落第騎士の英雄譚~世界最強の剣士の弟子~   作:火神零次

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第58話~姉と弟と妹~

「……待て、聞き間違いか?」

 

 爛は黒乃にそう問う。その顔には無機質な表情があるが、内には焦りなどがあるだろう。

 何故、このようになっているのか。それは一輝と爛の最終選抜戦が始まる一週間前。爛は最終選抜戦の対戦相手を指名されていた。

 

「いいえ、連盟本部からの指示です。香と師匠(せんせい)で戦えと。」

 

 そう。爛は最終選抜戦の相手が姉である香なのだ。だが、爛の中には別の焦りがあった。

 

「………………………チッ。」

 

 爛はしばらくすると、苦虫を噛んだような顔になり、舌打ちをする。

 

「黒乃。香姉はそれを了承したのか?」

「はい。彼女も師匠(せんせい)と居れるなら、と。」

「あの姉は………。」

 

 何をやっているんだと突っ込んでしまいそうだが、何とかそれを堪えるものの、頭を抱えてしまう。

 

「………ハァ………分かった。やるよ。」

 

 爛はそう言うと、理事長室から出ていく。爛からすれば不本意だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く………。香姉は………。」

 

 爛はそう呟く。リングの上には、香が立っている。

 

「仕方ない……。」

 

 爛は何かの力を発現する。

 

「サーヴァント憑依。クラス、アヴェンジャー(復讐者)。真名、ラロル。これが、英霊の俺だ。」

 

 発現された力は、サーヴァントのものだった。ただ、聡美からすれば、それは謎でしかない。セイバーのクラスとして来たはずなのだが、それが違うクラス。今まで信じてきた味方が復讐者。信じがたいごとだ。

 

「……………………………。」

 

 香は黙って爛を見ていることしかできなかった。

 

「どうした?来ないのであれば、こちらから行くぞ。」

 

 爛は二本のナイフを逆手で持つ。そのナイフの刃は鋸の刃のように出来ており、深く斬れるように出来ていた。

 

「さぁ、行くぞ!」

 

 爛………、いや、復讐者のラロルは走り出す。

 香はすぐに自身の固有霊装(デバイス)を顕現する。

 

「白く輝く銀は、陽光を反射する雪のように。出番よ、白銀(しろがね)。」

 

 香はその名の通りの霊装(デバイス)白銀(しろがね)を顕現する。

 

「フン、霊装(デバイス)白銀(しろがね)。逸話では確か悪の者を有利に裁くことができるもの……。だが!このアヴェンジャー(復讐者)には!生温い物だ!」

 

 ラロルは持っているナイフを雨霰のように香に投げる。

 

「フッ!」

 

 香はラロルのナイフに反応し、次々と切り落としていく。

 

「その程度か?その程度でそれを落とそうと思っているのか!?」

 

 ラロルがナイフを投げていくなか、落ちていたはずのナイフが宙に浮かび、香に向かって突き刺さろうとしていた。

 

「ッ!?」

「フン、今のを避けたか。だが、それはまだ序の口に過ぎない。」

 

 ラロルの背後から、何かが顕れる。黄金に輝くもの。それは霊のように。

 

「こいつをも使って、これを避けられるか!?」

 

 黄金に輝き、ラロルの後ろから顕れたものは、ラロルのナイフを握り、香に向かって凄まじいスピードで投げる。

 

「ッ、くっ!」

 

 香は後ろに下がりながらも、さらに多くの量のナイフを落としていく。

 

「貧弱貧弱ゥ………!そら、前だけだと思ったのか!」

 

 ラロルは三つのナイフを投げる。二つは一つのナイフを弾き、香の後ろへ、もう一つは弾いて向かってきているナイフに当たり、弾かれたナイフはそのまま香の背中を刺そうとしていた。

 

「《星屑(スターダスト)》。」

 

 香の周りに、星の屑が展開され、襲いかかるナイフを次々と落としていく。

 

「待ってたよ。………それを。」

 

 香に向かって話したのはラロルではなく、英霊の憑依を解いた爛だった。

 

「さぁ、この刃を……防げるかな?」

 

 爛は高く振り上げる。その振り上げられた右腕は、『星の聖剣』の様に輝いていた。

 

「《一閃せよ、銀の腕(デッドエンド・アガートラム)》!!」

 

 逆袈裟斬りで右腕を振るう。その力は黄金に輝く奇跡となり、空間を切り裂いていく。

 

「ッ、《虚無空間(きょむくうかん)》!」

 

 香はすぐに動き出す。無が作り出す空間を作り出し、黄金に輝く奇跡を凌ぐ。

 

「遅いぞ!」

「なッ!?」

 

 だが、逆にそれは囮であり、香が作り出した空間は徐々に凍り始めていた。

 

「ラロルが持つ『空間凍結』。その名の通り、空間、結界を凍らせてしまうものだ。」

 

 そう言うと、爛はその凍り始めた空間に入り込む。

 

「ッ………………。」

「無駄なんだ。無駄無駄………。」

 

 香に向かってそう吐き捨てる。ナイフを手に持ち、何も抵抗してこない香を突き刺す。

 そのまま、…………香は倒れた。

 

「…………終わった…………。」

 

 爛はそう呟くと、香を抱えてフィールドから居なくなってしまう。

 

「………香姉。」

 

 爛は悲しい表情になりながらも、香の側に居た。

 爛は香の部屋へと運んでおり、爛は自分の姉のことで頭が一杯になっていた。香のベッドの隣に座り続けていた。

 

「なぁ………、俺は………、『人間』………なのかな………。分かんなくなってくる………。自分が誰なのか………、たまに………恐ろしいほどに不安なときがある………。恐怖……じゃない………。ただ………、とてつもない喪失感が………、襲ってくるんだ………。」

 

 爛は涙を流しながら、香の手を握る。

 その暖かさは、爛の心を暖めていき、そして、爛に安らぎを与えていく。

 

「………これだけの力を持っていながら………、俺はここで戦う理由が見つからない………。六花たちのために振るってきた思いが………、俺を惑わしていく………。何処に向かっていけばいいのかも………、俺には分からないんだ………。」

 

 爛は思いは、よく知っている香であれば、痛いほどに分かることだろう。

 爛の過去を知って………、痛みを知って………、隠したものを知って…………。

 それでもなお、彼は力を振るい続けた。守りたいものを守るために。

 

「……香姉………。俺は………、今まで何を求めてここまで来たんだ………?ここまで…………振るってきたのは………、間違いだったのか…………?傷を生んでしまっていることで………、俺はもう…………、道を外しているのか…………?分からない…………。俺には全く分からない…………。どれが正しいのかも………。何が善で…………、何が悪なのかも………。」

 

 爛は迷い始める。頭を抑え、今にも泣き狂いそうになる。今までの自分は何だったのかを、問おうとしてしまう。

 

「爛は………悪くないの………。」

「ッ!?」

 

 背後から、暖かいものが包み込んでくれる。そして、

 

「うん………。お兄ちゃんは………、全然悪くない…………。」

「明………、いつの間に………!?」

 

 正面からは、気づかない内に入ってきていた明が抱き締めてくれていた。

 

「爛は……苦しいことになっても………頑張ってくれていた………。」

「私たちを守ってくれていた………。それだけで……嬉しかった………。」

 

 二人の声が、左右の耳から入っていく。甘いその声は、爛を、爛の何もかもを溶かしていく。ゆっくりと………ゆっくりと………。

 

「私たちがお兄ちゃんのことが好きなのは………。」

「爛が可愛くて………、それでいて、頑張ってくれていて………。」

 

 爛は涙を止めようとしていた。見せたくなかった。強くなくてはならないから。そんな理由でしかなかった。

 

「「私たちは、そんな姿に恋をしたの………。」」

 

 二人の言葉が重なった。二人の思いが、伝わった。何故こんなにも自分のことが好きだったのか。それが、やっと分かることができた。

 

「あ、でも、他にもあるんだよ?笑顔を見せてくれたり、優しかったり。色々と好きだった。」

「でも、それを見ていたら、いつの間にか爛を意識していた。」

 

 二人が爛を抱き締める力は強くなっていた。

 

「………二人………とも…………ッ!」

 

 爛が正面で抱き締めていた明を逆に抱き締める。

 

「……ありが………とう………!!」

 

 涙を流して、自分の言える最大限の言葉で、爛は二人に礼を言った。

 

「ね、だから………。」

「?」

 

 頬を少し赤くさせている明を見て、爛は首を傾げるものの、少しずつ明の顔が近づいてきていることに気付く。

 

「明………?何を……。~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!????」

 

 明の唇が、爛の唇と重なり、爛は驚きの表情をするが、明はお構い無く舌を強引に爛の中に入れる。

 

「……ちゅ………んっ………お兄………ちゃん………好きぃ………。」

 

 明は爛の舌を舐め回す。爛は六花とは違うキスの仕方に目が虚ろになっていた。

 

「………んん………ぷはぁ………。美味しかったよ、お兄ちゃん♡」

 

 明は満足したように、笑顔を見せるが、爛は気持ちよさに意識が掠れていた。

 

「私も……して?爛……………ちゅ。」

「か、香姉……まで………んん!」

 

 明に嫉妬をしたのか、香が背後から身を乗り出して爛の唇と重ねる。

 

「………んん……か……おり……ねぇ………ちゅ………んんっ!」

 

 爛は必死に抵抗するが、香の思うようにされてしまい、抵抗でさえ無駄なものとなっていた。

 

「……ぷはっ………。確かに美味しかった……爛…。」

「ハァ………ハァ………ハァ………。」

 

 香も満足したように笑顔でいるが、爛は今までとは違う快感に完全に脱力しきっていた。

 

「爛!見つけたよ!」

 

 突然開け放たれた扉から出てきたのは、爛を探しに来ていた六花とリリーだった。

 

「……あ……、六花……?リリー……まで………?」

 

 脱力しきった顔で六花を見つめる。その顔は六花とリリーにとっては、愛しい爛の顔でしかなかった。

 

「爛~~~~!」

「マスター~~~~~~~~!」

 

 二人は爛の左右に行き、爛を抱き締める。

 

「ふぁ………。誰か助けて………。」

 

 囲まれてしまった爛は抵抗するが、四方を既に囲まれ、そして抱きつかれている時点で、爛は逃げれないとしか考えられない。

 

「爛……♡」

「お兄ちゃん………♡」

「マスター………♡」

「らぁん………♡」

 

 四人とも、目がハートになって爛を抱き締めていた。

 

「だ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 このあと、爛の叫びが響いたのは言うまでもない。

 

 

 ーーー第59話へーーー


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