落第騎士の英雄譚~世界最強の剣士の弟子~   作:火神零次

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今回で暁学園戦が終わると思った?
残念、終わらないんだな。

活動報告にて次回の話などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


第85話~対決! 暁学園戦2~

『な、なんと宮坂選手、あれほどの攻撃が無意味であったかのように悠々とした様子でリングに戻っていきました! 先程までの刀は消え失せ、両手に六本もの長剣を持っています!』

『装いも新たに戦いに臨むようですね。心なしか、彼の表情も変わった気がします』

「まぁ……自分の肉体は晒す気はないし……晒してもなぁ」

 

 あれほどの攻撃をものともせずに戻ってきたことに、会場の温度が上がる。

 三人に対して一人で戦うという大口を叩いている爛にとってこの戦いは負けることなどできない。他にも理由があるわけだが、この団体戦に臨む前、両親がここに来ているのを知った。どうやら、戦いは見ていくらしいので、情けない姿は見せられない。

 

「始めよう……採点は既に終わってる」

 

 審判が試合続行の合図を出すと、爛が即座に右手の長剣を全て投げる。

 防がれるか避けられるか。何れにせよ、それは爛の計算の内だ。次の手札を切る。爛は小さく呟いた。

 

「───告げる(セット)

 

 空中に長剣を展開する。

 逃げ道を潰すように展開された長剣を放つ。その数、実に三十本。魔術行使が成されていない長剣程度であれば簡単に防げるがこの長剣は違う。

 防ぐことができないことを察したのか。避けることに専念をする。それを確認できたのはたった二人。もう一人は伐刀絶技(ノウブルアーツ)で既に長剣が届かないところにいる。

 

「甘い、甘すぎる。ドロドロに溶かされた砂糖を果物につけて食べるほど甘い」

 

 そんな詳しく言わなくても良かったかと思いながら、爛は魔術行使を加える。

 

「───告げる(セット)……殺せ(オン)

 

 三十本もの全ての長剣が微かに赤く光る。魔力を纏い、二人の少女に襲う。もう一人の少女は爛が既に捕捉していた。二人の少女を襲わなかった長剣はリングに突き刺さろうとしていた。

 

「チッ────!」

「くっ────!」

 

 ギリギリの隙間を掻い潜って避けきった二人は、彼女がこの場から居なくなったことに気づいた。

 

「───────────」

 

 爛は何も言わず、リングのあちこちを見ている。

 動いている。それに気づいているからだ。

 突き刺さろうとしていた長剣はリングをすり抜け、伐刀絶技(ノウブルアーツ)を使って潜んでいるサラに向かって飛んでいる。

 

「───……来たか」

 

 爛は眉一つ動かすことなく何かを待っている。

 そして、爛が見据えているところから、姿を隠していた少女───サラがリングから出てきた。

 掠り傷すら負っていないところを見る限り、全て避けられたと見える。

 

「───何なのだその剣は」

 

 凛奈が尋ねてきた。爛の左手に握られている三本の長剣と凛奈たちの周りに突き刺さっている長剣のことだ。

 爛はこれに答える義務なんぞないが、教えてやったところで苦になるものでもない。

 

「───『黒鍵(こっけん)』というものだ。先端の方が重さがあってな。斬るよりは投げる方に適している。魔術行使をしやすいように改良して貯めておいたものだ。使ったところで精製が出来る以上、作り手の魔力の量に依存する使い捨ての護身用の剣と言ったところか」

 

 西洋の剣のレイピアの類いに見える黒鍵は細身の刀身を持つわけではなく固い上に太いという、可笑しな改良をしているのだ。

 素人でもそれなりに扱えるように。というコンセプトで精製をしていた爛は達人だろうと扱える黒鍵を作り上げた。

 

「四年間の修行中に身に付けたものだ。奇襲にも反応できるように、展開するまでの時間で殺されないようにするために作ったものだったんだが……今では色々と出来るようになっていてな。無意識の内に作れるようになったお陰で、今では三十万本ほど黒鍵を持っている」

 

 三十万本という想像もつかないような量の黒鍵を爛は作り続けていた。毎日毎日、飽きることなく作り続けた結果がこれだ。

 

「それに、可笑しな改良を繰り返していたことで様々な用途に使えるようになったのさ。魔術行使も三回使えるようにしている」

 

 爛は黒鍵を投げた。それはそれぞれ三人の前に落ちた。まるで使っても構わんというように黒鍵の柄が上になっていた。

 

「好きにしろ。壊したところで何も変わらん」

 

 挑発のつもりか。爛はまた新しく三本の黒鍵を握る。しかし、ゆっくりと此方に進み続けている。

 

「チッ───おらぁ!」

 

 多々良が黒鍵を投げる。頭を狙った投擲。真っ直ぐに飛ぶ黒鍵を、爛はそれを左手で人差し指と中指で挟むようにして黒鍵を取る。

 

「先ずは一本」

 

 足を止めることなく進み続ける爛。

 

「我を忘れてないか? 《獣王の威圧(キングスプレッシャー)》!」

 

 威圧が飛んでくる。爛はこれを待っていた。多々良だけに的を絞って歩いていたが、黒鍵ではなく自分の伐刀絶技(ノウブルアーツ)を放ってくるタイミングを待っていた。

 

「────────────」

 

 何もない虚空の目が『魔獣使い(ビーストテイマー)』が操る黒いライオンに向けられる。

 底が見えないような絶望を見せつけるかのように、吸い込まれていきそうな黒い目を向ける。

 そして、警告した。

 

 ───ここから先は死だぞ───

 

 一歩でも踏み込もうとした瞬間、お前は死ぬぞと威圧する。その威圧は、《獣王の威圧(キングスプレッシャー)》すら押し返して更なる威圧をぶつけられる。

 

「~~~~~~~~~~!!??」

 

 自分すらも超越する相手を見せつけられた野生の獣は、死から逃れるためにはどうするのか。

 誰もが予想できることだ。この続きはいらない。

 主人を振り落として尻尾巻いて逃げる獣を追い討つほど、爛も非情ではない。ただ、手札を持っている可能性のある主人は違うが───

 黒いライオンが居なくなったことにより、攻撃も防御もできない凛奈に左手に持っていた黒鍵を投げる。その剣は凛奈の体を貫き、意識もそこで終わる。

 

「───やはりな」

 

 他に手札がなければの話になるが。

 此方に返ってくる剣はないというのに。黒鍵が爛の心臓目掛けて飛んでくる。それを難なく左手でもう一度、取るものの。

 意外なのは、それをやって来た者だった。

 

「いやはや、意外だな。《隷属の首輪》は人にも効果があるんだな」

「……夢にもおもわなんだぞ。黒の騎士よ。よもや余興で我が漆黒の右腕(マイフェイバリットアーム)、暗黒の力、邪王呪縛法の恩恵を一身に受け、罪の色にその身を染める暗き刻印の騎士の力をみせることになるとはな!」

「お嬢様は『たすかったよ! ありがとうシャルロット!』とおっしゃっています。いえいえ、なんのこれしき。私はお嬢様の専属メイドにして、《剣》であり《盾》なのですから」

「……その発言、何とかならんのかねぇ」

 

 これまた、面倒な敵が居たもんだと思いながら苦笑を浮かべる。エプロンドレス姿の少女が凛奈の目の前にいる。彼女こそ、凛奈の真打ちだろう。

 

「にしても、真打ちさんのご登場か」

「シャルロット・コルデーです。以後、お見知りおきを」

「どうもご丁寧に……なるほどなぁ。『彼女』と同じ名前を持つのかぁ……」

 

 爛は考え込むように空を見る。

 暫くしてから、また苦笑を浮かべながら言った。

 

「シャルロットじゃあ、俺の知っている人と一緒になってしまうんでね。コルデーで構わないか?」

「どうぞ。お好きなように」

「そうかい。それは助かる」

 

 シャルロットという名前には縁がある。『彼女』がその名前だったから、そっちの顔が思い出されるのだ。

 

「っ───!」

 

 持っていた四本の黒鍵を投げる。狙うは凛奈。それを見てシャルロットの能力は何なのか。それを判断する。それぞれ、眉間、胸、腕、足の一本ずつ。

 

(それでどうするのか。なにもしなければ当たるぞ)

 

 どのような行動をとるのか。

 

「咲け。《一輪楯花(いちりんじゅんか)》」

 

 掌を広げただけで四本の黒鍵を弾いた。

 本当に面倒な敵らしい。とはいえ、これで面白くなるもの。楽しみでしかない。

 

「障壁使いか、面白い」

 

 笑みを浮かべた。楽しめる相手が居たのだと思いながら、爛はシャルロットの方に歩き出した。

 

「───告げる(セット)

 

 数百もの黒鍵を展開する。しかし、爛が持つ黒鍵の数あるなかの一握り。とはいえ、魔術行使が可能なのだ。

 

「───殺せ(オン)

 

 黒鍵がシャルロットと凛奈に襲い掛かる。

 魔術行使による一斉掃射。展開し、黒鍵を飛ばすだけで魔術行使を一回使っている。残り二回。

 

「咲け。《一輪楯花(いちりんじゅんか)》」

 

 同じようにシャルロットは凛奈を障壁で守る。それは既に分かっている。その障壁は今の爛には壊せない。《一輪楯花(いちりんじゅんか)》を使い続けるのが正解かと言われれば、それは違う。黒鍵は三十万本という数を誇り、魔術行使を三回使うことが出来る。例え弾かれたとしても、魔術行使も含めれば、三回相手に飛ばすことが出来るのだ。

 自分の手で黒鍵を飛ばせば四回になる。その間に、必ず《一輪楯花(いちりんじゅんか)》の展開ができなくなり、魔力が底を尽きる。

 そこまでの確信を持てているのは、黒鍵に宿っている魔力だ。黒鍵は微かに魔力を纏っている。それは既に、シャルロットも気づいているはずだ。その魔力は、他者の魔力を食らうということも。回数が増せば増すほど、黒鍵は強さを持って牙を向く。

 爛がシャルロットに夢中になっていると確信した多々良とサラは動き出す。

 

「そっちばっかに夢中になってんじゃねぇ───!!」

 

 降り下ろされるチェーンソーに対し、爛は既に動いている。

 バックステップで多々良から離れ、黒鍵を投げる。数は三本。左手に持っていた黒鍵を投げ、爛本人は多々良に突撃。残り三本の黒鍵を右手に持つ。

 地擦り蜈蚣の刃は空を切り、迫る三本の黒鍵が多々良の視界に映る。

 避ける、防ぐといった行為は魔術行使がなければ不可能な体勢だが、多々良はそれを可能とするものを持っている。

 それは───《完全反射(トータルリフレクト)》。

 全ての攻撃を跳ね返す。文字通り、完全反射をする。黒鍵をこれを使うことで弾き、爛に対処する。

 

「ケッ───!」

 

 《完全反射(トータルリフレクト)》により、弾かれた黒鍵はリングに突き刺さる。ただし、あり得ない軌道によって突き刺さったため、爛の魔術行使が絡んでいるのは明らか。次に爛が打つ手は何かと思考しながら、横薙ぎで一閃する黒鍵を同じく《完全反射(トータルリフレクト)》で弾く。

 弾かれたことに驚くことなく、爛は弾かれた勢いをそのまま蹴る力に変えた。体を捻らせ、踵落としをするように横薙ぎで右足を振りきろうとする。

 多々良はそれに顔に浮かばせることなくほくそ笑んだ。思惑通りに動いてくれる爛に挑発したくなるものの、不規則な動きを可能とする爛はそれを見てからでも行動を変えられる。

 

 ───取った!

 

 爛の攻撃の軌道を読み、《完全反射(トータルリフレクト)》を展開。

 多々良の読み通り、爛は右足を振りきり、《完全反射(トータルリフレクト)》によって反射されるその足は───

 

 反射の効果が及ぶギリギリのところでピタリと右足を止めた。

 手応えが何も来ないということに横目で確認をする。

 

「なっ───」

 

 驚いたときにはもう遅い。すぐさま体勢を切り替えた爛は左足を多々良の腹部に当てる。

 それだけではない。驚愕することはまだあった。

 あれだけの勢いがあったのにも関わらず、腹部を蹴られた多々良は吹き飛ばされることなく空中に浮かされた。

 

「────────」

 

 そのまま、三本の長剣による斬撃を食らった。深々と切られたが、爛の女を切りたくないという思いもあるからか刃引きされていたため、重傷を負うことなく気を失った。

 

「先ずは一人……不規則な動きをすると分かっていても、どのように動くか分からなければ意味はない」

 

 多々良はそのままリングに沈み込むように倒れた。

 

「さて……次はどっちをやろうか」

 

 とはいっても、残り一人が見当たらない。視界の外にいるのではなく、意識の外にいるかのように。

 爛の意識の外に逃げることはほとんどの不可能。

 

(───見つけた)

 

 ギロリ、と爛は何もいない其処に目をつけた。

 会場から聞こえる声。そこにぽっかりと浮かんでいる人形のものを見つけた。

 何もないところに向かって走り出す。

 爛の視界には、周りからは見えないサラの姿を捉えていた。

 

「────────────」

 

 サラから魔力の昂りを感じる。何かしらのヤバイことが起きるかもしれない。

 先に潰す。そう決めた爛は駆けるスピードを上げる。

 

「ハァ───────!」

 

 黒鍵を振り上げろうとする。その瞬間、見てはいけないような純白を二つ。

 爛の戦いの第六感が叫ぶ。

 ───避けろ。

 

「ッッッッッ────!!??」

 

 形振り構わず、爛はバックステップした。自分があの状況で取れる最大距離。

 

「参ったなぁ……それが本来の力か? 『血塗れのダ・ヴィンチ』」

 

 爛は苦笑を浮かべるものの、その額には汗が流れていた。完全に予想外。そんな力があったとは思えなかったからだ。それは今、この目の前にいる二人の女が理由だ。

 

「エーデルワイスにヘルベルティアか……骨が折れるな」

 

 

 ーーー第86話へーーー


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