落第騎士の英雄譚~世界最強の剣士の弟子~   作:火神零次

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今回のあらすじですよ~。
絢瀬の動きに矯正をかける爛。絢瀬は爛達に恩を返したいために、彼と六花を食事に誘う。しかし、そこには絢瀬にとって憎むべき相手が絢瀬の前に現れたであった。


第29話~絢瀬の思い~

「う、うん。ガマン・・・する。」

 

 爛が絢瀬の動きに矯正をかけると言い、絢瀬は爛の表情を見た。それは、汗すらかかなかった爛が額に汗を流し、真剣な表情で矯正をかけている。そんなので、恥ずかしいなんて言えるわけがない。自分のために真剣にやってくれている人に我が儘なんて言えない。だから、絢瀬は爛に体を委ねた。

 

「動かすの少しだけだ。その変化を感じ取って位置を覚えられるように集中すればいい。」

「わかった・・・・・・んっ。」

 

 爛はガラス細工に触れるかのような繊細な手つきで、絢瀬の構えを調整する。爛は全神経を絢瀬に触れる手に集中していた。ミスをすれば、絢瀬の構えは絶対に元に戻らないからだ。爛も人の体に矯正をかけることなど、ほぼしたことがなかった。だからこそ、繊細な手つきで調整している。肩をはずかに下げ、脇を脇を絞めさせる。次にスカートから伸びる健康的な太もも、その内股に触れ、スタンスを僅かに開かせる。

 

「ふ、あ、ひゃ、ぅう・・・んんっ・・・・・・。」

「女性は男性と比べて格段に優れている。それは関節の柔軟さだ。とくに、股関節に大きな違いがある。女性は妊娠をするために骨盤が広がってる。その分、股関節が外側に張り出してるから、男性よりも稼働域が広く横の動きに強いわけだ。これは女性にしかない武器。これを作るためには、股関節で全身の動きを作ること。これをすれば、絢瀬の動きがワンテンポ速くなる。いつもとは違う速さのはずだ。」

 

 レクチャーをしながら、爛は絢瀬に自分の筋肉の流れを意識されるように、筋に指を這わせ太ももから膝裏までを撫でていく。異性に太ももを撫でられる恥ずかしさに絢瀬の膝は笑っていく。それを矯正しながら見ている爛は少し悪いことをしている感覚がするのを押し殺し、集中を切らさずに微細な調整を続けていった。

 

「うん。構えはこんな感じでいいな。そのままの構えを覚えれば良いよ。」

 

 ミスの許されない作業を終わらせた爛は汗を拭い、絢瀬の表情を窺う。・・・・・・絢瀬の表情は茹でたタコのように真っ赤だった。

 

「自分でやっていながら悪いけど・・・、大丈夫か?」

「・・・ひゃいじょうぶ。」

 

 しかも半泣きだった。爛は少し焦った。嫌だったのだろうかと考えてしまったからだ。

 

「いや、大丈夫ならいいけど、・・・駄目だったか?」

「そ、そんなことないよ!ボクから頼んだことだから、宮坂君は悪くないよ!」

 

 涙を拭いながら笑顔を作った。すると、絢瀬はそのまま続けていった。

 

「・・・・・・それに、宮坂君の手は、大きくて、硬くて、やさしくて、・・・お父さんみたいでイヤじゃなかったから。」

「・・・・・・俺の手が、そんな風に思われるなんてな。お世辞にも俺はそう思わなかったよ。」

 

 爛は自分の右手を見ながらそう言った。なんせ、爛は人ではない。そんな人の手を誉めてくれるのは、家族を除いて、これで二人目だった。この手が真っ黒に染まることを知っているのかと思うが、絢瀬は見ていただろう。自分が刀華と愛華の二人と戦ったときに見せた、人ならざる者だと知っているはずだ。それに、爛は幼い頃から剣しか振るっていなかった。手がどんなことになっても、剣を振るっていたため、手の皮は厚くなっている。だから、お世辞にも綺麗な手だとは思わなかった。しかし、絢瀬は爛の自虐に首を横に振った。

 

「そんなことないよ。・・・・・・ボクは、そういう手、すごくかっこいいと思う。真っ直ぐに何かに打ち込む男の子は大好きだ。」

 

 絢瀬から綺麗な不意打ちをもらった爛は少し驚くが、すぐに笑顔を絢瀬に見せる。

 

「そっか。ありがとな。絢瀬。俺の手を誉めてくれたのは、数少ないからな。ありがとう。嬉しいよ。」

 

 爛はお礼を言いながら、絢瀬の頭を一撫でした。すると、絢瀬は爛が太ももに触れるときよりも真っ赤な顔をした。

 

「あ・・・うぅ・・・。」

 

 絢瀬は恥ずかしくなったのか、顔を俯かせてしまった。

 

「わ、悪い。つい、手がな。」

 

 爛は苦笑しながら、絢瀬に話す。

 

「う、うん。大丈夫だよ。」

「とりあえず、しっかり構えてみて。」

 

 絢瀬は爛に言われた通りに、しっかりと構える。絢瀬は構えとき、違和感を感じた。

 

「ん・・・・・・、でも宮坂君。・・・これ少し窮屈な気がする。」

「それは仕方ないな。身に付いた構えの癖は矯正しただけじゃ直らない。繰り返して慣れることしかないからな。まずは、実感してもらおうか。」

 

 爛は刻雨(こくさめ)を握り、絢瀬の前に立つ。

 

「今から、さっきと同じように打ち下ろす。肘の角度、膝の角度、股関節で動きを作ること。この三つに意識してさっきと同じカウンターを打ち込んでくれ。」

「わ、わかった・・・。」

 

 絢瀬は緋爪(ひづめ)を構えている絢瀬の表情が引き締まった。爛はそれを瞬時に確認すると、先程と同じ速度、同じ角度で刻雨を打ち下ろす。その瞬間、一瞬にして爛の首元に緋爪の刃が襲いかかった。

 

「───ッッ!?」

 

 絢瀬は先程と同じように爛にカウンターを放った。しかし、動作としては全て同じだったが、一つだけ違った部分があった。それは、スピードだ。その動作は完全に速くなっていた。その事実に誰よりも絢瀬自身が驚いていた。まだこの事に信じられなかったのか、自分が握っている手と、爛の顔を交互に見る。

 

(どうやら、正解だったみたいだな。良かった良かった。)

 

 爛は自分の矯正が成功したことに内心で胸を撫で下ろした。絢瀬は今まで、上半身───つまり、腕の力で打ち下ろしを受け止めていた。だが、それは間違いだ。男ほどの筋肉量があるのなら、それでも次の動作をスムーズに進めることができる。しかし、女性の筋肉量ではどうしても腕の力だけでは足りず、全身で踏ん張る形になる。結果として、体はこわばり、次の反撃(カウンター)までの動作が遅れてしまう。だから爛は構えを矯正することで、衝撃を下半身で受けるようにした。女性特有の体は衝撃を吸収するのに最適な武器だ。大抵の衝撃ならば、足の力で殺すことができる。当然、変に力む心配はない分、体がこわばらず、次の動作に繋げる動きもスムーズになる。それが、このキレを生み出したのだ。

 

「す、すごい・・・、すごい!すごい!すごいよ宮坂君!」

 

 少し経つと自分の変化を受け入れられたのか、絢瀬が輝くような笑顔を浮かべて爛の手をギュッと握り、ぶんぶん振り回した。

 

「ボクが二年間ずっと悩み続けたことをすんなりと解決するなんて!もう宮坂君はあれだね!剣術博士だね!」

「俺も緊張したけど、間違ってなくて良かったよ。」

(その称号。地味に嬉しくないけど・・・。ま、喜んでくれて何よりだよ。)

 

 昼休みに来る珠雫をはじめとする生徒達は絢瀬のように具体的な指導ができる段階ではない。だから爛や一輝としても、こんな細かく誰かに剣を教えたのは初めてのことだ。でも、ぴょんぴょんと子供のように跳ね回って「やったやった!」と体全体で喜ぶ絢瀬の様子を見ていると、緊張してやった矯正はやって良かったと思う。

 

「む~。」

 

 正直、試合より緊張していた。鍛錬の十倍は疲れたけど、やりがいも実感できた。

 

「ん~!」

 

 案外、こういう職業についてみるのも良いかもしれない。他人に剣を教えることはやって良かったと実感することが増えるか───

 

「も~!爛ってば!」

「何だよ六花。」

 

 爛の後ろにいる六花に声をかける。さっきまで距離があったはずなのだが。爛はこれを見て、一輝の方を向く。

 

「・・・・・・あの、ステラ。」

「何かしら。剣術博士のライバルさん。」

「さっきからものすごい風圧が当たるんですけど。」

(あ、こりゃ大変だな。)

 

 一輝は突然横合いからのものすごい風圧の発生源に向き直って話していた。多分、爛のを見て自分も一輝にしてもらいたいのだろう。

 

「爛~!」

「何だよ。」

「僕の太刀筋も見てよ。」

「どうせ、絢瀬に嫉妬でもしたんじゃないのか?」

「・・・それは違うよ。」

「図星だな。六花なら別に頼んでくれたらやっても良いんだぞ?」

 

 すると、突然隣からステラの怒声が聞こえた。爛がそちらの方を向くと、一輝がステラの剣を見ていたのだろう。ステラの剣は荒々しかったものの全てが最適化(アジャスト)されているから、一輝じゃ、何も言えなかったのだろう。ステラが悩んでいることは分かっている。一輝とステラも恋人として過ごしはじめて一ヶ月。そろそろキスをしても良いだろう。すると、絢瀬が爛に話しかけてきた。

 

「ねぇ、宮坂君。良かったら、数日後くらいに食事に行かない?」

「絢瀬から誘うことはなかったな。別に構わないけど、まぁ、一輝達も連れていって良いか?」

「うん、分かったよ。」

(えらく丸くなったものだよ。親しみやすくなったか?)

 

 爛は二人の仲裁と食事の誘いをした。

 数日後、絢瀬がよく行っているファミリーレストランに連れてってくれた。因みに、お代は絢瀬に任しているのだが、ステラがどれ程食べるのか、爛は分かっていたため、爛もお代を出すことにした。

 

「よく・・・食べるんだね。」

「ホント、どれくらい食べるんだろうね。ステラは。」

 

 絢瀬は驚きつつ、ステラの食いっぷりを見ていた。爛と一輝は当然知っているため、気にしてないが、お代はどんどん増えていく一方だ。因みに、他の四人は食事を終えているため、残りはステラだ。五人が頼んだのは、爛がオムライス。六花は天丼。一輝は大盛りきつねうどん。絢瀬は鮭定食。ステラはミックスグリル四人分とステーキ三枚だ。

 

「・・・・・・仕方ないでしょ。これくらい食べないと体が動かないわよ。」

「それでも、そのくびれはどうなんだ・・・。色々と納得がいかないよ。」

「重く考えるな絢瀬。仕方ないからな。」

 

 カロリーたっぷりの夕食を食べているステラを見た絢瀬はステラの体型に納得がいかなかったが、爛は考える必要はない。その後、ステラは夕食を食べ終え、五人で話していた。しかし、その時、爛は絢瀬にある変化を感じられた。それは、絢瀬の感情。話しているとき、特に代表戦での話だ。ほぼ殺意を出していた絢瀬。強い憎悪を感じていた。一体、何が彼女をそこまで出しているのか。その答えはすぐそばにあったのだ。

 

「ハハッ、やっぱりな。どっかで見たツラだと思えば、絢瀬じゃねェか。」

 

 その声を聞いた瞬間、絢瀬の顔が暗く沈んだ。そして、今すぐ爆発しそうな感情を歯を食いしばることで押し殺していた。

 

 

 ーーー第30話へーーー

 

 


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