「武者学課……。申し訳ないながら、私はその組織の名を存じ上げません。一体どのような組織なのでしょうか?」
薄暗い和室の中で座している黒スーツに白い雲を思わせる髪の男が、疑問符を浮かべる。
その男の名は『霧夜』
半蔵学院の数学教師にして、その正体は若き忍を育てる師である。
特上忍である彼が知らないと見るや、掛け軸の奥に座る影ーー、上層部の一人である男はノソノソと身動ぎし、老人らしい声で霧夜に情報を伝えた。
「お主が知らぬのも無理はなかろう、何せ最近の出来事じゃからな。武者学課とは、徳川という過去の栄光にすがる亡者が作った独自の組織…。いや、集団じゃからのう」
「徳川…。その名なら聞き覚えがあります。たしか半蔵学院改名時に反忍派を語り、森の奥深くに追放された武家の一族だとか…」
「左様。その末裔が忍の権威を転覆させようと結成した『次世代の侍』なのだそうじゃ。金だけはあったからのう。その金で忍装束に対抗する鎧『鎧装』を作ったそうじゃ」
「鎧装…」
霧夜は刀の様に鋭い瞳をさらに細め、紅い目を陰らせる。忍装束に対抗すべく作られたというのが本当なら、その脅威が自分の育てている生徒達に降りかかる可能性がある。
かつて教え子を失った過去を持つ霧夜は、あくまで忍の当然の提案として申し立てた。
「それが真に忍の脅威とあるならば、この特上忍・霧夜が『鎧装』の捜索、破壊の任を賜わる所存にございます」
「ははは!いや霧夜よ、心配は無用。調べさせた上で手は打っておるわい」
「――その手とは一体、どのような?」
万が一の時には自身も何か手を打とうと、霧夜は奥の人物が
「ふむ。最近『蛇女子学園』という悪忍を育てる機関があるのをご存知かな?」
それを聞くと霧夜は口をつぐみ、苦い顔をする。
「はい…。お恥ずかしいながら、先日侵入を許してしまいました」
「それなら話が速い。最近ちょっかいが多いと聞いたものでな、武者学課を送りつけてやったのじゃ。鎧装が脅威かどうかはその後で判断するので十分じゃろう」
、蛇女子学園の悪忍と武者学課の侍をぶつけることで、互いの力を削り、疲弊を計ると言うことでしょうか?」
「左様じゃ。お主もかわいい生徒達を傷つけたくあるまい」
「―――心良き温情に感謝致します」
霧夜は、その采配について顔に出さず、お辞儀という礼儀を持って最大限の感謝を示す。
「せっかくの休み時に呼び出してすまなかったの。一応主の耳に入れておきたかったのじゃ。ではな」
「はっ」
その会話を最後に、霧夜はドロンと莫大な量の煙を立てて姿を消す。
掛け軸の奥の老人は、煙にゲホゲホと咳き込みながらも満足そうな声をあげ、菩薩のように微笑んだ。
「うむうむ、悪に慈悲は無用。影は光のためにあるものじゃ」
○□ △
その日の深夜。暁の下、赤く照らされた崖の合間を、侍たちは掻い潜って上を目指し、登っていた。
金の縁取りが目立つ漆塗りの鎧装を先頭に、後ろを
夜中に活動するのを慣らされた彼らでも目を擦るのが目立つのは、徳川が夕時に横暴を働いて精神的疲労を与えたせいだろう。
ちょくちょく後ろを振り向き、数が減っていないかを確認しているナッツが一番それを理解していた。
知ってか知らずか、寄ってきた灰の鎧装――春希がカンカンと鎧の肩を叩いて元気づけようとする。
「大丈夫。もしもの時は俺が皆の道を作る」
「そんな手でかよ」
「……曜花を殴ってるから?」
「違ぇよ、『そんなボロボロの手』で道が作れんのかよって話だ。籠手外せ」
その言葉を聞いて、一瞬動きが止まる春希。
フルフェイスの兜の下からでも、長年の付き合いたるナッツを誤魔化すことはできなかった。
「お前ってよぉ、感情が顔じゃなくて体に出るよなぁ~。籠手外せ、二度と腕動かなくなんぞ。大丈夫だ。徳川のオッサンは調子こいて先行ってからよ」
「んん…」
腕を差し出さそうとしない春希にためらう理由がない事を教え、催促するナッツ。
すると、春希は徳川のいる方向を警戒しながら、おずおずと留め金や紐を解き、両腕の籠手を外した。
「――このバカ野郎が…」
そこには、血で赤黒く汚れきった包帯が巻かれていた。
それを取ると抉れた肉から血が滲み続け、間には細かい鉄や岩のカケラが入ったままだった。春希が雑な処理をしたのだろう、古傷があちこちに残っていた。
間違いない。春希は陽花を連れていった後、鉄や岩を素手で殴っていたのだ。
そしてその血を陽花の包帯につける事で、今まで徳川を騙していたという事だろう。
「知ってた?」
「そりゃあ何年も一緒に年長組やってたら流石になぁ。お前のせいで女子組は顔面ホータイぐーるぐる巻きだっての。ああ、達磨も心配してたぞ?『特に手の方をな』ってな」
「それ本当に俺の心配?」
「だよなぁ。分かりにくいったらありゃしねぇ。もう少し分かりやすい心配しろってんだ」
ナッツは後ろから来る強烈な視線を無視し、ぶつくさいいながら正しい応急措置を行おう。そのあと、後続の子供らにジャスチャーを使って救急箱を求めた。
救急箱を持って来たのは、春希の血で包帯にマダラ模様を作った陽花だった。
「ごめんなさい
「大丈夫」
染みる消毒薬をかけられたりもしたが、春希は眉をひそめるだけで大きなリアクションはせず、耐えた。
「うーし、終わったぞ」
「ありがと」
ナッツや陽花に礼を言い終わると、春希はさっさと腕に籠手を付け、新品の包帯に包まれた手を隠す。
ドライに見えるが、ナッツは徳川の視線を気にしてるんだろうなとアタリをつけていた。ケチな男だからだ。
「これで道、作れる?」
「いや違うだろ?ほらオレオレ。そして周り」
「?……あぁ、そっか」
ナッツの指が自身の顔を差し、周りにいる皆をグルンと見渡すのを見て、春希は察した。
「その時は、俺『達』で皆の道を作るよ」
「―――ああ、そんときゃあしっかり頼むぜ大将」
「みんなで、帰りましょうね」
この時だけは静かに、しかししっかりと言葉にし。今度はナッツが春希の肩を叩く。
その時はカンカン。と小気味良く音が響いた。
「所でさ」
「ん~? 何だぁ?」
「悪忍って何?」
ドンガラガッシャーン!とナッツがズッコケた上にバランスを崩して転げ落ち、幸先悪い音が響きまくった。
「は!? ナッツどうしたんです!? ナァァァ――ッツ!!」
突如坂に転がるナッツに大声を出してしまう陽花。
運よく徳川が先行していたので聞かれることはなかったものの、春希の元に戻ったナッツはかなりフけたように見えた。
「……お前、今までそれを知らないで
「今まで戦ってたのって、犯罪者とかヤクザじゃなかったっけ」
「そうです!あんなのはあくまで徳川のカッコつけた妄言であるハズでしょう?」
「あ――…、そうだわなぁ、そうだったわ。忍と戦うのこれが初めてだったっけオレ達」
「うん」
「そうだな。他にも知らない奴いるかも知れないから言っとくか」
どこか納得したナッツは、徳川を除いた皆に声が届くよう耳元の通信機を調整し、後ろを向いて忍について語ろうとした。
『おい皆。あのオッサンのせいで疲れてるだろうが聞いてくれ。これから戦う悪忍っつーのはな『全体止まれェいッ!!!』ぬわっ!?』
ナッツの忍に関する情報は、通信機ごしに割り込んできた徳川のがなり声で塞がれてしまった。
他の子らもあまりのうるささに耳を抑え、鼓膜が破れんばかりの大音量に耐える。
徳川の通信機は他の物と上位の関係にあり、どんな音よりも徳川の声が優先。遮断できないようインプットされているのだ
対して頂上に着いた徳川は、獲物を見つけたハイエナのように鎧の奥で笑い、下を見下ろしていた。
徳川が見下げる崖の下には、忍と思われる女子高生くらいの年齢の少女たちが的にクナイや手裏剣を飛ばし、厳しい訓練を行ってる様子が写し出される。
しかも美人な顔持ち揃いだ。傷ものを嫌う徳川は舌舐めずりをし、吠えた。
「丁度良い、悪忍共は演習中のようだな。降りて名乗りを上げ、戦闘を仕掛けるぞ!」
「おいちょっと待てセンセイ!」
急いで登ってきたナッツの静止を聞かず、徳川は何十メートルもありそうな断崖絶壁を迷いなく飛び出した。
その身は子供らの鎧装より何十倍もの金をかけて作られた特注の鎧装であり、豪快な土煙を巻き上げるだけで済む。
無論それに悪忍達が気づかないワケがなく、こちらに注意を向け始めた。
「あんにゃろ! せっかくの奇襲チャンスを無駄にしやがって! いつもは後ろで偉そうに指揮してるくせによぉ!」
「相手が女だけだからって舐めてんだろバカバカしい。春希、俺たちも降りるぞ」
「わかった」
「「「了解!」」」
両手に銃を装備しているナッツたち後衛は崖に残って隊列を組み、前線で戦う春希ら前線組は徳川に続く。
子供らが準備している姿を背景にズン、ズンと地を踏みしめ接近する徳川。
黒光りする金箔の鎧武者を前に、一人の忍が出て問う。
「そこで止まれ侵入者! 一体何者か答えろ!!」
その声に集まってきた年頃の生娘たちに徳川はニヤリと笑い、先祖代々伝わるきらびやかな装飾の宝刀を抜いて答える。
「フン、おなごに語る名などないが語ってやろう。我の名は徳川。忍にかしずくこの世の過ちを正すため下界に降りたった――」
『侍』だ。
口上をあげた徳川は、そう言うと袈裟斬りの体勢で目の前の女に突貫していった。
原作未読の方にいうと、霧夜の声は『クレヨンしんちゃん』の野原ひろし『ガンダムOO』のアリーアル・サーシェスである。
あとオリキャラは子供ら含めて40人以上いますが。今は取り敢えず『春希』『ナッツ』『陽花』『徳川』を覚えとけば良しです。他は名ありモブとお考えください。