カルデアが来てから3日目。
分かっていた事だけど、英雄王との決着がつかない。
折角の機会が、このままじゃ棒に振られてしまう。
私の自殺/旅路に、貴方の役目はありはしない。いや、あるんだったっけ?
まあいいや、長く続いたこの戦いを終わらせよう。
どうせ終わり/始まりはすぐそこだ。
◇
「アーチャー」
特異点3日目の朝、昨日と同じような朝を過ごしたオレは、アーチャーを呼び止めた。勿論昨日の話し合いの結果を伝えるためだ。
「ん? どうかしたマスター」
エプロン姿で茶碗を洗っていたアーチャーが、その作業をやめてこちらへ来てくれた。なんでこんなに家庭的なんだろうか。
「オレ、行くよ」
「んっと、それって向こうに? それで、あの子と戦いに?」
その質問に無言で頷く。
『どのみちこの特異点を修復するには、『冬木のキャスター』を倒さなければいけないのだろう? それならば反対する理由がない』
「だから、助けに行く」
ダ・ヴィンチちゃんがそう続ける。話し合うとは言っても、そとそも反対する意味がないので即座に方針は決まった。
「本当!? こっちの都合につき合わせちゃった感じだったのに…ありがとうマスター!」
『ああ! 離れてくださいアーチャーさん! 狡いです!』
目を輝かせ、抱きついてきたアーチャーを見てマシュが悲鳴を上げる。なんだろうか、セイバーアーチャー夫妻に影響されて、マシュまでとても感情を表に出しているように感じる。きっとそれは、とてもいい事だと思う。
「よし、そうと決まれば今すぐGoGo! Grand Orderだけにね!」
「うわぁ!」
抱きついた体制から、アーチャーがそのままオレを肩に担ぐ。サーヴァントの筋力には勝てなかった。
「まあ大丈夫。大橋にはファヴニール級のドラゴンが陣取ってるけどへーきへーき、マスターによって得意な事は違うから!
マスターはガンドが得意なフレンズだもんね! 人類悪にも効くなんてすっごーい!」
オレを担いだ事でそこまで速くはないようだが、それでも人外の速度で孤児院からアーチャーは飛び出す。
そしてそのまま、焼き払われた道を走り出そうとして…
「わーはー!」
「こらアーチャー、マスターの準備とかが出来てないだろ!」
「ふぎゃっ」
急降下してきたセイバーのチョップを喰らい停止した。そしてその勢いで吹き飛びそうだったオレを、セイバーがキャッチして地面に降ろしてくれた。
危うくとんでもない目に遭うところだった…
「俺はちょっとアーチャーと話をしてくるから、マスターはちゃんと準備をしておいてくれ。聞いての通り、化け物がいるからな」
「むぅ〜…えへへ」
『自分の奥さんを、まるで猫のように…!』
驚くマシュの言う通り、セイバーはアーチャーの服の襟首を掴み猫のように持ち上げている。何処と無く嬉しそうなアーチャーは、中々危ない一線を超えてしまっている様に見える。
『まあ、アレも一種の愛の形…なんじゃないかな?』
ダ・ヴィンチちゃん、それはないと思う。
◇
「さてマスター、今更だけど言っておくよ」
頭に大きなたんこぶを作ったままのアーチャーが、オレ達が隠れている林の陰から大橋と呼ばれていた場所を見て言う。
そこに堂々と君臨しているのは、話に聞いていたとおりファヴニール級のドラゴン。ただしその竜は全身を金色の鱗で覆っており、ドラゴンの象徴とも言える翼が存在していない。そして前脚は退化しているのかとても小さく、代わりに後脚は異様に発達し足踏みだけで橋を落とせそうな程だ。
つまり何が言いたいかと言うと…
「恐竜だ!」
『あの竜の外見は、所謂ティラノサウルスに酷似してます。けれど、オルレアンで遭遇したファヴニールと何ら変わらない神秘を纏っています!』
ファヴニールの様な西洋風の竜とも、清姫の宝具の様な東洋風の竜でも無く、見た目は金ピカのティラノサウルスだった。寝ている姿ではあるが、とてもレアモンスター感が溢れている。
「因みにアレからはオリハルコンが採れる…ってそうじゃないそうじゃない。戦闘中は、私から離れないでねマスター。セイバーは兎も角、私はこの霊基じゃ勝てるか怪しいから」
『そんな状態で勝負を仕掛けるつもりなのかいキミは!』
「だって、魔術のダメージ全然通らないんだもん。そのくせ物理にも強いし」
生前だったら一撃だったのになーとぼやくアーチャーだが、そんなのを相手に勝てるのだろうか?
「そんな心配そうな顔しないでよマスター。幾ら何でも、勝機がないまま来たりはしないよ。というか、私の夫がいる限り100%勝てるし。なんてったって、必殺技だもん!」
「えぇ…アレをやるのか」
なにやら2人で納得している様だけど、こちらには一切分からない。
『必殺技…なんだか凄く良い響きです。それで何をするのでしょうか!』
「ハメ殺し」
『え…?』
興味津々に聞いていたマシュの声が、一瞬にして疑問に彩られる。ハメ殺しって…何それ酷い。
「相手に一切の行動をさせず、マスターに傷もつけず、魔力消費だけで決着がつく。いい事尽くめだね!
どんな手を使っても! 最終的に! 勝てばよかろうなのだァァァァッ!」
『見た目の割に、言ってる事が相当だよその英霊!
属性はきっと混沌・悪…秩序・中庸だって!?』
寝ている竜の目の前だと言うのに、一気に大騒ぎである。
セイバーがため息を吐きたくなるの気持ちもよく分かった。
「ふう。まあそういう風に戦うに当たって、一つ伝えておく事がある」
『テンションの落差が凄いねキミは!?』
「伝えておく事…?」
ダ・ヴィンチちゃんのツッコミを完全に無視し、こちらを見据えてアーチャーが言った。
「セイバーの真名。宝具の真名開放するから、ちゃんとしないと」
「えッ!?」
『あれだけはぐらかしてたのに、こんな簡単に明かしていいんですか!?』
オレも驚きつつ頷いて同意する。あれだけ真名は大切だと言っていたのに、バラしてしまうのはいいのだろうか?
「うん。改めて考えてみれば、私達の逸話を知ってる人なんていないしね。知ってる人なんて、千里眼:EX持ちとか私が直接話した人だけだし」
『よくそれで、英霊になれたよね…』
「私達は仮にも神を殺してるし、世界も、救って、は…………うん、まあ神殺しだからね!」
ダ・ヴィンチちゃんの質問に、ハイテンションなアーチャーの顔に一瞬だけとても暗い影が宿った。けれど、それを一瞬で吹き散らしてアーチャーは無い胸を張る。きっと、今の話はアーチャーの中の何か触れてはいけない部分だったんだろう。
『えっと、それではセイバーさんの真名は何なのでしょうか?』
それを察したのかマシュが話を進める。
「俺の真名は、キリノ・ロイド。姓はアーチャーの結婚するまでなかったから、呼ぶならロイドでいい。無論、今まで通りセイバーでもいいがな。改めてよろしくだ、マスター」
「はい、ロイドさん!」
そう返事したオレを、アーチャーがとても難しい顔をして見ていた。顔に何か付いてたりするのだろうか? この林にも、恐らく虫はいるだろうし。
「うん? マスターが女の子だったら多分呪ってたなぁって。
あれ? 私ここまで重い女の子だったっけ…?」
心底分からないといった風に首を傾げるアーチャーを見て、オレが男だった事に安堵する。今のオレには、多分その呪いは普通に通ってしまうだろうから。
「ぐだ子だったら危なかった…だって私からして凄く可愛いし。それを呪うとして、そうしたら彼氏面が来たりするのかな? それならそれで楽しめそう。なるほど、これが『待て、しかして希望せよ』…」
「いやちょっと待てアーチャー。その理屈はおかしい」
ブツブツと呟くアーチャーの頭をセイバー…ロイドさんがぐしゃぐしゃとかき乱す。それを受けて、やはり嬉しそうにアーチャーは騒ぎ始める。
この状況は、あーもう滅茶苦茶だよとでも言うべきだろうか? 今までの特異点の様な緊迫した空気が発生する度に、ロイドさんとアーチャー夫妻のイチャイチャで打ち砕かれている。
今も目の前で夫婦漫才を見せつけているし、率直にいって砂糖を吐きそうな光景だ。非常にブラックコーヒーを飲みたい。
『まあ、それくらいは許してあげようじゃないか。
英霊の座に戻れば、話す事は可能かもしれないけれどこういう風に触れ合う事は出来ないんだ。折角の身体を持って触れ合える機会なんだから、優しく見守ってあげるといい』
『こうダ・ヴィンチちゃんは言っていますが、1人だけブラックコーヒーを用意して飲み始めています先輩!』
「
ダ・ヴィンチちゃんの言っている意見はそうなのだろうが、ブラックコーヒーはアウトだ。レギュレーション違反だ。そんなのは没収してしてしまえマシュ。
「あー、ダ・ヴィンチちゃん。残念ながら私達、座の本体でもこんな感じだよ?」
「一時的に世界法則を塗り替えたとか言って、アーチャーが3人分の空間を繋げてだな…」
『サラッととんでもない事を暴露してくれるねキミ達は!?』
ダ・ヴィンチちゃんの悲鳴が響く。1人だけブラックコーヒーを堪能していたからだ。
「それじゃあ、ぐだぐだしてるのは本能寺だけで充分だし、そろそろ竜退治と行きますかー!」
「「「おー!」」」
右手を突き上げるアーチャーとロイドさんに倣って、オレもなんとなく同じようにしてみた。
竜退治(ハメ殺し)が、始まる。
ー真名判明ー
変貌冬木のセイバー
真名:キリノ・ロイド
まあ、もうどっちもバレバレだけどね!
隠す気がない2人が悪い…
座での一コマ
「ロイドと会えない…? 座の仕様…?」
「ふざけるな。そんな事は認めない。会えて当然だろう!」
「異論は認めん」
「断じて認めん」
「私が法だ」
「黙して従え」
ーーAtziluth
…
「え? なんでここに?」
「逢いたかったら、来ちゃった♡」