変わっていく日々を君と   作:こーど

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第六話 絡む思惑取違え 下

 

 

 

 

目の前は真っ暗だった。

何も見えない、黒以外。

まあ、とは言っても、その理由は分かっていて、彼に向かって飛ぶ時に開けていた目を今は固く瞑っている、ただそれだけなのだ。

そんな訳で、今のわたしには、彼とわたし自身がどうなって、どんなことになっているかよくわからない。

本当に、どうなったんだろうか。

視覚的な情報はさっぱりだけど、ほんの少しの土の鈍い匂い、それと、足にざらざらとした感触がある。

ふむ。

なら、わたしは地面に近い場所にいるのかな。

 

地面の近く。

もしかして、届かなかったのかもしれない。

地面の感触がこうも近くにあるということは、つまりそういうことかもしれない。

わたしは一人で地面に倒れ込んでいて、彼はそこにはいなくて、もうどこかへ行ってしまっているのかも。

そう考えると、閉ざした目を開けるのが怖くなった。

そこに、彼に手が届かなかったわたしがいるかもしれないというのが、とても怖かった。

 

でもでも、と。

悪い方へ悪い方へと勝手に向かっていく自分の考えを自分で否定する。

そうだ。

飛び込んですぐ、何か聞こえた気がする。

そう、それは確か、大きな音だった。

金属音に乾いた音、そして何かが擦れる音。

そんな音が聞こえたはず。

だから。

それは、つまりわたしの手が彼に。

 

「し、心臓止まるかと思った……」

 

声が聞こえた。

わたしより低くて、太い声だった。

意識が内側に向いていて、その声が聞こえるまでは気づかなかったんだけど、カラカラと小さく何かが回る音も聞こえる。

 

「ここまで直接的で物理的な嫌がらせ、お前が初めてだわ。……一色」

 

一色。

わたしをそう呼ぶ声は咎めるようでいて、少し呆れたようだった。

その導きに誘われるようにして、固く閉ざしていた目を開ける。

目の前。

そこには、コンクリートで出来た固くて冷たい地面じゃなくて、柔らくて温かな布があった。

それは見覚えがある布で、わたしが通う学校の男子用制服のもの。

一年生の制服にしては真っ新な生地ではなく、くたびれてはいるけど、でも三年生の制服にしては傷や汚れが少ない気がする。

 

「おい、大丈夫か?」

 

そんな新しくもなく、でも古くもない制服に触れている手が見えた。

恐る恐る目線だけでそれを辿っていくと、そこにはわたしの体があった。

それは、さっきまでは届いていなかった、伸ばしても届かなかった彼に、わたしが触れている揺るぎない証拠だった。

 

―――届いた。

 

そうとだけ、それだけが透明な意識の水面に泡として浮かびあがる。

 

「……ん?おい、一色?大丈夫かー?一応受け止めたんだが、どっか打ったか?」

 

自分で自分が信じられない。

呆然と遠くを眺めるみたいに、手が触れている場所を見ていた。

そっか、届いたんだ。

いくらか間を置いて、少し握ってみたりだとか、少し撫でてみたりだとかして、ようやくそんな実感が湧いてきた。

僅かだけれど、安心した。

これで、彼に手が届かないまま、彼と言葉を交わすことが出来ないままに別れることはなくなった。

だけど、そんな余韻は少しだけ。

このままではダメなんだ。

届いただけじゃダメなんだ。

触れただけではダメなんだ。

これだけじゃ今までと同じなんだ。

すぐにそんな言葉が、わたしを奮い立たせるみたいに頭を過ぎる。

確かにこのままでも、今を取り繕うことは出来るかもしれない。

けど、そんな関係は遠からずいつかきっと破綻するだろう。

それが嫌なのならば。

今、踏み出さないと。

もう一歩を。

湧き上がる感情の流れのままに、安堵のため息を飲み込んで、わたしは新たに紡ぐ。

 

「……先輩。先輩はなんで、帰ろうとしてるんですか?」

 

「んん?あぁ、まぁ、それがな―――」

 

「先輩はっ!」

 

彼の話を遮って、

 

「……なんで、わたしの前から消えようとするんですか?」

 

そう続けた。

ちゃんと、きちんと声に出ていたかな。

そう思うくらい、絞り出すように零れ落ちたその言葉は自分ですら小さくて弱々しく、掠れた音にしか聞こえなかった。

 

「……なんで、無かったことに、無くしちゃおうとするんですか?」

 

「…………」

 

彼は何も言わなかった。

それは、あえて返さないのか、それとも、返すことが出来ないのかそれはわからない。

彼ではないわたしには、それはわからない。

だけど、答えが返らずともわたしは止まるつもりはなかった。

 

「……自分が傷つくからですか?」

 

そう問いかけてみる。

だけど、触れた手から感じる温かさ、それがわたしの問いを否定する。

この温かさはそんなことはしない、と。

 

「……傷つけてしまうからですか?自分じゃない、誰かを」

 

「…………」

 

さっきのとは違って、この沈黙はきっと肯定の証だ。

それくらい、わかっている。

それくらいは、わかっている。

彼がそんなことを口に出して言わないのも、わかっている。

けど、それでも聞いた。

聞かなくてもわかってても、でも、わたしから目を背けて、わたしに何も聞かないままに消えてしまおうとしていた、彼のその行いを責めるみたいに、いや、責める為に言った。

わたしだって、曖昧にして逃げていたのにもかかわらず。

そんなわたしが彼を責める資格なんて、これっぽっちもありはしないのに。

こんなこと、小さな子供みたいで八つ当たりに似たものだとわかっている。

けれど。

でも、どうしても好き勝手に暴れる感情は抑えが効かなくて、そんなことをしようとした彼に対して、そして、それ以上にそんなことをさせてしまうわたしに、言語を絶する、それほどの憤りを感じていた。

だって、それはわたしのことを、彼が信頼していなかったってことだと気付いてしまったから。

だって、それはわたしが彼のことを、信頼することが出来ていなかったのだとわかってしまったから。

 

「……っ!」

 

触れていただけの手で、思いっきり、精一杯、彼の制服を掴んだ。

離さないようにと、消えてしまわないようにと強く。

 

「そんなのっ!どうだっていいんですっ!」

 

わたしは怒鳴った。

彼の胸元に額をつけて、ありったけの力で、そう叫んだ。

心の内を全部、いらないものを一切含ませないまま正直に真正面から口に出す為に。

 

「わたしがっ!そんなのに負けるとでもっ!そう思ってるんですかっ!」

 

他の人になんて、嫌だけど。

他の人の為になんて、嫌だけど。

でも、彼なら。

彼の為になら。

彼と共に歩く為になら、わたしは。

 

「馬鹿にっ!しないでくださいっ!」

 

傷ついても、いい。

その覚悟は、さっきまでのわたしには出来ていなかったかもしれないけど、でももう、出来ているから。

だから。

 

「そんなこと考えなくていいんですっ!」

 

―――信じて下さい。わたしを。

 

近くに、傍にいるってことは綺麗事ばかりじゃなくて、嫌な事も、悲しい事も、辛い事だってたくさんあるかもしれない。

今回のことだって、そうだろう。

近くにいることで、わたしが傷ついてしまわないように。

周りから傷つけられないように。

自分の所為で、例え彼の意思に反した間接的なものでも、わたしを傷つけたくなくて。

彼はわたしにそんな思いをさせたくないから、だから、きっと離れようとしたんだろう。

傷ついて、傷つけられて、傷つけて。

それに、耐えられなかったんだ。

耐えられなくて、逃げられる前に、逃げたんだ。

離れて行く人を見送るよりも、自分から離れてしまったほうが傷は浅く済むから。

だけど。

それじゃダメなんだ。

たくさん傷つけ合って、傷つき合って、それでも共にあろうとする、そこにある絆がきっと、彼がそしてわたしが求めている、本物だと思うから。

 

「先輩はっ―――」

 

もう、無くさなくてもいいんです。

もう、一人にならなくてもいいんです。

もう、そんなことしなくていいんです。

それじゃいつまでも、手に入らないんです。

 

「―――貴方はっ!」

 

制服を握った手で、彼の胸板を叩いた。

彼に、その奥に、怖くてわからなくて閉じこもってしまった、その心に直接伝わるよう。

 

「わたしの―――」

 

わたしの?

いいや、違う。

そんなわたしはもう、いない。

 

「―――私のっ!近くに!傍に!隣にっ!」

 

そうだ。

私は、逃げない。

視線を上げる。

そこには、彼の顔があって、驚いた表情があった。

いつもは眠たげに瞼を飾っているその瞳は、今、大きく見開かれていた。

それは、私の言葉が彼に届いているからだろうか。

僅かに緩んだと言うべきか、それとも僅かに開かれたって言うべきなのかな。

まあ、どちらにせよ、彼の扉に隙間が出来た。

それを逃さないように、真っ直ぐと見据える。

もう、目は逸らさない。

 

「いればいいんで―――」

 

言いかけたところで急に視界がぼやけて、声が詰まる。

それと同時に堪えていた熱い何かが、頬に道を作った。

止めどなく流れるそれは、一度道筋が出来ると次々と伝っていく。

けど、それに構うことなく言い直す。

 

「―――いなさいっ!」

 

言い切る。

断言して、命令する。

要望でもなく、要請でもなく、要求でもない。

願う、頼む、求める、そんな弱い言葉は使わない。

ただ、私が必要なものを、疑う余地がないほど率直に口に出す。

その言葉に余計なものは、一切ない。

まどろっこしい、上辺を取り繕う敬語もいらない。

 

「絶対に、いなさいっ!これは、生徒会長命令でっ!破ったり、なんかしたらっ!」

 

言葉はたどたどしく千切れしまう。

もっと正確に、もっと伝わるように言いたいのに嗚咽が私の邪魔をする。

でも。

それでも止める事無く、声を上げた。

 

「許さ、ないっから。だから―――」

 

―――貴方も。

 

嗚咽を通り過ぎて、息が詰まる。

もう、限界が近い。

体には力が入らなくって、視界は涙で曖昧で、頭は上手く回ってなくって、声は小さく削れて、もう遠くにはその想いは届かないかもしれない。

ほんと、満身創痍だ。

そんな私だけど、触れることが出来る距離にいる人になら、目の前の彼にならば想いはまだ届けれるはず。

だから。

溢れる涙は絶え間なく。

溢れる想いは限りなく。

精一杯で限界まで、余力は欠片も残さない。

今までしなかった、出来なかったそれを、今、わたしはする。

 

「逃げちゃ―――」

 

一度、区切って息を吸って、

 

「―――駄目っ!!!」

 

そう言って、彼に腕を回して抱きついた。

肩口に顔を寄せて声を出そうとしたけど、もう言葉は出なかった。

出せなかった。

けど、もういいんだ。

言葉なんて、そんなものいらない。

想いを言葉という形にしなくても、そのままぶつければいい。

そうして、私は子供みたいに泣いて、泣いた。

繋ぎ留めるみたいに、引き留めるみたいに。

がむしゃらに、無茶苦茶に。

体裁や理屈なんて、もうそこにはなかった。

 

 

 

 

 

    ×  ×  ×

 

 

 

 

 

どれだけ、涙が伝ったのかわからない。

どれだけ、想いが伝わったのかわからない。

 

「……一色」

 

今まで黙って、口を開かなかった彼がそう私の名を呼んだ。

私の背中をぽんぽんと小さな子供をあやすみたいにしながら「お前の、その、あのだな」と言葉を迷わせて、

 

「……伝わったから」

 

優しい声色でそう言った。

それから、照れたみたいにして「ありがとな」って小さく続けた。

 

何が、どんな風に、どれくらい彼に伝わったのか、それは言ってはくれなかったけど。

それでも彼にそう言って貰えるぐらい、私の想いが届いたのであれば、ここまでした甲斐があった。

伝わったんだ。

そっか、よかった。

そんな彼の言葉に安心したのか、ふと私の体から力が抜けて軽くなった。

どうやら無意識に体が強張っていたみたい。

そうやって自分自身の状態を理解したら、風船から空気が抜けるみたいに全身から余計な強張りが逃げていく。

 

そして、落ち着いてきた心と体。

熱に浮かされた、いや、苛烈で煉獄、そんなとてつもない熱で蒸発寸前になっていた頭が少しずつ冷やされて冷静になっていく。

その最中。

ゆっくりと溶けるように戻っていく私の中で、それでも一つだけが変わらず、熱を持って鮮明に形を保っていた。

それは、温かくて、穏やかだった。

でも、熱くて、激しかった。

今までのそれは、霧が漂っているみたいではっきりとした形を成していなかったから、それがなんなのかわからなかった。

けど、その周りだけが溶けて、余計なものに覆い隠されることが無くなった今、私は初めてその感情に触れることが出来て、そこで、ようやく私はそれがなんなのかがわかった。

そして。

なんで、私がこんなに必死になったのか。

なんで、私がこんなに追い求めたのか。

その理由が、在り在りとそこにはあった。

あぁそうだ、私は。

 

―――好きなんだ。この人が。

 

すとん、と今まで曖昧に浮んでいた靄が形になって、私の心の地面に落ちた。

そっか、そうなんだ。

発見したとか、芽生えただとか、そういった大仰なものじゃなくて、そう、納得した。

腑に落ちた。

そんな感じだった。

今に生まれた感情でなくって、きっともう、ずいぶん前からそれは私の中で育っていたんだろう。

だから、驚くでもなくて、もちろん怖がるでもなくて、納得なんだろう。

走り始めた時みたいな高揚感はなく、昼下がりに微睡むみたいに穏やかだった。

ふと、彼の肩越しから見える風景が、さっきと比べて広がった気がした。

それどころか、私の世界全てが広がっていくみたいだった。

 

―――好き。この人が。

 

そう思って、そう思えて、私は嬉しかった。

自分のことなのに、自分自身の感情なのに。

大切な人をお祝いするみたいに、自分のことなのにちょっと他の人のことみたいな不思議な感じ。

 

―――私は、この人が好きなんだ。

 

なんの違和感も抵抗感なく、その言葉をすんなりと受け入れられた。

そうだ。

私、この人好きなんだ。

 

「なーんだ。ふふっ、ふふふふっ」

 

「ん?なんで笑ってんだ?」

 

「ふふふっ。いーえ、何でも」

 

「…………?」

 

少し首を傾げた彼。

こつん。

傾いた彼の頭が私の頭とぶつかる。

彼の少しだけ硬い髪が、なんだか、とってもこすばゆい。

くすぐったい。

そんな感覚。

それは体なのか、それとも心なのかはわからないけど。

でも、そんな小さな触れ合いでも嬉しいと思っていることはすぐにわかった。

彼の方はまだ首を傾けたまま不思議そうにしていて、どうやら私と違ってそんなこと気にしていなさそう。

なんて思っていると、彼はいきなり大きく息を吸ったかと思うと静かに吐いて、

 

「……一色」

 

そう意を決したように真剣な声で私を呼んだ。

 

「お前には、少し酷な話をしないといけない」

 

ふわふわと浮かんでいるみたいだった私に見えない重みが加わった。

酷な話。

そう表現するくらいだから、決して、いい話じゃないんだろうな。

怖い。

これからどんなことを言われるのか、それからどんな未来が待っているのか。

それを想像してしまうと、また体が強張ってしまいそうだった。

傷つけられるかもしれない。

それは、とても怖いことだから。

だけど、踏み込んだ時に傷つく覚悟はした。

だから。

もう、怖気づいて彼から逃げ出したりなんかしない。

もちろん、いくら覚悟したって怖いものは怖いし、逃げ出したい気持ちも隅っこの方で疼いているけど、それだけだ。

そうだ。

私はもう逃げない。

目を逸らして、逃げてしまう方が嫌だから。

好きな人から、もう逃げるのは嫌だから。

まあ、もう逃げる余力が残っていないってのがあるからかも。

なーんてね。

私の中での、私だけへの照れ隠し。

 

「……はい」

 

だから、そう素直に頷くことが出来た。

彼はそれを確認してから「そうか」と言った。

 

「実はな―――」

 

大丈夫。

もう大丈夫。

これから、何を言われたって受け止めて、受け入れる。

それが、今の私には出来るはずだから。

 

「―――小町がな。昨日の雨の所為か、風邪引いたんだよ」

 

「…………ぬっ?」

 

こ、小町ちゃん?

覚悟していた話とは全然違って、私は突然のことに呆けた声を出した。

えっ、先輩の妹さんだよね?

な、何故、なんでこのタイミングでその話が出てくるの?

こんな時に妹自慢?

シスコンの鑑?

 

「いや、だから妹が風邪を引いたんだよ」

 

「……あ、はい」

 

「んで、今日朝も熱が下がらなくってな。でも、大丈夫だからって言うから一人残して学校に来たんだが、どうにもきついみたいでさっき連絡がきたんだわ」

 

「……ふむ」

 

「親も仕事で忙しくて、他に誰もいなくてなぁ」

 

だからーあーそのー、なんて彼は言い難そうにしてから、

 

「だから看病の為に、俺が早退するってことにしたんだが……」

 

そう告げた。

 

「…………」

 

「…………」

 

一瞬の森閑。

お互いがお互いを把握する為の無声。

彼は気まずそうに小さく息を飲んで、私は頭の中で情報を整理する。

彼が帰ろうとしているのは、熱で寝込んでいる妹さんこと小町ちゃんの看病をする為で、その為に早退をする。

なるほど、なるほど。

 

「……んっ?」

 

あ、あれ?

風邪向きがおかしいな、おかしいぞ。

いやいや、違った、風向きがおかしい。

 

「……えっ?ちょっ、嘘、ですよね?」

 

「……四月一日は、まだ先だ」

 

四月一日。

エイプリルフール。

それは、さっき私が言っていたことだった。

時折、私達に吹き付ける風は冷たくて、それは冬の寒風であって春風には程遠い。

つまり、今日は嘘をついてはいけません。

ということは、嘘では、ないの?

えっ。

 

「…………」

 

「…………」

 

もう、一拍置いて。

 

「……なんか、謝っといたほうがいいか?」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

私は叫んだ。

天を仰いで先程と同じく、これまた、力の限りに叫んだ。

ある意味、この叫びもまた私の心の内、全てを余すことなく吐き出した叫びだった。

いやいやいやいや!

流れ的には、私を避ける為に帰るってのがお話の王道じゃないの!?

じゃ、じゃあこれもしかして全部私の、いやいや、でも結衣先輩は先輩が帰るって、だから私は―――

 

「―――ハッ!」

 

―――いろはちゃん!?ちょ、待って聞いて!

 

教室を飛び出す前に聞こえた結衣先輩の声。

私はその制止も、その話もどちらも聞かずに飛び出したんだ。

あの時、結衣先輩は私をただ引き留めようとしたわけではなく、あまりに様子の可笑しな私に先輩が早退する、その理由を教えてくれようとしていた?

つまり、ということは。

友人の置き去りに始まり、上級生の教室を強襲、目標の彼に全力タックル、誰にも強要されてもいなのに心情を暴露、そして止めに大号泣。

この一連の行動は全て。

そう、余すことなく全て。

私の勘違いによる、早とちり。

取違え。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?鼓膜がぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

私の叫び声とそれを耳元近くで聞いた先輩の叫び。

音程が低めに揃えられた見事なデュエットだった。

二人なのに四重唱、カルテット並みの音の厚みを持った二人の叫び声は、他に人っ子一人いない駐輪場にさぞ威風堂々と響き渡っただろう。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?恥ずか死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!耳元で叫ぶな他所でやれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

恥ずかしすぎて顔どころか首筋まで真っ赤に染まっているだろう私は、この身に有り余る恥を残らず吐き出すように思いっきり叫び続ける。

今すぐに、誰にも見られない所へ身を隠したいけれど。

この場から消えてなくなりたいくらいなのだけど。

でも、それでも私は離れることはなかった。

掴んだ手を離してしまえば、すぐに離れることが出来るのに。

ほんの数センチ横で、悲鳴にも怒号にも似た叫びを上げる彼。

口では離れろと言うそんな彼も、私を突き放すことはしないし、自分から離れることもなかった。

 

彼と私。

ただの先輩と後輩。

それ以上でも、それ以下でもない。

今は、だけど。

そんな二人の、二人だけの合唱会は、もう少しだけ続くみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話 絡む思惑取違え 下

 

 

 

 














お疲れ様でした。
浅薄な文章にもかかわらず、ここまでお読みいただきありがとうございます。


予定では八月末でしたが、珍しいことに、と言うか初めて少しだけ早く書けたので投稿の運びとなりました。
ふふふ、予定より遅くなることはあれど早まるとは、皆様も想像していなかったのではないでしょうか。
さぞ今話の投稿には驚いたことでしょう、いやいや、間違いなく驚いたはずです。
あ、あれ?
そうでもないですか?
予定よりは早いが、決して早くはない?
お、仰る通りで……。

話は変わりまして。
今話にてようやく第六話が完結となりました。
いやはや、一話完結するのに一か月と半分ほどと長い時間が掛かってしまいました。
本当に分割投稿に変更しておいてよかったです。
もしこれを一括投稿ともなれば、推敲に更に時間をとられてしまい一か月半では済まなかったかもしれません。
分割投稿様様です。
次話も今話と同じくらい長らくお待たせしてしまうと思います。
もし、それでも引き続きお楽しみにしていただけるのなら光栄の至りに存じます。

それでは、皆様。
また次話でお会い出来ることを、心待ちにしております。









 

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