男の裸はいらない。
だからこそ、破壊されてもかっこいい鎧がいるのだ。
雨が降りしきる中、焔と春希が対峙する。
侍陣営は日影、未来が先程まで陣取っていた裏門にジリジリと近づき、守っていた二人と詠は焔から離れた所に立っていた。
なぜこのような事態になったのかというと、交渉を飲んだ焔が『代償』としてこれを要求したからだ。
「ルールは簡単だ。
①私とお前が殺し合う。
②殺し合いを始めた時点で侍は逃げてよし。
③殺やりっている間は私の仲間含め、侍には手を出さない。
④お前が逃げられるなら逃げてよし。
⑤私がお前に勝った時点で侍は全員、私の餌食だ。いいな?」
「わかった」
爪の様に並んだ三対の刃と胸が揺れ、鋭い肉食獣のような笑みを浮かべる焔に対して、二本のクワを構え、機械的に最小限の言葉で頷く春希。
一方で、観戦に回った日影は焔の意図が読めずにいた。
「なぁ、ウチはこの戦いの意味がよぉわからんのやが、わかるヤツおるか」
日影の疑問に対して、詠が優しく答える
「それはですね、焔さんは多分、私達に配慮して下さってるのですわ」
「配慮なあ…」
感情を知らず、相手の気持ちを読めない日影にとって、配慮とはよくわからないものだった。
顔をこちらに向けたのを見た詠は話を続ける。
「私は、日影さんは知ってるでしょうけど貧困街の出身で、未来ちゃんはいじめられっ子でした。相手が似た境遇だと知って、私達の中にはためらいが生まれてしまいました。いくら相手がアッサリ殺せるとしても、一瞬の隙は大きな傷を残します。」
確かに侍が押し寄せた時、未来の動きは何かもどかしかった気がする。と日影は思った。
「だから焔ちゃんは、一対一のルールをしいて、私達が戦わないよう仕向けたのかも知れません。灰の方の条件は仲間が逃げる時間を稼ぐこと。校外へ彼らが逃げた時点で殺せば――」
「外まで逃げた侍を、まとめて殺すこともできるっちゅうわけやな」
「……ついでに言うなら、戻って来た時に『スマン、逃がした』とウソをつくかもしれませんわね」
つまり、焔は詠や未来が自分と同じ境遇の者の末路を見ないですむように、相手の願いを利用したということになる。
「ふーん…。なんか、めんどくさいことをするもんやなぁ焔さんも」
「ええ、焔さんが不器用なのは、日影さんも知ってるでしょ?」
腕を組んだまま、いまいち分からないというような顔をしている日影に詠は柔らかく微笑む。そんな微笑にも日影は「なんで笑うとるんや?」と不思議になるだけだった。
その二人の間に入るように傘が伸び、広がって雨を塞ぐ。
斜め下を見ると、そこには黒いドレスで着飾った未来がいた。
「あー…。えーっと、だってほら。このままだと風邪引くし」
顔を反らす未来に笑みを返す詠と対照的に、日影はせやな。と至極まっとうな感想を抱く。
一方で、向き合う二人も何か話しをしているようだった。
○□ △
「ありがとう。チャンスをくれて」
春希は、仲間が生き残るチャンスを与えてくれた焔に素直な感謝を送り、頭を下げる。
しかし、焔はしかめっ面でそれを否定する。当たり前だ。焔は助ける気など毛頭なく、彼らが門を出たのを確認すれば真っ先にこの鎧を殺し、他の殺戮に移行する予定だからである。
「勘違いするなよ鎧男。あのままじゃ戦いにくかっただけだし、お前らを生かす気など毛頭ない。仲間を無事に生かしたければ、私を殺してみせろ――。」
そこから凶悪な言葉は一瞬なりをひそめ、焔は六刀を構える。
「――まぁ。できるならの話だがな」
先手を打ったのは焔だった。
ぬかるんだ地面に対して足を取られることもなく六刀を交差し、滑るように突進する。
技と呼べるようなものではないが、鍛えている焔が行う突進は鎧を来た男を吹き飛ばす威力を誇る。
それに対する春希もまた、クワを逆に持ち替えてクロスさせ、防御の体勢を取った。
(防御か?それはお前の先生とやらで見飽きたぞ!)
得物ごと細切れにしてやると、寸前まで距離を詰めた焔は切り裂こうと六爪の交差を広げる。だが相手の解答は防御ではなかった。
両者がぶつかる直前、春希はクワを振り抜く。
するとXを描いていた両爪は、内から逆手のクワに引っかけられて弾かれ、焔はバンザイの体勢にさせられた。
「おっ!――ぐ!!」
春希はそのまま振りきった勢いでヤクザキックを繰り出し、腹に一撃与えて突き放した。
「かはっ!――――っハッ!なんだやるじゃないか、さすがにあの男とは違うか?」
「俺はあの
普通、腹に強力な蹴りをかまされたら吐きそうなものだが、さすがは選抜メンバー筆頭。せきこむだけでなんともない。服に泥がついただけだ。
(……なんか効いてないな。前コレで岩蹴ったら壊れたんだけど)
灰の鎧――中にいる春希は考える。
相手は自身を遥かに越える強者。鎧装をもってしてもパワー、スピード、スタミナ、テクニック全て相手の方が勝っている。
自身の武器は戦闘用に改造された二本のクワと長ドス、二発だけある腕部の石火矢、それに《ハラキリ》だけ。
逃げに回りたくとも周りは完全な平野で隠れる所がない。
つまり時間を稼げたとしても、自身が生きて帰れる可能性はほぼ0と言える。
どうしよ。と小さく呟いた時、焔が動いた。
「これはどうだ?」
言葉を置き去りに突撃する焔。しかし勢い自体は先ほどの突進と変わらない。
変わったのは体を猛回転させている所だ。黒く鋭い輝きを放つ小型竜巻が、春希に向かって一直線にせまる。
その竜巻は二振のクワとぶつかり合った瞬間、無限の火花を咲かせた。
「ッ……!」
「しぶとさだけは認めてやるとしようか!」
後ろに引っ張られるように春希は押され、足裏にどんどん泥だまりを作っていく。
観戦している三人の忍の目にはハッキリ見えているのだが、よく見ると焔はただ回転しているのではなく、回転の勢いに合わせて三刀の刀を振りかぶって叩きつけている。
横から袈裟斬り、大振りで輪切り、すれ違いざまに突き。それに交えて蹴りも確認でき、蹴られてぐらついた瞬間、倍の攻撃を叩き込まれている。
はたから見れば、竜巻が球体やひし形などグニョグニョと形を変えているように見えるだろう。
複雑かつ大降りな技に春希は対応しきれず、鎧装は一つ一つの一撃で深い傷を作る。
傷は無数に、無限に増える。
しかし春希も負けいられない。逃げる仲間のために。
「んッ――、ヌゥッ!!」
竜巻から離れるためにガキンと少ない火花を飛ばし、後ろへステップで引く春希。ダメージでよろけて転ぶもブレーキとしてクワの歯を地面に突き刺し、地面に跡を残す。
それに終わらず、春希は回転してクワから何かを焔に向かって飛ばす。回り初めに一発、回り終わりに二発。
焔が最初の攻撃を迎え撃とうと刀を当てた瞬間、それはバチャン!!と気持ちよくない音を立てて焔の頬についた
(――なんだこれは、泥?)
それは泥。春希は竜巻で後退させられた時、ブレーキでできた泥塊をクワですくいとり、それを焔にぶつけたのだ。
しかし、こんなもの痛くも痒くもない。
ヤケになったかと僅かにイラついた焔は、二撃目の泥も片方の三爪で切り裂くと春希に目を向け、叫ぶ。
「おい貴様!バカにするのもいい加減に――!!」
しかし、その怒りは目の前で何かが光り、膨張した事で中断された。
――――ボゴオオオォォォオンッ!!
響く鈍い豪音。顔がある場所から広がる黒煙と火炎。
それは、灰式の両腕に取り付けられていた石火矢が衝突した事で起こった爆発だった。春希は三撃目として左手の石火矢を発射していたのだ。
泥弾は確実に当てるための保険である。
「…………」
春希は敵影を確認しようと片目をつむり、もう片方の目蓋を広げて煙を見据える。
結果を見た春希は、両目をつむって言葉を口にした。
「――ダメか」
鉄板を蛇腹状に重ねて作られた籠手が、ギュと握りこぶしを作る。
雨音を遮る笑い声が空高く響いたのは、その後だった。
「ハハ……、ハハハハハッ!」
体を覆うまでに広がった黒い硝煙が引き裂かれる。
その中から現れたのは、歓喜で白い歯を見せつけ、翡翠の目を見開く焔だった。
「いいな、いいぞお前。私は強い奴が大好きだ!!」
ザッシ、ザッシと。焔は濡れた地面を踏みしめて歩く。そのたびに、爆発で破けて現わになった谷間が揺れた。
「なぁ鎧男。お前、普段からどう戦うか考えるタイプだろ?あの動きは即興じゃない。『これが駄目なら次はコレ』と、複数の戦略を立てているな?」
「それが何?」
「ふっ…、いいや、最近は不完全燃焼続きでな。嬉しいんだよ、久しぶりにマトモに戦えるのがなぁ!!」
「そう」
「連れない奴だなぁまったく…。行くぞ!!」
六刀を翼の様に広げ、襲いかかる焔。
彼らの戦いはまだ続く。
○□ △
「てめーら急げ急げ!はっつぁんの頑張りを無駄にすんな!!」
「足の早いのは俺に続け!今のうちに倒れた仲間を連れてくぞ!」
「春希さん仲間がいなくなったら目に見えて泣くからな!さっきのバカを水に流してもらうならこれしかねぇ!」
「急げ男子共!アタシ達は上にいくよ!」
「「「おおおおッ!!!」」」
春希が時間を稼いでいる間、侍陣営の子供達は裏門を開け、散らばって救援に当たっていた。
一方的にやられ、最後に心折れて徳川の言いなりになっていた事が彼らの悔いとなり、せめて仲間を救って恥を注ごうと抗っていたのだ。
「奥はいい、オレが来た!どういう状況だこれ!」
「紅葉!銀杏!木ノ葉!おめーら兄妹も生きてたんだな!」
赤いモミジの紋を持つ量産鎧装が先頭に、少数の集団が奥からやって来る。
肩に木ノ葉とイチョウのマークを持つ量産鎧装が支えられているのを見た七五さんは急いで現況を語った。
「徳川が死んで逃げるトコなんだよ!なんやかんやかあってはっつぁんと日焼け美人が戦うことになって!その間に逃げきらないと皆殺しだってよ!!」
「あの人がか、……わかった」
激しく人が行き交う中、崖の上を登っていった者達を率いていた女の子が顔を出し叫ぶ。
「上の回収は終わったわよ!でもアイツは残るって!」
「わかったッス桜ちゃん!オレらも帰るぞ武者学課へ!!」
春希の努力は、少しずつ、少しずつだが、確実に実をむすんでいた。
○□ △
戦い開始から、数刻――。
春希の鎧装と肉体は無数の刀傷にまみれ、危機一髪逃れて残った眼の傷が目立つ。
クワも所詮は農業道具の改造品で、先は刃こぼれしている。
片足はパワーアシスト機能の故障か、青いスパークが走り膝をついていた。
そもそも、無数の下忍を相手にした後で上忍に食らいついているのだから大したものだ。
しかし、その傷に合わず焔は息が上がって胸が揺れるだけで大した怪我がない。多少服が破けている程度だ。
これが忍と侍の差。古来から生き現在に残った忍と、戦場で散るが華とし絶滅した侍の差だ。
「認めてやるよ、お前は強い。全部私より弱いくせに、そのたびに命を振り絞り戦い続ける…!」
「……………」
息がキツイのか、喋る気力がないのか、春希は黙ったままだ。
「なんでお前は忍にならなかった?」
「そんな先が知れている世界より、忍の世界に来たほうがもっと戦えたハズだぞ?まあ、私のは女子校だから男は入れないし、今さら勧誘する気もないがな」
しばらく、互いに息を吐く音が続く。呟くように言葉を放ったのは春希だった。
「………オレは知らないけど、あそこにいるのは皆…、みんな無かったヤツなんだ」
焔は呼吸を落ち着け、黙ったまま聞く。
「イエとか…、オヤとか…、アイとか…、力とか…。全部ない奴がセンセイに拾われてできたのが武者学課…」
「センセイは嫌いだけど、みんなに会えたあそこは好きだ」
ググっと、体が動く。そのたびに血が滴り、片膝のスパークも激しくなる。
でも、立つ。
「――だから戦う。俺には、これしかないから」
「そう言えば、名前を聞いてなかったな。墓にくらい書いといてやる」
「……春希」
「そうか、お前にこの刀を抜いてやれないのが残念だ」
どうやっているのか知らないが、いままで使っていた六本の刀を腰の同じ数ある鞘に差し込み、納めていく。
どういう事だ? と春希は眼を細めた。
明らかに終わりではない。ではなぜ武器をしまうのか。
そこで今更ながら気づく、他と装飾が違う、七本目の存在を。
「こいつは今だに抜けてなくてな、どうやら私が今以上に強くならなければ、私を主人として認めてくれないらしい」
今以上ってどこまで?と春希は七本目に問い詰めたくなるが、それよりも前に鳥肌が走る。
見た目に何か異常があるわけではない。しかし、焔がその刀を掴んだ瞬間、悪寒が走った。
「まだ抜けないが、蛇女最強の忍刀でお前を沈めてやろう…!」
「――――つッ!」
出てきたのは、鞘に収まったままの刀。
先に見せた六刀流に比べれば、舐めているようにしか見えないだろう。
だが、それは明らかに先程の六本より高い圧を放って春希を萎縮させていた。
思わず足が後ずさりしようとした、その時。
「はぁっつゎぁぁあああんっ!!」
後ろからの声で萎縮は解け、逃げようとした足を前に踏み出してとどまる。
後ろを向くと、七五さんが裏門の前で叫んでいた。
「全員岸壁の外に出やした!あともう少し!あともう少し頑張ってくださいッス!!」
「……ありがと七五さん」
「そんじゃオレ逃げまっス!」
そして本当に裏門をギリギリまで締め、いなくなる。
言葉がいちいち小物臭いが、皆が岸壁の外まで出た中、残って伝えてくれただけでも春希は十分嬉しかった。
「…もう少し」
「らしいな、だから私も全力だ」
春希が焔の方に向いた瞬間、トン。と音を残して焔の姿が消える。
忍が人智を越えている事を十分承知している春希は、落ち着いて辺りを見渡した。
右、左、後ろ、前
――上――
上に、豪快に七本目の刀を振り上げ落下する焔がいた。
「――つッ!」
「いくぞッ!!」
焔の咆哮に、春希は最後の石火矢が仕込まれた腕を上に向け、発射。強烈な音と共に派手な爆炎があがる。
だが進撃止まらず、煙を突き抜けて煤に汚れた焔が姿を現した。
「効かないなぁッ!」
「るうぅあッ!」
今までで一番カン高い金属音がなり響く。
その鞘はなぜか高温をおびており、叩きつけられたクワの歯を泡立たせ、持ち手を焼く。
熱は籠手越しにキズだらけの手を焼き、包帯を燃え上がらせた。
「痛ッ!?ガアアアッ!!?」
「なんだ?手に傷でもあったか?だが容赦しない、お前が死んだら仲間は終わりだぞ!!」
「―――やらせない!」
「「おおおおおおおおおッ!!!」」
雨が降る暗い中で行われた。大切なものを賭けた決闘。
その叫びは雨が打つ音をかき消し、七本目の刀から出でる熱気が鎧を支える地を乾かす。
闇の中で輝く光はしばらく瞬いたあと、その強さを徐々に弱めていき、消えた。
「終わりましたわね」
「せやな」
雨がだんだんと強くなり、視界が悪くなる。
そんな悪天候の中でも、忍たる彼女達は結果がわかった――いや、わかりきっていたのかもしれない。
傘を日影に任せた未来がどこからかスナイパーライフルを取りだし、赤外線スコープで二人がいた方向に照準を合わせる。
「ええと、勝ったのは…
番狂わせなし、勝ったのは焔ね」
赤外線は確かに、凹凸のしっかりしたボディラインと、地べたに張り付き青くなっていく塊をハッキリと映し出していた。
ナッツ「焔ちゃんってさぁ完全に正宗とシャナのパクリ」
焔「紅蓮烈断ッ!!」
ナッツ(全裸)「いやぁああんっ!!」