変わっていく日々を君と   作:こーど

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第八話 翳る信頼その答え 上

 

 

 

 

俺は歩く。

今日も今日とて、その歩みが止まることはない。

揺れる思いも、上手く動かない体も、引き摺りながら少しづつでも、僅かでも前へと。

どれだけ辛いことがあろうとも、それにどれだけの苦痛が伴おうとも。

俺は進むのだ。

過ぎゆく時間が戻りも、そして止まりもしてはくれないように、俺もまた同じように進むしかないのだ。

悲壮なまでの決意を固めていると、慰めるかのように一陣の風が俺を撫でる。

 

「ぉあぁぁ……」

 

耳や鼻などの身体の末端から感じる僅かな冷たい痛みを、情けない声に混ぜて空へと飛ばす。

二月にしては珍しい突き抜けるような晴天の下。

朝日を受けてキラキラと輝く霜を背景に流れる風は、舞う雪がなくとも風花といって違いないような美しさがあった。

それを目に留めながらも俺は今日も前に進むのだ。

 

「あぁ、もう家に帰りたい……」

 

やっぱもう無理。

なにこの寒さ。

今すぐ引き返したい。

こんなに寒いせいで、登校する前から学校に行くか行かぬかで俺の中は大荒れになるわ、かじかんで動きが鈍くなった体はいつものように言うことを聞かないわで朝から大いに精神がすり減った。

夜更かしのツケで目を開けて立っているだけで辛いし、眠気を我慢するってほんと苦痛だよね。

 

……誰に聞いてんだよ。

とにかく、今の俺は身体的にも精神的にもあっぷあっぷなのである。

だが、だがしかし。

俺は歩みを止めるわけにはいかないのだ。

 

「…………」

 

ちらりと視界に掠めていた時計に改めて目を向ける。

HRまで残り十五分。

ふっ今日も完璧な時間調整だな。

この残り時間ならば、ここ駐輪場から教室まで多く見積もっても五分。

早過ぎもせず、かといって遅すぎもしないこの時間は、朝の喧騒と雑踏に紛れるにはうってつけなのである。

 

毎日毎日、いつの間にやら着席している俺の姿に周りの人間はさぞ驚いていることだろう。

あまりのステルスっぷりに、下校時まで気づいていないまである。

そうです私はただの机です。

 

……それはともあれ。

最大限長く家に留まりながらも、教室へ入る際の目立ちにくさまで考えられたこの完璧な時間調整。

だが、その裏には猶予が十分しか存在せず、常に遅刻の影がチラつくという弱みもある。

 

つまり。

暑かろうが寒かろうが、ちんたらしている暇はないのだ。

どれだけ身体が震えていようとも、どれだけ眠気との戦いで意識が弱っていようとも。

この見事な策略はひとえに俺の強い意志力、またその強靭な意志継続性によってなされているのだ。

 

まったく、自分の厳格さが恨めしい。

ここまで律儀な人間など、俺の直径一メートル以内にはいないだろう。

さて、教室まであと一息だ。

ラストスパート。

気合を入れ直して俺は歩を進める。

……そうしたいところなのだが。

だが俺はそれに対敵する者に、

 

「お、おはようございまーす?」

 

裾を掴まれ動きを封じられていた。

疑問形でしめられた挨拶は何故かウィスパーボイスで、それと視点の高低差によって出来た上目遣いが激しく保護欲を駆り立てる。

こいつの実態を知らない人間ならば、ではあるが。

 

見よ、この恐る恐るというか、いかにも遠慮気味な声色でカモフラージュされている掴まれた裾を。

もう、がっつりと皺になってんの。

やめておくんなまし。

これ小町に見つかったら怒られるの俺なんだぞ。

 

「ご用件をどうぞ」

 

「へっ?え?あ、えっと」

 

「用事がないなら俺は行くぞ」

 

「えっ!?ちょ、ちょちょあーっと!あーっ!せ、せんぱいはこれからなにするんですかぁ!?」

 

「…………」

 

やだ、こんな勢いでこの後の予定を聞かれたの初めてだわ。

ズイズイと押し寄せる対敵こと、一色いろはに圧迫感を感じる。

だが、これからも何も時間はHR直前である。

教室へ行く以外、選択肢はないように思えるのだが。

それとも、こいつみたいなイケイケ(笑)な奴らは、登校してきたら遅刻寸前であってもすべきことがあるか?

朝の集会とか?

 

あぁ、もしかして今日も気合入ってるか確認し合わないと、一日が始まらないのか。

……ははーん、なるほどわかったぞ。

この局面、こいつが納得出来る程度の気合を見せとかないと、校舎裏に連れて行かれるお決まりのやつだな。

それならこちらとしても、書物で得た知識を披露するのもやぶさかではない。

 

「……よ、夜露死苦ぅー?」

 

「はぁ?」

 

あっ違ったわこれ。

俺のバリバリに気合の入った挨拶は、どうやらお気に召さなかったらしい。

だって、一色さんすんごいですもの。

皺の寄った眉間に吊り上がった目尻。

その表情は背中に喧嘩上等を背負って、今にも飛びかからんとする先駆けの顔だ。

いや、こわっ。

……これが伝説のメンチビームか。

 

「んん!……それより本当にもういいか?これ以上は遅刻しちまいそうなんだが」

 

あんまり遅くなると注目されちゃって、クラスの奴らが見慣れぬ顔の登場で転校生が来たのかと驚かれてしまうからな。

……どんだけ影薄いんだよ。

 

ま、まぁ、実際に時間にさほど余裕がないのは事実なのである。

咳払いをすことによって、完全に場の空気を綺麗さっぱりと入れ替えた俺は、これ以上のタイムロスが出来ないことを伝える。

もちろんその際には、切実さを演出する為に時計をちらちらと見遣る仕草も忘れること無く付け加えておく。

どうだ、この策士っぷり。

如何にこいつといえど、これは首を縦に振る他あるまい。

 

「だ、だめです!」

 

策士、無策に敗れる。

な、なんの捻りも無く却下されるとは。

貴方の言い分は聞きました、ですがそれがどうかしましたか、と言わぬばかりにこちらの都合は我関せず。

 

取り付く島もないとはこの事か。

我が校の暴君はなんの理由も口にしないまま、ぶんぶんと首を痛めそうなくらい横に振っている。

えぇ、なにさこの全否定……。

 

「……なんて信用性の無さだよ」

 

「うぐっ!?」

 

突然、一色が胸を押さえてのけ反った。

な、なんなの!?

急にそんな動きされたらこっちも反射的にのけ反りそうになるだろが……っ!

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ。……ソ、ソウデスネェ。シンヨウシナクチャデスヨネー」

 

一色は油の切れた機械のようにギギギっとのけ反った身体をなんとか戻して、これまた電子音声みたいな平坦な声を口に出した。

本当になんなのこの子……。

イケイケになったかと思えば、ロボットになったりと忙しい奴である。

 

「デ、デハ、ワタシハシンヨウシテイルノデココデ。デハデハー」

 

「…………」

 

未だ理解が追い付かない俺を置いてけぼりにしたまま、一色はここで二手に別れようフラグをぶっ立てて、ぎこちない所作で走って行った。

もうガションガションって効果音が聞こえそうなフォームである。

去っていくその様を呆然と見送りながら、俺は一人小首を傾げた。

 

なんだあいつ?

宿題でも忘れていたのを思い出したのだろうか。

それでも、余りに不自然だが。

……まぁ先日の件があった後だ、本当にどうにもならないことなら言ってくるか。

そうさっさと結論付けて、俺も後を追うようにそそくさと教室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

    ×  ×  ×

 

 

 

 

 

それから、時は流れ。

つつがなく、本日の授業は終わった。

よし、これにて今日は終了だ。

早速帰って、未消化の今冬アニメを見なくては。

あまり後回しにすると、いつの間にやら視聴することさえ忘れていたりするからな。

それでは原作者やアニメ制作に係った方々が報われまい。

ならばこの八幡、その情熱に報いる為に少々の無理をしてでも、身体に鞭打って拝見いたそうではないか。

 

「あー腹減ったー!」

 

「机借りるねー?」

 

……えぇそうですよ、終わってませんとも。

現実逃避をそこそこに教室に掲げてある時計へ目をやると、短い時針は真上を指していた。

そう、確かに授業は終わったのだ。

午前の、という前置きが付くが。

そして、今は憩いの時間。

昼休憩に突入したところだ。

一日が終わるどころか、ようやく三分の二が終わったばかりである。

 

「……ふぅ」

 

その恐ろしいまでの事実にため息が零れる。

かくも現実とは厳しくも残酷なものなのか。

まったく、厳しすぎである。

これでは鞭で打ち過ぎだ。

ふむ、現実がこうも厳しいとあらば仕方ない。

不本意だが自分で自身をもっと甘やかしてバランスをとるしか他あるまい。

いやー本当に仕方のないことだなー。

本当はもっと己に厳しくしたいんだけどなー、でもこれは仕方がないよなー。

 

よし、まず差し当たっては禁止されている朝食にマッ缶を付けるところから始めよう。

朝マッ缶だ。

本来、誰の許可も取る必要はないのだが。

だが、最近の小町とくれば俺がマッ缶に触れるだけで、やれ糖尿だの、脂肪肝だの、AGE終末糖化産物だのと、糖分の過剰摂取がどれほど人体に悪影響を及ぼすかを、呪詛かと錯覚するほどに述べ立ててくるのだ。

 

それこそ以前、うっかりそのブツを家に隠していたのがバレた際には、四六時中、もう食事の最中にまで耳元でえらく専門的な用語も踏まえた解説をされたもんだ。

そういう経緯もあって今までは家でのマッ缶は控えていたが、そろそろ、お兄ちゃんの本気交渉術をもって説き伏せる時が来たようだ。

ふっ小町、朝にマッ缶つけさせていただくぜ!

……やだ、私の望み小さすぎ?

 

「……はぁ」

 

こんなことを考えていたところで、午後の授業が終わるわけでもない。

はよベストプレイスにでもいこ。

そう思い、長時間の拷問で悲鳴を上げる体に鞭を打って、ってまた自分で打っちゃったよ。

足腰を奮い立たせて必要なものを手に持ち、廊下へと出る。

とりあえず目指すは売店。

昼飯の調達からである。

腹が減っては戦は出来ぬ。

現代という血の流れない戦場を駆け抜けるのにも、腹ごしらえは必須だ。

さぁ御飯、御飯だぁ!

 

「…………」

 

いやだが、待て。

その現代の戦場で最も重要な脳の働きを助ける糖分の補給は、先述した事項よりも優先事項ではないだろうか。

幾ら強兵であろうとも、参謀が機能していなければ戦には勝てまい。

 

そうだ、そうに違いない。

御飯よりやっぱり糖分!人工甘味料は絶許だぁ!

予定していた進路をあっさりと変更して、ソウルドリンクの元へ。

さぁさぁいざ、鎌倉。

いや、うちのネコでもないし、鎌倉にもいかないけどな。

 

「…………」

 

あの天使のように純粋で、愛のように甘いコーヒーを思い浮かべながら、足取り軽く、教室から一歩を踏み出したところ。

そこで突然、足取りが重くなった。

まるで制服の袖を掴まれて、引っ張られているような抵抗感だ。

ぬぅ、これが御飯を優先せよとの世界の意思だと言うのか……。

だ、だが負けるわけにはいかんぞ。

千葉県民の誇りをここで見せるべし。

 

「ぬおぉ……」

 

ふんぬ、と抵抗感を感じる腕を無理やりに引き寄せる。

が、そんな俺に対抗するように抵抗感もぐいーっと強くなる。

お互いの力が拮抗して、戦況は硬直状態。

ぐぉぉぉ、力で駄目なら、

 

「……なんっ、で、ここにぃ、いんの」

 

外交で攻めるしかあるまい。

ちなみに途切れ途切れなのは、外交戦に移行したからといって武力をチラつかせることを疎かにしない賢明な判断による産物である、

 

教室内の奴らからは、突然教室と廊下の狭間で独り言を言い出したように見えるが、決してそうではない。

そんな病に冒されていたのは、もう昔の話である。

蒸し返すべきではないだろう。

そうだ、次元の狭間を彷徨う堕天使は存在しないのだ。

……うん。

ともあれ、俺が口での戦を仕掛けたのは堕天使ではなく、巷では小悪魔なんて呼ばれたりする、

 

「え、えーっと。あー奇遇ですねーせんぱーい?」

 

一色にである。

おっと、ちょっと待った。

まだ戦いの序章なので挨拶などすっと流そうと思っていたが、

 

「ほう、奇遇ねぇ?」

 

なかなかに面白いことをいうじゃねか。

どんな奇遇があれば、教室からまだ全身どころか半身すらも出ていない俺の袖を掴むことが出来るんだ。

ブービートラップかよ。

 

「うぐっ!……え、えぇほんと奇遇ですね。なんて電撃的奇遇なんですかねー」

 

こいつ、それで押し通るつもりか。

って、それより電撃的奇遇だと?

なにそのパワーワード、すっごい気になる。

よっぽど予期してなかった時に出会うみたいなことなの?

走り幅跳びで飛んだ先に青森のマグロ漁師さんと出会うぐらいの衝撃だろうか。

わ、私はマグロじゃないわ、だから電気ショックはやめて!

 

「えへっ!」

 

「…………」

 

パワーワードによる強引な力技だけでは飽き足らず、押し売り一色スマイルでの息を吐かせぬ怒涛の攻撃。

表情としては笑顔そのものなのだが如何せん目が、ね?

これ以上追及すんじゃねぇぞ……とその瞳だけで雄弁に脅しをかけている。

目ってこんなにも意志を伝えられるもんなんだね、八幡初めて知っちゃった。

 

……にしても、実に怪しい。

こんだけあからさまな登場、ミステリー小説ならば一瞬で犯人認定さてれても可笑しくないレベルの怪しさだ。

そもそも、ここは二年の教室前。

偶然でもいるものか、ここに。

ほんで、ついさっき午前の授業が終わったばかりという裏ドラまで乗っている。

それが、もうここにいるとかなに?韋駄天なの?

新快速一色なの?

やだ、それ暴走列車だわ。

 

「ふーん。まぁ、奇遇でもなんでもいいんだが。んで、どのようなご用件で?」

 

話しがどうにも進みそうにないので、こちらが折れて進行を促す。

べ、べつに脅しに屈したわけじゃないんだからねっ!

 

「むっ!こんなに可愛い後輩が会いに来たのに、なんですかぁそのテンプレ接客態度は?」

 

こいつ、奇遇で押し通そうとしてたの忘れてやしませんかね?

奇遇ならぬ必偶になってますけど。

もう、俺が折れた意味ねぇじゃねか。

 

「ん?会いに?」

 

「……ふぇ!?い、いいいや!そのなんといいますか。それは言葉の綾みたいなそんな、えっと―――」

 

ははーん。

そうかそうか、わかったぞ。

なんだ、こいつ慌てよって愛い奴よの。

あわあわとしているこいつを、このまま放置して百面相を楽しむのも悪くはないが、だが、俺のような生粋の紳士はそんな無粋なことはしない。

言い難いのならば、こちらから歩み寄ってやるのがジェントルの対応といえるだろう。

任しときな、一発で核心に近づいてやるぜ。

 

「一色」

 

「ひゃ!?ひゃい!」

 

あたふたとしていると思えば、跳ねるように返事をして急に大人しくなりよった。

やや俯き気味になった顔もなんだか紅葉を散らしたみたいに赤いし、上目でこちらを覗く大きな瞳は潤んでいる。

ふっ、そんな瞳で見つめなくても今からその期待に応えてやるぜ。

 

「葉山ならまだ教室に居るぞ。ほれ、ささっと行ってこい。んで、この袖早く離してくれ」

 

「……はぁぁぁぁぁぁ」

 

紅葉していた葉が現実の季節に追いついたかのように落ちた。

そして、どえらく重いため息だった。

もう心底呆れ返ってます、みたいな漫画とかでよく見るため息と張るレベルである。

そんなに吐いて、肺の空気なくなっちゃわないのこの子?

あ、もしかして肺活力自慢してるのか。

 

「まぁ、その辺りはとりあえず置いといてですね」

 

置いといちゃうのかよ。

目的地での目的変更とは天邪鬼極まってるなこやつ。

あれだな。

良く聞く、何食べたいって聞いたら何でもいいっていう罠を張る奴だ。

ファミレスがダメなら先に言えよ。

 

「あー、えーっと。んー。あっ!せんぱいはこれから何するんですかぁ?」

 

「…………」

 

朝に続いて謎の質問再び。

いや、何するって昼休み始まったばっかだぞ。

どう考えても昼飯だろう。

やだぁー痩せなきゃーみたいな縛りは男の俺には無いわけだし。

考えなくても普通はわかるだろうに。

 

「うっ!」

 

当然のことを言ってやると、一色は痛い所を突かれたみたいにしてのけ反った。

小声でそれもそうか、なんて呟いてるが本当になんだこいつ。

冬の寒さでスイーツな頭が冬眠してんのか?

いやいや、違うな。

そうならば、真っ先に由比ヶ浜が冬眠するはずだ。

んじゃ、朝から始まるこいつの奇行は一体なんなのだろうか。

 

「ま、まぁいいじゃないですかぁ。ほら細かいこと気にしてるとハゲますよー」

 

「や、やめろ。髪の話はデリケートな話題なんだぞ」

 

「……はぁ、そうですか。まぁそれも置いといてですね」

 

自分から振ってきたというのに恐ろしいまでの適当さである。

こいつ、どんな心臓してんだ。

 

「あ、あのですね?その、ですね?」

 

なんとも煮え切らない態度で、もじもじと言葉を迷わせる一色。

さっきと同じく頬に淡く朱を差している様は、如何にもないじらしさがある。

だが、俺的にはそんなものにうつつを抜かすよりも、脳内の対一色警戒機がけたたましく警告音を鳴らしている気がしてならなかった。

 

「えっと。……せんぱいがよかったらですけど。その、お昼一緒しません、か?」

 

「―――ハッ!」

 

ピキーンと、頭に閃光が走る。

わ、わかったぞ、一色。

お前が何故ここに、こんな時間にいるのか。

謎は全て解けた。

ちょっと待て、今から眠らせることが出来る時計取ってくるから。

 

「ほら、ちょーどよく生徒会室のカギもありますし」

 

……やはりか。

こいつ、俺の貴重な昼休みこと天使を鑑賞する時間を潰す気だな。

生徒会の雑務でも溜まっているのだろう。

その処理をさせる俺を逃さまいと、授業が終わると同時にここへ飛んできて教室の前で張っていたのか。

 

何が丁度良くだ。

お前合鍵作ってんだろ。

まったく、こちらの予定も考えず俺を使おうとしているようだが、ここは断固として拒否せねばなるまい。

天使の舞を鑑賞するか、それとも強制労働かの二択を迷う阿呆はいない。

選択肢は既に定められている、もちろん俺が選ぶのは―――

 

「こ―――」

 

「―――じゃ行きましょー!」

 

有無を言わせぬ被せである。

まだ俺、一文字しか口に出せていないんだが……。

ちょっとー、一色さん早過ぎんよー。

もう、こいつにとっては、「はい」も「いいえ」も同じ意味なのだろう。

そうか。

高い授業料だが、

 

「……ふっ」

 

いい勉強になったぜ。

格好付けてはいるが、今まで掴まれていた袖から手首へ一色の拘束は変更されて、より強固に捕縛された俺はささやかな抵抗虚しく、ずるずると引き摺られながら連行されている。

いや、周囲の注目を集めているのに、フードなどで顔を隠して貰えないこの状況は連行というよりも、処刑だ。

馬引きの刑ならぬ、一色引きの刑。

 

昼休みでごった返す廊下なのに、進路方向にいる生徒達が見事に統制のとれた動きで廊下の左右端へと身を縮めるおかげで綺麗な一本筋が引かれている。

左右に固まる見物人達は一色の後ろで引かれる哀れな俺の姿を見て、一様にざわざわこそこそとお昼時のマダムポーズで密談を交わしていた。

 

み、見ないでぇ……。

俺とてこのまま大人しく見世物にされてたまるかと、隙をついて脱獄を試みてはいるのだが。

一色の小さな身体のどこにそんな力があるのか、手首を握る力は増々強くなり、勢いは弱まるどころか加速度的に上がっていく。

ここに総武高校が誇る脱獄不可能な輸送車兼監獄が完成した瞬間である。

 

ふふ、今日も空が青いわ……。

そんな現実逃避を、力なく廊下の窓から外へと投げた。

ここから覗く空は、朝から今まで雲の欠片も見当たらない。

その清々しさは、何も物言わなくとも俺に潔さを求めているようだった。

あぁ、せめてマッ缶だけは買わせてつかーさい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八話 翳る信頼その答え 上

 

 

 

 

 

 

 




 









お疲れ様でした。
不調法な文章にもかかわらず、ここまでお読みいただきましてありがとうございます。


ふっふっふー。
どうですどうです!
皆様はこんなに早く次話が投稿されると露程も思わなかったでしょう?
それもそのはず。
なんと、この作品を書き始めてから一週間投稿が出来たのは、これが初めてなのですから!
んふふー!
これはさぞ皆様を驚かせてしまったに違いありません、えぇそのはずで―――お、お気に入りしてくださっている方が前見たときと比べてすごい増えてるぅ!?なにごとっ!?
大して目立つことないこの作品に一体なにがあった!?
ぐぬぅ、こちらが驚くことになるとは……。

と、とりあえずご挨拶をば。
新しくお気に入りされた皆様。
拙い文章、そしてとても遅い更新速度ですが、これからよろしくお願いします。
か、過度の期待はされないほうがいいと強く具申いたします。

次回はいつも通りの投稿期間に戻ります。
も、戻りますからね……?
フ、フリじゃないですから、本当にですからね!?
キタイ、ダメ、ゼッタイ。


それでは、皆様。
また再来週ぐらいにお会いできることを、心待ちにしております。


追伸
遅くなりましたが、誤字報告ありがとうございました!
図々しいお話ですが、もしよろしければ、これからも誤字が見当たりましたらよろしくお願いいたします。










×××裏物語×××



昼休憩の生徒会室にて。


「んー?」

「……パッション屋良さんのマネとは、見た目によらずお前なかなか渋いな」

「いや違いますよっ!?」

「屋良さんじゃない?んじゃ、誰のモノマネだ?」

「モノマネってとこからが間違いなんですっ!……もー。ただ、なんで私なのかなって思ったんですよー」

「急に哲学的なお話か」

「いやいや、そういうんじゃなくってですね。私はあの人たち見たことも聞いたこともないのに、なんでその人たちの標的に私がなったんだろうってことですよ」

「…………」

「標的にしようと思ったら、そんなの周りにたくさんいるじゃないですかー?いちおうはこれでも生徒会長ですし、わざわざ権力者に楯突くこともないのになーって」

「…………」

「なんでなんですかねー?せんぱいはどう思います?」

「……これは俺の勝手な推測だが。単にお前が目に付きやすい存在だったってのが一つ。それと、」

「それと?」

「ぽわぽわと頭の中お花畑で幸せそうな顔してたのが気に入らなかったんじゃねぇの」

「ちょ、私そんな顔してませんよ!」

「……そりゃ、自分は自分じゃ見れないからな」

「ま、まぁそう言われればそうですけど」

「だからお前がそう思ってるだけで、外面はもうだらだらのどろどろだったんだろ」

「だらだらであっても、どろどろではないはずです!そこは断固戦いますよっ!」

「まぁどろどろでも、べちゃべちゃでもどうでもいいけどよ。自分が上手くいってない時に、目の付きやすいところでそんな顔した奴が浮かれてたから嫌がらせしてやろうってなったんだろ」

「んーその気持ちは、わからないでもないかもですねー。……でもそれじゃ、完全にとばっちりじゃないですか、私。あとべちゃべちゃでもないです」

「まぁ、噂ってのはそんなもんで、」

―――憂晴しであり、気晴らしであり、気慰みだろ。……キリッ

「ふーんそうですか。あっせんぱい、手が止まってます。せっかくお弁当あげたんですから、しっかり働いてくださいよー。まだまだ分別する書類いっぱいあるんですからね」

「…………うす」









  

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