なんとなくFate   作:銀鈴

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気がついたらチョコ礼装が20ほど…もうゆっくりやろう。


zeroに至ってほしい物語

 ーー渺。ーー渺。ーー渺。

 吹き荒ぶ風が、熱波と共に巫女服の裾が翻る。

 

「冬だっていうのに、随分と暑いね。キャスター」

「そうだねマスター」

 

 キャスターと一通り家族ごっこをした翌朝、異界の外に出た私達を出迎えたのは季節外れの熱気だった。陽炎さえ生むこの熱波は、私の覚えている限り聖杯戦争最終日に起こるものだった。どうやらキャスターの予想は的中していたらしい。

 

「終わりの始まり…か」

「やり残した事はある? マスター」

 

 私が零した言葉に、キャスターがそう問いかけてくる。この無茶苦茶だけど頼れるサーヴァントとも、今日でお別れになるんだよね…そうなれば私は本当に天涯孤独。カルデアにでも就職しないとやってられない身の上になる。

 

「ううん。昨日、やりたかった事はやり尽くしたから」

「そっか、それなら良かった」

「それじゃあ、夜に起きてられる様に私は寝るよ。壊れる前の冬木も、結構満足に見れたからね」

 

 そう言って私は、今まで立っていた大橋のアーチ状の鉄骨の上で身を翻す。私がこれまで育った新都も、遊びに行った深山町も存分に見た。また新しい人生がある…なんて思いはしないけど、今夜勝つにしろ負けるにしろ、生きるにしろ死ぬにしろ、もう悔いはない。

 色素抜けが7割程まで達してかなり白くなってしまった髪を靡かせ、私はキャスターの異界にある布団に直行した。右手の甲が痛いけど、多分これも寝れば治ると思う。準備は終えたし、後は時が来るのを待つだけだね。

 

 

 夜の空気を、小さな魔力の波動が揺らす。それはこの聖杯戦争で初めて上げられた狼煙で、おそらく麻婆の上げた最終戦開始の狼煙でもあった。

 

「符丁を知らないから意味は分からないけど、市民会館の上空に光を確認。間違いなく始まったよ、マスター」

『分かった。私からは何も言わないから、思う存分にやっていいよ!』

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、暫く動く気は無いかなぁ」

 

 そこそこ高めのビルの縁に腰掛け、足をブラブラさせながら私は答える。マスターのその姿勢は嬉しいけど、私もライダーが決着をつけるまで動く気はないんだよね。だからこそ大橋が見えるここに座ってるんだし。

 

「ギル様にはバレてるだろうし、どっちにしろ決着はつかないといけないけど…それは、ライダー達の物語を見てからでも十分だしね。マスターも見たいんじゃないの?」

『うん、それは勿論! 固有結界内の動きが見れないのは残念だけど、それでも十分だしね!』

 

 というか、マスターがライダー陣営に手を出すなって言ってたのは、ここのシーンを見るためだった様な気がしないでもないし。本当に、マスターはライダー陣営の事が好きなんだろう。

 

「頭も下げたし、変に手出ししなきゃ大丈夫でしょ」

 

 そう言って私は、現界してから1度も成っていなかったケモロリモードに移行する。銀色の毛に覆われた狼の耳と尻尾が生え、五感が研ぎ澄まされる。これで魔術を併用すれば、音は確実に拾う事ができるだろう。

 

『え、嘘何それ。キャスター、モフモフしたいんだけどいい…?』

「くすぐったいからヤダ。それよりもマスター、どうやら始まるみたいだよ?」

 

 こんな他愛もない話をしている間に、見つめる大橋に征服王の姿が現れた。駆けるブケファラスに乗るのは、征服王と覚悟を決めた顔のウェイバー君。つい一昨日戦った時とは、表情がぜんぜん違う。

 

「さてマスター、それじゃあ私達は優雅に観戦と行こっか」

『そうだね、絶対に邪魔しちゃいけないもんね』

 

 ティアに出て来るのは待ってもらって、私は音を収集する魔術を発動させる。私自身も好きだったシーン、許される限り見物したい。you are my kingが流せないのは残念だけどね。

 

「って始まっちゃったか」

 

 ここからは黙って観戦する事にする。流石に遠く離れた所の会話を聞いとるのに、自分の声なんて邪魔でしかない。

 大橋の上にて、ライダーは愛馬の背を降り地面に立ち、悠然と待ち受ける的に向かい步を進めた。アーチャーも示し合わせたかの様に、傲岸に踵を鳴らしながらライダーに歩み寄る。

 

「ライダー、自慢の戦車はどうした」

 

 開口一番、アーチャーが不機嫌さを露わに言い放った。

 

「ああ、それな。つい一昨日、キャスターのやつが豪快に両断してくれてなぁ」

 

 呑気にライダーが、肩を竦めて返す。よくもまあ、不機嫌なギル様相手にあんな事出来るよね。

 

「そうか、あの雑種の仕業か。(オレ)の決定を妨礙し、あまつさえ王の決着に水を差すとは…よほどの痴愚らしい」

 

 その言葉を聞き取った瞬間、英雄王の血色の目が遠く離れた私に向けられた。瞬間、私を恐ろしい程の殺気が包み込む。…今風に言うならマジやばくね?

 

「そうかっかするでない英雄王。彼奴に宝具を破壊され、武装を消耗させたのは余の落ち度よ。だが侮るなよ、今宵のイスカンダルは、完璧ではないが故に完璧以上なのだ」

 

 庇ってくれたライダーのおかげで、ギル様の視線が私から外れ殺気も消え去った。遠くの雑種より目の前の王って事かな? 後で絶対何かあると思うけど。

 なんて事を考えていた私の視線の先で、ライダーに向き直ったギル様が、鋭利な眼差しで切り刻む様にライダーの総身を見渡した。

 

「成る程。確かにその充溢するその王気(オーラ)、いつになく強壮だ。どうやら何の勝算もなく我の前に立ったわけではないらしい。不愉快な雑種の事は、一時忘れるとしよう」

 

 魔眼で視てみる限り、ギル様の言う通りライダーの魔力は宝具を1つ壊され2つ目も相打ちにされたと言うのに、全快どころかその数段上に達している。きっとサーヴァントの意に添う形で使われた3画もの令呪、効き目の薄い使い方をされてたとしても、十分な効果を発揮している様だった。有り体に言えば、ライダーは過去かつてないほどに絶好調だった。

 

「そういえば、私のマスターも全画令呪残ってるんだよなぁ…」

『確かに、私キャスターに一回も使ってないね』

 

 軽い酒盛りを始めた王様達を眺めながら、最後になるマスターとの平和な会話を始める。

 マスターにはなんだかんだ言って令呪を温存してもらってきた。多分冬木式じゃ、霊基修復とかは出来てもコンティニュー的な使い方は出来ないけど……その分応用は効く。だからもう復活手段を失った私が負けた時、殺される事になるであろうマスターを守る切り札になってくれる。

 

「まあ、その点は感謝だよね」

『なにが?』

「ううん、まだマスターには関係ないよ」

 

 そう、私が聖杯が溢れるまで時間を稼ぐか、可能性はほぼないけどギル様を倒せればマスターにはなんの関係もない話になるのだ。もしもの場合の備えはした、だけどあれは可能な限り使用されてほしくない物だからね。

 何もしないまま待つと言うのも暇だから、少し霊基を弄り、取り出したお猪口にお酒を注ぎ私もそれを呷る。

 

『キャスター、見た目的にアウトだよ…それ』

「中身は成人してるから大丈夫だよ」

 

 ライダー達に提供したのと違って、(ロイド)と一緒に飲むためだけに作った日本酒っぽいやつだ。最後になるかもしれない時に飲むには、まあ相応しいと思う。

 

「ね、ティア」

「まあ、文句は言わない」

 

 いつのまにか隣に座っていたティアに聞いてみたけど、流石に呆れたようにそう言われるだけだった。あ、そういえば…

 

「抜かりはない。市民会館付近を除き、神話生物は全て回収した」

「ありがと、私達が消えてからも劣化アーカムじゃアレだからね」

 

 神話生物が回収された事によって、私達が消えた後もこの街は安泰だ。だけどティアと一緒に戦う、か。また目の前で消えられるのは御免被るし、何より…

 

「分かってる。マスターの邪魔には、ならない」

「呼んでおいてごめんね」

「気にしない。この身は、永遠にマスターと共に在る」

 

 そう言ってティアが大鎌を通じて私の中に還り、魔力が増大する。目の前で消えてほしくないって理由以外にも、勿論こうしてもらった目的はある。私が戦闘スタイル的に共闘が苦手だって事もあるが、ギル様対策でもあるし、これはこれで切り札でもある。切れる札はいくら持ってても損はないしね!

 

「集えよ我が同胞! 今宵、我らは最強の伝説に雄姿を印す!」

 

 なんてらしくない事を考えてる内に、向こうの展開は佳境に入っていた。莫大な魔力が大橋を包み、数秒前までそこにいた征服王とギル様が消え去った。戦いの場は、あの砂漠に移行したのだろう。マスターがさっきから黙ってたのは、きっとこれが理由かな。

 

 残ってたお酒を飲み干し、お猪口を門の中に捨て中天に座す月に手を翳す。

 

「相手は万夫不当の英雄王、相手にとるには余りある。なれば加減は必要なし、我が全力をもって相対せん……なんちゃって」

 

 一拍置いて、左手薬指に光るシンプルな結婚指輪に私は問いかける。

 

「ねえロイド、私、今度は勝てるかな…?」

 

 返事なんてある筈がない。

 そんな事は分かっている。

 だけど最愛の人に問いかける事は止められず、束の間の静寂を取り戻した夜の街に、私の声だけが虚しく響いた。

 




銀城ちゃんはケリィの眼中になかったりする。

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