Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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続けて二話目。割と急展開と言えば急展開なのでそこはご勘弁を。


第一夜-運命の夜-

「スゥ…スゥ…んんぅ」

 

 朝日が射し込む部屋。その部屋で幼い少年は気持ち良さそうに畳の上に敷かれた布団の中で寝息を立ている。

 

「…士郎くん、士郎くん、朝ですよ。早く起きないと学校に遅れちゃいますよ」

 

 パタパタと小刻み良く聞こえる足音が聞こえたと思えば、襖を静かに開けて誰かが入って来た。それは、長い紫色の髪と明るいベージュ色の制服を着た儚い雰囲気を纏った少女。

 

「んんっ、んむぅ。もう、ちょっと〜」

 

「ダメですよ。早く起きないとご飯冷めちゃいますよ」

 

 士郎を揺すって起こそうとしているが、一向に起きる気配も無し。なので、ついため息が出てしまうが、これもいつものことなのか仕方ない、と少女は部屋から出て行く。

 少女が部屋から出ると士郎の部屋はまた静寂に包まれたが、次の瞬間、

 

「おっきろー!! しろー!!」

 

「うわぁ!?」

 

 ダダダダーと騒がしい足音が聞こえ、襖をスタンといい音がなるほど勢いよく開けた人物は士郎の布団を強制的に剥ぎ取る。布団を剥ぎ取られた士郎はゴロゴロとw転がる。壁には当たらなかったが、硬い畳の上を転がったから痛そうだ。

 

「うう、ふじねえちゃん。いつも言ってるけどいきなり布団から転がさないでよ!」

 

「早く起きない士郎が悪いんですー。私は桜ちゃんに頼まれて士郎を起こしに来たんだからね! そうでもしないと起きようとしない士郎が悪い! 反省なさい!」

 

 フンスッ! と仁王立ちで寝ぼけ目の士郎の前に立って叱っている女性は虎柄のシャツが特徴的な、通称冬木の虎こと藤村 大河。士郎の姉貴分であり、士郎がもっと小さい頃から世話になっている保護者のような存在である。

 

「二回も言わなくったってわかってるよ」

 

「まあ〜、士郎ってば。こんなにもませちゃって〜、このこの〜!」

 

「うわっ! やめろよ、ふじねえちゃん!」

 

 冗談半分本気半分といった拳骨で頭をグリグリとされる。少しの間それが続いたが、台所から朝食の匂いが漂ってきた瞬間、大河は目を光らして「あっさごっはん~!」と士郎を離し、急ぎ居間へと直行する。

 残った士郎は不貞腐れながら朝食を食べに大河が走って行った方へと歩いて行く。

 

「わーい♪桜ちゃんの朝ご飯だー!」

 

 士郎が居間に着いた頃には大河はすでにテーブルの周りにある座布団に座っており、先程の紫色の髪の少女、間桐 桜はエプロンを着けて、できた朝食をテーブルの上に置いていた。

 

「あっ、士郎くん。起きたんですね」

 

「うん。ごめんさくらねえちゃん。おれが作らなきゃいけないのに」

 

 士郎は大河と同じく座布団に座る。

 本来、この家では士郎が料理担当である。こんな幼い子が? と思うかもしれないが、それに関しては追々。

 

「ううん。大丈夫だよ、士郎くん。お姉ちゃんはお料理が大好きだからね」

 

 優しく、慈愛に満ちた母の様にそう言ってくれる桜に士郎は頭が上がらない思いだ。

 桜は少し前にこの家に頻繁に居り浸るようになった。士郎にとっては大河に続く第二の姉のような存在である。

 

「…ありがとう、さくらねえちゃん」

 

「ん、どういたしまして」

 

 にっこりと、花が咲いたような笑顔で言う桜。士郎もそれを「うんっ」と、笑顔で応える。

 

「ふぁーひふぉー、ふぁふぁひにふぁふぁーんふぁにふぁふぁひへー」

 

 口に大量の食事を含みながら話す大河。ちなみに、何故桜にはそんなに素直なのかと言っているようだ。

 

「さくらねえちゃんはふじねえちゃんよりも優しいからだ! 後、食べながらそんなにしゃべるな!」

 

「まあまあ、士郎くん。藤村先生も食べながらお話したら口の中からこぼれちゃいますよ」

 

「む〜、桜ちゃんがそう言うなら仕方ない。モゴモゴ」

 

 最早、朝の衛宮邸では日常茶飯事のこの光景。これだけ円満な家庭ではあるが、あの時士郎を引き取った衛宮 切嗣だけがここにいない。彼が何故いない理由は至極簡単、亡くなったのだ。士郎が今より幼い時に。原因は不明、徐々に体が衰退していったのだ。

 それからというものの、士郎は一時涙を流し悲しんでいたが、悲しんでばかりはいられず、いつでも一人暮らしができるよう5歳の頃より料理を自分で調べて読めない漢字は大河や藤村家の人に聞き、少しずつ上手くなっていった。そして、今では家庭料理としては一人前と言えるほど上手くなった。

 

「それじゃ、士郎をよろしくね桜ちゃん」

 

「はい。ではまた後で、藤村先生」

 

「行ってらっしゃい。ふじねえちゃん」

 

 大河は学校の教師である。その学校名は穂群原学園、桜が通い、士郎も小等部で通っている学校である。

 

「さ、士郎くん。私達も行こっか」

 

 桜にそう促された士郎は「うん」と返事をして、部屋からランドセルを背負って、準備がすでにできている桜と手を繋いで二人は登校する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、放課後が過ぎた頃、今日士郎は居残ってやらなければいけないことがあり帰りが遅くなった。

 もう外は完全に夜になっており、小学生が外にいていい時間ではない。それなのに、士郎はまだ帰ってない。何故まだ帰っていないのかというと、掃除をしていたからだ。その掃除場所は桜達弓道部が部室として使っている弓道場だ。

 何故士郎がここを掃除していたのか、それは誰かに頼まれたとかそういうわけではない。士郎が自主的にやっていることだ。

 士郎はいつもここで桜が弓の練習をしているのを知っていた。また、兄にイジメに遭っているのも知っている。そんな桜を士郎は助けてあげたいと長い間思っていたが、小学生がどれほど(あらが)ったところで高校生に勝ち目はない。それでも士郎は助けたかった。士郎は、嘗て自分を拾ってくれた恩人と同じ正義の味方に憧れているのだから。

 だが、幼い士郎にはなにもできなかった。一度桜の兄に挑んだことはあったが、軽くあしらわれた末、容赦無く顔を殴られ、桜や大河に心配をかけてしまった。それからはというもの、せめて手伝いでもいいから何かできないかと思い、今に至る。故に、このことは誰にも秘密だ。

 

「よしっ、これで綺麗になったな」

 

 最後にぐるりと見回し見落としがないか確かめる。

 一通り確かめた士郎は帰るために外に置いておいたランドセルを取りに行こうとするが、その時、鋭い金属音が聞こえた。何だろう、と士郎は音のした方へと顔を向ける。聞こえてくるのは、すぐそこにある穂群原学園高等部の学校のグラウンドからだ。士郎は道場から出て外の様子を見に行く。

 鋭い金属音はそれからも不規則になり続ける。時には断続的に、時には連続して細く鳴る。

 何をやっているのか全く予想ができずに、グラウンドの周りに少しだけある木々に隠れて士郎は覗き見する。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「え、なに…あれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

「くっ…!」

 

 暗い夜の学校のグランドにて、そこでは白と黒の中華刀を持った赤い男とその大柄の体と同じくらい大きい大剣を持ち、背中だけ開けた鎧を身に纏った男が戦っていた。それも通常の人間ができるとは思えない、まさに昔読んだことがあった伝説や神話の世界のようであった。

 そして、その傍で一人の少女がその戦いを見守っている。黒髮のツインテールが特徴の桜とそんなに変わらなさそうな歳の少女だ。

 名を遠坂 凛。魔術師御三家の一つ遠坂の名を継ぐ正当な魔術師。

 

(…これが、サーヴァントの戦い…!)

 

「弓兵が剣で渡り合えるとは…。お前は一体…」

 

 動きを止め大剣を構えたまま剣士は紅い外套の中に黒いアーマーを着込んだ白髪褐色肌の男性に聞く。

 

「そういう貴様は解りやすいな。その背中が開いた鎧、そんな特徴的な鎧を着、魔剣グラムを原点にしたであろうその剣を持つ英雄と言えば、ただ一人」

 

 淡々と褐色の男性が語ったことは、剣士の名前に関する証拠らしかった。

 

「…俺が誰か解ったというのか。その観察眼敬意を評する」

 

 剣士は大剣を正面に両手で持ち、降り下ろす構えになる。

 

「(…! この魔力の集まりよう、まさか…!)宝具を撃つつもり!?」

 

 凜は剣士が持っている剣に集まる魔力を見て何をしようとしているのか察する。

 

「これもマスターの命だ。――行くぞっ‼」

 

「避けはしない。いずれ越えねばならない壁だ。受けきって見せよう」

 

 一触即発。どちらかが少しでも動けば終わる中、動き始めた剣士がその大剣を降り下ろそうとした。その時、

 

「――何者だ…!」

 

 剣士は今この場で見えている者以外の人物がいることに気づき声と共に振り返る。すると、覗いていたであろう人物は気づかれたからか逃げ出す。

 

「うそ、まだ帰ってない人がいたの…!?」

 

 凜が信じられないと唖然としている間にも剣士は目撃者を排除しようと逃げた者を追いかける。

 

「あっ! いけない…! 追いかけないと!!」

 

 このままではあの者は殺されると思い、凜は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのもう一人とはもちろん、士郎のことである。

 士郎は見つかってこちらを振り返った剣士を見て、咄嗟にすぐそこにあった桜達が通っている学校の中に逃げ込んだ。

 何故こんな追い詰められそうな場所に入っていったのかは判らない。だが、今はそんなことを考えている暇はない。

 そのまま転びそうになりながら廊下を必死に走り、階段を上って逃げ切ろうとする。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 後ろは振り向かない。一瞬でも振り返ればあの鋭利な剣が襲って来るかもしれないからだ。

 だからこそ、逃げれるだけ逃げようと走りまくる。

 

「はぁ、はぁ…はぁ…はぁ」

 

 しばらくの間走り続け、もう逃げ切れたかなと、初めて後ろを振り返ると、

 

「…………」

 

 静かな廊下の風景しか見えない。

 士郎は逃げ切れた、とホッと一息吐きつつ、少しだけ前進する。すると、

 

「うわっ!」

 

 細く固い柱にぶつかった。

 なんでこんな廊下の真ん中に、と前を確認すると、それは柱等ではなく人の脚だった。士郎は嫌な予感がして視線を上へと移動させると、

 

「…!! そ、そんな…!」

 

「…その様な小さな成りでよくここまで逃げれたな」

 

 あの大剣を持った剣士が目の前にいた。

 

「すまない。これも宿命だ。その命貰おう」

 

「う、うわ――」

 

 剣を構えて斬りかかろうとする剣士を見て士郎は声をあげてまた逃げようとする。しかし、向こうの方が速い。

 

「さらばだ」

 

 そして、士郎の胸に大剣が突き刺さる。

 

「――あ、」

 

 士郎は一瞬だけきた痛みに叫ぼうとしたが、その前に絶命する。

 

「…俺は…本当に、このような…。…言われずとも解ってる。これも俺の役目なのだろう」

 

 剣士は一人言を言っているのかわからないが、士郎が死んだのを確認したのち、すぅっと粒子のようになって消える。

 

「…! …! はぁ、はぁ」

 

 少しして、静かになった士郎の死体が横たわる廊下に、走って疲れたのか多少息切れしながら凜がやって来た。

 そして、士郎の死体を見て絶句する。

 

「うそ、なんでこんな子供が。息は…! …そんな、いくらなんでも子供をこんな…」

 

 凜は今目の前の光景に言葉が途切れ途切れになっていた。いくらなんでも残酷だと思ったのだ。

 聖杯戦争、魔術師七人がそれぞれ七騎の英霊を喚び殺し合い、聖杯を奪い合う戦争。

 これは一般人には極秘に行っている神聖な儀式であるので、たとえ子供であろうと神秘を護るため目撃者は容赦なく消される。今のこの士郎のように。

 本来であれば凜もその魔術師としてそう決断しなければいけなかった。だが、

 

「こんなの間違ってる…! そうよ、まだ手はある」

 

 彼女は甘かった。魔術師としては致命的に。それでも、凜は助けたかった。こんな幼い子をみすみす死なせるわけにはいかないと、彼女は服の内側に隠していた手のひらサイズの紅い宝石を取り出す。それは代々宝石魔術を得意とする遠坂家に伝わる魔力が籠った宝石、その中でも一際魔力量が多く籠った宝石だ。凜はこれを士郎の穴が空き、血が出てきている胸の上でぶら下げ、その魔力を士郎に送る。

 

「お願い…!」

 

 そう念じながら凜は一つ一つほつれた糸をほどくように魔力を操作する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううん。…あれ? おれこんなとこでなにしてたっけ?」

 

 固い床から起き上がった士郎は周りを見渡す。ここは学校の廊下だ。ただ、士郎がいつも通っている学校ではない。

 ふと、床に視線を下げると、そこにはおびただしい赤黒い血の跡が。

 

「うわぁっ! なんでこんなのが…って…」

 

 その跡を見てようやく思い出す。あの時殺されたことに。

 だったらなんで今自分はここにいるのか、ここはあの世なのか? しかし、自分の心臓からはドクドクと血を流している音が聞こえる。

 一体なんでだと思いながら立ち上がった時、何かが体から滑り落ちた。士郎はなんだろうと拾い上げれば、それは宝石だった。赤く、士郎の小さな手のひらでは溢れそうなくらい大きい丁寧に磨かれた宝石のペンダントだ。

 

「…もしかしてこれを使っておれを助けてくれたのかな?」

 

 もしそうなら必ずお礼を言わなきゃと、この宝石の使用者に感謝して士郎は立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、士郎は夜道を一人歩き無事家へ何事もなく帰った。家に入った士郎は真っ暗なまま電気を点けず居間で一息つく。

 今日は桜も大河もいないようだ。士郎はそれには良かったと思っている。帰りの途中に気づいたが、今士郎が着ている服の左胸辺りに血の跡がベットリと付いており、更には大きな穴が空いてしまっているのだ。こんなのをあの二人が見ればなにを言ってくるかわかったもんじゃない。士郎はもう二人に心配をかけたくないのだ。

 とはいえ、それは無理な話だろう。あの士郎ならば、正義の味方ならば危険に遭わずにはいられない。

 士郎は幼く、まだ自分がそういう矛盾している事を理解しきれてはいないが、それでもなんとなくそうなんじゃないかとは思っている。

 とにかくだ、今日はもう寝て夜明けを待ちたかった。士郎は普通に振舞っているものの、恐怖心が湧いてしまっているのだ。それを忘れたく早く寝たいし眠気も酷い。なので、ふらふらと立ち上がろうとした、その時、

 

「!」

 

 あちこちからよさこいで使う鳴子のような音が聞こえてくる。怪奇現象ではない。これは衛宮 切嗣が仕掛けていった侵入者を知らせる警報だ。もちろん、そのことは士郎も知っている。故に士郎はまたあの剣士が来たのではないかと一気に体が恐怖心に襲われる。だが、恐怖心なんてのにやられちゃ正義の味方失格だと頰を叩いて己を奮い立たせ、まずはどこか隠れていられる場所を探すが、

 

「―!」

 

 それは突如天井からやって来た。

 

「うわぁっ」

 

 例の剣士が士郎を一度は殺した剣で上から突き刺そうと襲って来たが、間一髪でどうにか逃れる。

 天井を突き破った訳ではない。英霊には霊体化という能力が備わっている。それは戦闘はおろか、物にも触れることができなくなる代わりに、そこにいるだけで消費する魔力を抑え、視認されることもなくなるため、昼の間は基本霊体化で自身のマスターである魔術師の側にいたりする。

 この剣の英霊も霊体化で警報にはバレても士郎にはバレずに上から襲って来たのだ。

 

「…まさか、同じ人間を二度殺さねばならんとは」

 

 突き刺してきた剣を抜きながら淡々とした口調で言うが、士郎はそれが怖くて仕方ない。さっきはどうにか動けたものの、いざ前にすると、その恐怖心は侮れない。

 

「…俺が、怖いか?」

 

「こ、怖いわけあるかッ!!」

 

 剣士にそう言われ反射的に否定する士郎だが、その声もすでに恐怖に染まっている。しかし、それでも士郎は立ち上がろうとする。

 

「…たとえそれが虚勢であっても、恐怖に晒されても、立ち上がろうとするその心構え。敬意を払う。

 おそらく将来は大物になったに違いない。それが今ここで潰えてしまうのは俺としても不本意だ。そして、俺の意にも沿わない。だが、マスターの命には逆らえない。

 せめても抗って見せてくれ、それがせめてもの慰めになる」

 

 そう剣士が言い終わるのが合図だったのか、剣が振り下ろされる。士郎はどうにか体を転がして躱し、家の外に出ようと窓を突き破ろうとするが、幼い士郎の力ではいかに窓ガラスといえどなかなか割れない。そうしているうちに剣士は迫って来て首を狙って剣を横薙ぎに振るう。

 

「―っ! うわっ!」

 

 身を屈めて躱す。士郎の身長はそこまでないので、身を屈めたといっても、実際にはそこまで低くなってなく。剣は屈んだ士郎の頭上、十数センチあるかないかを斬っていた。

 躱された剣士はよくもこう躱し続けるなと、関心している。だが、感心したからと言って士郎を殺すことに変わりはない。ゆっくりと重そうな大剣を片手で上げ士郎を捉える。

 士郎はどうすればいいか考えている、と後ろの窓ガラスに今にも割れそうなくらいのヒビが入っているということに気づいた。先ほどの剣士の一撃でヒビが入ったのだろう。それに気づいた士郎は剣が振り下ろされる前に今度こそ窓ガラスを割って外に出る。

 

「…あそこからああも動こうと思えるとは、肝が据わっているな。それに、先ほどから思ってはいたが、大した魔力だ。魔術も無しでこうも莫大な魔力を感じるほどとは。あの幼な子がマスターであれば、俺は生前とほぼ変わらない力を出せただろう」

 

 剣士はそんな事をつぶやきながら士郎が小さく割った窓を全て割り、できた大穴を通り歩きながら士郎を追う。

 

「はぁ、はぁ(どうしよう、どうしよう)」

 

 士郎は外に出てからは家のすぐ側にある物置となっている土蔵に入る。

 

(なにか、ここになにか)

 

 士郎は乱雑と置いてあるガラクタからなにか武器になるような物を探すが。

 

「―!!」

 

 一閃、士郎の横顔を掠めた物があった。それはあの剣士が持っていた剣だった。

 

「そこまでだ。なかなかの機転だった。その志、そして魔力量、お前がマスターとなり名のある英雄を呼べば間違いなくこの聖杯戦争に勝利していただろう。そして、名を馳せる大魔術師にもなっていたに違いない」

 

「う…マス、ター? 聖杯、戦争?」

 

「なんだ、知らないのか? と言っても、ここまで幼いのだ。知られてなくても不自然ではないか。しかし、そうだとしても、お前は今ここで死ぬ運命(さだめ)

 

 剣士は今度こそ仕留めると言わんばかりに、切っ先を一直線に士郎に向ける。士郎は今度こそもうだめだと、諦めかける。だが、

 

「――ふっ…ざけるな。なんでおれはこんなところで死ななきゃいけない。おれはまだ何もしてない。まだジイさんとの約束を、夢をはたしてない…!」

 

 かつて、切嗣と約束したことを思い出し、それが士郎を奮い立たせた。

 

「………」

 

 士郎の言葉には力がない。だが、士郎の言った夢という言葉、それは剣士に届いた。

 いつか自分も夢を見た。剣士はこの少年にかつての自分が重なって見えたような気がした。そして、

 

「おれは、こんなところで死んじゃいけない。死んじゃだめなんだ。ジイさんのためにも、何よりおれがなりたいんだ…! 正義の味方に…!!!」

 

「―!!」

 

 かつての自分と同じ夢を見ていた。

 

「――っ! ハァ!!」

 

 剣士はもう士郎の話を聞いていられなかった。これ以上聞けば剣先が鈍くなりそうだったからだ。かつての自分を殺してしまうようで。

 剣士が出した一撃に士郎は目を瞑って、くるであろう痛みに耐えようとした。

 

「……ッ!!」

 

 ――だが、奇跡が起こった。

 

「なにっ…! 七人目のサーヴァントだと…!?」

 

 突然土蔵の奥が光り出し、そこから出て来たそれは、槍を構え士郎と剣士の間に入られ、剣士は後退せずにいられなくなる。

 士郎も何が起こったのかわからない。ただ、痛みがこないということは、剣に貫かれることがなかったということだ。おそるおそる目を開けてみれば、

 

「え…」

 

 そこにいたのは、聖槍とでも言うべき輝かしい槍を携え、赤いマントと西洋の鎧と獅子を思わせるフルフェイスの兜を被った英雄がいた。

 士郎は唐突に現れた騎士に目を白黒させていた。一体この騎士は何者なのか。士郎を守ってくれたのか。それとも別の理由か。わからないことだらけで、もう考える気にもなれなかった。

 すると、目の前にいる騎士は士郎の方へと向きを変える。

 

「サーヴァント、ランサー。召喚に応じ参上した。問おう――」

 

 向きをこちらに変えた騎士はおもむろに兜を取る。するとうかがい知れた顔は、

 

「――貴方が私のマスターか」

 

 月の光が反射するほどに綺麗な金色の髪とそれに見合う美貌を持った美しい女性であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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