Vengeance For Pain   作:てんぞー

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バレンタインカオス ~2016~
とらぶるchocolate - 1


 ―――オガワハイム特異点消滅から数日が経過した。

 

 藤丸立香が目覚めた。

 

 目覚めた彼は寝たきりだった事もあってやや衰弱している姿が見えた。とはいえ、眠りに落ちている間に、何かが視えたらしく、その影響かスゴイさっぱりしたような表情をしており、少年が一人の男へと、成長途中の様な精気に満ちた表情を見せる様になり始めた。彼が監獄で何を感じ、何を見つけたのか―――それを探るのはきっと、野暮な話だろう。

 

 立香が目覚めた事で漸く、とでも言うべき緊張からカルデアは解放された。何だかんだで彼が人類最後のマスターであるのとは別に、頑張っている少年として応援している人間しかこのカルデアには存在しなかったのだ。だから立香の復帰と共にカルデアは活気づき始める。また前の、日常的な活気が、

 

 ―――甘い匂いがカルデア内を満たし始める。

 

 

 

 

「あ、器がないわ」

 

「手っ取り早く聖杯使えば?」

 

「それがあったわね。聖杯、聖杯使っちゃいましょ」

 

 空っぽの聖杯の中に完成されたチョコレートを流し込んで行くのを後ろから眺めている。愛歌がチョコドリンクを注いでいるのは本物の聖杯だ。それをバレンタインの義理チョコに使おうとしているんだから、正気を疑う。とはいえ、それを提案したのは自分なのだから、自分も自分で色々とアレなのかもしれない。正直、自覚はある。とはいえ、これで美味しいチョコドリンクが作れるならもうそれでいいんじゃないだろうか。聖杯印の聖杯チョコドリンク。魔術師発狂間違いなし。そもそも聖杯が既に四個以上このカルデアに存在する事を考えると、並ではない魔術師でも発狂してておかしくはないのだが。

 

 これだけ聖杯があれば根源までドリルなんかせずパルクールキメながら行けるだろうに。

 

 まぁ、その場合スケボーキメながら守護者がやってくるのだろうが。

 

「うん、これで立香へのチョコは完成ね。日頃のお礼と労いを込めて、ちゃんとこういうのは渡しておくとモチベーションに続くからね。何よりこれぐらい出来ないなら女子と名乗る事はできないわ」

 

「遠回しに女子として死んでるってディスられてるぞアルトリア」

 

 チョコの作成が終わった、という事で自室内を改造して作ったキッチンスペースを壁の中へと収納させて行く。根源接続者がEXクラスであると割とフリーダムにスキルを引っ張り出して魔術が使えるから、便利だよなぁ、と思っている。陣地作成を引っ張ってきて、その応用でキッチン等を自室内に改造、拡張、設置している。おかげで二人部屋としては結構いい広さになっている―――まぁ、二百人職員が死んでるのだ、空いている部屋は腐る程あるのだから壁をぶち抜いて弄らせて貰っているのだ。

 

 口の中に一口サイズのチョコ―――作業が始まる前に愛歌からもらったものを口の中へと放り込み、終わった事を確かめてから、で、と言葉を置いた。

 

「どうすんの?」

 

「他の子に巻き込まれる前に渡すしかないわねー。というか順番的に一番最初に渡しておいた方が彼としても最終手段があって楽でしょう。うーん、やっぱり召喚してない筈の英霊達まで勝手にレイシフトして厨房使おうとしているわね。別にキッチン用意しておいて良かったわ。という訳で栄二?」

 

「はいはい」

 

 セイヴァーとしての服装のまま、片手にバズーカを担ぎ、サングラスを装着した。朝起こす時は早朝バズーカであると芸能界では昔から決まっているのだ―――他のサーヴァント達が起き出す前に、最終手段を先に手を回して置くべきだろう。そういう覚悟の下、まだ早朝のカルデア内部、多くの英霊達が起きてはいるものの、バレンタインの準備と言う理由で食堂に集結している。それを無視し、一番乗りで立香の部屋へと向かう。途中、怪しいテケテケ姫を見かけたので知覚される前に気絶させて適当な部屋の中に放り込み、朝駆けを阻止して、立香の貞操を守ってから立香の部屋へと向かう。

 

 マスターキーを使って音もなく立香の部屋に侵入し、とりあえず室内を観察する―――ちょくちょく他の英霊達から色々と貰っているのか、意外とものが多い。この様子だと近いうちに部屋を拡張しないと足りなくなってくるかもしれないなぁ、なんて事を考えながらベッドに寝転がっている立香の姿を見つけた。

 

 毛布を蹴り飛ばす様に、インナーとトランクス姿で眠っている立香は腹を出す様に寝相の悪さを見せている。

 

「少し前まで魂抜かして永眠に近い状態だったクセにのんきな顔晒して眠りやがって……まぁ、いいや。相棒面してるアイツが来る前にバズーカぶっ放すか。遮音結界よーし」

 

「奇襲用意よーし!」

 

「発射、ポチっとな」

 

 バズーカのトリガーを引けば、爆音と共に突風が立香の顔面を襲った。一瞬、その顔がブルドッグの様な様子になり、腹筋崩壊しそうになるのを気合いで堪えながら、バズーカを根源の渦に投げ捨てた。これ、もしかして人理一豪華なゴミ捨て方法ではないか? なんて事を一瞬考えながらも、立香がゆっくりと目を開いた。

 

「……え、えーと……おはよう? 先生に愛歌ちゃんか……まだ眠いから眠らせてー……」

 

「神経クッソ太いなこいつ。だが寝かさない(≪咎人の悟り:状態解除≫)

 

「眠気が消えたァ!! 先生ェ!」

 

「まぁ、待て立香少年。俺様がこの世では絶対受ける事の出来ない説法を一つやってやろうと言うのだ。その上で愛歌からチョコを受け取れるのだ。良く聞いておけよ? これがお前の運命を決する―――そう、シャトー・ディフで試練に挑んでいた時よりも遥かにヤバイ事態からお前を救う」

 

「お、人理焼却案件かな」

 

「とりあえず―――ハッピーバレンタイン、立香。私からバレンタインのプレゼントよ。感謝しながら受け取りなさい?」

 

 聖杯に注がれたチョコレートを愛歌が取り出し、寝起きの立香にそれを渡した。それを両手で立香が受け取り、器を見て、思考停止してから復帰し、再びチョコと器を見て、視線を愛歌へと向け戻した。

 

「勘違いじゃなきゃ聖杯っぽいんですけど」

 

「適当な器がなかったから聖杯で代用したのよ」

 

「聖杯で代用」

 

「ちなみに中身のチョコはなんか聖杯で祝福されちゃったから、どんな薬を飲もうが、今日一日ぐらいだったら守ってくれるんじゃないかしら」

 

「祝福」

 

 いいか、立香、良く聞けよ、と言葉を置く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは知っている。そしてそれをサーヴァント達も割と楽しみにしていたのも知っているな? だがここでカルデアという時空のバグを舐めちゃ駄目だ。過去、オリオン……というかアルテミスが召喚される可能性を手繰ってカルデアにレイシフトしてきた事件があるな? アレと似たような事で()()()()()()()()()()()を手繰り寄せて今日限定でまだ召喚されていないサーヴァント達が大量に出現、食堂で地獄絵図が形成されている!!」

 

「地獄絵図」

 

「一応、このまま見捨てるのも可哀想だし? 媚薬とか惚れ薬入りチョコとかをそのままにするのも可哀想だし? そういう訳で今日は色々と活動する前にググ、っとそれを飲んだ方がいいわよ。どっかの自重しない連中に対して、今日限定では無敵でいられる……といいわねぇー……」

 

「あの、確証……」

 

「ない」

 

「ア、ハイ」

 

 チョコ耐性貫通とかいうバイオウェポンを生み出せそうなダークマター製造機を約一名知っているだけに、油断は出来なかった。というかしてはならなかった。そういう訳で、まだ早朝だというのにカルデアは既に地獄の中に放り込まれていた。ある意味シャトー・ディフ級の地獄だった。下手すればそのままベッドインからのめった刺しとかいう事態が発生しかねない状況なのだ。乙女の怨念が強すぎる。そうとしか説明できないのだ、このイベント。逃してたまるか、と言う凄まじい強迫観念さえ感じる。なんというか、立香は犠牲になるのだ。バレンタインというイベントの犠牲に。それはそれとして、

 

「……腹に鉄板、仕込んでおけよ?」

 

「あ、これガチな奴っすか」

 

「個人的には早めに恋人の一人でも作っておくとそれだけで楽になるから推奨したいんだけど」

 

 まぁ、マシュの事を考えれば不可能だよな、それ。ともあれ、

 

 ―――立香の地獄のような一日が始まった。

 

 

 

 

 カルデアの甘い朝が始まる。明確に朝と呼べる時間帯になると、暗く、最低限の電灯を残して消灯していたカルデアに光が戻る。現状、太陽の光なんてものはもはや人理には存在しない為、カルデアだけが唯一の、この星―――もはや星なんてものは存在しないが、それが光源となっている。故に現在、正確に時間を保持し、記録し続けているのはこのカルデアだけとなっている。つまり、カルデアこそが時の中心点であるとも表現できる状態である。まぁ、だからカルデアが朝、と判断すればそれが世界の朝となるのだ。

 

 なんとも、悲しく虚しい。

 

 とはいえ、その虚しさを忘れるような喧騒にカルデアが包まれ始める。巻き込まれない内に自室へと戻ろうとすると、白い毛皮にチョコレートが軽くかかったフォウが全力で廊下を駆け抜けて行き、その後ろを溶けたチョコのボウルを片手に追いかけて走る白い服装の冠位級魔術師―――マーリンの姿が見えた。その背中姿を無言のまま見送り、軽く頭を押さえてからふう、と息を吐く。

 

「まぁ、アイツちょくちょく魔力供給に来てるしな」

 

「文句は言えないのよね」

 

 ぶっちゃけた話、マーリンがちょくちょく魔力の供給に来ないと、カルデアの一部機能がダウンしたままだったりする。ただあの様子を見る感じ、今回は純粋にフォウに悪戯しに来たらしい。お前、アヴァロンに帰れよ。アルトリア投げつけるぞ。あとランスロットもおまけで投げつけようかと思ったが浮気性が酷くなりそうだし止めておこう。円卓の連中は早くアヴァロンに乗り込んであの覗き魔をどうにかしてもらいたい。マジで。

 

「ま、対策だけ渡せたし、後はゆっくり過ごすか……」

 

「自分から騒動に首を突っ込む必要もないしねー? バレンタインぐらいは二人で邪魔されずにゆっくりしましょう。ここ最近は忙しかったし」

 

 チョコレートの材料を求めてレイシフト。護衛を引き受けてレイシフト。なんかつき合わされてレイシフト。定期的に発生するダークマターの処理で出勤、食中毒を食らうサーヴァントを解毒する為に出動―――貴様ら、悟りを何だと思ってる。美味しいカカオがある方角が解るセンサーとかじゃないんだぞ。もっと偉いんだぞ。

 

 この地上で人類を一番よく理解している人間なんだぞ。

 

 それはそれとして、立香を見ていたら嫌な予感しかしない為、何時でも『女性に刺されない100選』を渡しに行けるようにしておこう。朝から渡しておくと激しくつまらないからタイミングを狙っておこう。

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていると、食堂の方から逃げる様に歩き去って行くジャンパー着物姿の女が見えた。

 

「お、式。食堂から逃げて来たか」

 

「流石にな。あんな騒がしい所でやってられないよ。そもそもチョコを作るなんてこと自体が気の迷いだったんだ……」

 

 そう言うとぶつぶつ言葉を残しながら式が去って行く―――彼女はオガワハイムの後、聖杯の力を使ってそのままカルデアへと連れ帰ったサーヴァントだ。英霊ではないが、最強の武器とも言える直死の魔眼の保持者、それを逃す手はなかった。立香がいない為に縁を結ぶ事は出来ないが、それなら直接カルデアへと持ち込んでしまえばいい、と言うだけの話である。これが成功した現在、式はカルデアに所属する運びになった。

 

「あらあら、素直じゃないわね(≪単独顕現≫)

 

「それ、何やっても許されるためのスキルじゃねーから」

 

 そう言いながら虚空から着物姿、式の髪を長くした女の姿が出現した。此方もオガワハイムにいた式の肉体の人格―――それが単独顕現をマーリンや己の様に引っさげて、同一だが別の肉体を持って出現した姿だ。同一人物ではあるが、その人格、考え、権能は違う、別人。実にややこしい。

 

 此方も式同様、召喚なしで徒歩でカルデアに来た。

 

 聖杯すら使っていない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、という無茶な理論で徒歩で来たのだ。

 

 根源接続者だからこそ出来る無茶苦茶なのだが。

 

「たぶん、あの子なんだかんだでチョコを上げようとするから、その時は余りからかわずに素直に受け取ってね? きっとからかっちゃうとそのまま拗ねちゃうから」

 

「流石にそんな子供っぽい事はー……」

 

「しそうよね?」

 

 うん、まぁ、ノリでやると思う。ただこうやって「式」に言われたのであれば自重しよう。一応、彼女に対しては恩義を少なからず感じているのだし。

 

「その代わりだけど、お茶の時間に茶請けでも持っていくから」

 

「じゃあ楽しみにして待ってる」

 

「ふふ、それじゃあね」

 

 「式」が去って行く姿を眺める。なんだか都合よくバレンタインの贈り物を渡す都合をつけられたような気がする。それに対する愛歌の反応は―――まぁ、気にする必要もない。まぁ、チョコとかお返しは多い方が男子的に嬉しいよなぁ、なんて事を考え、どうやって立香がこれから経験する地獄を愉悦するか考えつつ、自室の扉を開いた。

 

「―――なんだ、遅かったではないか」

 

「ん?」

 

 自室を開けた先で、見慣れない姿を見た。

 

 身長は低く、百四十に届かない程度しかない、幼い少女のそれだ。ただ長い金髪に、見慣れない一般的ではないデザインのワンピースドレス、そしてその朱い瞳に美しい顔立ち―――姿は完全に少女のそれだが、完全に見覚えのある人物だった。

 

 現実逃避したい此方の心境を無視し、奴は―――幼い姿のアーキタイプ:アースはいつの間にか、我が自室に降臨していた。

 

「宴だ―――参ったぞ!」

 

「参らないでください」

 

 それしか震える声で絞り出せなかった。




 立香が復帰してガチャを回したことによって巌窟王(描写外)追加、式はオガワハイムから直接聖杯の力で移住、式バーは徒歩で来た。マーリン? あいつ定期的に遊びに来てるから。

 そして姫様登場。なおロリ。これはロリコンの風評被害が加速するな! あとオジロリとかいう組み合わせは嫌いじゃない。

 ばれんたいんを2~3話で纏めたらサクサク5章開始予定で。次回あたりで新章開始前の新キャラ紹介を終わらせたい。バレンタインはそういう為のギャグパートでもあったり。

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