落第騎士の英雄譚~世界最強の剣士の弟子~   作:火神零次

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最近、フリーな時間が多くなっていたので、執筆に力を入れて書いています。休憩にFGOのイベントなどもちょくちょくやっています。タマモ(キャスター)が来ないのなんでぇ…?

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


本戦の章・前編~七星剣武祭団体戦~飛び立つ翼と落ち行く翼
第76話~精神世界からの贈り物~


 目覚めた六花は、未だに眠っている爛の側にいた。眠っているときの爛は人形のように動かなくなっていた。そんな爛が動いた。

 起きたのかと思った六花は、爛の近くまで体を近づけた。すぐにでも抱きつこうとしている様子だった。

 だが、爛は起きなかった。仰向けから横向きに体を動かしただけだった。意外だった。爛が寝返りを打つことなどなかったからだ。見たこともなかった六花は驚いた。まだ、見たこともない爛がいることに、六花は少しだけ不安を持ちつつも、興味も持ったのだ。

 起きる気配を見せない爛は、規則正しく呼吸をしていた。ぶれることないその呼吸は、意識してやっているかのような様子を見せる。

 六花が爛を呼び掛けても、揺すっても起きる気配は全くない。いつもなら相手をしてくれている爛がなにもしてくれないことに少し悲しい思いをする。爛はどうしたら起きるのだろうか。六花が起きてから、今までずっと考えてきたことだ。

 

「爛……起きてよ……」

 

 六花が起きてから、十二時間も時が経っている。爛のことを心配し続けているからなのだろうか。食事もろくに取っていない。リリーたちが食事を持ってきても、六花はそれを食べようともしなかった。爛の作ったものしか食べないというわけではない。食欲がないというのが本音だ。

 未だに爛を心配して、側に居続ける六花を心配する者もいる。破軍学園の理事長の黒乃と二人の友人である颯真だ。何かあってもいいように、特殊な部屋に入れられている爛と六花を窓越しから二人が見ていた。

 

「葛城はいつまであの調子だ、音無」

 

 珍しく煙草に手を出していない黒乃は颯真にあの様子がいつまで続くのかという質問をした。颯真の返す質問は一つだ。それは勿論、黒乃も知っての質問だということに颯真も気づいている。

 自分の答えを返さないというのも変だと思った颯真は、目線を爛たちのいる部屋に向けながら、自分の答えを口にした。

 

「まぁ、爛が起きるまででしょうね」

 

 颯真の返答にそうかという声を溢した黒乃は煙草に手を伸ばそうとする。その行動に気づいた颯真は、溜め息をつき、苦笑を浮かべながら、黒乃に注意をする。

 

「煙草を吸おうとしているのはいいんですが、ここは禁煙ですよ?」

 

 煙草を吸おうとした直前に言った颯真の言葉に黒乃はそうだったなと返事をし、煙草を箱に戻した。どうやら、禁煙ということをしっかりと言っておけば、黒乃は煙草を吸うことはないらしい。であれば、このまま禁煙してほしいと思った颯真だが、そんなことは口が裂けても言えないと感じた。

 颯真は六花が起きるよりも前から既に部屋の前でずっと椅子に座って二人の様子を見続けていた。その時間は十二時間を超え、既に二十時間へとなろうとしていた。

 食事は忘れずにとっているものの、睡眠時間を削っているように見えた黒乃は颯真に質問をする。それは、颯真にとって愚問だった。

 

「音無、寝なくてもいいのか?」

 

 黒乃からの質問を聞いた颯真は、笑いを溢した。盛大なものではない。微笑むようなものの声だった。黒乃の質問は可笑しいことはない。だが、颯真の睡眠時間は常人では倒れている時間なのだ。

 颯真は理由は話さないものの、黒乃に答えだけを返した。

 

「俺は一時間、寝れたら良いですから。そんなに睡眠時間はなくてもいいんですよ」

 

 人じゃないな。と颯真自身が黒乃に返した答えに内心で苦笑をした。表には出さずに、誰にも悟られないようにしていた。

 

「音無、お前の見立てでは師匠(せんせい)はいつになったら起きる」

 

 もうひとつ、黒乃は颯真に質問をした。それは、颯真でもわからないものだった。どう答えを返そうかと颯真は考え始めた。あくまでも、自分の見立てを通し、爛が起きるのは何時になるのかと考える。

 黒乃は、答えが分からない。というものが正解に近いだろうと考える。起きるタイミングなんて誰もわからないのは当然だ。それが分かるのは未来を見ることができることぐらいだと、黒乃は内心で苦笑した。

 五分ぐらいして、颯真が口を開いた。

 

「爛自身にもなるでしょうが、六花が冗談半分でキスした時にでも起きるんじゃないですかね?」

 

 颯真が言ったことは、的確なものに近い。分からないという答えではなかった。思っていたのと全く違うことに、黒乃は内心、驚愕していた。

 颯真は余りにも的確すぎたことに、やっちゃったかなと思いながら、黒乃の方に視線を向けることはなかった。

 

「的確だな」

 

 その一言が返ってくるであろうということは颯真は予想していた。他の言葉が来ることは予想しなくてもいい。何せ、自分が言った答えがほぼ的確だったからだ。黒乃が言った一言が来るということを予想することは容易い。

 

「ま、こういうのは得意ですからね」

 

 颯真と黒乃の二人が会話をしている最中、六花は爛をずっと見つめていた。

 六花が考えていることはやはり、爛を起こすことだった。一食もせずに考え続けても、爛を起こすには効果的なものはない。

 爛は変わらず眠っている。六花が一食もせず、颯真が一睡もすることもなく心配しているというのに、爛は起きようとはしない。

 

「……キスでもしたら起きるかな……」

 

 冗談半分で思い付いたものだった。爛の無防備な寝顔にキスでもしたら目覚めるのではないかというなんともロマンチックなものだった。

 いや、六花にとってはそんなロマンチックで幻想(ファンタジー)的なことは一切起こらないだろうと思っていた。

 六花の唇は、そのまま無防備な爛の唇に合わさろうとしていた。そして、唇同士が軽く触れ合い、そこで止まった。

 何の手応えも感じなかった。やっぱりダメだったのかと、六花は溜め息をついてしまった。

 何か方法はないかと考え始めた次の瞬間、微かに六花の耳に届いたものがあった。

 

「ん………んん……」

 

 爛の声だ。六花は少しだけ希望をもった。もしかしたら、これで爛が起きるかもしれない。小さなものでも、今の六花はすがりたい思いだった。

 

「んぅ……六……花………?」

「爛………!!」

 

 爛が瞳を開けた。六花はすぐに、爛が起きていることを確認した。瞼は上がっており、爛の瞳が六花を映していた。爛が起きたのだ。六花はその事実に、涙を溢した。六花はそのまま、爛に抱きついた。力強く、今まで溜めてきたものを吐き出すように抱き締めた。

 

「六花………」

 

 爛は笑みを浮かべた。彼女がどのような思いをしているかは何となくだが、爛にもわかる。だから、何かをいうつもりはない。

 六花は爛の名前を呼び続けながら、爛の胸に顔を埋めた。それを受け入れている爛は、六花の頭を撫で続けた。

 

「お前の言う通りになったな、音無」

 

 颯真の答えた通りに、六花が冗談半分で爛にキスをしたあとに、爛が目覚めた。的確に答えたことが、その通りになったのだ。黒乃はその事実に驚きながらも、それらは内心で抑え、表には出していなかった。

 

「そうですね。これで、俺は失礼させてもらいますよ。甘ったるいものを見せられるかもしれないのでね」

 

 颯真は二人の様子を一度だけ見ると、それでは、とだけ言い残して、出ていってしまう。颯真の言ったことに返事をしなかったものの、無言で頷いた黒乃も、部屋から出ていく。今は、爛と六花の二人っきりの空間にしようと、颯真と黒乃は邪魔をしないようにしたのだ。

 

「ずっと起きてたんだよ……爛が起きてくれないから」

 

 涙を流しながら、六花は不安な声音で爛に言った。とても不安だったのが、爛に伝わったのか。爛は何も言わないまま、六花を包むように抱き締めた。

 

「すまなかった……」

 

 爛は謝ることしかできない。自分の心が弱かったせいで暴走することとなり、挙げ句の果てには六花を傷つけようとしたことを、爛は覚えている。だから、爛は謝ることしかできないのだ。それは、六花もよく知っている。爛は謝らなければならない立場なのも。

 六花は、爛の謝罪に顔を横に振った。

 

「良いの……爛が戻ってきてくれただけでも、僕は良いの……」

 

 すぐにでも消えてしまいそうな声は、爛の耳にしっかりと届いている。そこまで、六花を心配させていたことに、謝らなければならないとは思いながらも、爛はそれだけでは六花がこんなにも消えてしまいそうな様子は見せてこない。怯える子猫のように六花は、爛に体を寄せ、震わせるだけだった。

 

「六花……ごめんな……何もできなくて……」

 

 六花に伝えられる言葉は謝罪の言葉だけだった。今、爛には他の言葉が伝えられない。罪の意識を持ち続けている爛は、謝ることしかできないのだ。自分の罪の悪戯に六花をずっと振り回し続けている。

 

「いいの………いいの……僕だって、何もできなかった……!」

 

 六花は苦し紛れに言葉を紡いだ。爛にはその苦しさがよく分かる。分かっているからこそ、何も言わずに六花の言葉に耳を傾け、静かに聞き続けた。

 

「大事なときに限って……僕は何にも……!」

 

 分かっている。六花の言いたいことも、謝りたいことも何もかも、爛には分かっている。だが、それを口出しはしない。苦し紛れに紡ぎだしている言葉だ。

 

「そんなことはない」

 

 それでも、六花の言葉を爛は否定した。何にもできなかった。そんなことを言わせるつもりなどない。爛にとっても苦しいのだ。六花が自分に傷を負わせるような言い方は許せないし、苦しくもなる。

 

「俺は、お前から大きなものを貰ってる」

 

 それは、愛だ。爛が六花の頬に手を当てて言った。愛というものを知らなかった爛に、それを教えてくれたのは六花だった。それだったら、香や明でも愛を教えることは出来るだろう。でもそれは姉や妹という見方での愛でしかない。本当に、大切な人を思う愛を教えてくれたのは六花なのだ。

 爛にとって、それは感謝しきれないものとなっている。返しきれない恩にもなっている。爛はそれを言葉にして表すには小さすぎるものだと感じるほどに。

 

「だから、そんな辛い顔をしないでくれ……こっちも辛くなる」

 

 沢山の愛をもらえている爛にとって、六花はかけがえのない存在だ。無くすことができないのだ。六花にとっても、爛の存在はとても大きい。

 

「……ほら、泣かない。六花は笑ってる方が良いんだぞ?」

 

 爛は六花の涙を拭いた。泣いてほしくない、笑っていてほしいというのが、爛の願いでもある。優しい笑みを浮かべた爛に、六花は甘えたくなる。

 

「うぅ……爛ぅ……」

 

 六花は爛の上に乗り、爛に抱きつく。それを受け入れている爛は六花の頭を撫で、体を委ねてくる六花の体をしっかりと受け止める。

 

「……………………………」

 

 爛は隣に置かれていた箱に気づく。取ろうと手を伸ばし、その箱をとった。精神世界からの贈り物……沙耶香からもらったもの。箱の中身を見るために、箱を開けてみる。

 

「贈り物がこれかい? 沙耶香」

 

 爛はひとりでに呟いた。箱から取り出したのは、眼鏡。眼帯は既に外され、箱のとなりに置いてあった。そのまま眼鏡をかけると、爛の瞳にとある変化が起きる。

 

「こいつは……!」

 

 嬉しい贈り物じゃないか。笑みを浮かべながらそう思った爛は、未だに眠っている沙耶香の方に視線を向ける。

 ふと、ペンダントはまだあるかと、視線は自分が首にかけているものに視線を向けた。ペンダントはまだ首にかけられてあり、欠損も何もなかった。

 

「良かった……」

 

 安堵の表情をした爛に、六花が尋ねてきた。それは、ペンダントのことについてだった。六花からすれば、会ったときからずっと首にかけているペンダントは気になり続けているものだろう。

 

「そのペンダントは誰かからもらったの?」

 

 尋ねてくるのも無理はない。そう思いながら、爛は六花に答えを返した。

 

「沙耶香からだよ……一番下の妹さ」

 

 隣のベッドで眠っている沙耶香に視線を向けた。六花も同じように沙耶香の方を向いた。未だに眠っている彼女には二人の声は届いていない。

 とてもいい贈り物だった。ありがとう沙耶香。良い妹を持てたな、俺は。

 兄一人が感じることのできる幸せを、爛は少しだけ六花と共有し、後は独り占めにしたくなった。出来ることなら、幸せを独り占めにできた方が良いのだろうけれど……それは、まだもう少し先のことになりそうだ。

 

 

 ーーー第77話へーーー


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