しつつあった。時間をかければその内完全に回復するだろう。
「へへ、悪い夢でも見てるのかよこれは……外れる事はあっても受け止められるのは流石に見た事ねぇぞ。こりゃあ師匠に見つかったらどやされるな」
「ウェルカム・トゥ・インディアンミソロジー……!」
「わしのデバフまるで通じてなさそうで怖いんじゃが」
「同郷だろ、どうにかしろよ!」
うるせぇ、一応日本人なんだから同郷じゃない、と叫びたい所だが、カルナが再び槍を抜いて、戦闘を続行する意思を見せた。令呪込みの対人オーバーキルサンドイッチで負傷程度で済まされる―――あらゆる攻撃を削ぎ、無力化する黄金の鎧と具足、インドラが恐れてそれを求めたという逸話に偽りはなかったらしい。
「うーん、複雑な気分……」
「悪く思うな。俺が上回っただけだ……貴様が気にする事ではない」
「アレ、イラっとするけど本人的には心の底から褒めているつもりなんだぜ」
「お、コミュ障じゃな」
口で笑い、陽気に対応しながらもカルナから視線を外す事はなく、にらみ合いを続ける。まさかアメリカのこんな地で弟子同士での対決をする事になるなんて、思いもしなかった。神々でさえ恐れた黄金の鎧がある限りはまともに攻撃が入らないだろう。無限覚醒のスイッチを入れれば何とか押し切れるかもしれないが―――此方の武器がクソすぎて寸前で失敗するイメージが見える。なにより、根源関係の技能は余りカルデアには晒したくはない。奥の手は奥の手、最後の最後までなるべく取っておきたい。となると―――、
『今の格の規模で私を使って倒そうとしても無駄だぞ。英霊を二騎借りれば足止めし続ける事も可能だが、あの鎧は流石に貫けん。太陽と地球では規模が違う』
天体由来だからこその力関係、という奴だろうか。自重してくれスーリヤ。
さて、ここからどう動くべきか。そう悩んだところで、
「は―――い!」
立香の声が響いた。
「―――俺達、降参しまぁ―――す!!」
―――大地が枯れている。
戦火に晒され、大地は活力を失っていた。草木はその根元から焼き払われ、美しかった筈の湖は浮かび上がる動物たちの死骸によって血と、そして破壊された機械類と混ざって薄く濁り始めていた。まだこの時代は文明が機械に汚染されきっていなかった。産業の発展による汚染はもっと先の話であった筈だ。だが機械化の概念によって、そして無秩序な破壊の連鎖によって大地は急速に活力を失いつつあった。何とも悲しい話であった。
だがこれは将来、どこであっても見る事の出来る景色でもあった。悲しいが、星の未来は既に決まっている。人間という種が生み出された時点で星の運命は決まっていた。それは何千何万と繰り返し探っても変わらない。だからこそ穴倉の賢人たちはそれを回避する方法を求めた―――そんなもの、人類の絶滅以外に存在しないというのに。
とはいえ、それもまた人類の選択である。それを人類が選択したというのであれば、それに文句を言う事は出来ない。もはや俗世間から切り離された存在。人々との交流は戯れでもなければ絶っている。そんな身であるのにこうやって足を運んでしまったのは―――単に後悔を抱いているからだろうか。
「人は神に縛られ、神は運命に縛られる。最強の聖仙たるこの僕は神や運命さえからも自らを解き放ったつもりだったが―――それでもまだ、縛られている。極東風に言えば浮世の縁というのだろうか。どうも、困ったものだ。切りたくても切れそうにない。世の中理不尽だと思えばしかし、結局はそうでもない。縛っているのではなく自分から縛られているものだ。おかげで徒歩でこんなところまで来てしまったぜ」
少年と青年の中間にある、浅い褐色肌の男はそれを湖の対岸にいる褐色肌の男へと向けて放った。現代風の服装に身を固めた褐色肌の男は帽子を片手で抑えつつも、もう片手でチャクラムを緩く回していた。
「パラシュラーマ
「あぁ、久しぶりだなクリシュナ。生意気な顔に拍車がかかっているな。全く、余計なもんをポンポンと呼びやがって、おかげで必要以上に働く必要がありそうじゃないか。いい加減師を労ってくれてもいいんじゃないか?」
「ならばこんな所へ来なければ良いでしょうに……」
「馬鹿を言うな。僕にだって人並みの後悔や目的だってある。それを果たすまでは帰るつもりはないんだが―――まぁ、いいぜ。お互い、言葉で語り合う必要もないだろう。思惑が透けて見えるぜクリシュナ、僕に必要以上に働かせようとした罪だ、ちょっとした罰を受けて貰おうか―――ついでに、どれだけ成長したのかも測らせて貰おうか」
パラシュラーマが横に手を伸ばし、言葉を放って求めた。直後、空が暗雲に包まれ、暴風が吹き荒れ始める。まるで世界が隔離されたかのような世界の変調が始まり、そこに痛いほどの大粒の雨が降り注ぎ始める。やがてそれはただの雨ではなく、暴風と混ざった大嵐に変貌し、雨粒に触れた存在の肉や骨を削ぎ落す弾丸になる。
その中で突き出されたパラシュラーマの手の上に、嵐の中から一つの刃が突き出される。
それは不格好な斧だった。
形状は大鎌の鎌の部分のみ、半楕円形の三日月の様な形状をした、不思議な武器だった。持ち手と呼べる様な部分は刃の内側、三日月の内側の刃そのものを僅かに削って作ったくぼみに存在し、二メートルに届く巨大な三日月全体が刃となっていた。全てが碧色の刃からは暴虐的な荒々しさしか感じさせず、相対する存在の命を削ぎ落す意志しか感じられない。パラシュラーマがそれを握るのと同時に、大嵐そのものが吠え上がる様に勢いを増した。嵐絶異界とも評すべき絶死の空間の中、雨粒の弾丸を受けながらもパラシュラーマとクリシュナ、両者は
それに対応する様にクリシュナの指の中に納まっていたチャクラムが輝きを増した。108の角を持つそのチャクラムは淡く輝きながら襲い掛かる暴風と雨粒の弾丸を近づく前に切り裂き、払っていた。それはゆっくりとした様子で回転を始め―――直後にはその角が見えなくなる速度で回転を始めた。それをクリシュナは浮かべていた。
「起きろ、
「パラシュラーマ
クリシュナの言葉にパラシュラーマが笑みを浮かべた。
「良い啖呵だ、気に入った―――その舐め具合がね」
「どちらが最強の
クリシュナの言葉と共に一瞬だけ静寂が訪れ、直後、二人の大英雄が動いた。その動きは一つ、神話に残された本当の奥義、本当の破壊力を証明する様に、現在インドであっても未だに信仰され、その名を残す大英雄による完全なる本気の奥義。
大地を割り、山を消し、海を蒸発させ、国を亡ぼす奥義。
その名を、
真実から隔離された嵐絶の異界の中で、極限までの破壊が誰かに知られる事もなく時を歪ませながら始まった。
俺はストックって概念が嫌いなんだ。魂が腐る気がする。だから書き終えたら全部投げる。それがてんぞー。ついにインドだよ! インド始まったよ! やったぜ。
という訳で、
ペンシルバニア、ケンタッキー、オハイオ、インディアナ、バージニア、ウェストバージニアが嵐に沈んで通行不可となりました。どーやら嵐はしばらくやむ事がなさそうです。