「―――成程、状況は大体理解した。となると俺も回復したら藤丸の指揮に従う事にしよう。マスター契約は結べないが指示に関しては任せる」
「お、おう、任せてくれ……って自信満々に言えたらいいんだけどなぁ。まだ未熟なマスターだからあんまり期待しないでね」
立香のその言葉に小さく、苦笑を漏らす。
「それを言えば俺もサーヴァント
「お、お前さん奴を始末したのか、やるじゃねぇか」
背中を杖の男―――この冬木の聖杯戦争のキャスターに叩かれる。しかしかなり妙な事態になっているな、というのが己の感想だった。素人であり知識のない立香がマスターをして、デミサーヴァントの失敗作と言われたマシュがサーヴァントとして戦い、所長でありマスター適正0と言われていたオルガマリーが前線で指揮を取り、そして現地のサーヴァントの助力を貰っている。ここに実験動物である己が追加されたという編成。
マシュと自分に関しては元々Aチームと突入班であったという事実があるからいいとする。だがほかの面子に関しては完全に予想外もいいところだろう。特にオルガマリーが前線にやってくるとかまったく想定していないことだ。正直、あまり嬉しい状況ではない。少なくとも東側の惨状を考えるに、西側も相当な数の敵がいると思える。マシュが不慣れな力で戦っていることを考えると、自分とキャスターのツートップでここは切り抜けるべきなのだろう。
「無理をすれば一応、まだまだ戦える。運用に関して何か質問があるなら遠慮なく質問しろ。あとロマニなら俺のマテリアルを持っている筈だからデータを送ってもらえ、多少は使いやすくなる筈だ」
そう言葉を立香に告げると、立香が言葉を止めて此方へと視線を向けてきていた。足元からくすくすと笑う妖精の声が聞こえてくる。それを無視しながらどうした、と立香へと言葉を向ければ、
「いや……本当にマシュの言った通り、見た目が怪しいだけで親切な人だなぁ、って」
「同僚で、これから戦友だ。生き残ることに手を尽くそうとするのは当然の事だろう? 正直見た目だけクールのオルガマリーがまだ生きているのもお前のおかげだ。そこは感謝したい」
「誰が見た目だけクールですって!」
「あぁ、でもなんかそっちの嬢ちゃんは必死に取り繕ってる感じはするな。そんなんだと何時か潰れるし適度にガス抜きした方がいいぞ」
「そうだな、そういう事だから過食は禁物だぞ」
「オルガマリー所長、もしかしてストレス発散に食べることを選んでいるんですか? 健康に悪いですからあまりオススメできませんよ?」
「そして始まるカルデアズ・ブートキャンプ。痩せる為に始まる苦行。そして繰り返される夜食のエンドレスワルツ……!」
「貴方達! これが終わったら覚えてなさいよ! ほんとーに覚えてなさいよ! 具体的にいうと給料とか給料とか給料とか!」
『ほんと弄られる事が似合ってる上司ね』
―――
キャスターの方は心配するだけ失礼だが、カルデアの三人組はどこか、息苦しそうな感じがしていた。準備を整えていないオルガマリーと立香がいるのだから当然と言えば当然だろうし、戦場にいるストレスだけで人は死ねるのだ。それを考えるとキャスターとの合流までの間、本当によく頑張った、と褒めてもいいぐらいだ。
力のないものが戦場に迷い出た場合どうなるかを自分はよく知っている。
―――……よく、知って、いる……?
「あぁ、もう! それじゃあ大空洞に向かうわよ! 基本的に戦闘はマスター・藤丸立香の指揮の下、マシュ・キリエライトとキャスターに任せます! アヴェンジャーは傷が回復するまでの戦闘を禁止し、治療のほうに一時的に専念してもらいます。私達の目的は大空洞に存在すると言われる大聖杯の存在の調査です。最低限、大聖杯の確認をしない限りは私たちはカルデアへの帰還を行えないものだと思いなさいよ!?」
何か、思い出せそうな気がした。だがその前にそれをオルガマリーの声がかき消した。少しだけ残念に思うが、こんなところで考えるべき事でもない、とあっさりと諦めて指示に従うことにする。まずは―――立香とマシュのお手並み拝見、というところだろう。
なんだかんだで常時迎撃態勢を整え、警戒しているキャスターに隙がない。本当に魔術師のサーヴァントなのか? と疑うレベルで体移動に無駄がなく、ブレが存在しない。正直魔術を使うよりは杖を使った棒術で戦ったほうが強く見えるレベルでは。英霊としての格も相当高く感じる―――それこそ立香には不釣り合いなレベルで。
『彼はアイルランドの光の御子ね。ランサーで召喚されていればもっと色々と……あー……でもランサーで召喚されるとロクな目に合わないし、最終的に勝利を目指すならランサー以外のクラスで召喚された方がまだ幸せなのかしら。ランサーって基本不幸だし。自害するのが仕事だし』
何を言ってるんだこいつ……。
「―――マシュ!」
「はい! せやぁっ!」
立香の指示に合わせてマシュが踏み込んだ。マシュの恰好は良く知っているカルデア戦闘員のそれから、露出の多いスーツと鎧を合体させたような恰好であり、それに追加して武装として大盾を装備していた。防具ではなく武装だ。マシュは話によればシールダーという防御特化のクラスにデミサーヴァント化しており、剣等で戦うよりは大盾を振り回すほうが遥かに
言葉と共に踏み込んだマシュは風を切るように大盾を横にして滑らせながら接近、相手の正面に立つその一瞬前に大盾を前へと引っ張るように横へと動かし、その勢いを大盾に乗せて正面からバッシュを叩き込む。それを受けた白骨が正面から砕け散りながら吹き飛ぶ。その瞬間に他の白骨たちもマシュへと襲い掛かり始めるが、その動きの合間を背後で待機していたキャスターがルーン文字を描き、炎を生み出して放つ。一息に十を超える火球を生み出して放つその手際は流石としか説明する他なく、
それに触れた白骨たちは片っ端から塵すら残さず蒸発して行く。これが古代のルーン魔術、極みと呼ばれる領域にある技量の一端なのだろう。神話の時代の神秘、この身で受けきれないだろうう、とその火力を見て判断する。
「キャスターもマシュもお疲れ様!」
白骨たちが基本的に弱い事も相まって快勝だった。動きがやや鈍いマシュをカバーするようにキャスターを配置し、攻撃して動きが止まった瞬間を狙ってくる相手を誘い込んでキャスターで燃やすという実にシンプルだが有効な戦術だった。とはいえ、それだけだった。やはり立香に関しては素人、という言葉が付きまとう。
「アヴェンジャー、彼の評価はどんな感じかしら」
「頑張ってはいる。だが粗が目立つ。ただ光るものは感じる。この状況で恐怖を感じずにサーヴァントを指揮出来ているだけで一種の傑物だろう」
「……そうね、それもそうね。そこは認めてもいいかもしれないわね」
「ただ今は指示を出しているだけだ。カルデアのマスターであればもっと踏み込んだ指揮をする事も出来る筈だろう」
「礼装を通した魔術的支援、そして戦術的サーヴァントの運用ね。後者に関してはまず間違いなく時間が足りないわ。だけど前者なら少しだけ時間をとればまだ何とかなりそうね。マシュの負担も減りそうだし……」
立香に駆け寄るマシュを眺め、そしてちょっといいか、と言いながら此方へと近づいてくるキャスターを見た。オルガマリ-はどうやらキャスターに対して苦手意識―――というよりは若干の恐怖を感じているようにも見えるが、彼女はそれを必死に隠そうとしていた。
『おや、どうしたんだいキャスター。何か問題でもあったのかな?』
そんなオルガマリーをブロックする様にロマニのホログラムが出現した。それを前にキャスターが足を止めた。
「あぁ、ちとな……あの嬢ちゃんもそっちのオマエもそうだけど、英霊としては妙な感じがする所なんだがこの先、セイバーとアーチャーの野郎と戦うことを考えたら戦力確認をしたくてな……ぶっちゃけた話、宝具は使えるのか?」
―――宝具、それは英霊の象徴。武器、逸話、伝説の類がスキルの範疇で収まらない場合、それは宝具という形へと昇華される。それは英霊の力ともいえるべきものの象徴であり、多くの宝具は一撃必殺の力を持っている。それゆえにサーヴァントとの戦いは宝具の相性差によって決まるなんてことも珍しくはないらしい。
オルガマリーとキャスターの視線が此方へと向けられ、ロマニが少し困ったような表情を浮かべる。その為、素直に答える事にする。
「―――俺に宝具はない」
「ちょっ」
「そもそも俺は人間をベースに英霊を再現しようとしたモドキだ。スキルシステムの再現までは成功しても宝具の獲得は無理だった。だからその代わりにマリスビリー・アニムスフィアがアトラス院から契約書を使って手に入れた兵器の一つを持たされてる。その機能を完全開放すれば
「んじゃそっちの心配は必要なさそうだな―――んじゃ問題は嬢ちゃんの方か。ありゃあたぶん、宝具が使えてねぇな」
『まぁ、正直な話仕方がないと言えば仕方がないのでしょうね。ただの人間がいきなり新たな感覚器官を生やしたところでそれをどう使うかなんて解る筈ないんだから。とはいえ、使えないのは使えないものでそれはそれで無様で楽しいわね』
何でこうもこの妖精は根性が捻じ曲がっているのだろうか―――いや、自分の生んだ幻覚なのだから、きっとその根本は俺自身に原因があるのだろうとは思う。だからきっと、奥底では俺も同じことを考えてるに違いない。
『そんなことないわよー』
それはともあれ、
「マシュは宝具が使えないか……対セイバーの事を考えたら切り札は欲しい、な」
「お前のは制限つけてぶっぱなせねぇのか」
「難しい。正直こういう場面での使用を考慮せず戦術核の様にぶち込むことを考えているものだからな。更地にするには十分だが……大空洞に大聖杯があって、そこでセイバーが待ち構えているというのなら聖杯を消し飛ばしてしまうかもしれない」
文字通り対星兵器なのだ―――普段通り使用するなら問題ないが、そのモードに入った瞬間あらゆる制御を振り切って星を滅ぼす破壊力を見せるだろう。アトラス院の生んだ七大兵器とはつまり、そういうものばかりなのだ。自らが最強になる必要はない。最強をふるえばいいのだ。理論はあっているが、それにしてもブレーキは入れておけ、と言いたい。
「威力が高すぎるってのもまぁた問題だなぁ……うっし、解った。乗りかかった船だ。俺がどうにかしてやるよ。っつーわけで大空洞行く前にちょっと寄り道すんぞ。最低限宝具を使うことができないならあのセイバーの相手はまず無理だろうからな」
「時間を食う事になるけど……仕方がないわね、アヴェンジャーの傷を癒す事も出来るし」
「では俺は治療に専念させて貰うとするか」
そういう事で期間限定の英霊によるレッスンが確定した。大空洞目指して北へと進むルートから外れ、さらに西へと、比較的に都市部から外れたエリアへと移動し、そこでマシュに宝具の使い方、発動の仕方をキャスターが教え込むこととなった。
その間、己は治療の為にも戦闘に参加せずに休息する。オルガマリーはカルデア制服に仕込まれた礼装効果の使い方をどうやら立香へとレクチャーするつもりでいるらしい。こんな状況、生き残る可能性を欠片でも高める為には正直、どちらも必要であり、大事な事だろう。そこまで考えてから小さく息を吐く。
『あら、お疲れかしら?』
足元、影の中から妖精の声が聞こえた。その声に心の中でそうかもしれない、と答える。さすがにこんな状態でファーストオーダーを遂行することになるとは、思いもしなかったからだ。とはいえ、既にすべてが始まってしまっている。
―――生き残らなくては。
人が増えると安心感があるよな。しかしキャスニキの序盤の安定感は良かったなぁ……。
そして英霊への殺意に余念のないマリスビリーの準備。ブラックバレル以外は基本的に不明だから想像のし甲斐があるなぁ、アトラス院。