落第騎士の英雄譚~世界最強の剣士の弟子~   作:火神零次

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第17話~完全掌握~

「まあそんなとこです。その名も───」

 

 《完全掌握(パーフェクトビジョン)》。剣術も人間も、構造は同じだ。全ての行動の根幹を司る『理』が必ず存在する。価値観と言ってもいい。それをその人間の行動や趣向、言葉の端々から辿り、理解すれば、その人間が今何を考えているのか、自分がどう動けば、どういう手を講じてくるか、往くか戻るか、攻めるか守るかーーーありとあらゆる行動全てが手に取るように分かる。

 ならば、桐原は『認知不能(ステルス)』のことをどう思っていたのか、それも一輝は分かっている。桐原からすれば、『認知不能』は弱者をいたぶるだけの道具としか考えていないからだ。だからこそ、自分が劣性に立つことを知っていると、必ず棄権する。今、桐原は劣性にたっている。彼がどう出るかは、《完全掌握》から読み取れている。必ず彼は、一輝から逃げる。

 

「今君が行動したことを教えてあげようか。」

 

 一輝は見えないはずの桐原の位置を知っている。一輝は見えないはずの桐原を見抜くように、桐原が居るであろう位置に顔を向ける。

 

「今、君は僕から三歩距離をあけたよね。」

「~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!??」

 

 一輝が言ったことは図星なのか、声にもならない悲鳴をあげる桐原。しかし、見抜かれるのも当然。『理』とはその場その場の考えではない。それは人間の思考回路、その根底に根ざす『絶対価値観(アイデンティティ)』だ。これは、一日などで変革することは絶対にない。本人がどれだけ裏をかいているつもりだろうが、結局はその『裏をかこう』とする考え方そのものが『絶対価値観』から生じている以上、一輝の知覚を逃れられない。相手の『絶対価値観』を盗み出すことにより、思考や感情を掌握する。

 桐原はようやく、黒鉄一輝という男がどれ程の怖さを持っているのか、一輝の真の怖さは、剣術だけではなく、一分間のブーストでもない。見るものすべての本質を暴き出す、照魔鏡が如き洞察眼なのだと。しかし、気付いていても遅すぎる。その照魔鏡は、今や不可視の『狩人』を捉えた。故にーーー、

 

「君は僕から逃げられることはない!《一刀修羅(いっとうしゅら)》!」

 

 黒鉄一輝の勝ちは確定へとなっていった。始めから。そして、宣言し、爆ぜるような速度で駆け出した。まっすぐに、逃げ場を失った狩人に牙を突き立てるために!

 

「く、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 対して、『狩人』は最後の抵抗を試みる。自身の霊装である朧月がギチギチと悲鳴をあげるほどに力強く弓を引き絞って、ありったけの魔力をつぎ込んだ一矢を上空に向かって撃ち放つ。そのとき、撃ち放たれた矢は中空で爆発し、百を超える不可視の光の鏃となり、驟雨が如く一輝を目掛けて降り注いだ。フィールドの素材が穿たれ、砕け、巻き上がられてはまた砕ける。降り注ぐ破壊の雨に法則性などない。いや、あるはずなどない。伐刀絶技(ノウブルアーツ)の名は〈驟雨烈光閃(ミリオンレイン)〉。百の光の鏃による無差別攻撃。考えが読まれているのならば、考えずに絨毯爆撃をすればいい。これが桐原の出した答え。しかしーーー、

 

「なんで、なんで当たらないんだ!?」

 

 一輝には当たることもなく、一瞬たりとも立ち止まらずに破壊の雨の中を走っていく。普通ならば当たるはずの矢は一輝を貫くことは許されなかった。一輝は〈一刀修羅〉による一分間のブーストで常人には見えない速度で駆けているため、当たることなどないのだ。一輝のような動体視力と、何十倍ものブーストがあればの話なのだが。

 

「無駄だよ。どんなに無心を心がけるようにしていても、『殺したい』と心の中に少しでもあれば、それは刃となって襲いかかる。どうしても『殺意』という意志が宿るのさ。」

 

 一輝が言ったことを理解することは簡単だ。理由とすれば、無心を心がけるなどある種の武の極みだ。無心を心がけるように攻撃をすることは、そう容易く習得できるものではない。長い年月をかけて、森羅万象に心を委ねることで無心で攻撃をすることができる。桐原は感情を過小評価してたに過ぎないのだ。桐原が無心を心がけるように攻撃ができていたなら、桐原にも十分勝機はあったとしか言えない。今の彼を言うのであれば、後悔先立たず。と言ったところだろうか。彼の思考が裏目に出た。一輝は桐原という人間がどれ程哀れなのかを知っている。

 

 

 ーーーー去年ーーーー

 

 

 桐原は一輝達の世代の『首席』であり、一年生にして『七星剣武祭』出場を果たした超新星(スーパールーキー)。まず、一輝は桐原という人間を見てから、正直いい印象など持つことさえ出来なかった。普通の生徒は自衛のために一輝から遠ざかることはしても、積極的に一輝を傷つけることなどしなかった。しかし、桐原は違った。教室に居るときなどは、取り巻きの女子達に大声で一輝の中傷を言い、クラスメイト達に一輝が不利になる噂を広めたりと、色々嫌がらせをしてきた。何故そんなことをするのか。正直、一輝は恨みを買うようなことはしていない。ただ、あのときから一輝は助けられることのない人間だった。いや、一人だけ一輝を助ける人間がいた。今の彼ではない。彼のような人間で、一輝と同じように中傷を受けるも、余り気にすることもなかった彼。確か、名前は『真壁浪人(まかべなみひと)』。一輝のあのときの唯一の友人。しかし、彼は家の用事で破軍学園から離れることとなった。その用事は、家族が亡くなった。家族の墓参りや何やらをしなくてはならないと言ったからだ。しかも、思い出深い家族の家を売ることはできないため、家の方で近い学園に入るとのことだった。一輝は離れていったとは思わなかった。理由とすれば、彼はちょくちょく手紙を送ってくれていた。しかも、その手紙の内容は、全部自分を心配している手紙だった。『今は大丈夫なのか?』とか、『もし耐えられなくなったら、家にこい。学生騎士の学園もある、いつでもこい。』等の手紙を送ってくれていた。本当に彼には感謝しきれなかった。

 ある日のこと、一輝は中庭を歩いていた。そのとき、桐原が声をかけてきたのだ。

 

「君、先生に従っているようじゃ、先生達に自分の実力を見せることはできないだろ?良かったら僕と決闘しないかい?」

 

 明らかに固有霊装(デバイス)展開を禁じられている場所だった。しかも、一輝の周りには教師がいた。自分を卒業させまいと邪魔をする黒鉄家に加担している理事長派の教師もいた。

 

「断る、ここで決闘する気もない。」

 

 一輝はそういい、すぐに立ち去ろうとした。しかし───

 

「っ!?」

「おいおい、そんなつれないことを言うな。僕は黒鉄君を心配しているんだ。霊装の罰則は僕が受けよう。だから君も霊装を展開するんだ。」

 

 そういいながら、桐原は一輝に向かって朧月の矢を放った。普通ならば一輝は避けることができた。しかし、一輝は避けることをしなかった。避けたりすることが戦闘行為だと取られると思ったからだ。一輝を退学させようとするならばちょうどいい話。一輝は自分の中傷することを言っているのにも関わらず、こんなことを言ってくるのはお門違いだ。と思った。しかも、誰も桐原をとめようとはしなかった。その時、一輝は彼も理事長と繋がっている可能性を感じていた。ずる賢い彼は自分に目をつけたはずだ。そして、自らが理事長と繋がり、今こうしていると。だから一輝は避けることなどしなかった。

 その後、一輝と桐原の一連は監視カメラに映し出されていたため、一輝は処罰を受けることはなかった。桐原は厳重注意と言う言葉だけの処罰を受けた。

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 桐原の抵抗は無駄なものとなっていた。どう矢を撃ち放とうが、一輝の《完全掌握》からは逃れられず、全ての矢が斬り捨てられる。もう彼は逃げ惑うしかなかった。いや、負けることしかなかったとしか言えなくなっていった。反撃に出た獣は狩人が獣に与える攻撃よりも、はるかに強い攻撃になった。

 

「そんなものが百になろうと千になろうと、僕の《一刀修羅》は苦にならない!」

 

 桐原の抵抗をものともしない一輝。卓越した棋士が百手も先まで読み取るように、一輝にはこの盤上(フィールド)での戦いは終局面(終わり)まで読み取れている。

 

「待て!来るな!来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!来るなって言ってるのが聞こえないのかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!ふざけるな!ふざけてたまるか!君みたいなFランクの落ちこぼれに僕は負けられないんだよ!君と違って失うものがあるんだよッ!!君なんかが僕に勝っていい通りがどこにあるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!だから止まれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 止められるものなら止めている。しかし、一輝は止めることなどしない。一輝の友を絶望に落とした人間に止めることなど果たして出来るのであろうか?答えは否だ。できるはずがない。友が絶望に落ちているのに、止めることはできないはずだ。だから、一輝を止めることはできない!

 

「お、おい!冗談だろ!?なあ!止めようよ!もう止めよう!そんな、それ、刃物だぞ!?そんなんで人を斬ったら大変なことになるだろ!?普通じゃないってこんなの!どうかしてるって!だから止めよう!そ、そうだ!ジャンケンで決めよう!それがいいよ!なあ黒鉄君!僕達はクラスメイト、友達じゃないか!」

 

 聞く耳など持つこともしない。絶望から立ち直った爛は一輝と桐原の試合を見ていたが、桐原の言葉だけの通りに一輝が聞く耳を持つのか聞いてみたいほどだった。この試合の途中で相応の覚悟はしてきたのかと聞いてきたのは誰だったであろうか。覚悟はしてきたのかと。騎士は斬る覚悟と斬られる覚悟を済ませてくるもの。だから、一輝は容赦をしない。一輝の霊装である陰鉄の間合いに桐原を捉えると───、

 

「ハアアアァァァァァァァァ!」

「ひ、ヒイイイィィィィィィィィ!?分かったもう敗けでいい。敗けでいいから、痛いのは嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ザン、と一閃に降り下ろした。その時、一輝の陰鉄が斬った空間から光が放たれ、その中から桐原の姿が現れる。桐原は意識などなく、白目を向き、口に泡を吹いているが、一輝が振るった陰鉄の太刀傷はなかった───しかし、桐原の鼻の頭が少し斬れていた。一輝は桐原を斬るつもりなどなかったのだ。桐原が降参することなど目に見えていた。斬るつもりなどなかったが、わずかに刀が届いてしまった。一輝はまだ完全に距離を掴めていないことを戒めた。

 

「一ミリ予測とずれたか、僕もまだまだだな。」

『桐原静矢、戦闘不能。勝者、黒鉄一輝。』

 

 レフェリーの審判により、刀を持った獣は狩人を相手に勝利を収めた。

 

 

 ーーー第18話へーーー

 




作者「真壁浪人ですが、七星剣武祭戦で出てきます。」

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