―――代行者という存在の話をしよう。
連中は現代における怪物だ。
比喩やなんでもなく、怪物的だ。聖堂教会と呼ばれる現代の宗教型魔術組織の中にある部門、異端審問機関、それが埋葬機関と呼ばれる存在であり、そこに所属する戦闘員を代行者と呼ぶ。彼らは一騎当千、教会の矛盾点を説法ではなく、対城級や不死性による圧倒的暴力で強制的に排除する組織である。現代の人間におけるインフレの頂点に存在する集団だと説明してもいいかもしれない。それが埋葬機関の代行者である。そしてシエルはその一員である。
サーヴァントでさえ通常攻撃で対城と呼べるクラスに届く事の出来る者は大英雄クラスでもなければ出来ないが、代行者になるとそれがほぼ必須になる。だが、シエルはそのレベルにはない―――その為、代行者としては失格と呼べるレベルにある。とはいえ、それでも現代における最先端最強の異端審問機関である。その実力、技術、そして魔術は怪物的と表現するのに相応しい。それこそ二十七祖を状況次第ではあるが、単独で殺害出来る場合もあるだろう。
―――そんな相手を、式は単独で戦う。
シエルの姿を見れば完全武装だというのが良く解る。転生殺しの第七聖典、魔術による強化、秘術とも呼ばれる数々の改造技術、そして自己暗示による精神面の強化。それを行う事で鬼神の如き実力を発揮する。それに対して、
両儀式という女は、ナイフ一本で立ち向かっていた。
「東洋のナイフ使いはこういうのばかりですか……!」
「さて、な?」
身体能力で言えばシエルが圧倒していた。
ナイフ一本と、素のままのスペックのみで完璧に相対していた。
低い姿勢から飛び込むようなしなやかな動き、その両目に備わった直死の魔眼は爛々と蒼く輝きながら常にシエルの死を捉えている。それを覗き込みながら式は接近と同時にナイフを振るい、そしてシエルはそれを迎撃せず、
直死の魔眼。それは再生や蘇生を無視して殺す絶対の殺害手段。その存在を知るのであれば、
圧倒的な力と技術、そして聖典を保有していても、シエルが最後の一線を踏み込めない理由にはそれがあった。そしてそれが逆に式を存分に踏み込ませるだけの理由になっていた。逆に言えば式とシエルの力関係は
知識、それが最大のシエルの敵とも言えるものだった。
深く踏み込み、ナイフを低姿勢から式が振るう。それを逃亡する様にバックステップを取ったシエルが第七聖典を片手で握りつつ、もう片手で黒鍵を投擲する。切り払う様にナイフと衝突しそうだった黒鍵はしかし、式の目前で炎上し、切り払いながら式の視線を一瞬遮る。その瞬間に居場所を大きくズラしたシエルが素早く指先で法陣を描きながら魔術を放つ。雷鳴が天井から延びる様に床へと突き刺さり、その速度は人間の認識を超えるが故に回避不能な領域にある―――サーヴァントでさえ、高速移動用のスキルか宝具でもなければ雷速、光速の領域に踏み込む事は反応できても不可能だ。
故にシエルの選択肢は正しい。直死の魔眼という究極の殺人武装に対してひたすらアウトレンジからの攻撃を選ぶのだから。廊下を隙間なく埋め尽くす雷鳴は人間一人を黒こげにした上から炭化させるには十分すぎる熱量を誇っている。とはいえ、
「まぁ、そう来るよな」
式も、その程度理解していたのか、
―――圧倒的格上の存在に対して両儀式は切り込んだ。
『―――改めて拝見すると滅茶苦茶だなこりゃ』
通信を通してカルデアからクー・フーリンの声がする。彼はどこか、呆れた様な声を放っていた。だけどそれも式の戦いを見ていれば、理解できる。
『あの嬢ちゃん、動きからしてあんま実戦経験ねぇだろ? 能力も見る感じ
『―――そうじゃな、敏捷と運気では上回っとるが、それだけじゃの』
だけど式はシエルを上から叩く形で戦闘を展開していた―――スペック、そして経歴を考えればありえない事だった。直死の魔眼という必殺を警戒している事を考えても、それでもシエルがまだ有利なはずだ。だが結果として今、有利を得ている。それが現実だ。なにかで上回っていない限り、それは不可能なはずだ―――だが、現実として、
「
『それは―――』
そう、簡単に言えば、
「立香の事だ」
アレがおそらく
「天運に恵まれてるんだよ、
『天運―――人が持つ生きる運命、か』
立香はその総量が文字通り桁違いなのだ。それこそ二桁、三桁違う。どんな危機的状況に投げ込んでも、ギリギリ生き残って戻って来るというレベルで立香は天運を保有している。おそらく、人類最後のマスターとして相応しすぎる天運だ。それこそ冥界に落ちても尽きる事はないだろう―――彼は絶対にあらゆる死地から五体満足で生還する。それが天運。運命の巡り。天が定めた神すら手にする事の出来ない物事の巡り。立香と式の違いは、式がそれを気づかずに
日常的な生活では発揮しない代わりに、極限状態での引きの良さを発生させている。そういう類いだと思っていい。或いは状況を上手く構築する能力だと思っていい。
「或いはそうだな……主人公力って言っていいか」
『きゅ、急に俗っぽくなったぞぉ……!』
「いや、でも、まぁ、天運ってそんなもんだろ? 言葉で説明するようなもんじゃないし」
原理は簡単だ。
戦闘とは選択の連続であると表現してもいい。選択肢がAとBとCがあり、そこからD、E、F、どれへとつなげるのか、そのロードマップを常に構築しながら実際の状況によって組み替えつつ最善を求めて構築していくのだ。式の天運はその選択肢の
―――或いは「 」が、軽い後押しを内側からしているのかもしれない。
『まぁ、どちらにしろ一種の可笑しな状況ではあるよね……』
とはいえ、式がシエルを押し込んでいるのは事実だった。そして時間が経過すれば消耗品の類は減って行く為、自然と遠距離戦闘が中距離戦闘へと切り替わって行き、シエルと式との戦闘が肉薄し始める。
シエルの戦術は徹底したレンジアウトからの牽制と連撃だが、速度的にそれを式が追い込み始める。黒鍵の連続投擲と落雷による弾幕を縫う様に回避する式が飛び込みながら、シエルをどんどんと廊下の終わりへと追い込んで行く―――一撃でも食らえば蘇生も不死も関係のない直死の魔眼という武器の前に、接近戦は挑めないが、
ここまで来てしまえば、もはや選択肢はない。強制的に近接戦闘に舞台が移行する。
シエルから式に対する踏み込みが発生し、この点で漸くシエルが押し込まれるという状況に改善が見えてくる。何度も言うがスペックもなにもシエルの方が上回っているのだから、順調に叩けば勝利するのはシエルの筈なのだ。だが彼女がそうならず、ここまで押し込まれたのは変に直死の魔眼という武装に対する認識があるからであった。知る事は武器であると同時に、またそれに縛られるという事でもある。今回のケースはそれがモロにシエルに作用した結果だった。
「―――お、これは一気に動くな」
とはいえ、接近戦に入れば拮抗はするが―――シエルの勝ち目が見えてくる、という訳ではない、シンプルな話、式が勝つにはただ一つ、簡単な事をすればいいのだから。そしてそれを式は今、この瞬間、実演した。
第七聖典と言いう強大な破壊力をもった兵器による攻撃を確実に回避し、懐へと潜り込んだのを読み切ったシエルが蹴りによる追撃を行い、それを式が
無論、どちらとも高いレベルに技量を育て上げなきゃ難しい話だが、それが出来る程度には式の腕前はあった。その為、サーヴァントとしての耐久力を含めて、血反吐を吐きながらもギリギリ一撃耐えて止める程度の事は式には可能だった。そうやって一撃を剛の動きで停止させれば、シエルの体が一瞬固定され、確実なカウンターが入る―――直死によるカウンターが。
それでまずシエルの片足が消えた。どれだけ術式と存在強度を高めてもそんなものは魔眼の前では無意味になる。故にそれでバランスが崩れ、一気に速度が落ちる。それでも戦闘を続行しようとすれば体格のバランスと第七聖典という規格外の重量を持った武装が
まずは第七聖典を。
次に逆の腕を。
足を削ぐ。
最後の腕を落とす。
ダルマにした所で完全にシエルの動きと戦闘力が沈黙し、勝敗が決する。廊下に倒れ、動けなくなったシエルにナイフを向けて、廊下を沈黙が支配する。
「
式のどこか、落胆したような声に、ダルマになったシエルが呆れたような声を漏らした。
「なんですかそれは……とはいえ、これは確実に私が悪かったですね……。もしこれが終わって覚えていられたら流石に鍛え直さなきゃクビですねー……」
「情けなさすぎ。手加減するか、誰かの影を重ねてるのか、それとも義務感を通すか、せめてどれかにしろ。チグハグすぎるんだよ、お前」
「そうですねー……どこかでオガワハイムに影響されていましたか、私も。オガワハイムの創造物である以上、これも仕方のない結末ですか」
はぁ、と溜息を吐きながらシエルは少しずつ、魔力の粒子となって消えて行く。
「気を付けてください―――屋上にいるアレは本来
そう言葉を残し、あっけなくシエルは消えた―――なんとも、穏やかで静かな戦いだった。結局自分は彼女を観察しているだけで終わってしまった訳で、かなり楽だった。
とはいえ、これで最後だ―――後は屋上にいる、ラスボスになんとか
今回はちょっとお休みの話。何時もテンションあげてるとそれに慣れて後の展開が入ってこないので。それはそれとして、
式vs完全武装シエル画みたいなら、今すぐメルブラで遊ぼう。それが戦闘シーンだ!! とかいう盛大な手抜き。
次回、帰ってくれラスボス。たぶん物凄いインフレする。