Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方 作:ウェズン
…それはまさに地獄だった。
暗い空にはぽっかりと開いた底が見えない穴があり、そこから流れ出る赤黒い泥がこの街を汚染し、崩壊させた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
一人の男が燃え盛る街だった瓦礫の広場を彷徨い歩いている。何かを探し、求め、何体ものの焼けた死体の山をどかしながら歩く姿はまるで、幽鬼のよう。
「はぁ、はぁ――誰か、誰か、誰か!!」
男はしきりに誰か、誰かと叫び探している。もうこの場には彼以外いないと思われる生きている人間を。
何故、こんな地獄で探しているのだろうか。このような所を探したところで無駄だろう。分かりきっている筈だ。こんなところに生者は居ない。
頭の中でそう誰とも知れない囁きが聞こえる。だが、男は諦めるつもりはない。何故か? それは知れたこと、彼は『正義の味方』だからだ。
正義の味方は諦めない。諦めを知らない。故に、命尽きるまで足掻き、探し続ける。
だが、探せど探せど、ここに生命等ありはしないという現実が突きつけられるだけであった。
「はぁ、はぁ、くっ…! ……っ!? 今のは…!!」
そんな彼でも諦めかけた時だった。その時、遠くから泣き声が聞こえた。まだ大分幼い泣き声だ。彼は聞こえたのと同時に影が差していた顔から僅かに光が灯り、最後の希望を掴み取らんがために全力で泣き声まで駆け抜ける
けれども、いくら走れど、その泣き声の主は見当たらない。ただ、泣き声だけは確実に近づいている。彼は一際大きく聞こえる位置で立ち止まり辺りを見回す。すると、
「はぁ、はぁ…生きてる、生きてる…!」
一人の女性だったと思われる焼き焦げた死体から泣き声が聞こえ、その死体をずらすと、まだ産まれてそう間もないであろう赤ん坊がいた。死体になった女性が庇っていたのか、その赤ん坊は多少傷があり、血は付いていれど、命には何の別状も無さそうだ。
彼はその赤ん坊を大事そうに抱き、涙を流す。生きていてくれてありがとう、と。
彼、衛宮 切嗣は赤ん坊をそっと地面に置き、その小さなお腹に手を添える。それから、何かを唱えた。するとそこから光が溢れ出す。
「…よし、これで大丈夫だ」
溢れ出した光は暗い辺りを一瞬眩く照らしたと思えば徐々に萎み、やがて完全に消える。
その後、衛宮 切嗣はまた赤ん坊を抱え、最後に一瞬だけ後ろを振り返り、この地獄から出て行く。
◇
「はい、そういう訳で…」
辺り一帯全てが白い壁で囲まれ、診察道具と患者の資料が置いてある机と診察台がある部屋で、衛宮 切嗣は目の前にいる白衣を着た医者と対面して座り何か話している。
「分かりました。ではあの子は貴方が引き取るということで。それでは、あの子の名前はどういたしましょうか? 身分証明書となる物は一切無い上にまだ産まれて間もない赤ん坊。名前は無い状態なので」
衛宮 切嗣が拾った赤ん坊は彼が引き取ることになったそうだ。その際、そのことを話していた医者から名前の話が振られ初めて赤ん坊に名が無い事に気付く。
「名前、ですか…うーん。そうですね、では、あの子の名は――」
一瞬の逡巡の後、出た名とは、
「――士郎と」
こうして、一つの地獄を乗り越え、そこに新たな名を持って衛宮 士郎は誕生した。
後に、赤ん坊衛宮 士郎は10年後に重大な戦争に巻き込まれることとなるが、衛宮 切嗣がそのことを知ることは無い。