Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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ども、久々でございます、ウェズンです。
水着イベ始まりましたが、みなさんガチャはほどほどに。(あとどうでもいいですがノッブ当たりました)
ここ最近は暑くなったり涼しくなったりと体調が崩しやすい天候となっております。(自分が住んでいる地域では)
みなさん、水着イベにヒャッハーー!!と舞上がるのはとても良ろしいのですが、体調管理もしっかりしてくださいね。でなきゃイベント参加できなくなりますから。
では、始まります。







第二十三夜-最後の一矢-

「―――はぁ、はぁ、はぁ」

 

 あれからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。

 

「はぁ、はぁ、は、あぁ―――」

 

 未だに周囲は暗いままだ。

 

「くくくく。随分と粘るじゃねえか。っていってももう限界に近いみたいだな。後一回くらいで壊れそうだし」

 

 面白そうに子供のような笑い声を聞かせる。

 あれから数え切れないほどゲームが開催された。士郎の精神は既にぼろぼろだ。少しでも揺すれば壊れそうな気配もある。

 だが、士郎は諦めるつもりがないのか、それとも無意識にか、倒れている体を起こそうと腕を立てる。

 

「…あんだけやっときながらまだ立とうとするとはねえ。やっぱお前人間やめているよ。普通あれだけやれば壊れるどころですむもんじゃないん筈なんだが。

 もう鋼メンタル何てもんじゃないな。一種の悟り開いた仙人かなんかじゃねえのか、なんて思えてくるよ。お前を見ていると」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉は最早届いているのかいないのか。震える腕で必死に立てようともがいてばかりで話を聞く気がないように思われる。

 

「あ―――あぐ、はぁ、はぁ」

 

「あっちゃ~。といってもこれはさすがに不味いか。

 …よし。仕方ねえな」

 

 何を意気込んだのか『この世全ての悪(アンリマユ)』は士郎の側に寄り、頭をつかんで頬を軽く叩く。

 

「おーい。おーい。聞こえてるか~? まあいいや。聞こえてようが聞こえてまいが言うけど、お前に最後のチャンスをやる。そんで、折角の最後だからよ、ヒントをやるよ」

 

「うっ、あぁ。ひ、ひん、と?」

 

「おっ、まだ感覚は機能しているか。本当にバケモノレベルのメンタルだな。

 まあいいとして。そうだ。これが最後になるかもしんねえからオレを見つけるヒントを直々に教えてやるよ。それでいい加減こんなゲーム終わらせな。お前はこんなところで終わるわけにはいかねえだろ?」

 

「…………」

 

 士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』からヒントをもらえると聞いて黙り込む。大人しく聞くつもりなのだろう。

 こんなにもおとなしく聞こうと思えたのはこれに嫌気が差したからと言う理由ではない。ただ一刻も早く抜け出して凛達を助けなければいけないと言う思いが強いからだ。

 「…聞く気があると見ていいな。んじゃ、一つだけ教えておいてやるよ」そう切り出す。

 「オレらはよ、一心同体の存在だ。お前の経験はオレの経験となる。それは判るな?」と『この世全ての悪(アンリマユ)』確認する。士郎が産まれて間もなくその体に忍び込みずっと潜んでいたのだからもう一心同体といっても差し支えない。

 士郎は掴まれながらも僅かに頷く。頷くのを見た『この世全ての悪(アンリマユ)』はうっすらと不気味に笑いながら続ける。

 

「けどよ、オレらは『考え方(・・・)』がまるで別だ」

 

 士郎は僅かに見開く。

 

「ケケッ。なんのことやらさっぱりだ、って顔だな。ま、安心しておけ。今オレが言ったことを覚えておけば大丈夫だろうからよ」

 

 考え方が別。それが一体なんだと思っていると、ヒントは以上だと締められる。

 頭を離し「んじゃ、後は頑張なよ。ゴールはすぐそこだぜ~」と後ろ向きで士郎にヒラヒラと刺繍だらけの黒い手を振りつつ、また風景と共に消えていく。

 

(…経験は同じでも、考え方が違う? それって一体どういう意味なんだ?)

 

 そうこう考えているうちに、また見覚えのある風景が出てきた。それも、

 

「…!? こ、今度は戦っている場所かよ」

 

 アインツベルン城だ。今までで様々な風景を映し出したが、この風景は初めてだ。

 始め、記念には絶対にしたくない第一回が終了した後、二回目以降が始まると風景は衛宮邸ではなかった。それは、学校、商店街、教会、柳洞寺など、果てには魔術王の結界の中もあった。場所によって出てくる人も違ったり同じだったりしたが、全員士郎が知っている人達だ。

 そして出てくる人達は全員幸せそうだった。士郎が正義の味方を追い求める上で望む平和そのものだ。ただ、魔術王だけは出なかったのが気になるが、行く先々の人達は英霊も魔術師もなにも関係なしに幸せを謳歌している。

 そして、士郎はそれらを全て壊さなければいけない葛藤に嵌まることになる。聖杯からの支配を逃れるために出てくる人達に紛れている『この世全ての悪(アンリマユ)』を倒さなければいけない思いと、この平和を壊さずにいたいという二つ思いが常に頭の中で混ざりあっていた。

 常にそれらを天秤にかけつつ、士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』を倒すために、ついさっきまで笑顔だった人のうち無差別に選び、震える手を抑えながら剣を突き刺した。

 それからは想像がつくだろう。士郎は最後の最後まで足掻くも、容赦なく突き刺さる言葉に壊れそうになり、意識を戻される繰り返しだ。

 

(…考え方は別…。わけわかんないよ。だったら一体どういうことになるっていうんだよ)

 

 士郎は彼が言ったことがどういうことなのか疑問に思いつつ、立ち上がる。彼の言葉は気になるが、だからといって目の前のことを疎かにもできない。今度こそ『この世全ての悪(アンリマユ)』を探し出さねば。さもなくば本当に士郎は決壊してしまう。

 

「…っ! 本当に戦っているところかよ…!」

 

 立ち上がった所で砂埃が士郎を襲う。今まで様々なシチュエーションで行われたこのゲームだが、戦闘中というのは初めてだった。

 

「士郎!! なにボーッとしてんのよっ! あんたも出来る限り戦いなさい!」

 

「り、りん…!」

 

 なにがどういう状況かも判らず、急にくる突風などが巻き上がる中、凛が叱咤してくる。

 

「そうだぞっ! 衛宮 士郎! そこで立ち止まっていないでせめても周囲に迷惑をかけるなっ!」

 

「…! アーチャー師匠!」

 

「そうです! 止まっていては的になりますっ」

 

「アルトリア!」

 

 大分状況は判ってきた。現在進行系で士郎たちは戦っている。そして、凛もエミヤもアルトリアも、全員満身創痍だった。余程苦戦しているのが見受けられる。

 凛という一級魔術師とそのサーヴァントにアルトリアを加えての戦い。本来であれば敵無しの構成だが、それでも苦戦しているということは…。

 砂埃に隠れている相手はゆっくりと姿を現す。すると、そこにいたのは―――

 

「―――な、なんだよ、あれ…」

 

 大きさは、約五メートルといった所だろうか。発達した筋肉は全てを圧殺せんと鉛色に盛り上がり、紅く輝く巨大な斧を携え、紅く煌めく眼光は睨まれただけでその格の違いを思い知らされる。まさに、絶望の象徴ともいうべき怪物が士郎たちの前に立っていた。

 

「こ、こいつは、バ、バーサーカー…?」

 

 士郎はまるで信じられないというように巨体を見上げる。それもそうだ、眼前にいるのは間違いなくヘラクレスだ。だが、士郎が記憶しているヘラクレスとは大分異なる容姿だ。元から巨体だった体は更に大きくなり、武器も変化している。

 これは『この世全ての悪(アンリマユ)』が作ったヘラクレスなのか。一体、どうやって士郎の記憶からこのような怪物が産まれたのか。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

「うっ…ぐっ…!」

 

 鼓膜が破れそうなほどの雄叫びをあげたヘラクレスは士郎に向けてその武器を振るう。

 

「シロウ!!」

 

 あまりの威圧感に動けずにいた士郎は間一髪のところでアルトリアに抱えられ、事なきを得る。

 

「くっ…! シロウっ! 言ったではありませんか!? 止まっていては危険と…!」

 

「あっ…ご、ごめん」

 

「まあ仕方ないでしょ。あんなプレッシャーかけられちゃ体が動かなくなるなんてむしろ当然よ」

 

 凛たちが寄ってくる。

 

「■■■■■■■ーーーーーー!!!」

 

 ヘラクレスは士郎たちが集まったところをまとめて潰さんがためにまた巨斧を振り上げる。

 

「っ! させるか!」

 

 振り上げたその斧はアルトリアによって止められる。凄まじい轟音が辺りに響き渡る。

 それだけでどれ程の重力をかけられているのかが判る一撃に、アルトリアは苦悶の表情を浮かべる。押し返すことも、弾き返すこともできないようだ。

 

「■■■■■■!!!」

 

「アルトリアっ!」

 

「行ってはダメよ士郎!!」

 

「で、でも、アルトリアがっ!」

 

「少しは判りなさい! 今行ったところでランサーの集中を乱すだけよ!」

 

 そう言われ士郎は言葉に詰まる。あれは士郎でも判る。ほんの一瞬でも気を抜けば一気に殺られることも。

 だが、士郎は迷う。ここで行かないのは士郎としてはとても歯痒い思いだ。そして、ここは偽物の世界でもあるのだ。本物のアルトリアが死ぬわけではない。

 だが、たとえ偽物でもアルトリアが死ぬその様を見たくない。

 「くそっ!」士郎は仕方なく引き下がる。

 

「…といっても、ピンチなのは変わりようないか」

 

 しかし、士郎が下がったところで状況が好転する訳ではない。凛は何か打開の一手を取りたいが、そうそう思い付けば苦労しない。

 一方で士郎はどうしようか悩む。無論、『この世全ての悪(アンリマユ)』を探す方法だ。

 正直なところ、士郎はそれが一番重要だ。アルトリアの死に様は偽物でも見たくなくても、士郎としてはこの世界から少しでも早く出たい。

 

「くっ、あぁ…!!」

 

 考えている間にアルトリアの体に傷が増えてくる。すると、

 

(…! そうだ、今思えば簡単なことじゃないか。今のこの世界を作るならアイツは一番安全な場所にいるはずだ。

 今までだってそうだったんだ。なら今もだって…)

 

 士郎は視線を動かす。

 そうだ、今まで『この世全ての悪(アンリマユ)』はその時その時で様々な人物に成り代わっていたが、それには法則があった。それが、自身が最も安全だと言える人物だ。

 彼は今までで、登場した人物の中でも士郎が手を出し辛いと思う人に成り代わっていた。ならば今回もそうだろう。今彼が成り代わっているのは―――

 

(―――バーサーカーに違いない…!)

 

 ヘラクレスである可能性が高い。今のヘラクレスは士郎どころか誰しも手に余るほどの凶暴性を見せつけている。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』があのヘラクレスになったというのであれば、一番安全な位置を取ったことになる。

 

(アイツは今一番強いやつになっているんだ。だから、アイツを倒せばようやくクリアだ!)

 

 それがどれ程難しいかを理解しながらも、それしかないと前を向く。

 

(…っ! アイツは、今ここで一番最強なんだろうな。この世界はアイツがつくった世界なんだから)

 

 士郎が思うように、この世界のヘラクレスは恐らく無敵だろう。『この世全ての悪(アンリマユ)』があのヘラクレスを創り、成り代わっているなら最強にしなければ意味がない。

 そうなると、ますます手段が失われていく。だが、まだ何かあるはずだ。完璧な存在などいない。どれだけ想像力がよくても完璧な存在には必ず矛盾がつきまとう。つまりどこかに穴があるはずだ。

 

(くそっ。何か、何かないのかよ。…冷静になれ、冷静になれ。アーチャー師匠も言っていたじゃん。おれはおれができることすればいいって……!)

 

 精神的に参ってきていても、エミヤの教えを忘れずにしっかりと頭を働かせようと自己暗示をかける。

 そこでふと妙案が浮かんだ。これならば弱点が判るのでは。

 

(けど…)

 

 しかし、そうだとしてもあの強力無比の怪力をどうにかしない限り弱点を知ってもどうしようもないだろう。

 何か、何か方法はないか士郎はまた必死に頭を働かせようとする。今すぐこの場でヘラクレスに対抗できる方法は。とそこでふと思い出す、あの存在を。

 

「………!」

 

 士郎は自身の左手を見る。そうだ、ヘラクレスに対抗できるかもしれない方法、令呪。

 それも、『この世全ての悪(アンリマユ)』のミスか二画しかなかったはずの令呪は三画に戻っている。これならば、全てを使い切ればヘラクレスを倒せるかもしれない。士郎はそう思うと、以前凛から教えてもらった令呪の使い方を思い出す。

 

(強く念じて…願う…!)

 

 左手首を握りながら、ただ一つ願う。

 

「強くなれ――! アルトリア!!」

 

 令呪が一画弾けるように消える。すると、アルトリアは自身の体に変化が起こったことに気づく。

 

「これは…! シロウ?」

 

 そして、これで終わるつもりはない。イリヤスフィールが行っていた方法で令呪を重ねる。

 

「もう一回!…もう一回!」

 

 三画の令呪全てを使い、アルトリアを極限まで強化する。恐らくステータスのランクは軒並み一段階上がっただろう。これならば、怪物と成り果てたヘラクレスを相手取ることができるはずだ。

 

「令呪を全部使った…! これなら…!」

 

 凛も今のアルトリアならヘラクレスを倒せるかもしれないと希望を持つ。

 

「行っけぇ!! アルトリア!!」

 

「――はいっ!!」

 

 士郎の叫びにアルトリアは応え、槍を低く構えると真正面から突撃する。

 

(…! よし、戦えている…! なら今のうちに…)

 

 士郎は自分の胸に手を当てて意識を集中させる。

 

「ぐっ…うっ、うぅ…!」

 

 唸り声をあげながら、「同調(トレース)開始(オン)」と唱える。

 

(探せ…きっと精神だけの体でもどこかにあるはずだ。いや、アイツが言ったことが本当なら絶対にある…!)

 

 探せ、探せ。自身の体全体に魔力が行き渡るように細心の注意を払いながら探る。

 脳、筋肉、骨、脊髄、肺、胃、肝臓、と全身を隈無く探しそして、心臓を調べたところで、目的のものが見つかる。

 

(…! あった! これが、聖杯の魔力(・・・・・)だな…!)

 

 そう、士郎が探していたのは聖杯の魔力、その中心部だ。

 何故士郎はこれを探していたのか、それはさっきも言ったようにヘラクレスの弱点となるものを探すためだ。

 たとえギリシャ最大の英雄といえど、それに弱点がない訳ではない。かのアキレウスでも名前の由来にもなっているアキレス腱が弱点なのだ。ならば、ヘラクレスにも何か弱点と呼べるものがあってもおかしくない。

 その考えの下、士郎は自身に眠っている聖杯を探していた。聖杯ならばすべての英雄達の記録がある。その聖杯と同調し、記録を覗ければ判るかもしれない、と考えたのだ。

 

(よーし、後はこいつを繋げればいけるかもしれない…!)

 

 士郎は早速開始する。人間の体は複雑でその中にある無数の電線を繋げるような作業は骨が折れるかもしれないが、自分の体だからかすんなりと巧くいく。あれよあれよともう聖杯の魔力を自身の脳に繋げることができた。

 

「うっ、ぐっ…!」

 

 脳に鋭い痛みが奔る。が、この程度今までの激痛と比べればなんともないと、繋いだ聖杯の中身を覗き見る。

 すると、様々な英雄の記録が見えてきた。

 

(…! す、すげぇ…。これが、英雄たちの…)

 

 何十万の兵を相手に戦いを挑む数百人の兵と王、その一矢で持って戦争を止めた弓兵、病弱な体でも尚戦い続けようとする女剣士、単身戦いを挑み自身の体を岩に縛り付けてでも戦う槍兵、神のもと旗を振り続け火葬される聖女、鎧も武術も全てを奪われ死ぬ施しの英雄、それを苦痛の表情で射抜く授かりの英雄。どれも人間なんていう枠に収まることのない英雄達の戦い。そして、士郎は子供を抱える白髪の老人の姿が見え―――

 

(これは…)

 

 最後のだけ妙なものだった。これまではどれも英雄というのに相応しい戦い、栄光が見えたというのに。最後だけは、どこかの親子か、祖父と孫か、が見えるだけだった。それに奇妙な思いを感じつつも、士郎はヘラクレスの記録を探す。

 

(…あのバーサーカーの記録はどれなんだ…)

 

 とはいえ、忘れてならないのは、士郎はまだヘラクレスだと正体を見抜いていない。だから、ヘラクレスと似た姿の人物が出てくるまで探し続ける必要がある。

 地道に進めるしかないこの作業に士郎は悲鳴を上げそうになるが、堪えて根気強く探し続ける。そして、

 

(…! いた! きっとアイツだ! よし、あとはこのまま見続ければ…)

 

 ついに見つかる。目は紅く光ってはいないが、体格や姿は酷似している。本人で間違いないだろう。

 士郎は早速ヘラクレスの記録をじっと見続ける。見続ける中、真名が判り、それがあの大英雄だったということに驚き、狂気に塗れていない彼はこれほどまでに紳士的な人物だったことにもはや驚きを通り越して納得してしまうこともあったが、ようやく士郎はヘラクレスの弱点を知る。

 

(…! ひゅどらの毒か)

 

 ヘラクレスの十二の偉業のうちの一つにヒュドラ退治があったが、ヘラクレスは後にこのヒュドラの毒に侵されその痛みに耐えかねて死を選んだという。その毒を使えばヘラクレスを倒せるかもしれない。

 士郎は早速ヒュドラの毒を投影しようとする。

 

(この記録からあの毒を読み取って…!)

 

 記録から読み取るのは思いの外難しく、更には神代に存在したものであるためにたったの十ミリリットルでもかなりの魔力を消費しそうだ。聖杯の魔力で持っても一リットルが限界ではないかと思われる。

 

「キャア!!」

 

「…っ! りん!!」

 

 士郎が投影準備に入ろうとしたところで、凛の叫び声が聞こえ集中を解いてしまう。

 ハッとなって士郎が戦場を見れば、アルトリアとヘラクレスの戦いによる暴風に吹き飛ばされている凛が見えた。すぐにエミヤが助けたので無事ですむ。

 士郎はそれにホッとしつつも、二人の戦いに目を向ける。戦いはとんでもないほど規模がでかくなりつつあった。先ほど見た英雄の記録にもこれほどの戦いがあっただろうか。そんな戦いだ。

 士郎はそれを見て焦る。早くしなければこっちも無事にすむとは思えない。そして、士郎はこの世界で死んだらどうなるのか想像ができず身震いと冷や汗が背中を伝う。

 

(早く、はやく、投影しないと…!)

 

 だが、逸る気持ちが邪魔してなかなか巧くいかない。

 士郎は焦るな、焦るな、と暗示を唱えるも、なかなか落ち着いてくれない。そして、

 

「っ! うわぁっ!!」

 

 士郎も爆風に呑まれる。

 

「シロウ!! …っ、おのれっ!」

 

 それが見えたアルトリアは士郎を助けたがったが、ヘラクレスを相手にそのような隙はない。

 

「うわああっ!! っ、ア、アーチャー師匠!!」

 

「ふっ。全く、貴様は空中で立て直すこともできんのか」

 

「そ、そんなに簡単に言わないでよ」

 

 士郎も凛同様エミヤに助けられるのとついでに半分説教を食らう。

 「士郎! 無事!?」凛が駆け寄ってくる。士郎は「うん大丈夫だよ」と言ってからアルトリア達を見る。

 

(どうしよう。こんな所じゃ集中できない。どこかに移動しなきゃ…。いや、ダメだ。ここがどんなところかなんてまだぜんぜんわかっていないのに城の外に出たら何があるか判らない)

 

 外を『この世全ての悪(アンリマユ)』がどう改装しているか判らない。判らない以上無闇に動くわけにはいかない。そう考えていた時だ。

 

「…衛宮 士郎。貴様、何をしようとしていた」

 

「! えっ、えっと…ちょっと投影、しようと…」

 

 エミヤから話しかけられる。急に聞かれたからか、少しだけしどろもどろになりながら応える。

 

「ほう。なんのだ?」

 

「…ひゅどらの毒」

 

「――ヒュドラの毒、だと? なるほど、確かに奴の逸話を考えれば妥当な作戦だ。だが、ヒュドラの毒など解析した(見た)こともない上に、武器と言えるか怪しい液体のもの。それも神代の代物だ。そのようなものを貴様は投影できるというのか?」

 

「…判らない。けど、おれならできそうな気がするんだ。なんでなのかって言われると、今は答えづらいけど…」

 

 もともと士郎の投影にも限度はある。いくら聖杯の魔力の恩恵が有ろうとも自身の性質とは異なるものを投影するのはかなりの魔力を有する。それもヒュドラの毒という形が定まっていないようなものを投影など本来なら不可能だ。

 だが、士郎はこう考えた。例え、全く形が定まっていなくとも聖杯の記録からヒュドラの毒となるような部分をハサミで切り取るようにして引き抜けばいいのではと。

 もともと士郎の投影魔術はただの投影魔術ではない。士郎の投影は自身に内包されているものを取り出すことだ。ならば、自身の一部となってしまっている聖杯からも取り出せるだろう。

 

「判った。衛宮 士郎、私が貴様の盾になろう。そのうちに投影を済ませろ」

 

「…えっ!?」

 

「何をボサッとしている。早くしろ。それとももう投影の心構えを忘れたか」

 

「い、いや、そんなことはない。判った。それじゃ少しだけ待っていてくれ」

 

 エミヤが前に立って守ってくれている状況ならば、集中できる時間はあるだろう。士郎は今のうちに投影を開始する。

 

「――投影(トレース)開始(オン)…!」

 

 まずは、ヒュドラの毒の性質だ。ヒュドラの毒は流石神代に存在した生物の毒というだけあってそんじょそこらの毒とは比べものにならない。想像もつかない情報量を読み解かなければいけないがためにそれだけで頭が割れそうな痛みに襲われる。

 士郎はそれに耐えきりつつ、次の工程に入る。次は、ヒュドラの毒の形状だ。先ほども言ったようにヒュドラの毒ははっきりとした形が定まっていない。それでは取り出しようがないが、それならば毒の個体を取り出せばいい。つまり、毒が入った内臓だ。

 もともと、ヘラクレスもヒュドラの毒は内臓から胆汁を矢に塗り使用していたという。

 ならば、士郎は内臓を投影しようとする。だが、内臓どころか生物を投影するというのは前代未聞の試みだ。今までで生物を投影しようなどした人は誰一人としていないだろう。それはエミヤの記憶を投影で通して見た士郎も判っていることだ。

 果たして成功するのか。否、成功しなければならない。さもないと本当にここで終わりだ。

 士郎は死ぬほど全力で集中する。ヒュドラの毒が入っている内臓を読み取り構造、質、組み合わせ、それらを読み取り解析する。服の糸を一本一本丁寧に縫い上げるような、繊細で透明度のある一ミリにも満たない厚さの硝子を扱うような、そんな慎重さで創造していく。途中何度も頭から火花が弾けるそうな感覚に苛まれる。

 

「■■■■■■■■■■■!!!」

 

「はぁぁッ!!」

 

 アルトリアたちの雄叫びが聞こえる。

 

「ぐぅっ! どれだけ激しさを増していくというのだっ」

 

「ああ〜もうっ! 私の宝石もそろそろ限界だっていうのに…!」

 

 エミヤたちも相当苦しそうだ。これ以上時間はかけていられない。一刻も早く終わらさねければ…

 

「う、ぐぐぐぐっ!! うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 そして、ついに全行程が終わり、士郎から魔力の流動し噴出すると、その魔力は一つの形に成り代わっていく。ヒュドラの内臓が士郎の手に握られる。

 

「…! で、できた…! やっぱり本物のようにいかないけど、できた!! アーチャー師匠!!」

 

「むっ…! できたのか! 流石だな。では、」

 

「うん。頼む、アーチャー師匠」

 

「ああ、言われずとも。私のクラスを忘れたわけではあるまい」

 

 士郎はエミヤにヒュドラの内臓を渡す。これをエミヤの矢に塗り、ヘラクレスを射止めてもらうためだ。エミヤも士郎の思惑を察して弓と矢を用意する。

 

「さて、これは慎重にならねばな」

 

 毒矢は一本しかない。もしこれ以上造るとしても造るだけの時間はもうない。

 

(チャンスは一回だけ。アーチャー師匠なら外さない。アイツはわざわざこんなところまで変えるとは思わない。アイツはできる限りは変化は少なくするはずだ)

 

 いくら偽物の世界、偽物の住人といえども『この世全ての悪(アンリマユ)』は基本的にはその人物の能力、人格を極力変えることはない。あのヘラクレスのような例外を除けば。

 

(だから、これで、今度こそ終わりだ…!)

 

 勝利を確信する。ヒュドラの毒はそれだけですさまじい毒だ。ヒュドラの毒に苦しめられたのはヘラクレスだけではない。あの射手座となっている大賢者ケイローンもこの毒に苦しめられ命を捨てたという。ギリシャの中でもとりわけ強いこれら大英雄二人を苦しめた猛毒だ。効かないはずがない。

 

「………」

 

 エミヤはゆっくりと狙いを定める。今ヘラクレスはアルトリアと目にも止まらないほどの速さで動き回っている。この速さで射抜くことができるのはそれこそアーチャークラスの者だけだろう。士郎もその様子を固唾を飲んで眺めている。

 そして、

 

「…! 射った!」

 

 遂にヘラクレスを射止める一矢が放たれた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
ようやくバーサーカー戦も終わりが見えてきました〜。この小説が終わったら、FGOの話も書きたいな〜。多分無理だけどね。
では、また次回お会いしましょう。

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