Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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なんとか早く終わらせれた〜。それにしても、まだ全然投稿してないのにお気に入り40件以上って…Fateの影響力ってすごいな。
それでは始まります。


第二夜-戦争の開幕前夜-

「問おう――貴方が私のマスターか」

 

 暗い夜空に浮かぶ月明かりに照らされ、金色の髪が一層輝いて見えた。

 士郎は幻想でも見ているのかと思った。もとより、もう既に信じられない光景を見ていたのだが、それをして尚、幻想的だと思った。何故そのように思えたか、それはただ美しいからだ。この世の何よりと言っていい程に、そこにいた騎士は幼い士郎にもとても輝いて見えた。

 

「…痛つっ!」

 

 そう士郎が見惚れていると、左手の甲に痺れに近い痛みが奔り手を抑える。なんだとみれば、そこには見慣れない形をした血のように紅い複雑な模様の痣があった。

 

「これより、我が槍は貴方と伴に。ここに契約は完了しました」

 

 士郎がなんだと思って眺めていると、突然目の前の騎士は兜を被りあの剣士を追って土蔵から飛び出す。

 

「え!? ま、待って! け、"ケイヤク"って何!?」

 

 士郎の言葉が届く前に、騎士は剣士と戦い始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の戦いは、およそ先程のアーチャーとは一線を引く。騎士は自らを槍兵(ランサー)と名乗り、あの弓兵とは違いしっかり槍を主武器としている。つまり、今のこの二人はお互いが得意分野で戦っていることになる。

 

「ハアッ!!」

 

 剣士と槍兵、本来であれば、こと戦闘に置いては剣より槍が優勢になるものだ。だが、それは一般的な人間であればの話だ。彼らは人間などとうに超えた存在、そんな彼らに人間の常識など通用するわけがない。

 剣士は通常の剣の倍はありそうな大きさの剣を以って騎士の槍を撃ち返し、懐に入ろうとする。だが、槍の騎士とて負けてはいない。確かに懐に入られては槍の長所を活かせない。しかし、それもまた人間の常識、この騎士にもそんなことは通用しない。懐に入られたのであれば、槍の柄で吹き飛ばせばいい。

 このように、お互いに不利な状況は無い。それはつまり、力と力のぶつけ合いで決しなければならないと言うことだ。そして、今の所騎士が剣士を押している。

 

「ぐっ…!」

 

「どうした、剣の英霊よ。その程度では最優の名が泣くぞ」

 

 僅か一秒の間で十合以上の剣戟が行われる。否、実際はもっと多いだろう。その最中、剣士は騎士の槍から逃げ、仕切り直しをしたいのか距離を取る。

 

「…これほどまでの槍の使い手、さぞ名のある英雄なのだろう。それに加えあの幼な子がマスターとなれば、今この場を覆すのは無理だろうな」

 

 剣士は自分が士郎に発した言葉を思い出す。

 

「それに、言わせてみれば今回は偵察が俺の主な役目だ」

 

「…では、この場は――」

 

 引いて欲しい、と騎士は言おうとしたが、

 

「――だが、俺とて同じく英雄に数えられた者だ。戦いにははっきりとした形で終わらそう」

 

「! あれって…!」

 

 剣士が剣を両手で握り、振り下ろせるよう構える。

 士郎はこの構えに見覚えがある。それは士郎が剣士に見つかる直前のことだ。

 

「―!」

 

「だ、ダメだ…! 逃げて‼」

 

 危険を感じ取り士郎が騎士に向けて叫ぶが、騎士はその場から動くつもりがない。というより、騎士は剣士の宝具に勝負を挑もうとしているようだ。周囲から光が集まり槍に集束され覆われていく。

 それと同時に、剣士の剣に魔力が溜まった。その瞬間、

 

「行くぞっ!

 邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽に至る。撃ち落とす、――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 天から地へ降り下ろされ、解き放たれる魔剣の一撃はただの人間であれば相対しただけで死を覚悟しそうだ。

 だが、騎士は、諦めた様子が感じられず、依然としてその場から動く様子も感じられない。そして、

 

「…最果てより光を放て…其は空を裂き、地を繋ぐ! 嵐の(いかり)!! ――『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 剣士と同様、聖槍に纏った光を後ろから前へと突き出し放ち、迎え撃つ。

 

「う、うわぁっ!!」

 

 二つの宝具がぶつかり合った衝撃波はとてつもない。士郎はその衝撃に耐えきれず足が宙に浮き、後ろの土蔵の中に転がっていく。そのまま壁にぶつかり背中を痛め手を後ろに回している。

 だが、そんな事より、とすぐにあの二人はどうなったのか確かめようと土蔵から出れば、そこには地に伏せる剣士と未だに油断なく槍を構えて立っている騎士の姿があった。

 

「くっ…! 見事だな。まさか完全に押し負けるとは。この鎧がなければ重症だっただろう」

 

 剣士は地に伏せているものの、あれだけの一撃を受けながら存外に傷は浅い。それはあの鎧が関係しているようだ。

 

「…その剣、竜殺しの剣か。そして、その鎧…ということは、貴殿はネーデルランドの王子…!」

 

「…判ってしまったか。当然といえばそうではあるか。今宵はここまでとしよう」

 

 剣士はなんでも無いように立ち上がりこの場を去ろうとする。

 

「逃げるというのですか」

 

「そういうと語弊があるが、概ねそのようなものだ。追って来るのであれば構わない。だが、その時は無傷で帰れると思わぬことだ」

 

 決死の覚悟を持て、そう言われたような気がした。

 それを最後に剣士は跳んでこの場から姿を消す。騎士は追いかけようかと思ったが、先にしなければいけないことがあった。

 それは自身のマスターと思われる士郎のことである。騎士はこの世に現界してからは、この少年から魔力が送られるのを感じた。つまりこの少年がマスターで間違いはないであろう。しかし、どうもこの少年は未だに自分の身に何が起きたのか理解できていない様子だ。

 とはいえ、騎士はそこまで子供の相手が上手いわけではない。その昔、一応息子はいたが、それも自分の腹から産まれたわけではない。それに、正式な息子と呼ぶには微妙なものであった上に、自分は王としてしか接していなかった。故に子供との接し方を知らない。

 だが、だからと言ってこのまま立ち往生もできず、話しかけることにする。いつもの自分らしく、王として。

 

「ご無事でしたか、マスター」

 

「え、あ、え、えっと」

 

 士郎は様々な出来事に遭い理解しきれてないところで話しかけられ、ごもごもとどもってしまう。士郎には色々聞きたいことがあったが、それが多すぎて何から聞けばいいのかわからないでいた。そして、騎士もそんな士郎のどもり具合を見て何から説明すべきかと考えていると、

 

「ねえ、お取り込み中少しいいかしら?」

 

 と、突然やってきた声に騎士はバッと後ろを振り向く。すると、そこにいたのは遠坂 凛であった。

 いつの間にかそこに居た彼女は薄っすらと不気味さは感じない笑顔で月をバックに立っていた。側にアーチャーを連れて。

 

「…貴方も今宵の戦いに参加する魔術師(メイガス)ですか」

 

「ええ。その通りよ。遠坂家6代目当主遠坂 凛よ。以後お見知り置きを」

 

「! あの時の人だ…」

 

 士郎はあの剣士と弓兵が戦っていた時に見た少女だと思い出す。

 

「では聞く。魔術師よ、ここへ何をしに来た。戦いに来たというのであれば今すぐにでも、その男を仕留めてみせよう」

 

 すでにアーチャーがサーヴァントと見抜いた騎士は挑発に取れる言動で煽る。だが、そこには明確な殺気を持って槍を構えており、挑戦状にも取れる。

 

「待った。私達は別に争いに来た訳じゃないの。話をしに来たのよ。色々私も不可解なところがあるから」

 

「話だと? 敵に話を持ちかけようとは、何が目的だ」

 

 あくまでも穏便に済まそうと凛はしているが、騎士は構えを解かない。どうしたものか、と凛が思っていると、

 

「ね、ねえ! 少しだけでも聞いてあげようよ」

 

 ずっとまともに話していなかった士郎が騎士にそう言う。騎士はマスターがそう言うならと、一瞬の逡巡の後槍を下げる。

 

「ありがと。おかげでちゃんと話しができそうね」

 

「…一応言っておく。少しでも我がマスターを襲う素振りを見せたら貴方の命に保証は無い」

 

 騎士はマスターを守るため、凛に誓約を取る。口だけの誓約ではあるが、騎士からでるカリスマがそれを紙に書いた誓約のように感じさせる。

 それを凛は感じ取ったが、本当に危害を加えるつもりはないので、大して警戒はしてない。

 

「そ。いいわそれで。さて、こんなところで立ち話もなんだし、この家に上がらせてもらえないかしら、坊や?」

 

「う、うん。わかった」

 

 唐突に話しかけられた士郎は少しだけ体を強張らせる。

 

「うんうん、理解のある子は好きよ。さ、入りましょうか」

 

 家主から許可を貰った凛はアーチャーを連れて遠慮も無しに衛宮邸に入っていく。

 

「では我々もマスター」

 

「うん。あ、ちょっと待って」

 

 騎士は士郎を促して衛宮邸に入ろうとするが、その前に士郎が呼び止める。騎士は「なんですか?」と一度止まり士郎の方を向く。士郎は止まってくれた騎士に「あ、え、」と少し言葉が出ずらそうにしていると、

 

「な、なあ、おまえのその、マスターっておれのことなのか?」

 

「ええ。貴方からは魔力パスが感じられます。それに、その令呪が何よりの証拠です」

 

 騎士が指を指したところを見れば、あの赤い痣がある。この赤い痣は令呪と呼ばれるもののようだ。これが騎士の主人(マスター)である証拠らしい。

 士郎はまだこの時まで知らないが、この令呪とはサーヴァントを従わせる絶対命令権である。この令呪が体のどこかに現れたということは今回の聖杯戦争の参加資格を得ることと同義である。

 令呪は基本的に3画しかない。つまり絶対命令ができるのは3回まで。そして、この令呪の使用方法もまた聖杯戦争で聖杯を手にする戦略の一つとなる。

 

「その令呪はとても大切なものなので、無闇に使おうとはしないでくださいね」

 

「うん。わかったよ」

 

 使うなと言われても士郎は使い方がわからない以上使えない。だが、無意識に令呪を使用してしまうこともあるので、騎士はそのことに釘を刺したようであった。

 

「ちょっと〜何してんのよ〜。早く来なさいよ〜」

 

 衛宮邸から凛の声が聞こえる。それに騎士は「では行きますか」と言って士郎を見ると、

 

「あ、待って後もう一つあるんだけど」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 最後にと話しておきたいことがあり、士郎が呼び止める。

 

「えっと、その、おれがマスターっていうのはわかったんだけど。その、マスターって呼び方はやめてほしいっていうか、まだ自己紹介してなかったなって」

 

 そう言うと、騎士は一瞬驚いた顔をする。

 

「――ああ、そういえばそうでしたね。

 では、私はランサー、貴方に従うサーヴァントです」

 

「…おれは士郎、衛宮 士郎」

 

「エミヤ シロウ、ですか。ではこれからはシロウと」

 

 お互いの自己紹介を軽く終え、ようやく落ち着けそうだなと士郎は思う。今まで何が何だかわからずにいたのだ。少しでもわかることがあるというのがこれ程にも安心できるんだと士郎はこの歳にして思い知ることになった。

 とりあえず、今士郎の身の周りの危険は去ったようであり、士郎はそのことに安心する。すると、

 

「あっ…れ?」

 

 突然士郎は意識が遠のいていく感覚に襲われる。最早立っているのも限界なようだ。

 無理も無い。士郎はここまで生き延びる事ができたものの、まだ小学生だ。その疲労は想像できない程溜まっていたのだろう。いつ倒れてもおかしく無い状態だった。そんな中ようやく落ち着けたのだ。眠くなっても仕方ない。

 士郎はそのまま重力に従って倒れていこうとしたのを、「っと、大丈夫ですか?」と騎士が片手を出して士郎の体を支える。

 

「…眠っているのか。無理も無いことではありますが」

 

 騎士は仕方なく、士郎を抱き上げて運ぶことにする。凛の話は明日にするとして、今は士郎を休めよう。

 それにしてもと騎士は思う。この士郎(マスター)から送られて来る魔力は絶大だ。これほどであれば生前と遜色変わりない力を引き出せるであろうほど魔力が送られて来ていた。故に、先程の剣士を容易く払うことができた。

 

「これは、いい主人(あるじ)を見つけたかもしれませんね」

 

 騎士は「それに」と腕の中で寝息を立てる士郎の寝顔を見ながら兜の中で女神のように微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、士郎はいつもの布団の中で目を覚ました。目が覚めた士郎は上半身だけ起こして、呆っと窓の外を見やる。太陽はすっかり高い場所まで登ってしまっていた。つまり、それはもうどう足掻いても学校に遅刻することを示していた。

 

「…しまったーーー!!!!」

 

 朝一番、どでかい声を出しどこかのノルウェーのエドなんとかさんの作品の顔と同じ顔になって完全に目覚めた士郎は慌てて布団から出ようとして、背中に鋭い痛みが奔る。

 

「痛っ! うっ、な、んでこんなに背中が痛い……!」

 

 と、士郎はようやく昨日の出来事を思い出す。

 

(そうだ…! おれは昨日…!)

 

 未だに残るあの殺された瞬間の感触と、目に焼き付いて離れない人間を超越した神話の如き戦い。その全てを思い出すのと同時に、あれは夢でなかったと確認できた。この背中の痛みは騎士と剣士の宝具がぶつかり合い、それによって生じた衝撃に吹き飛ばされ背中を打ち付けた時の痛みだ。

 

「そんな大声出すなんて、割と元気なようね」

 

「!」

 

 突然声が聞こえそちらを振り向けば、部屋の出口にツインテールの少女遠坂 凛が立っていた。

 

「おはよう坊や。…出来事が一挙に押し寄せてきて混乱しているところ申し訳ないけどね、少し付いて来てくれるかしら。ああ、安心して。付いて来てったってこの家の居間だから」

 

 そう言って凛はスタスタ歩いて行ってしまう。士郎は少しの間なんであの人が家にと唖然としていたが、昨日士郎が入っていいと言ったのを思い出す。

 大体のことは思い出せたところで、士郎は布団から出て少しふらふらする身体をどうにか支えて、凛が言った通り居間に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、シロウ」

 

 士郎が居間に着くと、そこには昨日の騎士改めて、ランサーが鎧を脱いでラフな現代風というには少し古いシンプルな白いシャツと青いスカートを着て座布団の上に礼儀正しく正座で座っていた。

 今日に限ってあの二人はいなかったのだろうか。あの二人は毎日必ずいるとは限らない、家の事情や仕事などがあるからだ。キッチンが綺麗なまま昨日から使われた様子がないところを見るとどうやらそのようだ。

 

「あ、えっと、おはよう…」

 

 初めて鎧無しの姿を見たが、改めて綺麗だと士郎は思った。もみあげが長く垂れて丁寧に結われている金色の髪、整った顔つきに碧色の瞳、そして、極めつきにはその豊かに実った胸囲とそれを支えているバランスが取れた身体、どれを取っても幼い士郎ですら綺麗な人だと思えた。

 

「来たわね。それじゃ、お茶の用意もできてるし、始めましょうか」

 

 そう言って凛はランサーと対面する方に座る。それを聞いて士郎もどこに座ればとキョロキョロと凛の隣とランサーの隣を見ていると、

 

「シロウ、どうぞこちらへ」

 

 そう言ってポンポンとランサーが座る場所を教えてくれて「あ、ありがとう」と言って行きかけたが、そこで固まってしまう。

 

「? どうしました、シロウ?」

 

 そう首を傾げる仕草も綺麗だと思うが、そんなことより、彼女が示した場所が問題だ。その場所は彼女の膝の上。先ほども言った通り彼女はとても魅力的な身体をしている。故に、そんなところに座れば確実に当たる、その胸が。

 

「…チッ!」

 

 それを見ていた凛はあからさまに舌打ちをする。何故かはお察しを。

 士郎は行くべきかどうか迷う。まだ幼くとも、もうそろそろ性に目覚めてもおかしくない時期だ。故に、どこかのゴールデンボーイ並に純粋な士郎にはランサーの身体は刺激が強すぎる。

 というより、最初から妙に胸部が大きい鎧を着ていたなと思っていたら、そこにはこんなにも立派なものがなっていたのだ。その鎧姿と今の姿のギャップもあってより鮮明に感じてしまう。

 

「ほら、シロウが早く座らないと始まりませんよ」

 

 そう言ってランサーはまた膝を叩く。士郎はどうしようと視線を斜め下に落としていると、

 

「仕方ありませんね。よっと」

 

「え、うわぁ!」

 

 それを見かねたランサーが士郎の脇腹を持って軽々と自身の膝の上に乗せる。

 

「ふふっ。これで大丈夫ですね」

 

「う、うあ」

 

 士郎が思った通り、いやある意味思った以上のことが起こっている。ランサーの胸が頭の上に乗っかるという、色々とダイレクトに彼女の身体が士郎の身体をほぼ全身に包まれるように当たっているのだ。

 そんな光景を見ていた凛はというと、

 

「…チッ!!」

 

 と、さらに大きな舌打ちをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、解ったかしら?」

 

「…うん。つまり、おれは戦いに巻き込まれちゃったってことだね」

 

 凛からの話とは、今回の聖杯戦争についての概要であった。何故凛がこんな話をしたのかと言えば、全くよく解っていない士郎にこの戦争がどれほど危険なものかを理解してもらい、それでいて参加する意思があるかを確かめるためであった。

 士郎は初めて聞いたことを頭の中で整理しようと頭を働かせる。万能の願望機、聖杯を求めてすでに今回で5回目となる殺し合い。魔術師、サーヴァント、整理しなければいけない情報はたくさんある。士郎は幼い頭で一つ一つ確認して覚えようとしているが、中々うまくいきそうにない。それでもある程度は理解できたようなのでまだ利口と言えるだろう。

 

「………」

 

 そして、ある程度整理がついた頃に士郎は少し昔のことを思い出していた。それは5歳になる頃。きちんとした自我を持ち始めてまだそんなに間もない頃に、士郎は切嗣からこんな話を聞いたのを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねえ、士郎。僕はね、かつてある戦争をしていたんだよ」

 

 月がよく見える日、士郎と切嗣は二人で衛宮邸の縁に座り満月を見上げていた時だ。唐突に切嗣がそんな話を持ちかけてきた。

 

「僕はその戦争でね、魔法使いとして参加していたんだ。そこで僕は色んな人と戦って、そして大切な人を失った」

 

 何故切嗣がこんな話をしだしたのか、士郎には解らなかった。だが、今にして思うと切嗣はどこかで士郎はいずれ魔術に関わることになるんじゃないかと予測していたのかもしれない。

 その後も、切嗣はその話を続けた。どんな奴が強敵だったとか、その戦争の間ずっと話しかけず無視して共闘していた騎士に少しでも話をすれば良かったなとか、色々と話してはいたがその内容はほとんど覚えてない。だが、どれも後悔という感情が伝わってきていたのは覚えていた。

 そして、

 

「僕はね、本当は正義の味方になりたかったんだよ」

 

 そんな事を月を見ながら言ってきたのを今でも鮮明に思い出せる。何故なら、その時からだからだ。士郎が正義の味方になろうと思えたのは。

 

「なりたかった?」

 

「うん。正義の味方は期限があってね、それを過ぎればもうなることはできないんだよ」

 

 それで判った。この目の前にいる恩人はもうすでに正義の味方になることを諦めてしまっていたことに。

 正義の味方、それは確かに諦めなくてはいけないことだ。世の中、正義でいることは難しい。

 仮に人を救う事を正義としよう。その場合、如何にこの世の人達を全員救おうなどしても到底かなわないことだ。人を救うには代償というものが必ずある。つまり、大か小の違いである。大勢の人を救い、少人数の人を見捨てる。正義の味方になるとはすなわち、世界に必要とされているものだけを救い、後のものを切り捨てる存在ということだ。

 そんな存在が果たして正義といえるのか。そもそも正義は人によって価値観が大きく違う。正義の反対はまた別の正義とはよく言ったものだ。

 そんな矛盾が生じるものに誰がなりたいというのか。皆必ず一度は夢見、そして諦める。それが正義の味方だ。

 だが、士郎は違った。切嗣がなりたかったその正義の味方を聞いて、憧れてしまった。綺麗だと思った。故に、士郎は切嗣にこう言ってしまった。

 

「…おれが代わりになってあげる」

 

「――え?」

 

 切嗣の代わりになると。

 

「じーさんはあきらめちゃったんでしょ? だから、しかたないから、おれが代わりにセイギのミカタになってやるよ」

 

「――――――」

 

 士郎は然も当たり前のように言ったのだろう。だが、それで切嗣はどれほど救われたか。義理とはいえ、かつて夢見て諦めてしまった正義の味方を自分の子供がなってくれるというのだ。嬉しくない訳がない。

 

「だいじょうぶ。じーさんのゆめは、おれがかなえる」

 

「…ああ。そうか。良かった」

 

 切嗣はどこか嬉しそうに、悲しそうな表情で士郎を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…! …ロウ! シロウ!」

 

 シロウはランサーに呼ばれ、現実に戻る。

 

「どうしたのですか、シロウ。急に黙り込んでしまって」

 

「…あ。な、なんでもない。大丈夫だよ」

 

「本当ですか? もしかしてまだ疲れが取れてないのでは」

 

「本当に大丈夫だよ、ランサー」

 

 士郎は笑顔でランサーに大丈夫だというが、ランサーは不安な表情から戻らない。

 

「おれは大丈夫。ランサーが居るからな!」

 

「…本当に大丈夫かしら。昨日のことを考えたらまだ寝ていてもおかしくないのに」

 

 すると、今度は凛もボソリと心配し始めた。いや、凛の場合訝しんでいる。

 何故なら、凛にはずっと不審に思っていたことがあったからだ。それは士郎から漂う魔力である。

 昨日、士郎はサーヴァントを召喚したようだが、妙に元気なのだ。魔術師がサーヴァント召喚を行う際、基本的なことは聖杯が行ってくれるが、それ以外は全部自分でやらなければならない。するとどうなるか、身体中から魔力が絞り取られ、召喚して初日は凛並みの魔術師でなければ長く休憩しないと本調子にはほど遠くなる程体に支障がでる。

 だというのに、今目の前にいる少年はまるでその疲れを見せないどころか大気中にその魔力が溢れ出ている。強がっているとはとても思えない。

 これらが何を示しているのか、それは至極簡単なこと、士郎の魔力量は桁外れなのだ。それは凛をして上回るほどの。こんな子供がどうやってこんな魔力を手に入れたのか不明だ。士郎は今まで魔術とは一切関係のない人物だったのがそれに拍車をかける。

 

(回路何本あるのかしらね。まあ、気にしたところで詮無い話ね。本人もわかってなさそうだし、これは不問にしときましょ)

 

 しかし、これ以上追求しても無駄だろうと思われる。なので、この話は断念する。

 

「そうですか。…何かあったら言ってくださいね。なんでもしますから」

 

「えっ、な、なんでもするって…」

 

「こ〜ら、士郎くん〜? そんな事しちゃダメだからね〜?」

 

 ランサーになんでもすると言われ、士郎が赤面していると、凛が士郎を面白いものでも見るかのように叱る。

 

「ま、まだ何も言ってないだろ!」

 

「へぇ〜、"まだ"ねぇ〜」

 

 士郎の、まだという部分を強調して言う凛。自ら墓穴を掘ってしまった士郎は言葉に詰まる。

 

「む、むむうー!」

 

「オホホホ。可愛らしい抵抗ですこと」

 

 凛がなんとも面白おかしくからかっている傍、ランサーは首を傾げていた。

 

「? あの、なんのことかわかりませんが、シロウがしたいことでしたらなんでもしますが」

 

 とランサーが言う言葉に、凛は「ん?」とランサーを凝視する。

 

「えっと、待ってあなた、まさか自分が何を言っているか解ってない?」

 

「? なんのことでしょうか」

 

「………」

 

 これには士郎も絶句した。どうやら本当に解ってないようだ。

 

「…詰まるところ、天然という訳ね」

 

「?」

 

 通りで、なんの戸惑いもなく士郎を膝の上に乗っけれた訳だ。凛は最初士郎をからかうために膝の上に乗せたのかと思いきや、ただ単純に乗せたかっただけのようだ。士郎を見て母性が湧いたのか、もしくはお姉ちゃん心か。

 

「っあー、もう、危ないわねこの天然英霊」

 

 そんなことをつい口走ってしまうが、本当に危ない。今回は士郎のような純真な心の子供であった故に大事にはならなかったから良かったもの、他の欲にまみれた男だったらどうなっていたことやら。

 

「先ほどから何を…?」

 

「あーいや、なんでもないわ」

 

「凛、話が途切れているぞ。いい加減進めたらどうだ」

 

 と、話に割り込んできたのは先ほどからずっと霊体化して見ていたアーチャー。途中からどうでもいい話になっているのに見かねて出てきたようだ。

 

「そうね。それじゃ、二人ともよく聞いて。これから二人を連れて行きたい場所があるのだけれど、いいかしら?」

 

「その場所って?」

 

 そう言ったのは士郎だ。それに対して「そんなのは当然――」と凛は続ける。

 

「教会よ」

 

 

 

 

 

 

 




原作の士郎といえばへっぽこな魔術師としては三流以下のように言われてますが、こちらの士郎は魔術こそ何一つ使えませんが、魔力量だけ言わせれば完全規格外です。すごい魔改造だな〜、等思うかもしれませんが、実際士郎がここまで魔力量が多いのは理由があります。ですが、それは今は言わないでおきましょう。後々わかることですので。
それでは、今度は少し更新に間が空くと思いますが、なるべく早く更新できるように頑張ります。

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