竜退治。
本来それは、英雄譚の一節に綴られるような大偉業。
呼吸するだけで魔力を生成し強大な力を持つ化け物を討ち滅ぼす事は、それ故に難しい。
現代の人間に、ベオウルフやジークフリートの様な真似をしろと言うのも酷な話だ。
現にオルレアンでは、マシュやジャンヌ、ジークフリートを始めとした多くのサーヴァントの助けがあって初めて、邪竜ファヴニールの討伐に成功した。
だから、本当ならば決して、軽い気持ちで挑めるような相手ではないのだが…ないの、だが…
「私じゃ足止めくらいしか出来ないから、ロイドは絶対に失敗しないでね!」
「応!」
先程までの甘い空気から一転。総身に戦意を滾らせ、戦装束となったアーチャーの声に、ロイドさんがそう返事をする。
「マスターは、ガンド撃つ準備だけして私の後ろに! 離れないでね?」
「はい!」
仮でもマスターであるオレを含めて、たった3人。たったそれだけの、ちっぽけな戦力で竜に挑もうとしている。しかもそのサーヴァントは、誰もが知る神話の頂点では無く、未だどんな逸話かも定かではない英霊。普通なら、勝ち目はとても薄いだろう。
だけど、この2人なら出来るという確信が何処かにあった。
『こんな、緩い感じでいいのでしょうか…?』
『諦めようマシュ、この2人にそんな雰囲気を求めるだけ無駄だよ』
確かにこれでは、モニターしている皆んなも拍子抜けだろう。けれど、そんな空気を壊す様にアーチャーは真面目な顔をしてこちらを振り返る。
「マスター、煩くなるけど、気絶はしないでね?」
問題ないと首肯する。
「それじゃあ一丁、始めますか!」
そしてそれを契機に、戦闘の火蓋が切られた。
無言で眼を閉じるロイドさんに莫大な魔力が収束していく。それは宝具解放の事前段階。そして勿論、竜がそんな兆候を見逃す訳もなく眼を覚ました。
ガァァァァァッ!
目覚めた金色の竜が放った大咆哮が、空気をビリビリと震わせる。いつも隣に存在した大切な少女はいないけれど、それでも心を強く保つ。
「アーチャー!」
「分かってる。それそれそれー!!」
アーチャーの持つ円筒から放たれる光線が、竜の顔面に連続して照射される。けれどそれは、聞いていた通りロクな効果を発揮していなかった。不機嫌そうな唸り声を漏らすだけで、竜には何らダメージが入っている様には見えない。
その足止めの中、ロイドさんの詠唱が始まった。
「
何処からか、凍りつく様な冷たさの風が吹き込んで来た。
それは生命を否定する様な冷気を纏い、人を弄ぶ様な怖気の走る暴風だった。
グルル…グルァァァァッ!
この宝具を発動させたらマズイと感じ取ったのか、鬱陶しい光線を浴びながら竜が疾走してくる。
それでも眼を狙い光線を放つアーチャーの後ろから、逃げてしまっては終わりだ。信用も、護りも何もかも無くなった1人の人間として立ち向かわねばならなくなる。
「真名開帳ーー『
条理ならざる
そしてロイドさんの
消失する安定感と、発生する浮遊感。この何処までも続いてそうな空へ落ちていく自分を幻視し…
「あれ? 落ちて、ない?」
以前浮遊感はあるものの、落下することはなくアーチャーの背後に立ち続ける事が出来ている。
「私もちょっとは魔術を嗜んでてね。マスターを浮かせる事くらいは余裕のよっちゃんなのだ! まあ、離れられると流石にああなっちゃうけど」
そう言うアーチャーが指差す先には、物凄い速度で落下して行く金色の光があった。天に燦々と輝く太陽の光を反射するそれは、間違いなく此方に向かってきていた金色の竜だった。竜は眼下に広がる雲海を突き抜け、おそらくどこまでもどこまでも墜落していく。
『なるほどね、これは確かにハメ殺しだ。
空を飛ぶ手段の無い相手は、この空間では落ちる事しか出来ない』
ダ・ヴィンチちゃんの説明に納得しかけ…一つ疑問が浮かぶ。落ちながらでも、飛び道具で攻撃出来る英霊はいるんじゃないだろうか?
「マスター、今あんたは寒さを感じているか?」
疑問符を頭に浮かべていたオレに、ロイドがそう質問を投げかけてくる。寒さ…改めて考えるとそこまで感じていない。
少し肌寒いくらいだとロイドに伝える。
「そうか、なら説明する。アーチャーが守ってくれてなければ、人ならば数秒で氷像になる暴風がこの世界には吹いている。そんな状態じゃマトモに狙いは定められないし、それを操って妨害もできる。よっぽどの大英雄でもなければ、封殺してみせるさ」
「まあ、固有結界なんて総じてそんなものだよね。まあ、ロイドのはちょーっと特別だけど」
『特別な固有結界…? 私気になります!』
違うマシュ、それは別のアニメだ。
そんな事を口に出そうとした瞬間、空中にいるというのに地を揺らす様な轟音が轟いた。
「今のは…?」
「まあ、これにて竜退治はお終いって事だね。
ロイドー、結界解除していいよー!」
「応」
そんな曖昧な答えのまま、固有結界が解除された。
そうして現実空間に戻り、しっかりと地面を踏みしめたオレの眼前に現れたのは、ヒビ割れ砕けた大地とその中心地でひしゃげた金色の物体だった。
『ああ、なるほど落下死したんだね』
『落下死する竜種……飛べない竜とは、ここまで残念に思えるんですね…』
いつかの本能寺の様にぐだぐだとした空気が漂い始める。
そんな中、1人だけ無邪気に竜の素材を回収しに行くアーチャーの姿は、ある意味英霊と言って良いかもしれない。
「マスター、ここに転がってる金属って全部オリハルコンだから、持って帰ったら喜ぶサーヴァントは多いんじゃないかな? あ、勿論真鍮なんかじゃないからね!」
『ぐぬぬ…だからキミは、なんでそんな面白そうな事をポロっと…』
唸るダ・ヴィンチちゃんの声を聞きながら思う。
やはり、こんな緩みきったまま過ごすのは良くない。
自分だけでも気を引き締めねばと見上げた空の先に、赤い点が見えた。
「ん?」
「どうかしたのか、マスター?」
「向こうの空に、赤い何かが…」
その言葉を発した瞬間、空気も雰囲気も全てが切り替わった。
「アーチャー!」
「っ! うっそでしょ!?
カルデア、早く観測して!」
ロイドが指差した赤い点に向けて、半透明の空間にオリハルコンを放り込んだアーチャーが、構えた円筒から光線を乱射する。しかしそれは、そもそも着弾すらしていない。全て回避されてしまっているようだ。
『確認しました!
かつて遭遇したキングゥさん程ではないですが、かなりの速度ーー観測していた反応、突如ロストしました!』
「ちっ、間に合わない! マスター動かないで! ロイドはマスターをお願い!」
顔を歪めるアーチャーの周囲に半透明の歪みが現れ、そこから射出された何かがオレの足元に六芒星を描く様に突き刺さる。そしてその杭が青ガラスの様な結界を作り出し、その前にロイドが立ち塞がる。
「いきなり何がーー」
そう口にした次瞬、目の前に太陽が顕現した。
否、そうとしか思えない程の爆光が炸裂し、鉄すら蒸発させかねない熱が爆音を伴い撒き散らされた。結界がそれを減衰させたがそれでも苦しく、付近の草木は炭化し遠方では炎上が始まった。
「へえ、人類最後のマスターって、ぐだ男の方だったんだ」
出現した焔の塊の中から聞こえたのは、こんな状況で聞こえる筈もない
「うん、いい。凄くいい! こんな状況でも諦めが見えないし……これなら、殺されたっていいや」
「ぐ、う…」
焔のカーテンが吹き払われる。
たったそれだけの動作でアーチャーの貼った結界が悲鳴をあげ、オレを庇うロイドが苦しそうな声をあげた。
そうして現れたのは、ジャックやナーサリーと同様に幼女と言える姿をした1人のサーヴァントだった。
燃え盛る巫女服を身に纏い、
「ん? 何か不思議そうな顔をして……ああそっか、まだ自己紹介すらしてなかったね!」
こちらが何かを言う暇もなく捲したてるサーヴァントが、大仰に手を広げて言い放つ。
「私はキャスター。
あなた達が昨日話していた『冬木のキャスター』!
この特異点を作り出してる原因にして、マシュちゃんと同じデミ・サーヴァントの英霊だよ!」
そう言う冬木のキャスターは、どこかアーチャーに似ている気がした。
思いついたよっぽどの大英雄(注:空を飛ばない者限定)
アーラシュ
アルケイデス(ヘラクレス)
アタランテ
アルジュナ
後、ようやくストーリーが動く…