Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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さてさて、これはもういい加減突っ込むべきか悩みましたが、突っ込みます。なんで、新しい話投稿する度にお気に入り数がごっそりと減るんでしょうか…
そんなお気に入り削除するくらいなら最初からお気に入りにするなー!!
と最近気分が悪く暴走気味なウェズンでした。
始まります。


第十六夜-無限の剣製-

『先日の夜に崩壊したと思われる新都の橋ですが―――』

 

 メドゥーサとの戦いが終わった次の日の朝。士郎は居間で座布団の上に座りながら、テレビとにらみ合っていた。

 テレビには高い場所から映した、あの決壊した橋の映像とその現場を説明しているニュースキャスターが映っている。こうして上から見るとどれだけ酷く壊れたのかがよくわかる。

 

「…………あっ」

 

『では続きまして、次のニュースに入ります』

 

 と思っていたら、もうニュースが替わってしまった。あの戦いで壊れたのは橋だけではないはずなのだが、そのことについては一切触れることがなかった。

 

「昨日の戦場なんて見てどうかしたの?」

 

「あっ、りん。うん、ちょっとね」

 

 昨日の夜、士郎達は帰宅した後、待っていたように居間で座っていた凛に慎二との決着について報せた。それを聞いた凛は満足したように頷いて、「よくやったじゃない、士郎」と士郎の頭を撫でて言った。士郎はそれに少し照れ臭そうに顔を赤らめていたら、何故かアルトリアからも抱きしめられながら頭を撫でられた。

 

「それにしても、結構ハデに壊れていたわね〜あの橋」

 

「うん。あれライダーの宝具で壊れたんだ。かなり威力が高かったよ」

 

 呆れるように腰に手を当てて言う凛に、士郎はテレビに指をさしてそう返す。

 

「へぇ。あれライダーの宝具なんだ。あんなに壊れていたってことは、大体A++ってとこかしら。かなり強いわね、それ」

 

 凛がそう言うと、士郎は何か判らないところでもあったのか首を傾げる。

 

「? A++って、何?」

 

「ん? ああ、えっとね、A++っていうのはね、サーヴァント達のステータスを数値化してランク付けしたものよ。ちなみに、A++は魔法にほぼほぼ近いレベルね」

 

 士郎はそれに「えっ」と反応する。

 それはつまり、あの時メドゥーサの宝具に打ち勝ったアルトリアの宝具は同等かそれ以上のランクという訳だ。そう思うと今更であるが、アルトリアは強い。これが、騎士の頂点、騎士王の実力。そんなものを自分の使い魔としていることに、士郎は畏怖の念を感じ得ない。「やっぱり、メドゥーサって強いのね〜」と凛は呑気にそんなことを言っているが、士郎の耳に入ってこない。

 

「……………」

 

「ねえ、士郎」

 

 そのことで思うところでもあったのか、思案していると、キョロキョロとしていた凛が呼びかけてきた。ハッとなって何かと聞き返せば、

 

「今日はランサー見当たらないけど、どうしたの?」

 

「えっ? ああ。アルト…えっと、ランサーなら…ランサー、なら今、屋根の上で…アーチャー師匠、と話してる…」

 

「…ああ」

 

 徐々に元気が無くなってきた士郎を見て凛は何か察したような顔になる。

 

(はぁ。全く、ぞっこんね〜。そんなにランサーのことが好きなのね。…判っているのかしら、この戦争が終わったら…)

 

 この戦争が終わればどうなるか、凛はその時を思い浮かべる。

 士郎がこの事をよく判っているかは凛には判らない。だが、あの士郎のことだ。もしかしたら気づいているかもしれない。凛は今聞いておくべきか悩むが、判断がつかない以上、これはその時まで話さないでおこうと思う。

 

(それはそうと、ランサーで少し思い出したけど、ランサーの真名って本当にあれでいいのかしら? もし本当にそうだったらセイバーとしてしか呼ばれなさそうだけど。

 まあ、確かに最期では槍を使っていたしね。ランサーでもあり得ない話じゃないわね。…そうなると、本当に大英雄だわ。よくそんな強いサーヴァントを聖遺物無しで召喚できたわね)

 

「シロウ。少しよろしいでしょうか」

 

 噂をすれば影。凛がアルトリアについて考えていると、士郎を訪ねにやってくる。

 

「うん。大丈夫だよ。どうかしたの?」

 

「はい。昨日は急な話がありましたのでできませんでしたが、今日なら大丈夫だろうとアーチャーとあの話をしていました」

 

 あの話、と聞いて、士郎は少し体が強張った。アルトリアの口振りからしてその了承が取れたということだろう。つまり、いよいよ覚悟が決まる時が来たということだ。

 

「…判った。おれは道場に行けばいいの?」

 

「はい。では行きましょうか」

 

 そう言って、士郎は緊張で重くなっている足を動かして移動する。

 

「…え? なに、私置いてけぼり!?」

 

 凛を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む…来たか。…ほう、確かに以前とは違う顔つきだな」

 

 道場に入るなり、エミヤは仁王立ちのままその様なことを言って来た。

 

「ええ。先ほども言いました様に今度の彼は今までと違いますよ」

 

「フッ。些か親バカなところでもあったのか、と思っていたが、どうやら違うらしいな」

 

 まるで挑発するように煽るエミヤ。アルトリアはそれに乗ることはなく、真っ向から立ち向かう。

 

「当然です。私のマスターは日々精進するお方です。いつまでも弱いままだと思わないでください」

 

「ククッ、おかしなものだ。彼の人の心が判らない王とは思えない発言だな。よほど自分のマスターが気に入っていると見える」

 

 エミヤが言うように、生前親心を出せなかった影響か、士郎のことを語るアルトリアの姿は、まるで成長した子供を自慢する親そのものだ。

 

「ええ。私のマスターはとても素晴らしい子ですから」

 

「…よろしい。ならば早速始めようか、衛宮 士郎」

 

「う、うん(…なんか、おれが戦う雰囲気じゃなかったような)」

 

 道場に掛けてある竹刀を持って定位置に着いたエミヤより前方、少し離れた場所に士郎は立つ。

 緊張が周囲に奔る。今からすることは決して遊びなどではないと報せるように。

 

「それでは、――開始だ」

 

 そう言うと同時に、周囲の緊張が殺気に変化した。それは、いつか感じた手加減無用のエミヤが出す本気の殺気だった。

 

「…っ!」

 

 やはり士郎は足がすくんでしまう。だが、拳を握り締め、歯を食い縛って身体が動かなくなることだけは避ける。

 

「…っ! 投影(トレース)開始(オン)!」

 

 そして、士郎は恐怖心に勝たんがためにイメージに一点集中し、乱れることの無く一対の双剣を出す。

 これを見てエミヤは、確かに成長が感じられるな、と思う。

 

「…動かなくなることはなくなったか。よろしい、では…行くぞ!!」

 

 エミヤは竹刀を構え、一気に振り下ろす。

 凄まじい速さで迫ってくるそれに士郎は怯えず、臆すこともなくしっかりと見切り、金属が弾ける音を響かせる。

 

「うぐっ…!」

 

 しかし、その一撃はあまりにも重い。たとえ手加減をしていてもそれは重く、鋭い。この殺気も相まって相手が持っているのが竹刀でも本当に斬ることができるのでは、と思わせる程だ。

 

「う、ぐっぅぅ…! ああああぁぁぁ!!」

 

 士郎は完全に押さえ込まれる寸前、エミヤを解析魔術で解析した(見た)

 

「…!」

 

 今の筋力ではエミヤに到底敵わない。ならば、今のエミヤと互角の筋力を身につければいいと考える。

 エミヤの身体構造を全て読み取った士郎は、投影魔術で自身に写す――

 

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「なに…!?」

 

 あまりにもイメージがしやすいそれを、全て隈なく写し取った士郎は両腕に力を込め、エミヤを一気に押し返す。

 急激な筋力増強にエミヤは驚いて、たたらを踏みながら飛び退く。

 

(今のは…! 私の筋力を解析して憑依経験で写したのか…! なんという無茶を…!)

 

 まだまだ弱く幼い身体で曲がりなりにも英霊の力を投影することは自殺行為に近い。このままでは士郎が死んでしまうかと思ったエミヤだが、

 

「ぐっ、あああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! ッ!!! ぐっ、うぅ…!!」

 

 士郎はエミヤの殺気を押し返すほどの気合いを入れて痛みに耐えきる。今ので身体は一気に軋み、崩壊しようとしているが、それを根性で士郎は乗り越えようとしていた。

 

「なっ…!?(バカな…! 今のを耐えきったと言うのか…!? あれほどの負担を堪えるなど物理的に不可能…いや、待て…!)」

 

「がっ…!! ぐっ、うっ…!!」

 

 エミヤは士郎と同じく士郎を解析する。すると、士郎の体の中で何かが輝き、それが士郎の体の崩壊を防いでいた。それはエミヤもよく知り得るものだ。

 なるほど、確かにこれならば耐えれてもおかしくない。だが、それでも疑問は出る。

 しかし、今はそんなことより、士郎は英霊の力を写し取るということがどういうことか判っていたはずだ。それでも、士郎はエミヤに勝つために自身に最大級の負荷をかける。それほどまでに覚悟ができていたのだ。

 

「…なるほど、どうやら本当に以前と違うらしいな。では、こちらも少し本気を出そう」

 

 そう言うと同時にエミヤは竹刀を捨てる。

 竹刀を捨てたエミヤを見て、士郎は身構える。判っているからだ。竹刀を捨てた、つまりエミヤも自分と同じ投影魔術で臨むということ――

 

「――行くぞ」

 

 エミヤは瞬時に『干将・莫耶』を両手に持ち、一歩を力強く踏み込み、斬りかかる。

 

「…っ!!」

 

 あれは完全に自分を殺しにかかっている。その刃は必ず士郎の体を真っ二つにする。そう予感ができたと同時に体から冷や汗が流れ出す。

 刃が迫ってくる。後少しというところで、士郎はハッとなって足を踏ん張り防いだが、身体が悲鳴をあげる。

 

「うっ…! ぐっ」

 

「ほう。完全に殺されると思っても、意識を保ち防いだか。

 いい成長だ。これであれば、戦場に立って戦うこともできるであろう。では、もう一撃は、どうだ――?」

 

 しかし、士郎が防いだのはあくまでも『干将・莫耶』の片方。それを士郎は両方の『干将・莫耶』で防いでいるため、続けてやってくる一撃を防ぐ手段がない。とそう思っている間にも、刃が迫ってきていた。

 

「…! うがぁ!!」

 

 士郎は身体が崩壊することを気にせず、一瞬だけ全筋力を押し出す力に変え、体を一気に前に押し出してエミヤの剣を弾き飛ばし、距離を取ることで避ける。

 

「はぁ、はぁ、っ! ぐっ…! がっ…!」

 

「…随分と無茶なことをするな。もう貴様の身体は限界に近い。そのまま続ければ――死ぬぞ」

 

 満身創痍で今にも崩壊しかけている身体になっていれば、自ずと心も弱まってくる。その隙にエミヤは死ぬ、ということを強調し、その恐怖を心に刻み付けようとする。だが、

 

「はぁ、はぁ、…だったらなんだよ」

 

「…何?」

 

 士郎はそれでは怯えはしない。なぜなら、

 

「そんな、死ぬことに怖がっていたら、おれは一生正義の味方になんて、なれない…! はぁ、はぁ」

 

 怯えては正義の味方になれないと判っているから、士郎は今まで弱かった自分を独白するように、一つ一つ息絶え絶えながら言葉を紡ぐ。

 

「…判ってるんだ。おれは臆病だ。あんなこと言ってながらさ、全く覚悟も持たないでおれは戦っていた。はぁ、はぁ。ライダーと戦う時もそうだった。おれはアルトリアを助けたかったのに、結局何もできないで任せっぱなしだった。はぁ、はぁ。おれは…! 正義の味方として、これは参加しなきゃって思っていただけだった…!

 そして、判っていなかった…戦うっていうことがどれくらい怖いのか、それでどれだけ犠牲が出るのか。おれは全然判っていなかった…!」

 

 悔しそうに言う様は、まるで初めて戦争を経験した新人の軍人だった。

 士郎のその姿を見て、エミヤはやはり自分とは違う、と思った。なぜなら、実際のところ、この士郎の覚悟は本来の衛宮 士郎が既に持っていたものだった。ここの士郎は幼い故か、はたまた特異な存在だからか、まだその覚悟が持てていなかったのだ。

 

「…ほう。ようやくそこに至ったか。それで、貴様はそれを判っていながらも戦うと」

 

「当然だ! はぁ、はぁ、おれは、戦う! どんなに苦しくっても、おれは正義の味方として、戦うって…覚悟を決めたんだ‼」

 

 今の士郎は、エミヤから見て、まだかつての若い自分だった。そして、ここまでこれたというのであれば、もうあれを見せてもいいだろうと思う。

 

「…よろしい。それだけの覚悟が持てたと言うのであれば、お前に『現実』を見せてやろう」

 

「――え?」

 

 エミヤが言い出したことがなんのことか判らず、士郎は疑問符が浮かぶ。

 エミヤはそんなのはお構いなしに、突然詠唱を始める。それは、詠唱というより、ある一人の人生を謳った詩みたいだった。

 

「―――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている )

 Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子 )

 

 その言葉の意味は英語ができない士郎では判らない。

 

I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗 )

 Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく )

 

 だが、何故かその言葉は士郎の頭の中に入るのは容易だった。

 

Nor known to Life.(ただの一度も理解されない )

 Have withstood pain to create many weapons. (彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う )

 

(…なんだろう。何を言っているのか判らないのに…)

 

 判らない筈なのに、何故かそこに宿る悲しみだけは感じ取れる。

 

Yet, those hands will never hold anything.(故に、その生涯に意味はなく )

 So as I pray,(その体は)―――」

 

 士郎は胸を締め付けられるような思いで、その詩の最後を締めくくる一節を聴く。そして――

 

「―――UNLIMITED BLADE WORKS.(きっと剣で出来ていた )

 

 ――その瞬間、世界が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん。…あれ? おれは一体……!」

 

「…これは」

 

「………………」

 

 士郎はエミヤの詠唱が終わると同時に襲いかかって来た炎に焼かれると思い、腕で庇い目を瞑っていたのだが、熱さは微塵も感じず目を開けてみれば、そこは剣の丘とでも言うべき荒野だった。

 無数の剣が突き刺さっている丘に動いている歯車が曇で覆われている空に掛かっている。

 今この場にいるのは士郎を含め三人。その三人は士郎にエミヤ、アルトリアだ。この内、エミヤはこの丘で一番高い位置で立って士郎を見下ろしている。

 

「これって…」

 

「―――どうだ、この世界は」

 

 士郎が何か言いかけたのをエミヤが遮る。

 

「どうって言っても、こんなのただいっぱい剣が刺さっ、ている、だけ……!」

 

 そこまで言って、士郎は何かが引っかかった。

 

「…何か、気づいたか?」

 

 何が引っかかったのかは判らない。だが、これは明らかに自分とは無関係とはいえない世界だと言うことは直感できた。

 

「…この世界は一体……っ! あぐっ…!」

 

 と考えたところで、急に激痛が頭を奔る。

 そうだ。思えば、出だしからして何か見覚えがあるものだった。あの一瞬見えた炎、あれは、いつか夢で見たあの光景を再現した様だった。

 他にも、ここにある剣は全てが墓標の様で、それがあの炎に中にいた人達の墓ではないのかと思わせる。

 

「…シロウ」

 

 その後も頭痛は続く。それをアルトリアは心配そうに見つめていた。

 

「あぐっ…! くっ…!」

 

 士郎は頭痛に耐えながら空を見上げる。雲に亀裂は無く、ほぼ見えることなく覆われている空に大きな歯車。これが何を指し示しているのかは判らない。いや、判らない筈だ。筈なのだが、なぜかそれも判りそうだった。

 

「…いつまでそう頭を抑えて蹲っているのかな」

 

 そう言われ、ハッとなってエミヤの方を見る。エミヤのその瞳は何かを伝えている様だった。悲しみ、絶望、そのどれかは判らない。判らないが、そこに希望と呼べるようなものはなかった。

 士郎はその視線に射抜かれながら、力の入らない腕で無理矢理立ち上がる。

 

「さて、それでは第二ラウンドといこうか」

 

「――っ!」

 

 そう言うと同時に、エミヤは一瞬の間に詰め寄り『干将・莫耶』を振り上げる。士郎はギリギリのところでそれを防ぐ。

 

「ぐっ、ぎぎっ!」

 

「…どうした。私と互角の力を得たんだろう。ならば、早く反撃してみせろ」

 

 そう言いつつ、エミヤは込める力を徐々に大きくする。

 

「…っ、うおおおぉぉっ!!」

 

 それに士郎は気合を入れて弾き、そのまま振り上げるが、エミヤは簡単に避け、一歩後ろへ下がる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 士郎は投影魔術による負担か、もしくはこの風景が起こす昔の記憶か、身体が異様に重く、方膝を地面に付かせる。

 

「…どうした。動きが鈍くなっているぞ。よもや、諦めたわけではないだろう。ならば、もっと遠慮なくかかってくるがいい」

 

 挑発のようなエミヤの言葉に士郎は剣を突き立てて立とうとする。だが、膝は笑ってばかりで上手く立てない。

 

「くっ…! うっ…!(しっかり立てよ! おれの足…! 立たなきゃダメなんだ。おれが…正義の味方がこんなところで屈しちゃダメなんだ…! だから、だから…! 立ってくれ…!!)」

 

「…フン。年齢的に覚えていないかと思ったが、その吐き気がする顔、先程の苦悶するかのような様子、どうやら断片的には覚えているらしいな」

 

「…! な、に…? どう…いう、こと…だ」

 

 士郎はエミヤの言葉に驚き、目を見開く。

 

「その事については自ずと判る。今は、私を倒すことだけを意識しろ」

 

 そう言うと、エミヤは一歩踏み込み、身体を突きだしてまた襲いかかる。

 士郎はどんどんと近寄ってくるエミヤに対抗して、『干将・莫耶』を目の前で重ねて構える、とその瞬間にエミヤの一撃が構えた剣にぶつかってくる。

 

「くっそっ…! …!?」

 

 相変わらず重い一撃が襲いかかるも、エミヤと同じ筋力で抑えた。その時だった。士郎は一瞬何か映像が見えた――

 

「ムンッ!!」

 

「がっ…!!」

 

 だが、それがなんなのかを考える前に蹴りを食らわされ飛んでいく。

 

「いっつ…っ!(なんだ…? 今見えたのって一体…)」

 

 士郎は立ち上がり、エミヤを一度見据える。すると、エミヤのその姿に何かが重なった、ように見えた。

 

「――――――」

 

 それは画質の悪い画面の映像、もしくは残像を見ているようだった。何かが時折ノイズと共に現れては、性能の悪さ故に掻き消えていく。

 一体これがなんなのか…。士郎は考えるが、

 

「フンっ!!」

 

 その隙にエミヤは更に追い撃ちをかける。士郎はハッとなって、防ぐ。すると、また映像が見えてくる。今度は先程よりもハッキリと、正確に。

 

(―――なんだ…これ)

 

 流れてくる映像は、どれも悲惨な状況だった。

 一人の男が弓を持って、何人も何人も、無惨に、機械的に殺していく映像。男が現れた場所には、必ず死体の山が出来上がっていた。

 

「ハァッ!!」

 

「! うっ、がっ!!」

 

 また刃が交えた。また映像が流れてきた。

 今度は戦争の光景だった。あの男も兵士として参加している。

 男は、また大勢の人を殺していた。殺して殺して、死体の山がいくつも出来上がっていた。ただただ、男は一刻も早くこの戦争を終わらせようと、一人でも多く救おうと、何人にも向けて銃声を鳴らし、悲鳴を上げさせていた。

 そして、気づけば男は荒野に一人立ち、剣を一本、また一本、至る場所に突き刺していった――

 

「…っ!!」

 

「休んでいる暇は無いぞ!」

 

 士郎の『干将・莫耶』が片方砕かれる。

 

「…! くそっ…!」

 

「フンッ!」

 

 砕かれた『干将・莫耶』をもう一度投影するが、また砕かれた。

 

「どうした。集中が解けている。それでは私には勝てん」

 

「……………」

 

 そうは言っても、今の士郎は他に考えるべきことがあった。先ほど視えた映像の中にいた男は間違いなく、目の前にいる男だ。ということは、あれはこの男の過去ということになる。

 なぜ士郎はこの男の過去が視えたのか。なぜ先ほどからこの映像が流れてくるのか。

 

「……………」

 

 士郎は再度、エミヤを見る。あの過去が本当にエミヤの過去であるなら、エミヤが、彼が成してきたこととは――

 

「(あれ、は…)っ!!」

 

 だが、そう考える隙も与えず、エミヤは攻撃を再開する。

 

「ぐっ、くそぉっ!!」

 

 士郎としてもこれ以上考えることはできない。ならば、もう言葉はいらない。あとは、お互いが持つ刃で語り合うのみだ。

 

「フッ、ハァッ!!」

 

「うおおぉ!!」

 

 一合、二合、繰り返し士郎とエミヤの刃は交差する。

 交差する度、エミヤの記憶が見えてくる。その中には、彼が今まで戦いで極めてきた技、技術などが数々ある。士郎はそれらを読み取り、使えそうなものから、劣化しながらも、己の技として写していく。故にか、士郎はエミヤと打ち合う度、少しずつ着実に強くなっていった。

 

(っ! 見える…! さっきまで防ぐのがやっとだったのに、だんだんとアーチャー師匠の剣が見えてきた…!)

 

 徐々に目も慣れてきた頃には、士郎とエミヤは互角にまでなっていた。

 

(…そろそろか。全く、もっと早くいくかと思えば、存外時間がかかったな。仕方ないとはいえ、どの時空の私でもその根本的な部分は変わらないということか…)

 

 エミヤは自嘲気味にそう思うと、更に速さを増していく。

 

「がっ…!(更に速くなった!? まだ全力じゃなかったってことか…!)」

 

 もうここまで来れたのであれば、手加減はいらない、と言うようにエミヤは更に加速、一撃を重くしていく。

 だが、士郎も負けていない。相手が更に強くなったのであれば、同じく自分も強化すればいい。

 

「……っっっ!!!」

 

 しかし、もう士郎の身体は限界に近かった。これ以上はいくらなんでも回復が追いつかなくなるだろう。それはつまり、自滅する寸前というわけだ。

 だが、ここまで来て少しでも緩めたら一気に押し込まれる。ならば、士郎は自滅覚悟でその投影をする。

 

「うっ、があああああああァァぁぁぁァァぁぁぁアアアアアアァァッ!!!!」

 

 身体が壊れるのを感じる。細胞が一つ一つ急激に失っていく。体内の内臓がぐちゃぐちゃにかき混ざっていく。筋肉が弾けるように張り裂けていく。回復するおかげでそれらは蘇っていくが、崩壊していくほうが速い。

 身体は徐々に激痛よりも酷い痛みに悲鳴を上げていくが、士郎は意識を手放すことなく、強靭な精神でもって死に物狂いでエミヤと戦い続ける。

 

「! シロウ…! 駄目だ、それ以上は…!」

 

 崩壊していく身体にアルトリアは目を見開き、士郎が壊れてしまうのでは、という恐怖で瞳が揺れる。

 

「はっ…! はっ…! ぐっ…!! ウゥッ…!!」

 

 とうに限界は超えた。もしこれ以上体を動かそうものなら、一生動かなくなるどころか、この先生きてすらいられないだろう。今動けているのも、この回復能力によるものだ。

 

「…いい加減限界なようだな。よろしい。ならば、最後に問おう」

 

 エミヤは一度動きを止め、士郎を見据える。士郎も動きを止めてエミヤを見る。

 

「―――衛宮 士郎、貴様は何故戦う!!」

 

「――お、れが、戦う理由…?」

 

 朦朧とする意識の中、士郎は僅かに口を動かす。

 

「そうだ! 貴様は何故戦い!! 何を求めるというのだ!!!」

 

「――おれが、戦う理由…求めるもの…」

 

 士郎は今一度考える。今まではなんとなく戦っていた。ただ正義のためなんていう偽善者のように。

 しかし、今の士郎はそうして戦うのをやめた。ならば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――……それは、地獄だった。

 

「……………」

 

 周りに生き物はいない。いや、そもそも生き物が存在していられるのか、そんな世界だった。

 周囲は暗く、炎で囲まれており、灼けそうだった。

 だが、不思議と怖くはない。士郎は目の前にある灼けた丘を見上げ、その丘を歩き出す。

 

 

―――よせ、その先は地獄だ

 

 

 そう声が聞こえる。

 

「…………」

 

 士郎は一度足を止め、振り返る。振り返った先はいつか見たあの地獄と再現するのに相応しい光景。

 

 

―――なんのためだ。なんのために、お前はその道を行こうとする。戦おうとする

 

 

「………………」

 

 どこからともなく聞こえてくる声に、士郎は答えない。が、僅かに口を開く。

 

「……なんのためか、なんて。おれにはしっかりした理由なんてない。

 いや、もともと、理由なんて必要ないよ。だって、それが、おれが進んでいく道。正義の味方になるための道…」

 

 自分の掌を見て、もう一度丘を見上げる。

 

 

―――それが、絶望しかなくてもか。正しい道でなくてもか

 

 

「――ああ。おれは、今まで正義の味方は正しいと思っていた。…ジイさんの後を追うのが正しいと思っていた。

 けどさ、こうして戦って、あの人の過去を見て、思ったんだ。おれの道は正しくなんかない。正しくはない」

 

 士郎は拳を握り締める。

 

「けど…それでも、おれが進んでいる道は決して、―――決して、間違いでもないんだ」

 

 士郎は進み始める。一歩ずつ、確実に進もうと足を動かす。

 

「…お前はたくさんの人を殺してきたよ。悲しんだ人も多かった。けど、それでも助かった人は絶対にいたと思うんだ。笑顔になれた人もいたと思うんだ」

 

 士郎はあの記憶を見てからずっと思っていた。あの映像には絶望しか映らなかったが、きっと、どこか見えないところで、きっと、彼に感謝していた人はいたはずだと。そうでなければ、彼は正義の味方ではない。

 

「それに、もう判っているんだろ? お前は答えを見つけているんだから」

 

 また、他にもこんな記憶が見えた。それは、彼が自分と同じ赤髪の少年と戦っている光景。その戦いで泣かせた一人の黒髪の少女。

 

 

―――……………

 

 

 声はもうしない。士郎は今もなお進む。

 そして、その先にあった突き刺さっている一振りの剣。それの柄を持ち、

 

「だからお前は、この道をもう一度進んだんだろ? なら、おれも進むよ。正しくなくったっていい。これがおれ…いや、おれら(・・・)なんだから―――」

 

 一気に引き抜く――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…そうだ。判りきっていたんだった…。おれの、おれらの道は――)

 

 結果的に、士郎が今までやっていたのは偽善者となんら変わらなかった。だが、今は、今は違う。今の士郎は戦う理由ができた。それは無論のこと正義の味方だ。

 ただ、少し違った。士郎は正義の味方だから戦うのではない。士郎が戦うのは――

 

「…!」

 

「…おれは、おれが、戦うのは…! おれが…! おれが…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『正義の味方になるため(・・・・)だ』!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…! なるため、だと…?」

 

 エミヤはそれに少し驚いていた。

 エミヤとしては、士郎は正義の味方だから戦うというと思っていた。だが、実際は正義の味方だからではなく、正義の味方になるためだと言った。それはつまり、自身はまだ正義の味方ではない、と言っているようなものだった。

 

「そうだ。おれは、まだ正義の味方じゃない。だから、だからなるんだよ!! お前を超えて! おれは正義の味方になる! そのためにおれは戦う…!! ゴホッ!!」

 

「シロウ!」

 

「……………」

 

 血を吐きながら言う姿を見て、エミヤはまた過去の自分と照らし合わせていた。そして、それは見事合致した。今の士郎は嘗ての自分だ。だからこそ、更に確認しなければならないことがある。

 

「…いいのか? その先は地獄だ。何もない。絶望と死体しかない、そんな世界だ。見ただろう? 俺の過去を。あれが真相だ。あれが、正義の味方の成れの果てだ」

 

「はっ、はっ。だったらなんだよ。おれはお前じゃない! おれは怖くなんてない!!

 ――何もないからなんだ! おれは何もいらない!!

 ――絶望がなんだ! おれはそんなものに屈しない!! おれは乗り越える! ゴフッ! っ…必ずな!!」

 

 士郎の言葉には力があった。それは誰よりも強く、剣のように研ぎ澄まされた強固で決して崩れ去ることのない、鋼の志。

 その意思に、エミヤは…

 

(……ああ、やはりこれが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こうなるのが、俺か…)

 

 穏やかな顔で、自分の過去を思い出していた。

 

「………フッ。いいだろう。ならば、貴様がなれるかどうか、この俺が確かめてやろう!! 俺に…! 一撃でも食らわしてみせろ!!」

 

「…っ、うっおおおぉっ!!!」

 

 士郎は動き出す。その刃に覚悟と決意を乗せて。来る、嘗てまでエミヤにとっては忌まわしい刃が。

 エミヤは今にも倒れそうになりながら走ってくる士郎に、こちらも剣を宙に投影、凍結して、エミヤの合図と共に弾丸のように向かって行く。

 士郎は迫ってくるその剣を止まることなく弾く。一本一本の威力は腕が持っていかれるほどであったが、全て受け流していく。

 そして、―――

 

「…!」

 

「うおおおぉっ!!」

 

 遂に、目の前まで迫った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
次でお判りでしょうが、エミヤ戦最後となります。
それにしても、なんだか、エミヤの過去EXTRAと若干混じってしまったかもしれません。
後、UBWの士郎が強くなっていった理屈ってこれであってましたっけ? そこら辺が少しうろ覚えなんで、もし違ったら指摘してください。





P.S
沖田当たらねー。50連もしたのに沖田どころか☆4すら当たらない…ここ最近当たった反動ですかね。

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