Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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 ――なあ、誰かに変装とか変身するときさ、どうやったらより完成度を高くできるか、知っているか?

 ああ、そうだな。そいつの性格、特徴やその他もろもろ知っとけば完成度は上がるだろうよ。けどな、もっといい方法があるんだよ。

 んっ? それはなんだってか? ケケッ、知りたい!? 知りたい!? なあ、知りたいか!? …ああ、そんな怒んなって、ちゃんと教えるからよ。

 誰かに変身する時はな、そいつのことを好きになればいいのさ。

 …え? そんなことかって? おいおい、舐めてもらっちゃ困るな〜。これ、案外難しいことなんだぜ?

 確かに、変装や変身なんてものを使うとしたらハロウィンの仮装とか劇でその役の格好に変装するんだから、好きなキャラになるわけだ。条件は簡単に満たしてる。

 けどよ、考えてみな。基本的には変装は敵を騙すとかそういう時に使うだろ? そして、敵を騙すのに変装するなら、そいつに親しい奴に変装するのがセオリーだ。

 お前は果たして、敵に親しい奴を好きになれるか? …こいうことさ。

 さーて、果たして士郎は人間大好きなオレの変装を見抜けるかな? ケケッ。
























 …まあ、オレ以上だろうし、大丈夫かな。















第二十四夜-決する時-

 エミヤはゆっくりと矢を引く。狙いを一寸の違いもなく狙えるよう定める。タイミングも合わせなければいけない。今ヘラクレスはアルトリアと激闘を繰り広げているのだ。下手に射ってはアルトリアに当たる可能性だってある。そのようなことになれば今度こそおしまいだ。希望は全て潰えたと言えるだろう。

 だからこそ、エミヤは焦らずに息を止めて狙う。そして、

 

「…! 射った!」

 

 アルトリアが跳んだ瞬間、その矢を解き放つ。

 解き放たれた矢は一直線にヘラクレスへと向かう。そして、矢はヘラクレスに当たる、かと思いきや、

 

「…っ!? 避けられた…!? 気づいていたのか…!!」

 

 矢が当たる寸前、ヘラクレスはその巨体を仰け反らせ掠りもせずに避けられてしまう。完全に不意を突いたと思ったが、誤りだった。

 終わった、あれは一本しか造れない。躱されたとあってはもう手段はない。士郎はそう思っているが、対照的にエミヤは余裕の笑みを見せる。

 

「…!? な、なんだあの動き!?」

 

 躱された矢はそのまま向こうの壁に突き刺さるかと思ったが、矢は急に転換してヘラクレスに向かっていく。

 あの奇妙な動きに士郎は驚かずにはいられない。まさか矢がひとりでに動き出すとは思っていなかったからだ。そして、向かってくる矢にヘラクレスも気づき、今度は武器で弾く。だがそれでもまた向きを換える。

 

(す、スゴい。なんだあの矢。なんであんなにバーサーカーを狙っているんだ)

 

 士郎はそう疑問に思う。

 エミヤが射った矢はわかる通りただの矢ではない。

 あの矢は狂戦士(ベルセルク)の名をもとに名付けられた竜殺しでもあるとある王が持ちし魔剣、『赤原猟犬(フルンティング)』。それを改造したものだ。

 

「安心しろ、衛宮 士郎。あの矢は標的を射るまで動き続ける」

 

 エミヤに言われ、ハッとなる。

 

「ね、狙い続けるってこと? それって一体どういう矢なんだよそれ」

 

「なに、いずれ教えよう。見ろ、ランサーにも邪魔をされ矢が当たるぞ」

 

「…!」

 

 エミヤの言う通りだった。矢の動きに合わせアルトリアに動きを抑え込まれたヘラクレスは避けることが叶わず、矢が体に突き刺さった。

 

「当たった…!」

 

 勝利を確信できた。矢に塗られた毒はヘラクレスの体を侵食していっている。これでヘラクレスは苦しみだす筈だ。あとはそこへトドメをさしさえすれば、こちらの勝利だ。

 

「…!? なっ…!」

 

 だが、

 

「そ、そんな、う、ウソだろ…! なんで…」

 

 目を見開いて有り得ないと、そんなわけないということを必死に伝えようとする。

 

「なんで―――」

 

 少し妙なことが起こった。侵食しているはずの毒に変化が起こったのだ。

 士郎は動揺しながらヘラクレスを解析する。すると、出た結果は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんであいつ毒を取り込んでいるんだよっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精一杯の叫びだった。侵食していく筈の毒は何故かヘラクレスと一体化し、毒の体となっても尚生きている毒人間と化した。

 訳がわからなかった。あの毒はヘラクレスが死ぬことになった一端でもある猛毒。普通の人間はおろか、サーヴァントでさえ何かしら毒の耐性がない限り死に至る毒の筈だ。それが効かないどころか取り込み自身の物となったことが理解不能だった。

 士郎は膝から崩れる。もうダメだと、希望はもうないと示された。今も『この世全ての悪(アンリマユ)』の嘲笑うような声が聞こえる気がする。無駄なのだと、何をやっても所詮そこまでだと。最早貴様に生きる術はないと囁かれている気分に陥る。

 

「――!!!」

 

「――――――!?」

 

 エミヤも毒が効かなかったことに目を剥いて凛に何か叫んでいる。その凛も顔を青ざめて何か叫んでいる。そして、アルトリアも普段の冷静さが嘘のように焦った表情で一旦下がって士郎の肩を掴む。

 

「――――逃げましょうっ!! シロウっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―ッ! ハッ!!」

 

「AAAAAAAAaaaaaaaaaa」

 

 戦い始めてから何時間が経過したことだろうか。どうも進展がない。というのも、妙なことが起こっているのだ。こちらでは何故か士郎は警戒してエミヤに近づこうとしない。泥は絶え間無く流れているものの、それだけで特に襲ってくる素振りも見せない。

 エミヤはそのことに疑問に持ちながら、とにかく攻撃を始めようと剣を取り出し、泥には触れないよう戦っていた。それからも、泥が広がり続けさすがに剣では対応しきれなくなり、今は弓に持ち替えている。そして、矢を士郎の心臓部や脳を狙って射ち抜いているが、倒れる様子も泥が止まる様子も無い。

 これにはさすがに辟易とするエミヤだが、これしか攻撃手段がない以上続ける他ない。

 

(全く、何発射抜けばいいというのだ。このままでは本当にこの世界を飲み込みかねん。そのようなことになってしまっては今度危険に晒されるのは凛だ。何としても食い止めねば)

 

 エミヤは矢を射ち続ける中そう考える。

 

(…それに、あの連中(アインツベルン)に凛一人残していては危険だ。おそらく、今頃凛と戦っているに違いない。

 凛ならばそうそうやられはしないだろうが、もしも捨て身の覚悟で来られでもしたらいささか部が悪いだろう。私も早く加勢に行かなければ)

 

 時間もないこの状況でエミヤはどう切り抜けるか。凛の加勢に向かいたいところではあるが、士郎をこのまま放っておくわけにもいかない。

 

「…これはまだ長期戦になりそうだな」

 

 また剣を投影し、それを弓に番える。

 ここでどれほどまでに抗えるか。今、士郎と凛の命運はエミヤに掛かっていると言っても過言ではない。そして、もちろんのことエミヤはそれを自覚している。これで軍配が傾くのはどちらか判らなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ! はぁ、はぁ、はぁ。全くあんたら本当に執念深いったらありゃしないわね」

 

「はっ、はっ、貴女こそ、随分と強情ですね」

 

「ふん、どうとでも言ってろっ!」

 

 現在、エミヤの言う通り、凛とアインツベルンは戦っていた。

 何故戦っているのか、それはエミヤが固有結界を発動させた時に、残された凛とアインツベルンはお互いの存亡を賭けて共闘はここまでというようにアインツベルンの不意打ちから戦いは始まった。

 凛も凛で急に敵対してくることは予測済みだったのか、不意打ちは無駄に終わり、二言三言交わしたのち互いにぶつかり始める。

 お互いの実力はというと一見すれば互角だ。イリヤスフィールはどうも疲れており、休んでいるので残った二人と戦っているということもあるからだ。

 ただ、やはりそれでも二対一という状況で完全に互角に持ち込めるかというと、そうはいかないということになる。

 凛は徐々に押されていっているのを感じつつも、余裕の体制を崩さない。

 

(…流石ね。やっぱり正攻法じゃ勝てそうにないわね。なら、こっちの策略を披露しようじゃない)

 

 凛は手に持っている複数の小さな宝石を確認する。

 

(…先ほどから見させていただきましたがやはり、所詮はたかが小娘。一応いざというときのために仕掛けを施しましたが、徒労に終わりそうですね)

 

 セラはある程度で凛に挑み力量を測っていたが、出た結果は取るに足らないということだった。だが、それならば何故リーゼリットがあそこまで警戒していたのかということになるが。

 

(杞憂に思っていいことでしょう。後は、全力で捩じ伏せますか)

 

 荒くなっている息を整え、次の詠唱を始めようと口を動かそうとする。すると、ふと視界の端に映るものがあった。それは宝石だ。宝石が砕け抉れた床に無造作に置いてあったのだ。

 その宝石はそこそこ大きく、それで出せる魔術は個室を一瞬でボロボロにするくらいの威力は出せそうだ。

 

(あれは…遠坂の宝石でしょうか。あんなところに落としているとは。全く、おっちょこちょいな一族ですこと)

 

 セラは凛が気づかずに落としてしまったのだろうと大して気にも止めずに視線を外す。

 

(次の一撃で終わりにしましょう。これ以上は不毛ですから)

 

 もう観察は十分だと、魔術の詠唱を開始する。

 

(――! 結構長そうな詠唱ね。ってことは、次で決めるつもりってことね)

 

 凛は詠唱からどんな魔術が来るかを予測したのち、それに対抗すべく、凛も詠唱を開始する。

 

(今やるべきことは、私の最大の一撃で二人を倒すこと。それをするには――!)

 

 凛は手に持っていた宝石を握り締め、セラの詠唱が終わる前に二人の隙が見えた瞬間、それぞれに三つほど宝石を投げる。

 投げつけた宝石は凛の詠唱が終わるのと同時に砕ける。すると、

 

「―――!」

 

「――! これは…!」

 

 二人の周囲に重力場が現れ、体が地球に引っ張られて床に手をつく。

 凛はそこから更に追い討ちをかけるように先ほどの宝石より一回り大きいものを二つ取りだし、それぞれ一つずつ詠唱しながら投げる。

 

(これが――今の私の全力!)

 

 詠唱が終わった途端、宝石は意思があるような動きで宙を泳ぎながら身動きが満足に取れない二人に襲いかかり、遠坂 凛の属性たる五大元素(アベレージ・ワン)が虹色に輝く。

 

「くっ…!」

 

 輝きはこの広いホールの半分を巻き込むほどの爆発へと変わり、それにより舞った煙は凛も巻き込む。

 

「はぁ、はぁ(これで、どうかしら。これなら死んでてもおかしくないけど、さすがにそれは慢心でしょうね)」

 

 凛は煙から出てきて、肩で息をしながら爆発した位置をそれぞれ見る。

 煙により様子は判らないが、特にすぐに反撃してくる様子は無いようだ。まだ死んでいないと思われるものの、これならばあと少しだけの宝石で決着が着くだろうと思われる。凛としても、もう宝石の数は少なくこれ以上長期戦は無理なので少しだけ安堵できる。

 そう思った瞬間、

 

「!!!」

 

 凛の頰を僅かに掠めてきたものがあった。

 

「…外しましたか。

 どうやら本当に油断はできないようですね。まさか、あのようなことをたったの八つ程度の宝石で可能にするとは…」

 

 もうもうと立ち込めている煙が晴れてくる。そして、初めて二人の容態がわかった瞬間凛は頰から垂れてくる血をそのままに目を見開く。

 

「…ウソ。ほとんど無傷なんて…!」

 

 二人は共に無傷だった。なぜならば、白い針金がグリーンカーテンのように枝分かれに床から出てきており、二人を護っていたからだ。

 

「徒労に終わると思いましたが、何事も準備はしておくものですね」

 

 凛の宝石が当たる瞬間にセラはこの魔術を発動させたようだ。

 その白い針金のグリーンカーテンは徐々に萎れていくようにして消えていく。

 

「さて、いかがなされますか。もう宝石もほとんど残ってないでしょう。できればこのまま死んでくださるとこちらも手を煩わせずに済むのですが」

 

「…………」

 

 凛は唇を噛んだまま応えない。セラの言う通りだからだ。もう手元にまともな宝石は残っていない。悔しいのか、拳を握りしめて俯く。これ以上の手段は残されてないと言っているようなものだった。

 二人は凛の目の前で横に並んでそれぞれ針金細工、ハルバードを油断なく構える。

 

「…どうやら、ここまでのようですね。素晴らしかったですよ、遠坂の魔術師。私たち相手にここまで戦えたのですから」

 

 針金細工の刃を向ける。これで終わりにしようとする。この一撃で凛の頭脳と、ついでに心臓も潰そうと考える。念には念をということなのだろう。

 凛は俯いたまま何もしようとしない。本当に諦めたのか、握っていた拳も解いてしまっている。

 セラはそんな凛を見かねてか、「最期に言いたいことがあるのでしたらどうぞ」と無慈悲に近い慈悲を与える。それに凛はピクリと動きを見せると、

 

「…って、ない…」

 

「…はい? 何か言われましたか?」

 

 ボソリとほとんど消えかかっている声量で何か呟く。何を言っているのかよく聞こえなかったセラは耳を傾けてもう一度聞く。

 凛はそれに一度大きく息を吸い込むと、

 

「――まだ終わってないって、言ってんのよっ!!」

 

 そう叫び、短くなにかを唱えた。

 

「!! これは――」

 

 すると、床に落ちていた六つの宝石が輝きだし、二人を大きく囲むように六芒星と細かな模様が浮かび上がってくる。

 これは、凛が二人と戦っている間、凛はまともに戦って勝機を見出せなかった場合のことを考えて、床ににさりげなく宝石を置いていき、発動する機会を伺っていたものだ。

 とっさに嫌な予感がした二人は逃げようとするが、その前に凛の詠唱が終わり、

 

「さあ、二撃目は防げるかしらッ!!」

 

 先程よりも強力な爆発が二人を襲う。

 

「――セラ!! リズ!!」

 

 それを観ていたイリヤスフィールが二人の名前を叫ぶ。

 嫌な予感がした。あの爆発は見てわかる通り殺傷能力がすこぶる高い。このままでは二人は死んでしまうのではないのかと焦る。

 

「…っ!!」

 

 煙が晴れ、二人の姿が確認できたイリヤスフィールは息を飲む。

 爆発する寸前、リーゼリットはセラを庇っていたようだ。セラは無傷とはいかないが、あの爆発からよくあれだけ無事にいられたと思える程傷がそこまで深くない。一方、庇ったリーゼリットはもう虫の息だった。背中の肉がほとんど露出しており、血が大量に流れている。これは死亡していてもおかしくない状態だが、ホムンクルス故か奇跡的に生きている。

 

「うっ。まさか、落ちていた宝石はこのためだった…リーゼリット!?」

 

 少しだけ気が遠退いていたセラはリーゼリットの惨状を見て声を荒げる。

 

「な、なぜ庇ったのです!? 貴女が護るべきはお嬢様でしょう!? それなのになぜ私を…」

 

 セラはなぜ庇ったのかとリーゼリットに問う。セラやリーゼリットはイリヤスフィールを護るために造られたもの達だ。そのリーゼリットが味方とはいえ、なぜセラを護ったのか。

 

「……セラ、それ、違う」

 

 リーゼリットはこれだけ大きな傷がついてなおいつもの調子を変える様子はなく、か細くなってしまっている声で話し出す。

 

「私、イリヤを護る。…イリヤの大切なものも…護る。セラは、イリヤの大切なもの…だから、私、セラ護る」

 

「なっ、そんなことで…」

 

「…………」

 

 作られたリーゼリットやセラに人権といったものは一切ない。ただの捨て駒よりも扱いは下と見てもいいだろう。アインツベルンはもとより、悲願を達成するために使えそうなものが見つかれば即使うという一族だ。

 そんな中、リーゼリットとセラはアインツベルンが作ったホムンクルスの中でも失敗作だった。つまり、あの時戦っていたホムンクルスの軍団と変わらない存在だ。こうして生きていられたのも、それが自覚できるのも、イリヤスフィールが救ってくれたからに他ならない。

 だからこそだ、リーゼリットはイリヤスフィールを全身全霊で護ることを誓った。そして、それはイリヤスフィールが大切だと思う人たちも含めてだ。

 

「…行くよセラ。まだ、あいつ、倒れてない」

 

「…ええ」

 

 二人は満身創痍だと言うのにいまだ戦うつもりだ。凛はそんな二人を見ながらまた構える。今度こそ、全力で二人を潰さなければ。

 

「……セラ、リズ」

 

 そして、そんな二人を見ているイリヤスフィールは涙を零し出す。観ていて辛いのだ。ここまででどれだけ死人を見たことだろうか。まだそこまで思入れのある人はいなくても、それでも自身と似たような存在が死に絶えていく様は観ていて、まるで生き地獄を味わっているような気分だった。もう終わって欲しいと願う。もう誰も死なないでと願う。だが、願えば願うほど死は迫ってくる。戦いに縛られていく。

 

「…っ!!」

 

 また激しい音が聞こえる。また戦っている。観たくないとイリヤスフィールは目と耳を閉じてうずくまる。だが、うずくまったところで今度はあの光景が脳裏から蘇ってしまう。

 どうすればいいのか、と途方に暮れてしまう。もう戦いを止める手段は無いのかと。

 

「…! そうだ…」

 

 そこで一つだけ方法があったと思い出す。だが、それは今まで戦い続けて暮れたホムンクルスやヘラクレスに対する侮辱だとも思われることだ。

 

「…っ、けど、やらなきゃ…!」

 

 そして、自身の居場所を捨てるということでもある。それで果たしていいのか、疑念は残る。だが、迷ってばかりもいられない。今も尚戦っているのだ。自分のために。だからこそイリヤスフィールは立ち上がり、戦っている凛たちを見据え、そして叫ぶ。

 

「…ッ! ――やめなさいッ!!!」

 

「―ッ!!」

 

 イリヤスフィールの叫びに、凛たちの動きが止まる。

 全員がバッとイリヤスフィールを見る。その目にはリーゼリット以外は何故止めたという疑問があった。特にセラは。

 

「もう、もうやめなさい。もういいよ、この戦いは、私たちの負け…だから、もう戦わないで…」

 

「なっ、そんなっ!! 何故ですか、お嬢様!? 我々はまだ戦えます! 遠坂を倒せる機会はまだあります! なのに、どうして止めるのですかっ!!?」

 

 そんなのはわかっている、とイリヤスフィールは心の中で叫ぶ。ここで諦めては、今まで犠牲になったホムンクルス達は全くの無駄になってしまう。そんなことはしたくなかった。だが、イリヤスフィールはもうそんなことを言ってはいられなかった。

 確かに、現時点でもアインツベルンが不利とはいえ、まだ返せないほど差が開いているわけでは無い。しかし、もしその差を埋めようとすれば、確実にセラとリーゼリットのどちらかが死ぬことになるだろう。

 それが嫌だったから、イリヤスフィールは止めたのだ。

 

「……………」

 

 凛は警戒しながら少し後退して様子見している。本当にアインツベルンが諦めたのか確かめるためだ。

 

「お嬢様ッ!! まだ我々は負けておりませんッ!! 私も、リーゼリットもまだ戦えますっ! まだ勝機は――」

 

「――お願いだからもうやめてッ!!!」

 

 イリヤスフィールの魂から叫ぶような声にセラは信じられないと言うような表情をする。

 

「なっ、何故…」

 

「もう、いいの。もう戦わないで、傷つかないで。見たくないの、セラもリズも傷つくのはもう見たくないの…」

 

「…そんな、そんなことを仰らずに…! 我々のことはただの捨て駒と思ってくだされば――」

 

 セラがそう言おうとしたところで、肩を掴まられる。

 

「…何ですか、リーゼリット」

 

「セラ…もう、それ以上は、ダメ」

 

 肩を掴んだのはリーゼリットだ。

 

「何が、何がダメだというんですか!? 私たちは勝たなくてはならないんですよ!? アインツベルンのためにも、何よりもお嬢様をお護りになるためにも――」

 

「セラ、それ、違う」

 

 セラは肩を掴んで止めようとしてくるリーゼリットに抗議しようとするも、その一言に止められてしまう。

 

「…違う? 何が違うというのですか…」

 

「セラ、イリヤの、ためって、言ってた。けど、それイリヤのため、じゃない」

 

 息がしづらいのか一つ一つ紡ぐたびに呼吸を繰り返す。

 

「…どういう意味ですか」

 

 訝しげな表情のままセラはリーゼリットに聞く。そして、

 

「イリヤため、なら、私たちは、死んじゃ、だめ。

 …だって、イリヤ、悲しむ。それ、イリヤ、のため、違う」

 

 セラは頭が殴られたような衝撃が奔る。確かに、リーゼリットの言う通りだった。セラはいつの間にか勝つことこそイリヤスフィールのためになると固執していた。最早、後戻りはできないという思いがそれをより促していたのだろう。

 セラは今一度イリヤスフィールを見上げる。涙を浮かべているその姿はなんとも痛々しく、見ているこちらが胸を締め付けられるようだった。

 

「……………」

 

 セラの周囲に浮かんでいる針金細工が砕け散る。そして、膝から崩れ落ちる。負けを認めたということなのだろう。

 イリヤスフィールはヘラクレスの安否を確認するために、一度令呪を見る。すると、令呪はすでに消えていた。これは、すでにこの世を去っていったということなのだろう。つまりは、完全なる敗北だ。

 よって、現時点をもって士郎と凛対アインツベルンは士郎たちの勝利という形で決された。

 

「……。私たちの勝ちってことでいいのかしら?」

 

「ええ。あなたたちの勝利よ」

 

 イリヤスフィールは凛と面と向かって言う。

 

「そ。よかったわ。これ以上戦わなくていいのね。〜〜っ! はぁぁぁぁ。ようやく終わった〜。それじゃ、あとは待ちましょうか」

 

 凛は一回疲れた身体を伸ばすと、あとは他のメンバーを待つことにして、一旦適当な瓦礫に座る。

 

(…早く、戻って来なさいよ)

 

 休んでいる傍、そう願う。その思いは、果てして届くのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ども、今回も前書きであんなこと書いちゃったからここでご挨拶させていただきます。
いや〜、ここのイリヤはいろいろ恐怖体験しちゃってもう原作の雰囲気が完全になくなってしまっていますね…(汗
まあ、それはそれで良しとしましょう!(おい
では、また次回お会いしましょう。

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