―――ふぅ、と息を吐きながら髪ひもを取った。
ふわりと広がる長髪を軽く頭を横に振って伸ばしてからそれを片手で掴み、首の裏辺りで纏める。後ろからそれを愛歌が別の髪ひもを使ってササっと結わいてしまい、髪を纏め終わる。長髪は昔、あこがれていた部分もあるが、こうやって実際に長髪になってみると面倒でしょうがない。とはいえ、この長髪は
「オレ、思ってたんだけどさ」
「ん?」
「ソイツ、なんなんだ?」
『あー……聞いちゃうのかー……カルデアでも敢えてスルーしていたそれを聞いちゃうのかー……』
階段を上がりながら、片腕で抱いて持ち上げ、運ばれる愛歌の姿へと式は軽い視線を向けていた。所謂、お姫様抱っこという形式だ。彼女も手を此方の首に回し、半分ぶら下がって居る様な形で、胸の上にフォウが座っている。そして、愛歌が何か、彼女がなんであるか、という話しだ。それは何とも、言葉で表現するには難しい話だ。正直な話、どうやって説明すればいいのかに悩むというレベルで困る。無限に続くように思える螺旋階段を上りながらそうだなぁ、と声を置く。
「デザイナーズチャイルド、って知ってるか?」
「あれだろ? 人工的に子供をー、って奴だろ?」
まぁ、それで正しい。血統ダビスタが日常的な魔術界隈では実は
「まぁ、俺の場合科学や魔術でデザインされた訳じゃない。
「そして私はその相対の存在として
「……つまり敵だったのか?」
まぁ、話はまだ続くからちょっと待ってろ、と挟み込む。ただ、まぁ、元々は敵として設定されていた、というのは正しい。つまりは神様のプロットでは愛歌がラスボスとして配置されていたのだ。先にちゃんとラスボスを用意している辺り、二流、三流シナリオライターよりははるかにマシな手腕だと、ここだけは褒めてやってもいい。ただその後が杜撰―――というよりは、それが限界だったのだろうと思う。
「……まぁ、それで話が続く訳だが―――」
なんだったか、あぁ、そうだそうだ。
「―――そう、だから俺は生まれた時から聖人になる様に義務付けられていたんだよ。実際、その為に神の声を聴いていたし、聖人という体質もしてた。まぁ、だけどガキの頃に色々とあって俺はジャンヌ・ダルクとは真逆の方向性を選んだ、って訳だ」
『それはつまり、神の声に叛逆した、という訳だね?』
ロマニの声にそうだ、と答える。
「本来のプロットだと俺が失いながらも聖人として成長して行く物語だったらしいけど、なんで俺がそんな茶番に付き合わなきゃいけないんだ、死ねよオラ! ……ってキレてな? 結果、従うどころか聞こえる啓示全てに叛逆して国内から逃亡してな。まぁ、それで本来想定されていた道とは真逆の方へと走り始めた訳だ、俺は。そして俺がそうやって狂えば、当然、鏡写しの相対者として用意されていた愛歌の方も狂ってくる訳だ」
「私が本来背負うべきは悪と混沌の暴虐―――だけどね、進んでそれと不幸を経験した人がいてくれたの。だから鏡写しの私はそうならなかった。平和で、平穏で、秩序の中、善人である形を体現する短い人生を送ったわ―――まぁ、最終的に狙撃されて心臓だけにされちゃうんだけど」
それで話を続けるなら、愛歌と自分の関係は複雑だ。陰陽はその両側が揃って初めて完璧な太極図を描く事が出来る。それはつまり欠けている要素を両側から埋めるという行いであり、それが綺麗に合致する存在はこの世界には少ない。見つけるのは難しいだろう―――それこそ意図的に作成でもしない限りは。両儀式という存在はその少ない人造で、そして成功のパターンだ。だがそれも何代という積み重ねがあって漸く成功するものだ。たった一代、お手軽に出来るものじゃないのだ。
それをマリスビリーは成果を横取りする事によって魔術と科学の合わせ技でどうにかしようとした。
結論、或いは結果から考えれば奴は
それは鏡だ。正反対の存在で、そういう風にデザインされて生まれた被害者という仲間。だけど同時に互いの理解者であり、共犯者であり―――そしてこの世で一番、大事にしなくちゃいけない相手なのだろう。俺の両手を塞ぐ存在だ。こいつがいる間は流石に他の誰かを余分に救おうとする事は考えられない。
「……ま、そんな訳で切っても切れない縁によって繋がれていると思えばいいさ」
「こんな感じにね」
そう言うと愛歌の首に首輪が装着され、それからじゃらり、と鎖が階段へと向けて伸びた。幼い少女の姿に首輪と鎖という背徳的な格好が追加され、無言のまま、レンと式と、そしてカルデアにいる一部の人物たちがドン引きするのを気配だけで感じた。だが待て、ここは俺は一切関係ないのではなかろうか? 全部出したのは愛歌だけだし。それに説明的にこれは俺の正反対である愛歌が出したものだ。つまり、俺はノーマルの極み。
―――だけど今は中庸の境界に立ってるから一緒よ。
言い訳とかできなかった。
なお、
『―――アビシャグがつけてるのを想像したらアリだね! うん、アリだよ! イケる!』
『ダーリンに必要だったのは首輪だった……?』
何故か首輪スタイルは一部には好評だった。
ロリには束縛趣味があるという新たに知りたくもなかった情報が露見しつつ、更に上の階へと移動した。螺旋階段は相変わらず方向感覚を狂わせるような錯覚があるが、あくまでも魔術的にではなく構造的なトラップである為、英霊化してる今、ほとんどそういう物は通じはしない。逆に言えば立香がいれば多少面倒だったかもしれない。いや、その前に怨念と怨霊の固まりの方が遥かに面倒だっただろう。ともあれ、そういう面倒を乗り越え、屋上一個手前、最後の階層へと到着した。
「人間の性癖って不思議ね」
「お前にだけは言われたくない」
「被害喰らってるの俺一人なんだけど」
『早速ダーリンに鎖を巻いてみたんだけどどうかしら?』
『……』
『オリべえ、隙間なく鎖に巻かれてる……!』
相変わらず味方を殺す事に余念のないカルデアだった。そんな中、漸く最上階の様子を落ち着いて見回す事が出来るようになった―――こちらは下の階と比べればはるかに清潔で、綺麗であり、
だが大体、どういう手合いかは解る。
廊下を進んで行けばその中央付近で待ち構える様に立つ女の姿が見えた。短髪の蒼髪に袖の無い機能性を重視した服装、その両腕には制御式として刺青が彫られており、その片腕は巨大なパイルバンカーを床に立たせながら握りしめていた。式の様な、希薄な霊基を感じる―――つまりは疑似的にサーヴァントにされている存在だ。おそらくは本来、英雄とも呼べる人物ではない。下のフロアで倒した紅摩と同じだろう、そこは。とはいえ、自分が彼女を英雄の格ではないと言うのは、
「十数年ぶりですねー、シエルさん」
「えぇ、お久しぶりです里見さん。イギリスぶりでしょうか。まさか再会するのが世界が滅んだ後になるとはまるで思いもしませんでした」
一斉に視線が此方へと向けられる。今日は説明する回数が多いから、早い所立香が戻ってきて視線を集めるポジションに戻ってこないかなぁ、と思いつつ、説明する。シエル―――弓のシエルと呼ばれる埋葬機関に所属する代行者だ。その実力は
―――まぁ、おそらくは神からの啓示でもあったのか、或いは組織的な干渉があったのだろうが。流石にそこまで読み取るのは面倒だ。とはいえ、そう言う事もあって軽い面識ならあるのだ。まぁ、それだけなのだが。
「あの時は道と教えに悩む人がここまで大成するとは思いませんでした……おめでとうございます、そして同時に此方側へと引き込めなかった事が残念に思えます。……まぁ、戯言もこれぐらいにしておきましょう。この先を進むというのであれば、最低限私をどうにかできる程度の実力を発揮してくれないと安心できませんので」
「うーん、この迷いのない戦闘脳」
「話が早くていいじゃないか。オレは嫌いじゃないぞ、こういうのは」
シエルも気づいていないだけで大分オガワハイムに毒されているなぁ、と思っていると、式が先に前に出た。その手にはナイフが握られている。何時でも戦闘に入れる状態だが、
「次はオレの番って話だから貰うぜ」
「はいはい、どうぞどうぞ。流石に顔見知りを迷う事無くミンチに出来る程俺は外道じゃないし、任せるわ―――え、なんだよお前らのその視線。なんで俺が責められるような視線を向けられてるんだよ。ほんとだよ? 躊躇するよ? 身内だったらちょっとは躊躇するよ……? ほんとだよ……?」
誰もが疑ってかかるこの世界、一回滅べばいいと思ったが、良く考えたら既に滅んでた。ソロモン……やるなぁ! と、心の中で僅かながら喝采を送りつつ、二対一ではなく一対一の状況にシエルは僅かながらの驚きを見せてから少しだけ眉を歪めた―――舐められたとでも思っているのだろうか?
まぁ、舐めているとも取れるかもしれないが、本気で殺しに行くのは事実だ。
ただ
一回、冷静に離れた場所から戦いを見るのは悪くない。
そう思いながら鎖をじゃらじゃらと鳴らし、握らせて来ようとする愛歌をどうあしらうか考えつつ、正面のシエルと式の戦いを見た。
カッミ、方針を伝える。さとみー、中指を突き返す。カッミ、聖人に相応しい力を与えようとする。さとみー、中指を突き返す。カッミ、ヒロインを用意する。さとみー、中指を突き返す。カッミ、どうにかしてさとみーに干渉しようとする。マリスビリー、横から掻っ攫って行く。勝者、マリスビリー。
次に貴様らメルブラでやれと言う。