Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方 作:ウェズン
いや〜、これは予定よりもだいぶ長くなりそうです。ですが着々と終わりに近づいていますのでそれまでお付き合いお願いします。次回作の製作に早く取り組みたいなあ。
では、始まります。
――――………。……ここ、どこ…。体が動かない…
……………!
――――…おれ、死んじゃったのかな…判んないや…
…………ッ!
――――アル、トリア…だいじょう、ぶ、かな…。消えちゃって、いないかな…
………ッ!……!
――――…消えちゃったら、かな、しいな…
…………………
――――…あれ…なんだか、体が浮いちゃっているような…
◆
「…ボクは、父上以上の政治なんてできるだろうか」
――――なんだ、これ…
士郎は突然見える景色が変わったことと、突然聞こえてきた自分以外の声に驚く。
「ソロモン様、ダビデ様がお呼びで御座います」
――――ソロモン!?
また新たな声が聞こえ、そちらに振り向こうとしたが、体は今も動かない。と思えば意に反して勝手に動く。
「ああ。判った」
――――…一体どうなっているんだ。
何が何だか判らないまま、また体は勝手に動いてどこかへ向かう。
しばらく歩いている間に、士郎は限られた視界で見えるもの全て確認する。今歩いている場所はおそらく城の中。作りはだいぶ古く、石が均等に綺麗に積みかせねてできた感じだ。
今見える景色は一体どこなのだろうかと考えたいところだが、そうこうしているうちに目的の場所まで着いたようだ。目の前には木でできた大きな扉が見える。
そっとそれを開けて中に入ると、すぐ目に入ったのは一人の老人だった。暗い部屋に天井近くの壁に松明を備えてつけられた部屋に寝ている老人がいたのだ。
「……ソロモンか」
老人がゆっくりと起き上がる。もう歳なのだろう。起き上がるだけでとても苦しそうだ。
またソロモンと呼ばれて自分の口から声が勝手に出て返事をする。もしやとは思っていたが、今士郎はソロモンの体と一体になっているようだ。士郎はなぜこんなことが起こっているのか理解できていないが、今はただじっとしていることしかできないようだ。
「ソロモン。私の側に…」
「はい。父上」
ソロモンは父親、ダビデの側に来るとゆっくりと衰えて震えている手を出してきた。ソロモンはどういうことなのか判っているのかその手を握る。
「……すまなかった」
すると、唐突にダビデはそのようなことを言ってきた。なぜ急に謝ってきたのか判らずポカンとしてしまう。
「…私は、もう長くない。ソロモン、だからどうかこれだけは言いたかったのだ…私がお前よりも優れた人間であれば…お前を…」
ダビデのシワだらけで影の多い顔には悔しさが見て取れた。ソロモンは一体なんのことなのか判らず困惑しているのだろう。何か言いたげであるが、上手く言葉にできないようだ。
「…ソロモン。お前は生まれながらにして完成された存在だった。私は、私の技能ではお前を育て上げることは無理だった。お前を、愛してやることができなかった。
すまない、すまない、ソロモン。お前に何一つ残せず死に絶える私を恨んで構わん。だが、一つどうか私の願いを聞き入れてくれ」
ダビデはそこで区切って、一呼吸おいてから話し出す。
「…ヒトとして、どうかこの国を、世界を、人類を…愛してほしい」
ダビデは、なぜソロモンにこのようなことを言ったのだろうか。士郎としては少しおかしく感じる。なぜなら、そのようなこと当たり前のことではないのか。人である以上、自分が住む国には沢山の思い出が残るし、その国がある世界も同様。何より、人類を愛してほしいだなど。人類を、人を愛せないのであればそれは非人間ではないのか。士郎はそう思う。
「……判りました、父上」
「…もう下がって良い。こんな時間に呼び出して悪かった。もう寝なさい」
ソロモンは一礼したのだろう。視線が一瞬下を向いたと思ったらまたダビデを見て下がっていく。
――――…ソロモンは、これを聞いてどう思っているんだろう。
ソロモンと一体化していても、心の声までは聞こえない。故に、どう思っているのか判らなかった。
ダビデの部屋を後にしたソロモンはあの部屋に戻ろうとしている。
――――ソロモンは…どうしたいんだろう。
士郎がそう疑問に思った瞬間、見えていた景色が急に変化する。こうして景色が急に変わるのを見たのは何回目だろうと思いながら、次に見えたのは、なにかを書いている光景。
「王よ、今日の分で御座います」
書いているのはどうやら文字のようだが、全く読めない文字だ。と考えていたら、誰かが扉を開ける音と共に入ってきた。
「ん、そこに置いていいよ。ご苦労だったね」
士郎は若干ソロモンの声が先ほどより低くなっていることに、これはもしかして未来にいったのか、と察する。
ソロモンはどうやら凄まじい激務をこなしているようだ。声をかけてきた従者と思われる人物に振り向きもせず、話しながら手を止める事はない。つらつらと羊皮紙に全て書き終わったらまた別の羊皮紙を取る。
「…王よ、最近休まず働きすぎでは。それではお体に障ります」
「ん、これくらい問題ないよ。それよりも、これを一刻も早く終わらせないと」
一体なにをしているのだろう、と士郎は疑問に思ったが、よくよく見れば羊皮紙には文字だけではなく、なにかの設計図もあった。なにかを建設しているのだろうと思われる。
どんな建物が建つのかは判らないが、一刻も早くと言っているあたり重要な建造物なのだろう。
「王よ、それでしたら他の者に任せてはいかがなものでしょうか。我らはいまだ頼られたことが僅か。もう少し我らを使っては如何でしょうか」
「ん〜、気持ちは嬉しいんだけどね。私は父よりも素晴らしき王にならねばならない。そのためには、極力自分の手で行うのが一番なのさ。君たちには心配をかけてすまないけど、亡き父を越えるため無理を承知で仕事に励まないと。まあ、それにいざという時はちゃんと頼るさ。だから心配しないでおくれ、ゲーティア」
聞こえてくる情報から、ソロモンはとても働き者だと伺える。士郎はまさかそんな働き者だと思っていなかったためすごいと思った。
「…今も、亡き父の遺言を忘れられませんか」
ソロモンの従者、ゲーティアと呼ばれたその人が発した言葉に、ずっと動いてばかりだった手が急に止まる。
「…うん。あの夜、父上が死んだ前日の夜に私へと当てた言葉。私はずっとその答がでない。全く、万能の指輪を受け取り万能の智慧を与えられたのにも関わらず、ずっとその答は出ないまま。案外万能ってすごいものでもないんだね。
いや、もしかしたら万能は複数種類があるのかもね。だとしたら、いつかは会ってみたいよ。私以外の万能に」
そう言って、初めてソロモンはゲーティアと向かい合ったため、その容貌が明らかになった。それと同時に、なんだこいつはと士郎は体に戦慄が奔った気がした。
ソロモンの従者、ゲーティアはとても悍ましい姿をしていた。形態でいえば人間に近いとも言えるような二本の足と手がある。だが、頭には巨大な木と言えるような触角。例えるなら鹿の角だろうか。また全体的に見ても体はとても大きく、存在感だけで相手を圧殺してしまいそうだ。
「…王ほどの万能の存在などこの世に複数いては今頃世界は平穏無事であらせます」
その存在感とは裏腹にとても従者として忠実な態度を示すゲーティアにソロモンは薄らと笑って返す。
「そうかそうか。では、もし会えるとしたら、私は既に生まれ変わっている頃かな?」
「…それに関しましてはなんとも」
その後も淡々と会話を続けている二人。士郎は特に意味もなく聞いているために少し退屈していると、ゲーティアが何やらソロモンの指を見ながら話し出す。
「時に、王よ。貴方はその指輪も使わずにおいでで?」
士郎はその言葉で初めてソロモンは指輪をつけていることに気づいた。一瞬だけソロモンが指輪の方に視線を向けてくれたため両指に計十個の金色をした指輪が見えた。
「ん? そうだよ。これを使うことは今はない」
「…なぜ、使われないのでしょうか。その指輪を使えば、父君を越えることなど容易い筈―――」
「―――何度も言わせるな、ゲーティア」
ゲーティアが父親を越えられる、と言った瞬間にソロモンは底冷えするような声を発した。士郎もそれにはビックリしてどうしたんだとぼーっとしていたのを目覚めさせる。
「…言った筈だ。父を越えるのであれば自分の力でなければいけない。そうでなくば、父が残した言葉を理解することはできないだろう」
「も、申し訳ありません」
唐突な殺気とも思えるような雰囲気にゲーティアは恐縮してしまう。
「全く。何をそんなに心配しているのか判らないけど、大丈夫だよ。私がそこまで能無しに見えるというのかい? 神の下に万能を手にした私を」
横目でそういうと、ゲーティアはますます恐縮する。
「滅相もございません。私は決してそのようなつもりは…」
「…ゲーティア。君はとても矮小だな」
ソロモンはそう冷たく言い放つ。
「君のそれはね、余計な気遣いというんだよ。そんなことで魔神たちを統括できるというのかい。君はただ主人に従ってればいいさ。もとより、魔神というのはそういうものだろう?」
「…ッ、はっ…! 申し訳ありません…」
「…もういいよ。そろそろ君も休むといい。私はまだしなければいけないことがあるのでね」
それに短く返事をすると、ゲーティアが去っていく音が聞こえた。士郎はソロモンの考えていることは一体何なのか考える。ソロモンは父親を越えると言っていた。思えば、士郎がこれを見始めた時もソロモンは父親を越えられるだろうかと心配していた。
ただ、今のソロモンはなんというか、ただ父親を越えたいというより越えたその先で答を知りたいようだ。それに関しては士郎は頷ける。士郎も疑問に思っていたのだから。
――――そういえば、確かあいつはあの時…
そこで思い出す。あのアインツベルンとの、ギルガメッシュとの戦いの後のことを。
――――もしかして、おれなら答えられるかもしれないって言っていたのってこれだったのか?
ソロモンは万能の人が他にもいれば、あの言葉の真実が判るのではと言っていた。そして、士郎はソロモンに万能の存在だと認められた。
まだ確定できないが、限りなくその可能性は高いだろう。と思っていたら、また見えるものが変わった。今度はどこかの神殿のようだった。
――――なんか、すごい、なんというか…
本当に神が存在していそうなその雰囲気に士郎はうまく感想にできずただ眺めていたら、またソロモンの声が聞こえた。低さは変わっていない。
「…神よ。この時がまいりました」
「王よっ! 何故です!? 何故そのようなご決断をなされたのか…!! 今一度考え直されては…!」
後ろから焦っている声が聞こえる。ゲーティアだろう。
「何度も考えたさ。それで私はこう決断した」
「ならば何故です!! 何故その力を、指輪を捨てるというのですか…! それはその指輪は、この世に二つと無い万能の力を秘めた物…それは一度お使いになられた貴方なら判っている筈。ならば…! 判る筈だ、今ご自分がどれだけ愚かな決断を下そうとしているのか…!」
士郎は唐突なことに少しついていけてなかったが、今の会話からするにソロモンは万能の力が宿った指輪を自ら捨てるつもりのようだ。士郎としても何故わざわざ捨てるのだろう、と同じく考える。
「私は、愚かな決断をした覚えはないさ。私は常に王として民を導いてきた。その過程にさまざまな犠牲はあれ、私は間違った選択をしたことはないと断言できるよ」
「…ッ! 貴方は…! いつもそうだ…貴方は常に臆病者だった…!」
ゲーティアは心の底から恨んでいるような声を出す。
「貴方は、正しい選択をしてきたのではない…! 貴方は、ただ最善手だと言って一番効率の良いやり方をしていただけに過ぎない!! 貴方はただその犠牲になった者を見殺しにしただけだっ!! その万能の力を使いさえすれば救えたかもしれないというのに…! 貴方はただの一度それを使っただけで、その力に恐れをなした…! 臆病で愚か者だ…!」
「…それが君の本心か。随分思い上がったことを言うものだね。たかが魔神の一柱に過ぎない君が」
ソロモンはゆっくりとゲーティアの方を振り返った。
「君は人間がどういう存在か判ってない。まあ、もとより人ならざる者が理解できるはずもないか」
「それを言ったら、貴方もそうでしょう! ソロモン!! 貴方も最早人ならざる存在だ…! だがそれが故に、貴方ができることは限りなく多い筈だ!! それを自ら手放そうなど愚の骨頂でしかない…!!」
「…お前の言う通りだ。私はもうヒトと言える身ではない。だから、だからこそ、我が父の言葉の真実を知るために手放さないと」
「またそれか…! ダビデ王はなんとも忌々しい遺言を残したものだ…! 王よ、それは今の貴方を貶める言葉でしかありません!! もう父君のことはお忘れになられたらどうなのですか…!」
ゲーティアは必死に指輪を捨てるなと言う。だが、ソロモンの意志が崩れることはなかった。
「そういうわけにはいかないさ。それにね、私は一つ判ったことがあったんだ」
「判ったこと…? 何を言っているのです。もとより貴方に判らぬことなど何一つ無い。それを今しがた初めて判ったというのはおかしい…!」
「…ふぅ。ゲーティア、前から思っていたけどね、君はどうも過信している。私にはたしかに千里眼も指輪もある。だが、それで全てを手に入れたのかというとそれは違う。…この私でもっても知らないことはたくさんある」
その言葉にゲーティアは信じられないというように声を振り絞る。
「そんな訳があるかっ!!! 貴方はこの世の全ての叡智だ!! たとえ判らぬことがあろうとも、貴方ならすぐに答を導き出せている筈…! 知らぬことがあろうともすぐに知る筈…! 何故、何故そのようなことを仰られる!? 全てにおいて万能である貴方が…!
もういい…! たくさんだ…! 貴方がその力を捨てるのであれば構わない…! ですが!! 貴方がそれを捨てるのであれば、私が!! その力を頂きましょうぞ!!!」
士郎はこの光景に異常だと思った。ゲーティアはどこか人間好きな印象を受ける。だが、その根底にあるのはただの自己中心的な考えであるのが見えた。故に異常だ。このゲーティアというのは本当に理解できていないのだろう。ゲーティアが何を考えているのかは判らない。だが、ゲーティアにはソロモンの力を明け渡していいとは思えない。
「…そういうわけにはいかない。ゲーティア、君が彼ら人類を愛しているのは判る。そして救いたいと思っているのも。だけどね、そんな君だからこそこの万能を明け渡すわけにはいかない」
「何故です…! 私はその力を扱うことは容易い…! あまりなめてもらっては困ります!」
「決して君を侮っているわけではない。けど、渡すわけにはいかない。これは父上の願いあってこそだ」
士郎は一瞬それがどういう意味なのか考えた。そしてゲーティアも同様だ。
「何を…ダビデ王は私に明け渡すなと仰られていたのですか!?」
「いいや。父上はそんなこと一言も言っていないさ。ゲーティア、さっきも言っただろう。私は一つ判ったことがあったって」
「…それは、一体なんだというのです。貴方ほどでも答が今まで出なかったことなど…」
ソロモンは少し休めるように目を閉じたと思ったら、
「―――私ではね、父上の願いを果たせないということだよ」
ゲーティアから息を飲む音がした。
「………王よ、ダビデ王は貴方に一体何を残したというのです」
「何も。ただ、父上は私に愛して欲しいと言われた。この国を、この世界を、人類をね」
「それでしたら…! 貴方は既に行えている筈だ…! 貴方は常にこの国を、この世界を、人を支えていた筈だ…! それなのに、果たせていないとは、一体どういうことだと仰られるのですか!!」
ゲーティアが拳を握って力説してくる。だが、ソロモンは至って静かだ。
「…違うんだよ。父上はただ愛せと言われたのではない。父上は、
その言葉にゲーティアはハッとなってソロモンを見る。
「…まさか、貴方はそのためにその力を…」
「ああ、その通りだとも」
「…ッ、なりません。それだけはいけません…! それでは、我々がしてきたことは、貴方が望んで手に入れたそれは一体なんの意味があったというのです!!」
「うん。それについては申し訳ないよ。けど、もう決めたことなんだ」
ソロモンが手をゲーティアに向ける。すると、短い詠唱が聞こえたと同時に、ゲーティアが縛り付けられる。
「ガァアアアアアア!! 王よッ!!! 今しがたお考え直しをっ!! 今ならまだ間に合います…!!」
ゲーティアは縛られてもなお訴えかける。だが、ソロモンはそれを無視して振り向く。目の前には祭壇がある。士郎は何をするつもりだと思っていると、自身の指輪を一つ一つ取り外して祭壇の上に置いていく。
今もゲーティアの泣き叫ぶような訴え声が神殿に響き渡るが、それも完全に無視をして十個全てを置いたソロモンは祭壇から一歩離れて祈るように手を合わせる。
「神よ、貴方から授かったこの天恵をお返しします。…これは人が手にするにはあまりにも過ぎたものだ。どうか、聴いてください」
「お辞めください! まだ我々を使う価値はある筈だ!」
合わせていた手を離すと、腕を大きく広げる。
「…訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの――」
「…ッ! ソ、ロモンッッ!!!」
ゲーティアは怒りに任せて拘束を無理やり破るとソロモンに襲いかかる。だが、
「―――『
一歩間に合わなかった。その一言とともに、指輪はこの世から砕けて消滅した。
「あ、ああ…あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「……これで終わりだ」
手をゆっくりと下ろす。ゲーティアはあと数センチ動けば手が当たりそうだったのが間に合わず顔を手で覆う。
「貴方は…今手放したのだ…!! この世界を救う手段を!! 何故!? 何故捨てたというのですか!? 真に人を愛すというのであれば!! あれはなくてはならないもの…! 貴方も判っている筈だ!! あああ…!」
ゲーティアは激情に駆られるがままにソロモンを糾弾する。
「…確かに、あれがあれば世界を救うこともできたかもしれない。けどね、それではダメなんだよ。こればかりは私にも理由は説明できないけど。ごめんね」
その後もゲーティアは泣き崩れたままだった。ソロモンはそんな彼を置いて一人で神殿から出て行った。
士郎はこの一連で色々なことを知った気がした。まず、ソロモンは人間が好きだということ。まだ人になりきれていないから不器用そうではあるが、それでも人が、人間が好きだということは伝わる。
次に、ソロモンはそんな人間になりたがっていること。どういうのが人なのか判らないでいるが、どうにかしてなりたがっている。
そして、ソロモンは知りたがっている。父親が残したヒトとして愛してほしいという意味を。万能を捨てた後も結局判らなかった真意を。だが、同時にこれを教えてくれるのは同じく人ならざる者だけだと思っている。人ならざる、万能の力を一度でも持った人でしか。
――――そっか。だからおれに期待していたんだ。
それであれば士郎に期待していた理由も判る。士郎自身は全くの無自覚だったが、士郎はソロモン曰く自身に並ぶ万能の力を有していたというのだ。
目の前が何も見えなくなった。どうやらこれで終わりのようだ。士郎はどうしようかと思う。魔術王の過去を知れたのはいいが、だからといって現状どうしようもない。というより、既に自分は負けてしまっているのだ。今更何をしたところで無意味だ。そう思った時だ、
――――…! なんだ…何か誰かの声が聞こえる…?
声が聞こえる。それも初めて聞く声ではない。
――――この声は…アルトリアだ…!
声の主がアルトリアだと判った士郎はどこから聞こえてきているのか必死に探す。だが、周囲は暗いまま何も見えない。声だけがこだまする。
――――くそ…! 一体どこから…! アルトリアッ…!
士郎はアルトリアの名前を叫ぶが、一向に見えずどうしようかと思っていると、
――――…! な、お前は…
◆
「――さあ、次はこれだ」
「くっ…!」
宙に何十本もの剣が出現して襲いかかる。士郎の投影魔術だ。
「――ガンド!」
凛は手を銃の様に構えると指先から黒い球体がいくつも出てきて、剣と相殺させる。だが、向こうの方が圧倒的に数が多過ぎて相殺しきれない。
「リン!!」
剣の雨が凛達に降り注ぐ。だが、
「『
アルトリアの聖槍で一掃される。
「ありがと。それにしてもあれは厄介ね。士郎やアーチャーと同じことができるなんて」
「…ええ。こうしてみると判ります。シロウはとても強力な力を有していたのだと」
「…なるほど、シロウ君は『剣』属性だったのか。だから剣しか投影しなかったんだね」
魔術王は何か納得がいった、というような素振りを見せている。
「…全く、余裕かっての。ムカつくわね」
「仕方ありません。それだけの相手なのですから」
凛はアルトリアの後ろに隠れたまま魔術王の様子を伺う。すると、魔術王はまた投影を行った。ただし剣ではなくなんの変哲も無いただの槍を。
「ふむ。ようやくこの力の扱い方にも慣れてきた頃だ。感謝するよ。君くらいでないと試すこともできなかっただろうからね」
「さすがは魔術王ね。まさかそんな一癖も二癖もある魔術を早々に使いこなすなんて」
「ふふ。当然だろう。何せ私なのだから――」
「! また来ます…!」
またさらなる武器が凛達を襲う。今度は剣だけではない。槍や斧、矢まである。
「シロウ君は剣しか満足に投影できないようだが、私の手にかかれば全ての武器を投影してみせよう。真作と同等の物をね…!」
圧倒的な物量による攻撃。まるで英雄王のようだ。凛はそう思いながらも、アルトリアの援護射撃を行う。アルトリアは槍を振るって自分と凛に当たらないよう弾く。だが、どうも防ぎ切ることができない。普段であればこれを裁くことなどわけないというのに。
アルトリアは改めて士郎には感謝しなければと思う。今でも満足した動きはできる。だが最高とは言えない。それほどまでに士郎からの恩恵は強かったというのだろう。
「――ハァッ!!」
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。今は目の前にいる魔術王から士郎の魂を取り返さねばならない。悔しいことではあるが、確かに自分では魔術王を倒すことはできない。相手は一撃一撃が並外れている。これでは効果的な一撃を与えられるとは思えない。
「…だいぶ息切れが激しくなってきたね。いざとなれば魔神たちも出す予定だったけど、この分ならその必要はなさそうだ」
確かに、凛もアルトリアも満身創痍だ。これでは負けるのも時間の問題だろう。
「はぁ、はぁ…それでも、負けるわけには、いかない…!!」
だが、アルトリアから闘志が消えることはない。今度こそ、この身を削ってでも士郎を助けなければいけないからだ。士郎を助けて、魔術王を倒す。そうしなければこの戦いも終わらない。
「オオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
アルトリアはまた真正面から突撃する。魔術王はそれを見ながら、馬鹿正直だなと投影で数百個の武器を投影して突っ込んでくるアルトリアに集中砲火する。
それを槍で弾き、防ぎながら突撃を止めずに魔術王の前までくる。この速度であれば回避は不可能、槍で魔術王の首を狙う。だが、
「ガハッ…!!」
「うん。いいところまで来たね。お陰でピンチになったときの扱い方も判った」
アルトリアの背中に剣が刺さり倒れる。そこに続けて剣が複数降りかかる。
不味いと思ったが、凛が全て撃ち落とす。
「へえ。ガンドの魔術をこうも高威力で出せるとは。なかなかの逸材だね」
「お褒めに預かりどーも。あんたもこれくらい楽勝でしょ」
凛が魔術王の気を引いているうちにアルトリアはまた槍を握るが、簡単に避けられ、そのまま魔術王の魔術による光弾が直撃する。
「ゴホッ! はッ…!」
アルトリアは口から血を吐き出す。そのままふらふらに倒れそうだが、槍で体を支える。
大した根性だ。魔術王はそう感想をこぼす。背中から腹にかけて剣が突き出て大量に出血しながら魔術王の魔術を食らったというのにまだ立っていられる。それほどまでに士郎を蘇生したいのだろう。
そして、それは凛も同じであった。凛も直撃こそしていないが、生身の人間であればとっくに死んでいてもいいくらいの攻防を続けているのだ。周りが化け物揃いであまり目立っていなかったが、凛も相当な強者と言っていい。
(…どうするか。策を練りたいところだが、そう簡単にはいかないだろう。あの遠坂の魔術師は思った以上に強い。魔力や能力こそシロウ君に一歩劣るが、今まで培った経験と努力、それで身についた意志の強さはシロウ君にはまだないものだ。…あとで生け捕りにして聖杯を入れてみたいね。できればだけど)
そんなことを考えていると、アルトリアが背中の剣を抜いて突撃してくる。また真正面から、と思ったら今度は動きを変えて魔術王の周囲を全力で駆け回る。魔術王はそれに不審に思いながらも、全方位に投影した武器を飛ばす。だが、一つも当たらなかった。
「……!」
「―――『
すると、真上からアルトリアが真名解放をしながら降って来た。
まだ距離はある。魔術王は真上に向けて魔術を放とうとしたが、ピンポイントでガンドに邪魔をされてしまう。アルトリアの宝具はそのまま直撃する。
「これでどうよ…!」
凛はグッと拳を握る。側にアルトリアがくる。
「リン、まだ油断しないでください。おそらくまだ奴は生きている…」
すると魔術王の姿が見えてきた。跪いてはいるが、傷らしい傷は見当たらない。
「…ふう。思ったより攻め立ててくるね。このままでは決着がつかなさそうだ」
「ふん。何よ、まだまだ余裕なくせに」
「そうでもないさ。私は素直に驚いているよ。君たちの実力に。だから、君たちには最上の攻撃でもって討ち果たすとしよう」
すると、魔術王の背後が急に明るくなる。
「…! あれって…!」
「…どうやら、奴の宝具のようですね」
凛もアルトリアもそれを見ただけでも判る。あれは不味いと。魔術王の背後には光の輪が見えた。光の輪からはとてつもない魔力を感じ取れる。少なくとも、『
凛はあれを見て流石に死ぬことが判った。そして、それはアルトリアも。
「素晴らしいな。まだ溜まりきっていないが、シロウ君の力のおかげでそこそこ強力な一撃は出せるようになったよ。これなら君たちを倒すには十分だろう。さあ、今ならまだ間に合うけど、降参する気は?」
「…あるわけないでしょ」
だが、例え絶望でしかなくとも諦めてはいけない。何か、何かあるはずだ。
(…ダメね。まるで対抗手段が浮かばない。もう諦めるほかない…)
凛は諦めるしかないと思うものの本心では諦めたくなく、拳を痛くなるほど握って睨みつける。
アルトリアも目の前にあるあれを防ぐ方法がないのは判っている。だが、凛同様諦めがつかず、槍に魔力を溜める。
「おや、迎え撃とうというのかい? 無駄なことだけど、いいよ許そう。せめて最後は醜く抗うといいよ」
「……なめるな。私は死ぬためにこのようなことをしているのではない。シロウを、助けたい。だから貴様に抗うのだ」
「…ふむ。それで今度こそシロウ君に想いを伝えたいと。全く身勝手ではあるが、そこまでいくと最早清々しいね。いいさ、そこまで言うなら貫いてみるといい。私のこの宝具に耐えられるというならね…!」
光輪がゆっくりと回転しだす。徐々にその回転速度は増し、魔力が輪の中央に集まっていく。
「――誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの」
「――最果てより光を放て……其は空を裂き、地を繋ぐ、嵐の錨!」
アルトリアの槍が異常なほど光を発している。よく見れば構えているアルトリア自身辛そうに見える。おそらく限界以上の魔力を込めているのだろう。今にも爆発しそうである。
凛も、相当な魔力を吸い取られているのを感じている。息苦しいくらい大量に。それでも、それで構わないと思っている。それくらいしなければやられるのは目に見えているのだから。
「―――『
「―――『
二人の宝具が同時に解放され、ぶつかり合い、その余波が周囲に拡散する。二人の宝具は一瞬拮抗しているかにように見えるが、徐々にアルトリアは押されていっている。
果たして、このままで凛たちは生き残れるのか…
今回はここまで。
ここで宣伝しようかと思います。次回作はこれ以上の作品を目指して、今までのようになんとなく考えた内容ではなく本気で一から考えて作ります。
なのでFate/Possessionをどうかよろしくお願いします。第一話だけ既に公開していますが、まだ試作という感じなんで第一話も本格的に書くときになったらだいぶ書き直されるかもしれません。
ではまた次回お会いしましょう。