「よくやったよ、お前は」
雨が激しくなり、倒れて動かなくなった鎧の男を容赦なく叩きつける。
兜がひしゃげて冷たくなっていくその体を、焔は静かに見つめていた。
「お前は間違いなく弱かったが、強くもあった。さて、どうするかな」
口から出る言葉こそ静かだが、焔はこの後の行動について悩んでいた。
しかしそれは気が進まなかった。刀を交えている時、彼はただ仲間の事だけを思って、それだけで格上の自分にここまで食らいついてきた。
敵にはとことん厳しい焔だが、強者に対してはある種の敬意を払うタイプだ。正直、彼の健闘を讃えて生かしてやろうかと言う気もある。
「しかしそういう約束をしておいて生かすのは失礼じゃないのか?でも子供相手に本気で殺したりするのは詠や未来がな…。いやどこに監視の目があるかわからんし、下級生に対してどう説明すれば…。私は強いから問題ないものの、仲間ごとの降格もありうる。う~ん」
しばらく両手を組んで重い胸をおき、頭をひねった後。焔はある結論に至る。
「よし、全部やるぞ!」
バカ真面目ここに極まれり。
「焔」
「ああ未来か、どうした」
ぐっと片手だけのガッツポーズを決めた焔の後ろから、未来が歩いてくる。
「これからどうすんのよ?」
「決まっている、約束は約束だ。お前達には悪いが残りの侍達の始末に回る。首謀者は徳川。コイツは私を楽しませてくれた礼として、静かな場所にでも埋めてやるさ」
そう言って焔は春希だったものを見る。
顔を覗いた未来は、焔の心情を悟っていなくなった二人の行き先を語った。
「首謀者や細かい案件は詠や日影が伝えに行ってくれたわ」
「すまないな」
「仕方ないでしょ。攻撃をしかけてきたのはコイツらなんだから、アンタが正しいわよ」
その言葉を背に、焔は春希を背負おうと冷たい身体に手を伸ばす。
すると間髪入れずに未来の叫び声が耳をつんざいた。
「――焔しゃがんで!!」
間髪入れずにスナイパーライフルの装填を完了し、狙撃する未来。
間もなく強い激突音が焔と崖の間に反響した。
「なんだ?」
「狙撃よ!逃げなかったのがいたらしいわね!!」
「ほう…、いいじゃないか」
「この戦闘狂っ!!」
どいつだ、どこから撃ってきた。
焔は訓練所を崖の辺りを見渡す。
しかし先に見つけたのは、狙撃を相殺した未来だった。
「あそこ!」
未来が指を指す。
その先に確認できたのは、何か棒を向けているオレンジ色の米粒みたいな点のみ。とても人には見えない。
「あれか、よく見えたな」
「あたしは目がいいのよ!右目視力2.0!左はナシ!!」
○□ △
「へっ、マジかよ。スナイパーライフルでスナイパーライフルの弾を狙撃とか、あのちびっ子ピンポイント射撃も出来んのかよ。FPSに行けっつー「誰がチビだぁぁぁあああああ!!!」うおおおッ!!?」
狙撃した犯人は、日影に仲間を潰され、絶望にくれていたナッツだった。
春希が仲間のために残った事を知って、彼も残ったのだ。
しかし結果は見ての通り。残骸から組んだスナイパーライフルの一撃は打ち消され、居場所がバレてガトリング射撃を食らう始末。
だがまだ逃げない。ナッツは言いたい事があって残ったのだから。
「春希こんにゃろう!こんな危なっかしいトコに一人で残りやがってマジで許さねぇかんな!!」
銃弾の雨を転がって避け、頭に青筋を浮かべ怒鳴りまくるナッツ。
そんな中でスピーカーを調整しチャンネルを春希に合わせる。
そして撃たれるの覚悟で照準を倒れた春希に合わせると、ボイス大音量、音量MAXで叫んだ。
『オイコラ起きろボケ春希クォラァアアアア!!!!』
照準で見た灰の鎧が、バカでかい音でガクガク揺れる。
その異常に忍二人は警戒するが、ライフルを一発ぶちこんで注意を引く。
そのままナッツは続けた。
『テメェは本っ当に昔からそうだよな!!口じゃわかった頼りにしてるって言いながらいざっていう時に一人でやろうとしやがって!恥はねぇのかテメ欠片も褒めてやんねェからな!!そのまま女に踏み抜かれて奴隷に落ちちまえってんだバカが!ドロまみれで転がりやがってクソが!!!』
ガンガン耳元でなるナッツの暴言。しかし春希からの返答は無い。
『本当に…、本当にテメェはバカだよ!皆を見逃してくれだぁ?ここに来る前に最初に言ったこと忘れたのかよお前は!そうだったらマジでバカだ!!』
「――俺たちで皆の道を作るんだろ!!お前もいなきゃ皆じゃねーじゃねえか!!!」
そう言って立ち上がると、腰にマウントされた二丁銃とスナイパーライフルを乱射し、忍二人を引かせようとする。
しかし未来は傘を広げて防御を取り、体力がある程度削れたハズの焔でさえ刀で鉄を穿つ弾を切り落としていく。
「まったくもう!しつこい男は嫌われるわよ!!」
未来が自分でスカートを広げると、その中から5丁のグレネードランチャーが出現し、山なりに射出される。
それによってナッツのいた岸壁一帯は粉々に砕かれ、悔し紛れの叫びごと瓦礫がふもとまで引きずりこんでいった。
「直撃は避けてやったわ。生きたきゃ流れに逆らわず流されることね。…焔?」
最後に残った侍を片付け、蛇女へ帰ろうとした未来。
しかし立ち止まったままの焔を見て歩みを止める。
その顔は、ニッと笑っていた。
「本当に…、本当にもったいないなそのタフネス…!まだ動くか」
「耳痛い…、わかったよ。後でちゃんと殴りに帰るよナッツ」
未来は焔の見る先を見て驚く。そこには確かに頭を潰されたハズの、灰の鎧が立ち上がっていた。
「ウソ…!?あれだけやられてまだ立つの!?」
「だってうるさいもん。ホムラ」
「ん?どうした春希」
まるで親友に話しかけるように気軽に答える焔。
目を輝かせているのは、これからどんな反撃を見せてくれるのか楽しみしてるからだろう。喋りながら六刀流を引き出したのがその証拠だ。
焔は『手を出すなよ』と未来に目くばせする。それを見た未来はヤレヤレと首を振り、あきれて離れていった。
「俺、死んでも通さないつもりだったけどやめるよ。今から④の逃げるをやる」
「ほぉ、どうやってだ?」
「――こうやって…!」
春希は、右脇腹にある日本刀の装飾がなされたレバーを右から左へと引き、戻す。
「『ハラキリ』起動」
すると、灰の鎧装に変化が起こる。
肩と足に伸びる白いチューブがレバーのある所を中心に赤く染まり、ボクンッ、ボクンッと何かが激しく送り込まれる。
本体もチューブが脈動するのにあわせて体が揺れ、損傷箇所からのスパークが激しくなった。
中にいる春希も苦しいのか「ぐ…、ぎ…」と苦悶の声を漏らす。
(パワーアップか、隠してたんだな)
「い…っくぞ…!」
「ああ来い!!」
ジャキっと、鈍い金の擦れる音とともに現れたのは黄金の漆が目立つ漆黒の火縄銃。徳川が倒れた際にくすねた銃だ。
春希はで弾を連射し、焔は刀を振るう。
「悪いな、その銃のネタは知っている!爆発するんだろ?」
弾と刀が触れあった時、石火矢と比べ物にならない爆炎が周りを包んだ。だが焔は汚れた程度で、服が身代わりに焦げていた。
「まあ当然、そう来るな」
炎が揺めく奥から、長ドスを構えて灰の鎧が飛び出す。それに向かって焔も六刀流を翼の様に翻し前に出た。
「これで終わりだ!!」
―ドドドドドシュン!!!―
一、二、三、四、五、六。
すれ違いざまに焔の刀が次々と灰の鎧を貫き、そのたびに背中から刃が飛び出す。
虚しく空振りに終わったドスは燃え盛る大地に突き刺さった。
間違いなく、致命傷だ。
「今度こそさよならだ」
『ああ、今度こそ決着だホムラ』
「――何?」
そこまで来て、焔は違和感に気づく。血が流れないのだ。鎧越しに刺したため肉の感覚がせず、気づくのが遅れた。
となると鎧から発された声はなんだ?中身はどこへ?
焔は冷静に辺りを見渡す。確認できるのは自分を囲む豪火と薄暗い雨天。離れた所でなにか叫ぶ未来と、チョビ髭半裸で血を流すオッサンだけだった。
――オッサン?そんな奴いたか?――
『「ここだよ」』
貫いた鎧が喋る。それに紛れて同じ声が聞こえてきた。
焔は声の聞こえた先――後ろを振り向く。
そこには炎の明かりを反射し、地面に突き刺さったドスを抜く『漆塗りの鎧』の姿があった。
「爆発に紛れて鎧を替えたのか、やってくれるな」
『「なれてるから」』
声の正体をスピーカだと看破すると同時に、灰の鎧がひとりでに動き、焔は抱き締められ拘束された。
動作したのを確認した春希は炎の中をくぐり抜け、一直線に裏門を目指して走り出す。
最新鋭のパワードスーツを内蔵した徳川の鎧装は、疲れはてた春希の体をもろともせず運ぶ。
「敵前逃亡だと?私は逃がさないといったはずだ!」
鎧のパワーアシストを受け、全速力で走る春希の耳元に、ギギギ、バチンッと鉄が曲がる音、配線が切れる音が聞こえる。
「おおおおおッ!!!」
焔が追いかけようと突き刺さったままの六刀に力を入れ、灰式を真っ二つに引き裂こうとしているのだ。
そんな恐ろしい音を聞いていても、春希の足は止まらない。止まる気もない。
僅かに開いた裏門の目の前までたどり着くと速度を落とさずジャンプし、回転の勢いで後ろを向く。
手にあるのは煙幕代わりに使っていた徳川の火縄銃。
狙いは、引き裂かれつつある灰の鎧の背中。
そこは、下忍に傷つけられたV字のエンジンがあった場所。
「俺言ったよ。『これで決着だ』ってさ!」
春希が決着の引き金を引く。
弾がエンジンの傷口にぶつかり火を吹いた瞬間、球体を形成する大爆発をもって焔の姿が掻き消える。
全ての音を上書きする轟音と共に、この戦いは終わりを告げたのだった。
この小説のイメージテーマはズバリ『疾走論』
本当に閃乱カグラはいい曲揃えるね。魔乳秘剣帖のOPもすばらしいし、乳にこだわるものは曲にもこだわるのかな?