Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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ども、みなさんウェズンです。
今回は少しお伝えしたいことがありまして、マリスビリーがなぜこの戦争に? と思われている方がやはりいました。
そうなるだろうと事前に設定は一応作っておきました。なんで今まで出さなかったの? と思われますが、これ完全に後から作ったものですのでどうしても微妙な出来でしたので。
そして、作中でそのことが出てくることはないと思うので、後書きで言いたいと思います。
では、始まります。


第十二夜-そこにある想いは-

「…ん、んん。…あれ、おれ確か学校に行って、それから…?」

 

 夜、暗い部屋で士郎は目が覚め、起き上がる。

 周りをキョロキョロと見回すとそこは自分の寝室だった。今まで学校に呼ばれていたはずが、何故自分の家に戻っているのだと思っていると、

 

「目、覚めた?」

 

 誰かが襖を開けてきた。それは凛だった。

 凜は士郎のまだ状況が判ってないという顔を見て少し苦笑をこぼす。

 

「り、ん…?」

 

「…まあいいわ。ほら、起きなさい。そろそろ夕飯だから。話はその時よ」

 

 そう言うと凜はスタスタと歩いて見えなくなる。

 何がなんやら、と士郎は状況がつかめないでいるが、凜の言った通りもう外はすっかりと濃い青色に染まっているため、布団から出て士郎も凜の後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロウ…お目覚めになられたのですね」

 

「あっ、アル…とと、ランサー」

 

 士郎が居間に着くと、アルトリアは緩やかな笑顔で士郎を迎える。

 ランサーの笑顔を見ていると少し元気になれた。

 

「…なあ、ランサー。おれ一体何があったんだ? どうも、高校に行った後の記憶が曖昧っていうかさ…」

 

 だが、まだ思い出せていない士郎は僅かに覚えている記憶からアルトリアも一緒だったので、学校に入ってからの出来事についてアルトリアに教えてもらおうとする。

 

「…覚えていられないのですか」

 

「う、うん。なんでか、そこだけぽっかりとっていうか、ぼんやりとしていて」

 

 申し訳なさそうに頭をかいて言う。アルトリアは一瞬険しい目をしたが、すぐに戻す。

 

「…判りました。では、私が知っている限りを教えます」

 

「うん、頼む」

 

 そう言って、アルトリアが知っている範囲のこと全てを、時々苦悶の表情に変えながら話し始める。それを聞いているうちに士郎は大体のことを思い出してきた。

 

「…以上です」

 

 教え終わり、士郎の表情を確かめると、真っ青に青ざめていた。あの時の記憶が戻ってきたのだ。

 

「…そうだ。おれはあいつに会いに…! っ! そうだ、さくらねえちゃんは、ふじねえちゃんは…!?」

 

「…ご安心を…とは言い切れませんね。一応、命に別状は無いようですが、魔術師でもない一般の人がサーヴァントの宝具にやられましたから」

 

 それを聞いて士郎は頭を抱えて床に膝をつける。

 

「うっ、嘘…だろ…。おれは、護れなかったのか…? そんな…そんな…!」

 

「落ち着いてください。先程も言ったように命に別状は無いので」

 

 だが、それでも護りきれなかったのは間違いない。

 どうしようもない事実に士郎は悔しさから涙を流す。

 

「くそっ…! おれが…! …おれにもっと力があったら、護れたかもしれないのに…」

 

 嗚咽を漏らしている士郎の背中をアルトリアはどうすればいいか判らず、そっと丸まっている背中を撫でる。この程度では慰めにもならないと判っているのだが、アルトリアにはこれ以上できることがなかった。

 すると、

 

「あーもうっ! こんなところで暗い話をするな!!」

 

 凜が料理を運びながら怒鳴りつけてくる。

 怒鳴りつけられた士郎は一瞬体が驚きの悲鳴と共にビクリと跳ねる。

 

「全く、ようやく元気になったと思ったら、過ぎたこといつまでもうじうじ気にしてんじゃない! 今はそれよりもやることがあるでしょ!」

 

「…りん」

 

 眉間にシワを寄せ我儘な様に激しく振る舞うも、そこにはしっかりとした優しさが感じられる。

 

「判った!? なら、今はもうそんなことはいいから、これからのことを考えるわよ!」

 

「…うん」

 

 凛の叱咤により、士郎は幾分か気分が晴れたようだ。まだ沈んではいるものの、これからのことを考えられるだけの余裕は戻ってきた。

 

「ふう。それじゃ早速考えましょうか」

 

 凛は座って箸を手に話し始める。士郎も昼食を抜いていたためにお腹が異常に空いているので同じく箸を手に取る。

 

「それじゃ、まずは状況確認といきましょうか。

 今日、士郎達は慎二に呼ばれて罠だとは判りながらも桜達のために学校へ行った。

 合っているわね?」

 

「うん。…あいつ、急にサーヴァントを連れて学校に来いって言ったんだ」

 

「うんうん、正直無謀なことだけど、桜達のためなら仕方ないわね。

 それじゃ次、貴方はしばらく学校で警戒しながら探索をしていたら、いきなりあの呪刻が発動して学校のみんながやられてしまい、意識をしっかりと持っていたのは貴方とランサー、そして慎二達ライダー陣営ね?」

 

 士郎が応えとして頷くと凛はふむ、と顎に手を当てて考える。

 

(確か、ランサーが言うにはあの呪刻による結界はライダーの宝具なのよね。えっと確か、――『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』だっけか。それで、能力は閉じ込めた者を溶かし魔力を吸い尽くすものってランサーは言っていたけど、ギリシャ神話でそんな英霊って言ったら…)

 

「…? りん、どうしたんだ?」

 

 急に考え事を始めた凜に士郎はいきなりどうしたのかと思い聞く。

 

「へ? ああいや、ちょっとその慎二のサーヴァントについてね。ランサーから聞いた宝具で何者なんだろうなって」

 

 そう言われて士郎は少し考え込む。慎二のサーヴァントはどこかで会ったような、そんな気がしたからだ。

 すると、そのサーヴァントと関係ないが一つ疑問が湧いた。それは、今の今まで気づいていなかったことだが、普通に考えると不思議だと思えたことだ。

 

「…なあ、りん一ついいか?」

 

「ん? 何?」

 

 士郎は早速そのことについて凛に尋ねる。

 

「…あいつってさ、サーヴァントのマスターってことは魔術師、なんだよな? それならさ、さくらねえちゃんも魔術師なのか?」

 

 少し声を震わせながら士郎はそう聞いてきた。

 確かにそうだ。魔術師とは家系で成り立っているもの。慎二が魔術師ならば、その妹の桜も魔術師となる。そういうと、凛は忘れてたとでもいうかのように顔に手を当てため息を吐く。

 

「ああ、そういえば。

 えーと、そうね、まあズバリ言うと桜は魔術師、というか、間桐自体が魔術師の家系、それも私と同じく御三家と呼ばれる家系よ」

 

「…間桐が、魔術師の家系? それも、りんと同じ御三家、だって?」

 

 つまり、凛と同格の魔術師の家系ということになる。それに士郎は慎二がそこまですごい家系の出だったのか、と驚いていた。そして、桜もそこの出だということにも。

 

「ええ。っていっても、"元"だけどね」

 

「…"元"?」

 

 だが、間桐は既に魔術師として廃退した家系である。

 なんでも、凛が言うにはある時から後継者たる子供に魔術回路ができず、朽ちていく一方だったらしい。

 

「それじゃ、なんであいつはマスターになれてんだ?」

 

「うーん。そこはよくわからないけど、まあ何かしら魔術でも使ったのでしょうね」

 

 結局は不明だ。けど、これで士郎は少し安心していた。凛の言う通りであれば桜も結局のところほとんど一般人というわけだ。

 

「まあ、何にせよ、慎二がライダーのマスターってことには変わりないわよ。なら、早くそのライダーの正体も掴みたいところね」

 

 まだ少し気になるところはあれど、今は目の前の問題の対策を考えようと凛は状況確認を再開しようとしたが、

 

「…あいつのサーヴァント、か。…っ!」

 

 その前に士郎は慎二のサーヴァントライダーについて考えていると、ようやく慎二と対峙した時のことを思い出せた。

 

「それじゃ、次の確認だけど――」

 

 そう凜が話を続けようとしているところに、「なあ、ちょっと待ってくれ」と士郎が遮る。

 いきなりなんだと思いながらも、重要なことかもしれないと凛は「どうかした?」と言って士郎の話に耳を傾ける。

 

「それなら、多分だけど少しおれも見た宝具があったんだ」

 

「――え? それ本当?」

 

 凛は疑わしいのか若干顔をしかめる。士郎が一人でライダーの宝具を見たと言うのであれば、生きていられると思えないからだ。宝具は英霊の必殺の武器。それを発動されて生身の人間が生きていられるなどそうそうないだろう。

 

「うん。ちょっと思い出したんだけど、あの時さ、おれはあいつのサーヴァントと戦おうとしたんだ。けど、あいつはサーヴァントに命令して逃げようとしたんだ。

 それで、あのサーヴァント、逃げる時いきなり自分の首をこう、切ってな」

 

 その時のことを思い出しながら、箸を杭に見立てて自分の首に向けてその時のように手を移動させる。

 それを聞いて凛は目を見開く。士郎がライダーと生身で戦おうとしたことにも驚いたが、それ以上に言っていることが本当なら、それは自ら自害したようなものだ。

 

「それって…」

 

「うん。で、そのあとはおれもよくわからないんだけど、なんか昔の魔法陣みたいなものがそのサーヴァントの血で浮かび上がったんだ。そして、そこから何か光るものが出てきて。そこからは何も見えなかったから判らないけど、あいつらはいなくなっていたんだ。

 だから、多分それであいつとサーヴァントは逃げたと思うんだ」

 

 凛はそう言われ悩む。おそらくだが、これはとても重要な手がかりだと思われる。その光る何かが判りさえすれば、そのサーヴァントの正体は大方わかるだろう。

 

「…他に何かない?」

 

「う、うーん、おれもまだ曖昧なところがあるしなぁ」

 

 これ以上はさすがに期待できないようだ。とはいえ、ライダーが逃げる際に使ったのであれば、ギリシャ神話に登場する幻獣などの類だと思われる。ならば、自ずと正体は絞れてくる。

 

「判ったわ。まだ断定はできないけど、ある程度情報は手に入ったし、あとは直接確かめるしかないわね」

 

 そう言った後に、「それじゃ、一時解散」と言って話を終わろうかと思ったが、「あの、役に立つか判りませんが少しいいですか」と今度は今まで黙ったままだったアルトリアが遮って続ける。

 

「(主従二人揃って遮って質問してくるわね)なにかしら?」

 

「はい。あの時、ライダーは令呪で移動される直前、奴は目を覆っているものを取ろうとしていました。結局のところあれがなんだったのかは判りません。ですが、ライダーは私に敵わないからと取ろうとしていたので、何かしら武器になるような目を隠していたのでは、と思うんです」

 

 またライダーの正体の重要な手がかりと思われることだ。目が武器というのであればまた限られてくる。

 

「…目が武器、ね。

 …首を切って出てくる幻獣、眼が武器…まさか…!」

 

 そこまで考えて、凛は一人の英雄が思い浮かぶ。いや、それは本来は英雄ではない英雄に倒される神話の悪役。かつて神だった存在が、ある一言で怪物に堕とされた悲しき女王。その名は、

 

「…間違いないわ。きっとその英霊はゴルゴン三姉妹の一人、メドゥーサね」

 

 メドゥーサ、ゴルゴン三姉妹の末妹。ギリシャに伝わりし海神ポセイドンの妻であり、後に女神アテナにより怪物の女王となった者。

 日本でも目が合えば石にされるなどのような話で有名だ。

 ライダーの正体がメドゥーサであれば、自ずとその士郎が見た光の正体も判る。

 

「ともすれば、その士郎が見た光はペガサスね。あれって伝承によればメドゥーサとポセイドンの間にできた子供で、ペルセウスに首を切られたときに産まれたそうよ」

 

 何とも身震いがする話ではあるが、そんなことより、メドゥーサとなればそれはとんでもない大英雄である。相手は元とはいえ紛れもない女神だからだ。

 慎二があそこまで自信を持ってしまうのも仕方ないと言える。が、恐らくだが慎二はそのすごさを判っていないだろう。あの時、メドゥーサが首を切った時慎二も驚いていたからだ。ともすれば、何が慎二に自信を持たせているのか疑問が湧くが、それは気にしないでおく。

 

「え…それって、つまりペガサスってあのメドゥーサの子供ってこと? …なんかイメージできない」

 

 日本においてもペガサスの話は有名だ。士郎もペガサスの親までは知らなかったが、どんな幻獣かくらいは知っていた。

 

「まあ、神話の世界なんてそんなもんでしょ。とにかく、相手はメドゥーサか。厄介といえば厄介だけど、マスターが慎二ならどうとでもなりそうねえ」

 

 そう言って凜は人が悪い笑顔をする。敵に回ったのであれば普段の鬱憤ばらしも兼ねていくらでも葬れるとでも思っているのだろうか。

 それを見て士郎は思う。やはり、凛は悪魔か何かではないのかと。

 

「…………」

 

 とはいえ、実際のところ士郎もそれは少し思っていた。今までは慎二は一般人であったためにサーヴァントや魔術を用いた攻撃はできなかった。だが、今の慎二は聖杯戦争のマスターだ。つまり、それは殺しても問題ないということ。全ては聖杯を手に入れるためとマスターの命は軽く扱われる。

 そう思うと士郎はまた殺意が湧いてくる。遠慮なく殺せるのであれば是非とも殺したいと徐々に徐々に、その殺意は膨れ上がってきて――

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 凛の声で一気に萎んだ。士郎はハッとして凛を見る。

 

「あ、ああ、うん。大丈夫だよ」

 

「…そう、ならいいけど(…なんか、今一瞬変わった? 何があったのかしら)」

 

 一瞬雰囲気が変わった士郎も気になるが、今はそれより優先すべきことがある。それは、

 

「それじゃ、今後は慎二とそのサーヴァント、メドゥーサにどう対応するか決めるわよ」

 

 凜は気が引き締まる声で発破をかけ、それに呼応するように士郎は姿勢を正す。

 ここからは確かに重要だ。今後慎二たちがどう動くのかまだ判らない。可能性は薄くてもまた学校に結界を張るかもしれない、どころか今度は街中で結界を張る可能性もある。相手はあの慎二と神話の悪役、つまりどちらも道徳というものが薄い二人だ。何をしでかすか予想もできない。

 そのような存在を士郎は見逃せない。少なくとも野放しにはできない。つまり、今後の対応次第によって慎二の処遇が決まる――

 

「――と言いたいけど、今日はもう眠いからまた今度」

 

 と思われたが、気の抜ける凛の一言で話は閉じてしまった。そのことに肩透かしを食らった士郎は座ったままガクッと倒れそうになる。

 

「え、ええ…!? ここまで話しておいてそれぇ!?」

 

「うるさいわね〜。そんなこと言ったってもう眠いのよ。それに、もうそろそろ子供は寝る時間でしょうが」

 

 そのようなことはもはや今更な気がするが、確かに時計はもう9時を指し示めそうとしている。子供は寝ていなければいけない時間帯だ。

 

「そんなこと言っても、眠くないんだけど」

 

「あ〜、まああんなに寝ていたらそりゃそうよね。それじゃ、アーチャーにでも訓練施してもらったら〜」

 

 それを最後に凛は空になった皿を片付け、あくびをしながら居間から消えていった。ついでとばかりに士郎のトラウマを抉って。

 

「…アーチャー師匠の訓練って言ってもなぁ」

 

 士郎は困ったような声を出す。今もなお忘れられない、あの時の訓練で言われたこと、行われたこと。

 

「……………」

 

 その傍でアルトリアは凛のアーチャーと聞いて少し微笑んでいた。まるで聖母のように。

 いきなりそんな表情になったからか、士郎は訝しんでアルトリアに「…? どうしたの?」と聞く。

 

「あ、いえ、なんでもありません」

 

 しかし、アルトリアはなんでもないと言う。だが、士郎は確実に何かあったなと珍しく目敏く見抜いた。

 なぜなら、まだ比較的最近の話、要は今朝の話だが、士郎は起きてからまたアルトリアがいないことに気づき、もう側で寝るのはやめたのかな、と少し寂しいような、もう安心して寝れると嬉しいような、微妙な思いのまま朝食を作り居間にもいなかったアルトリアを呼びに行った。

 だが、アルトリアがどこにいるのか判らず、探し回って外まで出た。そして、ようやく屋根の上にいるのを見つけた。

 士郎はそのまま叫んでアルトリアを呼ぶが、その時アルトリアの側に自身の師匠もいたのに気づいた。彼は無表情でアルトリアの名を叫んだ士郎を盗み見るように視線だけ這わせ、すぐに戻した。

 

(…あの時は特に何も感じなかったけど、なんだったんだろう)

 

 あれが何を思ってのものかは判らない。

 と今はそんなことよりアルトリアはその時彼と一緒にいたのだ、故に何があったのだろう、と気になった。そして、凛がアーチャーと言ったあたりから微笑んだのだ。これは確実に何かあったに違いない。

 とはいえ、男性と女性が揃って何をしていたか聞き出すなんてことは野暮なものだろう。誰でもそう思うはずだ。……子供でなければ。

 

「なあ、今朝さ、アーチャー師匠と一緒にいたようだけど、何していたんだ?」

 

 これは子供の素朴な疑問なんだろう。聞く人によっては少々聞いている内容が怪しくなるが、アルトリアはまるで気にしないどころか気づいていないようで、

 

「少しお話をしていただけですよ」

 

 と笑顔で応える。すると、士郎は自身でも気づかずに機嫌が悪くなっていく。アルトリアはそれに気づき何故急に、と不思議に思っていると士郎はその二人で何を話していたのか聞いてくる。

 

「え? えーと、その…シ、シロウのことですよ」

 

 そう聞かれアルトリアはどう応えるか少し迷ったのち、一番最適で無難な答えを出すが、判りやすくどもっていれば士郎も気づかないわけなく、

 

「…本当?」

 

 と聞いてくる。どうもまた機嫌が悪くなってきているようだ。

 

「ほ、本当ですよ! ウソなんて言ってません!」

 

 確かに、士郎の話というのは嘘とは言い切れない。だが、本当かと言われると悩むところではある。なんとも奇妙な話だ。

 

「…判ったよ。はぁ、それじゃどうしよう。おれ本当に寝れそうにないんだけど。かと言ってアーチャー師匠のところはな〜」

 

 だからといってこのまま何もしないというのも落ち着かない。アルトリアとしてもそれは同意で、苦笑をこぼす。

 

(…はぁ。まだ彼はシロウにこの事について教えていないようでしたから咄嗟に隠してしまいましたが、よろしかったのでしょうか?)

 

 アルトリアはエミヤを思い浮かべる。とそこで、ふとあることを思い出す。それは、あの士郎にから出てきた正体不明の黒いオイルのような液体。

 あの黒い液体は一体なんなのか。今もなお正体は判らずにいるが、よくないものだというのは判る。

 とはいえ、そんな情報だけでは少なすぎる。ただ、アルトリアがあれを無意識のうちに知っているもので、聖槍で消えたということは何かしらの悪が込められたものだということ。

 

(…あれは野放しにしていたら危険だということは判りきっている。ならば、どう対処をすれば…)

 

 と考えたところで、エミヤから渡されたものを思い出す。

 

(…彼はこれに私の魔力を溜めておけと言っていた。まだそこまで溜まってはいませんが、どれほど溜めればいいんでしょうか?)

 

 一応エミヤからは最低でも二、三日は溜めておけと言われているが、溜めてどうするのかも具体的にはどれくらい溜めればいいのかも聞いていない。

 アルトリアは懐から渡されたものを出す。それは凛が普段使っているよく磨かれ綺麗に丸くなっている深みのある紅い標準な宝石だった。凛からくすねたのだろうか。

 

「? どうしたんだ、その宝石。凛からもらったのか?」

 

「え? ああ。いえ、これは…アーチャーからもらったものです」

 

 一瞬エミヤの真名を言うか迷ったが、今は言わないでおこうとクラス名で呼ぶ。すると、士郎はまたあからさまに不機嫌になった。

 

「ど、どうかされました?」

 

 士郎が急にムッとした顔になったので何かまた気に障ることでも言ってしまったのか、と思ったアルトリアは少し躊躇しながら士郎に聞く。

 

「え? い、いや別に…」

 

 と言うものの、どう見たって不機嫌だ。ソッポを向きながら言っているのがそれを物語っている。どうもエミヤがアルトリアに宝石を渡したということが気に食わないらしい。

 そして、アルトリアはなぜそれが嫌なのか判るはずもなければ、それで不機嫌になっているのも気づいていない。

 

「は、はあ。そう、ですか…」

 

 何も判っていないアルトリアは淡白な返事しかできず黙ってしまう。

 士郎も黙ってしまい二人はしばらく無言で気まずそうだったが、

 

「…それ、どうして渡されたの?」

 

 沈黙の気まずさからか、おずおずとしながら士郎がまた聞いてきた。

 

「え、えっと…その、私もよく判りませんが、何か贈り物ではないでしょうか?」

 

 これが士郎のためということは今は一応伏せておき、言葉を選んで言ったつもりが士郎はますます不機嫌になってくる。それを見てなぜまた不機嫌に、ともうアルトリアはどうしたらいいかと判らず混乱してくる。

 

(…宝石、か。確か宝石にも花言葉みたいに何か意味があったよな)

 

 ふと、士郎は宝石にも石言葉があることを思い出し、その宝石に込められている言葉がわかりさえすればエミヤが渡した意味も想いも判るだろうと、今度そういうことに詳しそうな凜に聞いてみようかと思う。

 

「………………」

 

 その後、二人はまた気まずそうに無言になってしまい、流石にいつまでもそうしていられなかったのか士郎が寝室に移動するまでそのままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それ多分ガーネットね」

 

 翌日、士郎は早速凜にアルトリアが持っていた宝石について聞いていた。

 

「ガーネット?」

 

「そ。少し暗めで紅い宝石ならガーネットよ」

 

 案の定というか、凜は宝石に詳しかった。他にも紅い宝石はあるようだが、士郎が言った特徴と誰かに贈り物として渡しそうな宝石と言えばその宝石になるらしい。

 

「それにしても、どうしたの急に。宝石について教えて欲しいだなんて」

 

「えっと、ちょっとね。それより、そのガーネットって何か言葉とかある?」

 

 エミヤがアルトリアに渡したということは伝えていない。凛にこの手の話をすればからかわれるのは目に見えているからだ。

 

「…(これは、まさか)ふーん。まあいいわ。それで、その宝石なんだけど、もちろんあるわよ。ガーネットの石言葉は、愛情だったわね」

 

 それを聞いた士郎は一瞬目を見開き愕然とした想いに駆られる。

 

「……………」

 

 士郎はこれで間違いないと思ってしまった。と同時にどうしようかとも思えてきた。

 

「? …どうしたの、士郎」

 

「…あ、いや、なんでもないよ」

 

 そうは言っても、明らかに何か諦めてしまったような雰囲気を出している。

 

「何でもないわけ無いでしょ。ほら、言ってみなさい。お姉ちゃんが聞いてあげるから」

 

「……………」

 

 凛が心配して士郎の肩に手を置いて、そう言って促すと少し間を開けて、

 

「…いや、りんがおねえちゃんって言うにはちょっと小さ…」

 

「どっせいっ!!」

 

 凜の拳骨が容赦なく士郎の頭に奮われた。

 

「…っ! …っっ!! うっ、おおああぁぁ…」

 

「ふんっ。全く、せっかく相談に乗ってあげようってのにあんたねぇ」

 

 怒りを露わにして佇むその姿は、やっぱり悪魔…いや、鬼だ。自業自得とはいえそう思わずにいられない。

 

「…イテテ。ごめんなさい」

 

 頭を擦りながら(こうべ)を垂れる。

 

「はぁ。いいわよ。それで、相談する? しない?」

 

「えっと…うん。頼む」

 

 確かに、こういうことを言えばからかわれるのは目に見えている。だが、このまま誰にも相談しないで苦しむよりはいいだろうと思い、その想いを打ち明ける。

 

「最近さ、おれさ、そのまだはっきりしていないんだけど、…ランサーがその…」

 

 やはりそう決めても恥ずかしいのか判らないが、言い淀んでしまう。それでも、凛は最後まで聞こうと真剣な顔で待ってくれているため喉に突っかかっている言葉を出そうと思えた。

 

「…おれ、さ、最近ランサーのことが好きなんじゃないかなって思ってきたんだ。ランサーがいてくれると安心するし、暖かいし、綺麗だしさ。だから、さっき凛に聞いたのも、アーチャー師匠がランサーにその宝石を贈ったようだからさ。それで…」

 

「うんうん」

 

 言い終わった後の士郎は火が出るんじゃないかっているほど真っ赤に染まっていた。

 そして、期待して聞いていた凛はと言うと、

 

「……なるほど、そういうことか。うん、よく打ち明けてくれたわね(やっぱりキター!! こんな面白い話遊ばないわけにはいかないわー!! それにしても、士郎ったらランサーにベタ惚れねー。フフフ)」

 

 案の定内側で興奮していた。

 

「…うん(意外にもからかわなかったな。良かった)」

 

 など安心しているが、それが誤りだといつ気づくのか。まだ定かではないが、そう遠くない未来だろう。

 

「…さて、それで士郎はどうしたいの?(それにしても、あいつがランサーに宝石の贈り物って一体…まさか…! アーチャーめ、なんて抜け目の無い。あんなクールぶっていても所詮男か)」

 

「…正直言うと、判らない。ランサーは好きだけど、相手がアーチャー師匠じゃなあ」

 

 士郎はスペックにおいて全て負けている状況では勝ち目など無いと思っている。エミヤ相手にスペックで負けているのはある意味当然ではあるが。

 

「まあ、あいつ見た感じルックスも顔も良いし、ステータスは低いのにあいつの戦闘技術とかはさすが英雄と言うだけあって高いしね。性格もちょっとアレだけど、別段悪くはないしね~(…待って、これはちょっと…)」

 

 本音だからか判らないが、次々と出していく凜の言葉は全て士郎へと容赦なく突き刺さっていく。

 

「正直、士郎じゃ完敗かしらね(…正直遊べるか不安ね。ここは素直に応援するか)」

 

 そして、追い討ちといわんばかりに止めを刺され、がっくりと全身で項垂れる。

 

「…相談に乗ってくれるんじゃなかったのかよぉ」

 

「あ、ああ~ゴメンゴメン。つい、ね?」

 

 ついで言われたのであればますます負けていることを認めるようなものだ。士郎は更に落ち込む。

 

「うぅ。どうすればいいんだ」

 

「う、う~ん。これは難しいわね」

 

 英霊っていうのは恋愛にも人間じゃ敵わないのかしら、などどうでもいいことを考えながら今の士郎のスペックで勝てそうな部分を捜索する。

 

(いやいや、待てよ。大人っぽさとかそういう普通の女性なら好きそうなところをあげても意味無いかもしれないわね。ランサーだって英雄で人間を超越した人物。ならそういう好みも偏っている可能性も否定しきれないわ)

 

 凜はわりと真剣に失礼なことを考えて、そうおかしな答えを出す。何故こんな結論に? と思うかもしれないが、凛にとって英霊は特殊な者たちというイメージを持っているからかもしれない。

 

(それで、ランサーのような雰囲気で好みの男ともなれば…)

 

 そこまで考えて凛は士郎を見定めるように凝視する。

 

「? どうした?」

 

「……………」

 

 と士郎が聞いても黙ったままだ。パソコンがフリーズしたように黙ってしまい一体どうしたのか、と首を傾げていたら、

 

「うん。これだわ!」

 

 凛は突然指を鳴らして起動し始めた。今度はいきなり叫んでどうしたのかと疑問符を浮かべる。

 

「よく聞きなさい士郎。今貴方の最大の魅力を見つけたわ」

 

「…え?」

 

 そして指を立てながらそう宣言した。が、士郎は何がなんだか判らず浮かべる疑問符は増えていく。だが、そんなのは御構い無しに凛は断言する。

 

「それは、子供っぽさよ!」

 

「…え、えぇぇ…? こ、子供っぽさがおれの魅力?」

 

 それはなんとも微妙な…と言えるか判らない魅力である。

 

「ええ。いい? 最近の大人の女性はね、そういう可愛らしいところが大好きな人もいるのよ。他にも母性をくすぐられたりね。その点で言えば士郎の容姿はそれを非常に湧き立たせるわ。子供っぽいし、なんだか放って置けないし、子供っぽいからね」

 

「…なんで二回言ったの? というより、それ本当なのか? うちのクラスじゃ、『そんなお子様じゃだめよ』なんていう女子ばっかりだったんだけど。あと、可愛いとかやめてくれ。おれのことはおれがよく判っているんだからさ」

 

 凛の言った可愛らしい、というのにコンプレックスでも抱いているのか若干傷つき凹んでしまう。

 

「あら? それも士郎の魅力だと私は思うけど? それから、あんたのクラスって小学生でしょ? なら、それは当てにしないほうがいいわよ。背伸びしたい年頃じゃ真に良い男性にどんなものがいるか判っていないでしょうし、女性が真に好むのも判っていないだろうからね」

 

「うーん。そういうものなのか?」

 

 士郎にしても同じ小学生故かまだ納得がいかないようだが、「だから」と凛は容赦なく続ける。この手の話はだいぶ好きなようだ。

 

「あのランサーのハートを射止めるって言うなら、正攻法に大人の魅力勝負より、母性本能をくすぐらせてノックアウトしたほうがいいかもよ? ああいう背が高くて落ち着いた女性は大抵そういうのが好きだしね」(注:あくまでも恐らくです)

 

 だが、本当にそうなのか疑問に残る。どうも的を得ているようでそうでない感じなのだ。

 

「…うん、判った。どっちにしろアーチャー師匠相手に大人の魅力勝負しても勝てるわけないし。でも、どうすればいいんだ?」

 

 とりあえず、納得はいかないが納得した士郎は今度は何をどうすればいいかを凛に聞く。

 

「うーん。そうねえ。…アーチャーに怪しまれたらアレだし、今は普段通りでいいわ。もし行動を起こすなら、ランサーと二人きりの時よ」

 

 二人きりの時、それは士郎達で言えば寝るときになる。その時に子供っぽく甘えてみてはどうかとのこと。

 だが、士郎は今更そんなに子供のように甘えていいものかと不安に思う。今までは対等でありながら主従関係を維持しているという感じであったために、このようなことをして崩れたらどうするというのか。

 

(…でも)

 

 それでも、やはり相手が誰であれアルトリアを取られたく無い、とそう思う。ならば、少しでも可能性のある方法を取るべきだ。

 士郎はそう自分に言い聞かせ、一度大きく頷き決意する。

 

「判った。おれ頑張ってみる…!」

 

「うん、頑張りなさい。貴方なら大丈夫よ」

 

 最後に凛は士郎の肩を叩いてそう言い、士郎もそれに頷く。

 

「ふふ。それじゃ、今日の鍛錬開始と行きますか」

 

 凛はそう言ってランプやら魔導書やらを取り出し準備する。

 

「うん。…ありがとう、りん」

 

「…! ふふ、どういたしまして」

 

 笑顔でお互いにそう言い合う仲はまるで姉弟(してい)のようだった。

 さて、この色々と勘違いから始まった恋愛成就作戦、その行方はどこへ向かっているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハックシュン! …なんだ? 今ものすごくとばっちりを受けたような…」

 

 …果たして、屋根の上で見張りを続けているエミヤへと降りかかる勘違い(とも言い切れない勘違い)は、一体いつまで続くのか。

 それは神のみぞ知るところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
それでは、前書きでも言った通りここで発表です。
今回のこの聖杯戦争の情報は一級の魔術師でも調べることができないほど厳重で、現在汚染されているのを知っているのは、汚染した張本人のアハト翁と間桐 臓硯のような御三家の中でも長年生きている人物と第四次の関係者のみとなっています。
まだご不明な点がございましたら何なりと、答えれる範囲で答えたいと思います。

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