中々、この話を書くのに四苦八苦しており、とても大変でした。
活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。
「爛ッ!!」
爛の叫びを聞いた六花は走り出す。それは、六花だけじゃない。リリーや明、爛に思いを寄せている者たちが一斉に走り出した。
「僕たちも行こう!」
一輝も六花たちに続く。赤い雨が降り頻る中、独りだけその場に立ち尽くす颯真は、六花たちの背中を見つめていた。
「………………………………」
ただ立ち尽くすその姿には、悲しみが込められていた。
瞳には悲しみの心が表れ、何もできない自分にはどうすればいいのだろうかと、颯真は頭の中で何度も最悪の展開を想像していた。
「ならないためにも、行った方がいいのか……?」
それとも、逆か。
爛の圧倒的な力を知っているからこそ、迷いが生まれる。自分が生きるためには、爛を放置しておくのがいい。爛から離れていればよかった。それだけで、爛の脅威から自分を守ることができる。
「あぁ……そうか……」
こんなことを考えるのは。
自分がまだ、心の何処かで爛を信じきれていないからだ。
「…………………?」
ふと、白い花弁が舞っていることに気がついた。
一枚、颯真の足元に落ちる。余りにも美しく、そして儚い願いのように叶わなかったものは、それでも輝きを失わずに在り続けている。
背中を、押される感覚がした。
「でも、まだ……」
颯真の意思が変わっていく。今まで、積み重ねてきた爛との日常は、自分にとって大切なものだ。
だからそれを捨てるわけにはいかない。
「───お前に、賭けてみる」
信じよう、爛を。
爛が、自分をいつも信じてくれているように。
颯真の瞳に、迷いはもうない。力強く踏み込み、走り出す。
「爛! 何処に居るの!?」
六花の声は、悲しみに濡れていた。
爛の叫びと考えていた最悪の展開が被さっていなければ、まだ、爛は助けられるはず。
そんなことを願いながらも、六花はただひたすらに走り、爛を探していた。
「爛!?」
木が倒れ、広場のように何もないところに、爛が立ち尽くしていた。爛の目の前には、血を流していた沙耶香が、倒れていた。
「爛! 良かった……無事なんだね」
爛を見つけられ、そして無事であるということに安堵する。
「────────────」
爛に近づこうと、一歩踏み出した瞬間、声にもならない悲鳴を上げそうになった六花は、足を踏み止めた。
異様に感じる、爛の殺気。まるで、復讐のために怒りに燃えている人間のものだ。
そして、それは間違いなく、自分に向けられている。
「爛……?」
不安が募っていく。踏み出すことができないほど、爛は警戒している。そして、それは多分、目の前に倒れている沙耶香が原因だろう。
しかし、六花には……沙耶香が爛にとってどういう存在なのかは分からない。
「……沙耶香」
爛は座り込み、沙耶香を抱き上げる。まだ、息はある。助けなければならない。
自分にとって、今彼女に与えることができる回復魔術を施す。
「……〈
沙耶香の傷は塞がり、出血を抑えることができた。しかし、これはまだ一時的な処置に過ぎない。しっかりとした効果を得ることできていないのだ。
「────────────」
爛は意識を取り戻していない沙耶香を抱き締める。沙耶香は無意識ながらも、爛の体に手を回していた。
「………………………え?」
六花にとって、意外だった。爛と沙耶香が抱き締めあっている。六花は沙耶香のことを知らない。見知らぬ人物といってもいい。
「……………………………」
爛の瞳が六花を映した。その瞳と表情には絶望というものではなく、どの感情でもない無表情だった。
「■■■■■■■■■■■■■───!!!」
声にならない雄叫びが響く。爛は黒く埋め尽くされ、沙耶香はそのまま地に倒れる。
「■■■■■■■■■■■■■■■────」
立ち上がる。ふらふらとした覚束無い足取りで六花に近づいてくる。
六花はそれを、喜んで受け入れることができない。
向けられているのは、正しく殺意。爛の瞳には、目の前にいる六花が誰なのか、その認識すら出来なくなっている。
「爛! 僕が、分からないの!?」
認識ができていないことに気づいた六花は、爛を呼び起こそうと必死に声をかける。
だが、爛にはその声が届いていない。
「爛!!」
爛の足は、止まらない。真っ直ぐ、六花に向かって進み続けている。
爛が近づいてくるほど、爛から感じてくる殺意を濃く感じてしまう。
体が震える。恐怖で埋め尽くされていく。目の前にいる大切な人が、自分に刃を向ける。そう思うだけで、体が震え、恐くなっていく。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「─────────ッッ!!??」
ザーッというノイズ音が耳に響く。聴覚というものを無くしたいほどに響き、耳を押さえていても、それが止む気配はない。
「六花ちゃん!」
明たちが追い付いた。しかし、二人に近づこうとする明たちも足を止める。
爛から感じ取った殺気に、足を止めてしまったのだ。しかし、明は爛の後ろにいる沙耶香に気づく。
「沙耶香!?」
「──────っ!!??」
後からやって来た颯真が沙耶香を呼ぶ明の声に反応をした。
沙耶香が居る。爛はそれを守るはずだ。敵味方の区別ができない以上、大勢で来れば爛を刺激し、最悪の場合、六花たちが死ぬことになる爛が我に返ったとき、彼は絶望するはずだ。
「沙耶香………!!」
倒れているのを見つけた颯真は息を飲んだ。爛が沙耶香に手を出すはずがない。
では誰がやったのか。しかし、それを考える時間はない。目の前にいる爛は理性を失っている。沙耶香を守るという本能だけで動いている。
今、この状況は非常に不味い。
「下がるぞ!」
颯真の声が響く。この状況を良く理解している。
「でも、どうして!」
「今、あいつに俺たちを区別することはできない。大勢でいる以上をあいつを刺激するだけだ! 俺たちは爛には敵わない。今は、下がるべきだ!」
六花が抗議の声を上げる。しかし、颯真のいっていることは正しい。今、爛を刺激している中で、敵わないと知っていながら近づく訳には行かないのだ。
「……六花、颯真のいっていることは正しい。今、彼が攻撃してこないのは、僕たちがなにもしていないから。これ以上近づけば、彼は刃を向けてくる。君を……殺すかもしれないんだよ?」
一輝が声をかけた。颯真の言っていることを助けるように、六花に促した。今は下がるべきだと。
それでも、六花は下がろうとはしなかった。寧ろ、爛に近づいていった。
「六花!!??」
颯真は目を剥いた。あり得ない行動を、彼女は起こしたのだから。
近づけば、誰であろうと爛は殺す。手遅れになる前に、止めないといけない。
颯真は走り出す。その横で、一輝も走り出していた。
「爛! 僕が分からないの!? ねぇ、爛!!」
六花の声に、爛は答えない。ふらふらと覚束ない足取りのままで、六花に近づいていく。
恐怖を感じながらも、それを圧し殺しながら、爛に声ぶつける。
「答えてよ! 爛ッ!!」
今にも張り裂けそうな声音で爛を何とかしようとしている。
それでも、爛は何も答えない。ただ近づいていくだけ。それも、明確な殺意を向けながら。だが、そんな明確な殺意は今にも消えそうな蝋燭の火のように揺らめいていた。
迷い始めている。元に戻るかもしれない。それを感じた六花は更に思いを爛にぶつける。
「爛は、そんなことで僕のことが分からないなんてことないでしょ!? 今まで、悲しいことはあっても、爛が、殺意を向けてくることはなかった!! だから、戻ってきてよ! 僕は、信じてるからッ!!」
単なる願望だと言うことはこれをいっている六花本人も分かっている。叶わないことだろうと、僅かな可能性に賭けている。
「爛…………!!」
六花の表情が悲しみに変わっていく。爛が戻ってこない。必死になってやっているのに、答えてくれない。どうすれば、爛は答えてくれるのか。
六花の中で、疑問が浮かぶばかりだ。その疑問が消えることはなく、ただ迫ってくる爛に言葉で気持ちをぶつけるだけでは、効果がないのではないのか。
なら、覚悟を決めなければならない。最悪、爛の心を完全に折ってしまうかもしれない。
自分のせいで爛が別の意味で戻ってこないとなると……迷いが生まれてしまう。
だが、六花は考えるのが遅かった。爛は既に刃が届くところにいた。爛の握っている刀が振り上げられる。間に合わない。恐怖が勝り、逃げることができない。
もう……ダメなのか。
『諦めるな! 六花!!』
聞きなれた声と共に、六花の視界に、白い花弁が舞っていることに気づいた。雨が降っているなかで、花弁が舞うことなどない。
だが、その花弁は、とても聞き覚えのある声と共に、舞い上がっていく。
『諦めるな! まだ、希望はある!』
それは、幻想なのかもしれない。でも、それが本当なら……
『俺に、賭けてくれ! 六花!!』
あぁ、分かったよ。君に───賭けてみる。
ーーー第75話へーーー