「まあそんなとこです。その名も───」
《
ならば、桐原は『
「今君が行動したことを教えてあげようか。」
一輝は見えないはずの桐原の位置を知っている。一輝は見えないはずの桐原を見抜くように、桐原が居るであろう位置に顔を向ける。
「今、君は僕から三歩距離をあけたよね。」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!??」
一輝が言ったことは図星なのか、声にもならない悲鳴をあげる桐原。しかし、見抜かれるのも当然。『理』とはその場その場の考えではない。それは人間の思考回路、その根底に根ざす『
桐原はようやく、黒鉄一輝という男がどれ程の怖さを持っているのか、一輝の真の怖さは、剣術だけではなく、一分間のブーストでもない。見るものすべての本質を暴き出す、照魔鏡が如き洞察眼なのだと。しかし、気付いていても遅すぎる。その照魔鏡は、今や不可視の『狩人』を捉えた。故にーーー、
「君は僕から逃げられることはない!《
黒鉄一輝の勝ちは確定へとなっていった。始めから。そして、宣言し、爆ぜるような速度で駆け出した。まっすぐに、逃げ場を失った狩人に牙を突き立てるために!
「く、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
対して、『狩人』は最後の抵抗を試みる。自身の霊装である朧月がギチギチと悲鳴をあげるほどに力強く弓を引き絞って、ありったけの魔力をつぎ込んだ一矢を上空に向かって撃ち放つ。そのとき、撃ち放たれた矢は中空で爆発し、百を超える不可視の光の鏃となり、驟雨が如く一輝を目掛けて降り注いだ。フィールドの素材が穿たれ、砕け、巻き上がられてはまた砕ける。降り注ぐ破壊の雨に法則性などない。いや、あるはずなどない。
「なんで、なんで当たらないんだ!?」
一輝には当たることもなく、一瞬たりとも立ち止まらずに破壊の雨の中を走っていく。普通ならば当たるはずの矢は一輝を貫くことは許されなかった。一輝は〈一刀修羅〉による一分間のブーストで常人には見えない速度で駆けているため、当たることなどないのだ。一輝のような動体視力と、何十倍ものブーストがあればの話なのだが。
「無駄だよ。どんなに無心を心がけるようにしていても、『殺したい』と心の中に少しでもあれば、それは刃となって襲いかかる。どうしても『殺意』という意志が宿るのさ。」
一輝が言ったことを理解することは簡単だ。理由とすれば、無心を心がけるなどある種の武の極みだ。無心を心がけるように攻撃をすることは、そう容易く習得できるものではない。長い年月をかけて、森羅万象に心を委ねることで無心で攻撃をすることができる。桐原は感情を過小評価してたに過ぎないのだ。桐原が無心を心がけるように攻撃ができていたなら、桐原にも十分勝機はあったとしか言えない。今の彼を言うのであれば、後悔先立たず。と言ったところだろうか。彼の思考が裏目に出た。一輝は桐原という人間がどれ程哀れなのかを知っている。
ーーーー去年ーーーー
桐原は一輝達の世代の『首席』であり、一年生にして『七星剣武祭』出場を果たした
ある日のこと、一輝は中庭を歩いていた。そのとき、桐原が声をかけてきたのだ。
「君、先生に従っているようじゃ、先生達に自分の実力を見せることはできないだろ?良かったら僕と決闘しないかい?」
明らかに
「断る、ここで決闘する気もない。」
一輝はそういい、すぐに立ち去ろうとした。しかし───
「っ!?」
「おいおい、そんなつれないことを言うな。僕は黒鉄君を心配しているんだ。霊装の罰則は僕が受けよう。だから君も霊装を展開するんだ。」
そういいながら、桐原は一輝に向かって朧月の矢を放った。普通ならば一輝は避けることができた。しかし、一輝は避けることをしなかった。避けたりすることが戦闘行為だと取られると思ったからだ。一輝を退学させようとするならばちょうどいい話。一輝は自分の中傷することを言っているのにも関わらず、こんなことを言ってくるのはお門違いだ。と思った。しかも、誰も桐原をとめようとはしなかった。その時、一輝は彼も理事長と繋がっている可能性を感じていた。ずる賢い彼は自分に目をつけたはずだ。そして、自らが理事長と繋がり、今こうしていると。だから一輝は避けることなどしなかった。
その後、一輝と桐原の一連は監視カメラに映し出されていたため、一輝は処罰を受けることはなかった。桐原は厳重注意と言う言葉だけの処罰を受けた。
ーーーーーーーーー
桐原の抵抗は無駄なものとなっていた。どう矢を撃ち放とうが、一輝の《完全掌握》からは逃れられず、全ての矢が斬り捨てられる。もう彼は逃げ惑うしかなかった。いや、負けることしかなかったとしか言えなくなっていった。反撃に出た獣は狩人が獣に与える攻撃よりも、はるかに強い攻撃になった。
「そんなものが百になろうと千になろうと、僕の《一刀修羅》は苦にならない!」
桐原の抵抗をものともしない一輝。卓越した棋士が百手も先まで読み取るように、一輝にはこの
「待て!来るな!来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!来るなって言ってるのが聞こえないのかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!ふざけるな!ふざけてたまるか!君みたいなFランクの落ちこぼれに僕は負けられないんだよ!君と違って失うものがあるんだよッ!!君なんかが僕に勝っていい通りがどこにあるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!だから止まれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
止められるものなら止めている。しかし、一輝は止めることなどしない。一輝の友を絶望に落とした人間に止めることなど果たして出来るのであろうか?答えは否だ。できるはずがない。友が絶望に落ちているのに、止めることはできないはずだ。だから、一輝を止めることはできない!
「お、おい!冗談だろ!?なあ!止めようよ!もう止めよう!そんな、それ、刃物だぞ!?そんなんで人を斬ったら大変なことになるだろ!?普通じゃないってこんなの!どうかしてるって!だから止めよう!そ、そうだ!ジャンケンで決めよう!それがいいよ!なあ黒鉄君!僕達はクラスメイト、友達じゃないか!」
聞く耳など持つこともしない。絶望から立ち直った爛は一輝と桐原の試合を見ていたが、桐原の言葉だけの通りに一輝が聞く耳を持つのか聞いてみたいほどだった。この試合の途中で相応の覚悟はしてきたのかと聞いてきたのは誰だったであろうか。覚悟はしてきたのかと。騎士は斬る覚悟と斬られる覚悟を済ませてくるもの。だから、一輝は容赦をしない。一輝の霊装である陰鉄の間合いに桐原を捉えると───、
「ハアアアァァァァァァァァ!」
「ひ、ヒイイイィィィィィィィィ!?分かったもう敗けでいい。敗けでいいから、痛いのは嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ザン、と一閃に降り下ろした。その時、一輝の陰鉄が斬った空間から光が放たれ、その中から桐原の姿が現れる。桐原は意識などなく、白目を向き、口に泡を吹いているが、一輝が振るった陰鉄の太刀傷はなかった───しかし、桐原の鼻の頭が少し斬れていた。一輝は桐原を斬るつもりなどなかったのだ。桐原が降参することなど目に見えていた。斬るつもりなどなかったが、わずかに刀が届いてしまった。一輝はまだ完全に距離を掴めていないことを戒めた。
「一ミリ予測とずれたか、僕もまだまだだな。」
『桐原静矢、戦闘不能。勝者、黒鉄一輝。』
レフェリーの審判により、刀を持った獣は狩人を相手に勝利を収めた。
ーーー第18話へーーー
作者「真壁浪人ですが、七星剣武祭戦で出てきます。」