落第騎士の英雄譚~世界最強の剣士の弟子~   作:火神零次

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お久しぶりです。
今回は中々書けなくて、何度か書き直しをしていたら三ヶ月も経ってた!
ということで、チマチマと書いていたものになりましたが、第80話と行きましょう!(タイトルは少し悩みました……)

活動報告にて次回の話などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


第80話~パーティの裏で~

 多々良を止める声が聞こえた。その声を聞いた爛は、顔を強張らせる。

 

「チッ……てめぇか」

 

 多々良は舌打ちをしながら、巴の言う通りにした。少しイラついているのだろう。彼女から揺らぎを感じる。

 

「………………………………」

 

 爛はただ沈黙し、巴を見据える。その瞳には、殺気でも何でもない。感情を消し去った視線を向けていた。

 

「爛………」

 

 爛を見つけた六花が近付いてくる。それに気づいた巴は、笑みを浮かべた。

 

「邪魔者は早くいなくなることとするよ。それじゃあ、良いパーティを」

 

 悪意を感じることはできなかった。もう一度、微かに舌打ちをした多々良も、巴と共に別のところへと行った。

 

「ふぅ………一触即発……ってところだったね」

 

 安堵した息を吐いた六花は、爛の側まで歩み寄る。六花の姿をやっと見ることができた爛は内心、ホッとしていた。

 

「………………………………」

 

 すぐに話そうとしたがっている六花に対し肩をつつき、小さな声で六花に話す。

 

「悪いな。この姿じゃ、いつものように話せないから、敬語になる」

「分かった。爛もいつもの口調に戻らないようにね」

 

 爛の今の姿では、いつものように話すことはできない。六花たちだけであればいつもの口調になっても問題は無い。しかし、他の目があるなかで、いつもの振る舞いは行えない。

 それを理解した上で、爛に接することになる。このパーティだけなので、これさえ終わってしまえば、いつもの爛に戻ってくれる。

 

「………爛?」

 

 一輝が今までとは姿の違う爛に、戸惑いながらも本人かと尋ねてくる。

 

「はい。そうですよ」

 

 一輝の方を向いて、爛は笑みを浮かべる。

 

「……とても綺麗だね。いつも見てきた爛とは思えないよ」

 

 一輝から素直な感想が聞こえた。女性ではないことを知っている一輝だが、今の爛の姿を女性ではないと言い切れる自信が、今の一輝にはないのだ。女性ではないのに、化粧などをする必要がないほど、爛の姿は男性ではなく女性を彷彿とさせる。

 

「私はこのようなパーティには無縁でしたから。これを着るのは久しぶりなんですよ?」

「そう……なんだ」

 

 いつものように接するが、一輝は今までとは違う爛に、少し戸惑いが残っている。

 それを見た爛が、一輝の側に近寄った。

 

「ら、爛?」

「今の私に慣れてもらわないと困ります」

「いや、困るって言われても……」

 

 今の爛の姿は、次にいつ見ることになるのか分からない。もうないのかもしれないが、慣れてもらわないと困るということは、今日の内にそれなりに慣れてないと彼が困るのだろう。

 本当にもう一度、この姿を見るときは来るのだろうか?

 そんな疑問を持ちつつも、一輝は爛の言葉に流されてしまう。

 

「ちょ、ちょっと爛さん? お兄様に何を!?」

 

 爛の行動に驚いた珠雫は彼に尋ねるが、爛はクスクスと笑みを浮かべながら答えた。

 

「だって、このような姿をするのは、余りないのですよ? と、言いたいところですが、これ以上貴方をからかうとステラや珠雫から色々と言われるかもしれないので、この辺りで……」

 

 爛は一輝から離れて、六花たちが居る方へと向かう。

 六花は、爛と一輝の会話に口を出さないようにするために、元々いたテーブルのところへと戻っていた。

 

「むぅ、爛」

「どうしましたか?」

 

 少し不機嫌な様子を見せてきた六花は、頬を膨らましていた。

 その顔も可愛らしいものだが、どうしてそのような顔をしているのかは、爛は分かっていなかった。首を傾げた。

 

「……何でもない」

 

 顔を背けた六花は爛から離れようとするが、爛に肩を掴まれる。

 

「……………何?」

 

 不機嫌な表情をしたまま、六花は爛に顔を向ける。それを見た爛は、少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

「そんな顔をしないでください。私が悲しいです」

 

 爛の言葉に、六花は胸に何か鋭利なもので刺されるような感覚に陥った。

 心ない言葉ではなく、本当にそう思って言っている言葉であるから、そのような感覚に陥った。

 

「う~……そんなこと言われたら、何も返せないじゃないか……」

 

 顔を俯かせ、唸っている六花に笑みを浮かべながら見ていると、気になるものを感じた。

 パーティの空気に馴染むわけでもなく、爛を見つめている視線があった。

 その視線に含まれている感情は不思議だ。喜んでいるか、悲しんでいるのか、怖がっているのか。何とも言い難い感情を感じ取った。

 視線の方に顔を向けると、見覚えのある顔が周りでパーティを楽しんでいる者たちよりも、はっきりと浮かんで見えた。

 一番下の妹、沙耶香だった。

 沙耶香は六花たちと共に大阪に行っていた。六花たちが集まっていたテーブルのところには居なかったから、少しだけ心配をしていた爛は、ホッとしていながらも、警戒をしていた。

 爛にとっては疑問でしかないのだ。何故、彼女が周りから浮くような気配をしていたのか。六花たちと居ないのか。

 爛が視線に気づき、此方を見つけたことに驚いたのか、すぐに視線を逸らした。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

 六花に一言だけ断りを入れて、沙耶香のところへと足を進める。

 それが見えたのか。沙耶香は逃げるようにパーティから離れていった。

 一体、どうしたというのか。だが、爛は沙耶香を逃がさない。彼女の気配を追い、彼女が逃げる真意を問い質す。理由によっては、看過できない物となる。手遅れになる前に、打てる手は打っておくに超したことはない。

 

「沙耶香、待ってください」

 

 沙耶香の耳に届くように、爛は声をかける。しかし、沙耶香は足を止めることはなかった。どうやら、無理矢理にでも止めなければ、此方の話を聞く様子は無い。

 足が進むスピードが速い。だが、追い付かないわけではない。爛もスピードを上げ、沙耶香を追いかける。ここで止めなければ、後々後悔することになるだろう。

 

「沙耶香───」

「止めないでッ!!」

 

 沙耶香から怒声とも言えるような声が聞こえた。

 その声を聞いた爛は、足を止めてしまう。

 それでも、追いかけるのを止めるわけではない。沙耶香の肩を掴む。

 此方の話を聞いてもらおうと、爛は口を開こうとした。

 

「止めないで……! お願い………!!」

「ッ、沙耶香……」

 

 涙を流し始めた。涙で声が掠れ、絞り出すような声音で懇願するように言った。

 沙耶香を押さえつけている爛の力が緩んだ。逃げている沙耶香であれば、これを逃す手はない。

 

「ッ!!」

 

 爛を押し退け、走り去っていく。

 沙耶香の真意を問い質すことは失敗に終わった。

 走り去っていった沙耶香の背中を見ながら、爛は悲しむような表情をした。

 今まで、彼女は相談を持ちかけていた。自分で判断もしていたが、爛にも判断をしてほしいと言っていた。それは、大阪に旅立つ前にも。

 嫌な予感が当たるとするならば、七星剣武祭で当たること。既にマッチングは決まっていたはずだ。

 七星剣武祭は、学園ごとの団体戦と、個人戦のトーナメント。個人戦のマッチングはまだ選手には明かされていない。団体戦で特定の選手の長所、短所を見られるわけにはいかないという、運営側の判断だ。

 まだまだ甘いものだと、爛は判断していた。騎士はスポーツマンなのではない。『戦士』であると理解していたからだ。元より、不利な戦いをしてきた爛は、この仕組みに関してはどうでもよかった。

 何れにせよ、命のやり取りに公平も公正もない。文句のつけようがないものに、理不尽な文句をつけることは、七星剣武祭に参加する『戦士』である学生騎士たちを愚弄することになる。

 沙耶香が心配だが、彼女の言葉が爛の胸を刺していた。追いかけることはできない爛は、とある場所へと向かった。

 

「─────────────」

「……おぉ、宮坂くんか。滝沢君が世話になっているようだね」

 

 滝沢君。

 爛を目の前にした男がそう呼んだ。

 爛はこの男を知っている。

 色の入った眼鏡の奥で瞳を細めるロマンスグレーの男を。

 

月影(つきかげ)さん……いや、今は月影総理と呼んだ方がよろしかったでしょうか。それと、今の黒乃の苗字は新宮寺です」

「あぁ、そうだった。今は滝沢くんではなく、新宮寺くんだったね」

 

 あの時から変わっていない。

 その顔も、声も、言葉も、情も、何もかもがあの時から変わっていない。その事に、喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。

 しかし、黒乃からすれば、月影は変わったように見えるはずだ。その容姿や声音は変わらずとも、その瞳に映るものが変わって見えるだろう。

 

「新宮寺くんはどうかな。今でも変わらずに元気かい?」

「元気ですとも。出産も無事に終わったと言っていました。貴方とは結婚式以来、会っていないと」

 

 月影と黒乃は、教師と生徒の関係だった。

 爛はそれを彼女から聞いていた。無論、そこには寧々も居た。教師と生徒の関係が、今は敵同士の関係になっている。黒乃や寧々もこのような形で再会することは不本意なはずだ。

 

「宮坂くんとは、あの時以来だね」

 

 やはり変わっていない。

 だからこそ、同時に恐ろしいとも思えてしまう。

 あの時以来、爛は月影には会っていない。

 

「えぇ、貴方は本当に何も変わっていない。初めて私と会ったときも、私から姿を消したときも。……こうして、不本意な形でありながら、このように再会して会話しているときも、貴方は変わっていなかった」

「さて、本当にそうかな?」

 

 変わっていないからこそ、爛はそう言った。

 爛の言葉に、月影を微笑みを浮かべた。

 

「いえ、少し違いましたか……。貴方とは、あの時以来ではありますが、それは『宮坂爛(・・・)』だけでの話です。もし、私が別の人であれば?(・・・・・・・・)

 

 爛は気になる言葉を口にした。

 別の人であれば(・・・・・・・)、月影と出会うことはできるかもしれない。

 到底、信じられるものではない。不可能なものだからだ。

 

「……まさか、そんなことが可能なのかい?」

 

 月影がその様に言うのは無理もない。

 魔力量がそれを物語るのだ。運命によって決められているものであり、魔力量は変わることはない。つまり、どれだけ変装をしていようが、魔力量を変えない限り、それは不可能なのだ。

 

「さぁ? それはどうでしょうか?」

 

 笑みを浮かべながら、首を傾げ、何のことかとしらばっくれる。

 爛も、月影も、どういう意味なのか分かっている。そして、それを言い合うことでもないことも。爛の言っていることは、不可能でありながら、可能である。それは、爛だけが出来ることだ。

 

「随分と賑やかなものです。これが明後日から戦い合う者たちとは思えませんね」

 

 二人が居たのは、レセプションルームの隣にある喫煙ルームだった。

 月影は何も言わずに頷いた。

 もうここに居る理由はない。

 そう確信して、喫煙ルームから出ようとドアノブに手をかける。

 爛を止めるように、月影が言った。

 

「期待しているよ。……暁の良い引き立て役になってくれることをね。特に……宮坂くん。君と……君の妹に、ね」

 

 やはりそうだったか。

 沙耶香は暁学園の方に入っていたか。

 爛は握り拳を作った。そして、強い口調で、月影に返した。

 

「それはどうでしょうか? 暁学園は打ち砕かれる。私たちの手によって、優勝には至らない。いいえ、至ることなど出来はしません。出来るのであれば、彼女を倒してからにしてもらいたいものです」

 

 キッパリと言い切った爛は、喫煙ルームから出ていった。

 

 

 ーーー第81話へーーー


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