「……待て、聞き間違いか?」
爛は黒乃にそう問う。その顔には無機質な表情があるが、内には焦りなどがあるだろう。
何故、このようになっているのか。それは一輝と爛の最終選抜戦が始まる一週間前。爛は最終選抜戦の対戦相手を指名されていた。
「いいえ、連盟本部からの指示です。香と
そう。爛は最終選抜戦の相手が姉である香なのだ。だが、爛の中には別の焦りがあった。
「………………………チッ。」
爛はしばらくすると、苦虫を噛んだような顔になり、舌打ちをする。
「黒乃。香姉はそれを了承したのか?」
「はい。彼女も
「あの姉は………。」
何をやっているんだと突っ込んでしまいそうだが、何とかそれを堪えるものの、頭を抱えてしまう。
「………ハァ………分かった。やるよ。」
爛はそう言うと、理事長室から出ていく。爛からすれば不本意だろう。
「全く………。香姉は………。」
爛はそう呟く。リングの上には、香が立っている。
「仕方ない……。」
爛は何かの力を発現する。
「サーヴァント憑依。クラス、
発現された力は、サーヴァントのものだった。ただ、聡美からすれば、それは謎でしかない。セイバーのクラスとして来たはずなのだが、それが違うクラス。今まで信じてきた味方が復讐者。信じがたいごとだ。
「……………………………。」
香は黙って爛を見ていることしかできなかった。
「どうした?来ないのであれば、こちらから行くぞ。」
爛は二本のナイフを逆手で持つ。そのナイフの刃は鋸の刃のように出来ており、深く斬れるように出来ていた。
「さぁ、行くぞ!」
爛………、いや、復讐者のラロルは走り出す。
香はすぐに自身の
「白く輝く銀は、陽光を反射する雪のように。出番よ、
香はその名の通りの
「フン、
ラロルは持っているナイフを雨霰のように香に投げる。
「フッ!」
香はラロルのナイフに反応し、次々と切り落としていく。
「その程度か?その程度でそれを落とそうと思っているのか!?」
ラロルがナイフを投げていくなか、落ちていたはずのナイフが宙に浮かび、香に向かって突き刺さろうとしていた。
「ッ!?」
「フン、今のを避けたか。だが、それはまだ序の口に過ぎない。」
ラロルの背後から、何かが顕れる。黄金に輝くもの。それは霊のように。
「こいつをも使って、これを避けられるか!?」
黄金に輝き、ラロルの後ろから顕れたものは、ラロルのナイフを握り、香に向かって凄まじいスピードで投げる。
「ッ、くっ!」
香は後ろに下がりながらも、さらに多くの量のナイフを落としていく。
「貧弱貧弱ゥ………!そら、前だけだと思ったのか!」
ラロルは三つのナイフを投げる。二つは一つのナイフを弾き、香の後ろへ、もう一つは弾いて向かってきているナイフに当たり、弾かれたナイフはそのまま香の背中を刺そうとしていた。
「《
香の周りに、星の屑が展開され、襲いかかるナイフを次々と落としていく。
「待ってたよ。………それを。」
香に向かって話したのはラロルではなく、英霊の憑依を解いた爛だった。
「さぁ、この刃を……防げるかな?」
爛は高く振り上げる。その振り上げられた右腕は、『星の聖剣』の様に輝いていた。
「《
逆袈裟斬りで右腕を振るう。その力は黄金に輝く奇跡となり、空間を切り裂いていく。
「ッ、《
香はすぐに動き出す。無が作り出す空間を作り出し、黄金に輝く奇跡を凌ぐ。
「遅いぞ!」
「なッ!?」
だが、逆にそれは囮であり、香が作り出した空間は徐々に凍り始めていた。
「ラロルが持つ『空間凍結』。その名の通り、空間、結界を凍らせてしまうものだ。」
そう言うと、爛はその凍り始めた空間に入り込む。
「ッ………………。」
「無駄なんだ。無駄無駄………。」
香に向かってそう吐き捨てる。ナイフを手に持ち、何も抵抗してこない香を突き刺す。
そのまま、…………香は倒れた。
「…………終わった…………。」
爛はそう呟くと、香を抱えてフィールドから居なくなってしまう。
「………香姉。」
爛は悲しい表情になりながらも、香の側に居た。
爛は香の部屋へと運んでおり、爛は自分の姉のことで頭が一杯になっていた。香のベッドの隣に座り続けていた。
「なぁ………、俺は………、『人間』………なのかな………。分かんなくなってくる………。自分が誰なのか………、たまに………恐ろしいほどに不安なときがある………。恐怖……じゃない………。ただ………、とてつもない喪失感が………、襲ってくるんだ………。」
爛は涙を流しながら、香の手を握る。
その暖かさは、爛の心を暖めていき、そして、爛に安らぎを与えていく。
「………これだけの力を持っていながら………、俺はここで戦う理由が見つからない………。六花たちのために振るってきた思いが………、俺を惑わしていく………。何処に向かっていけばいいのかも………、俺には分からないんだ………。」
爛は思いは、よく知っている香であれば、痛いほどに分かることだろう。
爛の過去を知って………、痛みを知って………、隠したものを知って…………。
それでもなお、彼は力を振るい続けた。守りたいものを守るために。
「……香姉………。俺は………、今まで何を求めてここまで来たんだ………?ここまで…………振るってきたのは………、間違いだったのか…………?傷を生んでしまっていることで………、俺はもう…………、道を外しているのか…………?分からない…………。俺には全く分からない…………。どれが正しいのかも………。何が善で…………、何が悪なのかも………。」
爛は迷い始める。頭を抑え、今にも泣き狂いそうになる。今までの自分は何だったのかを、問おうとしてしまう。
「爛は………悪くないの………。」
「ッ!?」
背後から、暖かいものが包み込んでくれる。そして、
「うん………。お兄ちゃんは………、全然悪くない…………。」
「明………、いつの間に………!?」
正面からは、気づかない内に入ってきていた明が抱き締めてくれていた。
「爛は……苦しいことになっても………頑張ってくれていた………。」
「私たちを守ってくれていた………。それだけで……嬉しかった………。」
二人の声が、左右の耳から入っていく。甘いその声は、爛を、爛の何もかもを溶かしていく。ゆっくりと………ゆっくりと………。
「私たちがお兄ちゃんのことが好きなのは………。」
「爛が可愛くて………、それでいて、頑張ってくれていて………。」
爛は涙を止めようとしていた。見せたくなかった。強くなくてはならないから。そんな理由でしかなかった。
「「私たちは、そんな姿に恋をしたの………。」」
二人の言葉が重なった。二人の思いが、伝わった。何故こんなにも自分のことが好きだったのか。それが、やっと分かることができた。
「あ、でも、他にもあるんだよ?笑顔を見せてくれたり、優しかったり。色々と好きだった。」
「でも、それを見ていたら、いつの間にか爛を意識していた。」
二人が爛を抱き締める力は強くなっていた。
「………二人………とも…………ッ!」
爛が正面で抱き締めていた明を逆に抱き締める。
「……ありが………とう………!!」
涙を流して、自分の言える最大限の言葉で、爛は二人に礼を言った。
「ね、だから………。」
「?」
頬を少し赤くさせている明を見て、爛は首を傾げるものの、少しずつ明の顔が近づいてきていることに気付く。
「明………?何を……。~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!????」
明の唇が、爛の唇と重なり、爛は驚きの表情をするが、明はお構い無く舌を強引に爛の中に入れる。
「……ちゅ………んっ………お兄………ちゃん………好きぃ………。」
明は爛の舌を舐め回す。爛は六花とは違うキスの仕方に目が虚ろになっていた。
「………んん………ぷはぁ………。美味しかったよ、お兄ちゃん♡」
明は満足したように、笑顔を見せるが、爛は気持ちよさに意識が掠れていた。
「私も……して?爛……………ちゅ。」
「か、香姉……まで………んん!」
明に嫉妬をしたのか、香が背後から身を乗り出して爛の唇と重ねる。
「………んん……か……おり……ねぇ………ちゅ………んんっ!」
爛は必死に抵抗するが、香の思うようにされてしまい、抵抗でさえ無駄なものとなっていた。
「……ぷはっ………。確かに美味しかった……爛…。」
「ハァ………ハァ………ハァ………。」
香も満足したように笑顔でいるが、爛は今までとは違う快感に完全に脱力しきっていた。
「爛!見つけたよ!」
突然開け放たれた扉から出てきたのは、爛を探しに来ていた六花とリリーだった。
「……あ……、六花……?リリー……まで………?」
脱力しきった顔で六花を見つめる。その顔は六花とリリーにとっては、愛しい爛の顔でしかなかった。
「爛~~~~!」
「マスター~~~~~~~~!」
二人は爛の左右に行き、爛を抱き締める。
「ふぁ………。誰か助けて………。」
囲まれてしまった爛は抵抗するが、四方を既に囲まれ、そして抱きつかれている時点で、爛は逃げれないとしか考えられない。
「爛……♡」
「お兄ちゃん………♡」
「マスター………♡」
「らぁん………♡」
四人とも、目がハートになって爛を抱き締めていた。
「だ……………
誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
このあと、爛の叫びが響いたのは言うまでもない。
ーーー第59話へーーー