爛と絢瀬は一輝の試合が始まる前に会場にたどり着き、簡単な席についていた。そして、アナウンスが入る。
『さあそれでは!これより本日の第七試合を開始しまーす!青ゲートから姿を見せたのは、選抜戦第一戦目で、昨年の七星剣武祭出場者であったCランク騎士、桐原静矢選手にまさかの勝利をあげた、一年Fランクーーー『
『なげぇわ寝てた。』
『ありがとうございます!さあ注目の一戦が今、・・・始まりました!』
試合開始のブザーが鳴り、それに呼応して観客席から熱狂が迸る。その熱狂の注目する先は、フィールドに立つ二人の騎士。日本刀型の
「クロガネ君。『狩人』との試合は見させてもらったよ!なかなかいい試合だった!」
兎丸の笑顔は日に焼けた小麦色の肌と同じ、とても健康的で溌剌としたものだ。そんな彼女の笑顔に対して、一輝も口元に微笑みを宿して言葉を返す。
「それはどうも。第四位の兎丸さんに言ってもらえると嬉しいですよ。」
「敬語は良いよ敬語は。アタシたち同い年なんだからさー。でも不思議だよねぇ。あれだけ戦えるのにどうして留年なんかしちゃったん?」
「・・・・・・あはは、まあそれは、色々事情があって。」
「ふーん。ま、どんな事情があったかは知らないけど、残念だよ。クロガネ君みたいな強い人が同じ学年だったら楽しそうだからねー。」
「強いと言うのなら第五位の
「アイツはダメダメ。馬鹿力だけでアタシに触れることすら出来ないんだから。ただの扇風機だね。・・・まあでも、それを言ったらクロガネ君もかな。『狩人』程度の敵に足踏みしてるようじゃ、アタシには勝てない。」
そして、兎丸は溌剌とした笑顔を獰猛な笑みに変え、言葉と共に一気に踏み出す。
「見せてあげる。第四位の戦いをーーーッ!」
瞬間、一輝の目の前から兎丸の姿がなくなる。一輝は表情を崩すこともなく、驚くこともなかった。桐原と同じ『
『《マッハグリード》だぁ!兎丸選手、いきなり勝負をかけに来たあぁぁぁ!』
その異能の正体は『速度の累積』。兎丸自らの身体にかかる『減速』という概念を捨て、『停止』しない限り、加速を累積することが出来る。『停止』しない限りは。これを見ていた爛はこの試合の結果が分かった。
「この試合、一輝の勝ちだ。」
爛はそう断言したのだ。それを聞いた絢瀬はまだ爛の言っていることが分かっていなかった。それを見た爛はどういうことなのか話した。
「一輝にそんなのは効かないんだよ。あいつには《
爛の言っていることは正しい。爛の言ったことに絢瀬は納得し、一輝達の試合の見る。
「・・・試合の始めに話しかけてきたのは、ステップで初速を稼ぐためかな?」
「大正解。この異能の弱点は初速にあるからね。話しかけてきたのはステップで初速稼ぐこと。今ので五百キロは稼げたよ。でも、この《マッハグリード》はこんなもんじゃないよ!」
兎丸はそう言いながら、次々に速度を上げていく。それは残像すら見えなくなるほどに。しかし、一輝は残像すら追えなくなった兎丸を見ようとすることを『捨てた』。
「アタシの《マッハグリード》の本領は音速を超えることで発揮されるんだから!」
八百───九百───千───千十───千二百キロ!
遂に、兎丸の速度は超音速の領域に入った。一輝は足音しか聞こえない状態でも、冷静に居ることができた。そして、兎丸が最初に一輝と話していたことは一輝を勝利へと導くことでもあった。
「アタシは『狩人』みたいに消えるだけじゃない。消える上に捕まえることもできないのさ!消えるだけに足踏みしてたらアタシには到底勝てないよ!」
「じゃあもし、僕が兎丸さんを捕まえることができたら、負けを認めてくれるかな?」
「はは・・・っ!まあそれが出来たらね!だけどできない!できるわけがない!残念だけど、クロガネ君の七星剣武祭はここまでさ!行くよ!超音速の一撃・・・ッ!」
一輝の超人的な動体視力を持ってしても、兎丸の残像すら追えなくなったそのとき、兎丸は決着をつけるために拳に力を入れる。一輝の背後を取り、放つは重ねに重ねた最高速を打撃のエネルギーに転換する一撃・・・。
「《ブラックバード》ーーーッッ!!」
兎丸はソニックブームを起こしながら超音速の一撃を一輝に入れるべく、一輝の背後から打ち込む。その速さ、実にマッハ二を超える。もはや見えることも不可能になった速さの一撃は、当然防ぐこともおろか、避けることも叶わない。しかし、兎丸はここで過ちを犯していた。それは一輝と話していたときから始まっていた。そんなことにも分からなかった兎丸は自分の勝利だと確信していた。だが、
「バカねあの人。」
すり鉢状の観客席の一角。そこにたつ小柄な銀髪の少女が、小馬鹿にするようなため息をつく。ビスクドールを思わせる可憐な容姿の少女の名は黒鉄珠雫。一輝の妹であり、相手を溺れさせるという独特の戦い方から『
「お兄様があの男に足踏みしたのは『姿が見えない』なんて理由じゃないのに。」
呟かれた言葉は兎丸に届くことはない。届くことはないがその意味を兎丸は理解する。
(え!?)
兎丸は自らの視界にあり得ないものを感じる。それは自分を撃ち抜くような視線。糸のように細く伸びた刹那の中で、兎丸は自らに視線が刺さるのを感じた。それは決して捉えることのできない超音速の自分を双眸に納めた一輝の視線!
(う、うそ!?反応された!?)
次の瞬間、兎丸が繰り出した超音速の拳の先から一輝の姿が消える。超音速の拳が空を切り、二人の身体が交差する。そのすれ違いざまに一輝は兎丸のウインドブレーカーの襟首を掴み、彼女の超音速の推進力を利用してその場で独楽のように身体を一回転させ───勢いのまま、兎丸の身体を石板の地面に叩きつけた。
「か、っは。」
そして背中を殴打する衝撃に息を詰まらせる兎丸に黒い切っ先を突きつけ、
「僕の勝ち、だね。」
「・・・・・・・・・・・・」
何が起きたのか。自分が何故捕まったのか。倒れた兎丸には理解できない。ただ、自らが敗北したことだけは悟った。兎丸の《マッハグリード》は止まってしまうと速さはリセットされてしまう。常に動き続けなければならない技なのだ。ここからもう一度、速度を積み直すなんてできない。そんなことを、目の前の侍は許しはしない。だから、・・・・・・兎丸はこくりと小さく頷き、一輝の降伏勧告を受け入れた。
『き、決まったぁぁ!あっけなく終わってしまったぁぁ!学園序列第四位の『速度中毒』をもあっさりと下して黒鉄選手は土付かずの九連勝!いよいよ史上初のEランク以下での七星剣武祭代表抜擢が現実味を帯びてきました!』
「おいおいマジかよ!」
「あの兎丸さんが触れることも出来ないなんて・・・。」
「なんなんだよあのFランク!もう一人の方は愛華さんまで倒すしよ!何であんな化け物が留年なんかしてるんだ!?」
「か、かっこいい・・・。」
「流石は一輝ね。まったく危なげない試合だったわぁ。」
実況や観客の歓声の中、珠雫の側に立つ眉目秀麗な長身の男、アリスがフィールドから立ち去る一輝に拍手を送る。
「結局《
「当然の結果よアリス。お兄様が『狩人』に足踏みしたのは見える見えないじゃなくて間合いを制されていたから。どれだけ速かろうと見えなかろうと、お兄様の・・・超一流の剣客の間合いに土足で踏み込んで無事でいられる道理がないわ。」
一輝や爛のクラスになればもうクロスレンジは剣の結界だ。踏みいるものがいれば可視だろうが不可視だろうが、速かろうが遅かろうが、研ぎ澄まされていた剣客の第六感が必ずその挙動を捉え、対応できる。そして兎丸が初速を稼ぐために一輝に話していた時には一輝の〈完全掌握〉内に兎丸は居たのだ。その地点で、兎丸の負けなのだ。
次はステラの試合。爛はステラの次の試合で出るため、絢瀬に一言断り、待機室に向かっていた。その時に、黒乃と出会う。
「お、黒乃。」
「
「何だ?」
「もう一人、留学してくる人がいます。その人が師匠のルームメイトになります。明日の十時に理事長室に来てください。」
「成程、例の人ですか。分かった。十時に理事長室だな。」
「はい。それでは。」
「おう。」
黒乃はそれだけ話すと爛が来た道を戻るように歩いていく。爛はそのまま待機室に向かった。その時に爛はこう呟いた。
「へぇ、例の人が、ね。会うのは・・・何年ぶりかな?」
ーーー第25話へーーー
爛の呟いたことはこれを含めて後二話先です。