転生したら戦闘力5のオッサン以上にモブだった件 作:大岡 ひじき
いい歳こいた夫婦が軽くいちゃついてるだけ。
どこに需要があるんだとか言うな。
実績を見込まれて研究所のある王立自然公園から、同じ自然公園でも希少種のいる遠くの孤島に配置換えになり、子供達がまだ就学年齢である事情から単身赴任をしていた夫が突然、連絡もよこさずに帰ってきたのは、学校へ行く子供達をアタシが送り出した直後でした。
信じられないくらいボロボロの服装でいきなり玄関に現れ「ただいま」なんて申し訳程度に挨拶をされ、その只ならぬ様子に確かに数瞬固まったアタシもアタシですけど。
けど、その固まってる間にいきなり抱きしめてちゅーしてひっ担いで寝室に直行してベッドに沈めるとか、色々行動が早すぎます。
あ、その、別に嫌ではないです。
決して嫌ではないんですけど、少しは半年以上不在だった夫が帰ってきた妻としての実感をかみしめる時間をください。
あと、アタシこの後、洗濯ロボをセットした後出勤しなきゃいけないんでs「今日は休め」はい。
けど洗濯ロボのセットだけはさせてくださいお願いします。
「…あのですね。
アナタと違ってアタシは普通の人間、しかもそろそろ40に手が届かんとしている女なんですけどね。
少しは体力差というものを考えてくれませんか」
朝から陽が傾くまでアタシをベッドに縫い付けていた夫、人造人間17号に、若干涙目になりつつアタシが少し本気で文句を言うと、彼はくくっと喉の奥で笑いました。
余裕があり過ぎて、理不尽ですがちょっと腹立ちます。
そんな17号さんは数時間前まで、宇宙の存亡を賭けたバトルロイヤルに参加していました。
ブルマさんから連絡があったのは、出場戦士たちが会場へ旅立った後のことですが、その時点では単に宇宙規模の格闘試合としか聞かされておらず、まさか負けたら消滅とかいう事態だとは全く知らずにいたアタシ達家族は、普通に日常を過ごしておりましたよ、ええ。
…と言うと薄情と思われるかもしれませんけど、これ一応夫の意向でして。
子供達にもアタシにも、できる限り武術、格闘系の行事には参加させないという。
最初のうちはアタシの気持ちを考えての事だったみたいですけどね。
武術大会とか、どうしても悟空さんの事を思い出して、彼が亡くなっている間は確かに辛かったですし、例の、アタシ達地球人が全滅する事態にまでなった、魔人ブウの復活を目論んだ魔術師が暗躍した天下一武道会に関しては、悟空さんが1日だけ生き返ってくるからと
「最近ようやく立ち直ってきたのに、1日だけ会わせたら、寝た子を起こしてまた悲しませるだけだ。
と彼の一存で握り潰したと後で白状されましたから。
それを聞いた時、そんなに心配をかけていたんだと申し訳なく思うと同時にアタシを守ろうとしてくれたんだと嬉しくなり、ありがとうとお礼を言ったら、
「半分は嫉妬だから礼なんか言わなくていい」
と、意味のわからない事を言われましたけど。
それはさておき子供達に関しては、下手に興味をそそって心が未熟なうちに大きな力を得る事を、恐れているように思います。
特に下の息子は実子ですし、最初のうちはその遺伝がどのように出るか予想がつきませんでしたから。
もっとも人造人間の細胞レベルの改造は遺伝にはどうやら影響しないようで、うちの息子もお義姉さんの生んだマーロンちゃんも、ごく普通の人間の子供として育ってるんで、護身術程度の武術なら解禁してもいいかと最近は思ってるようですが。
…話が逸れましたね。
その宇宙対抗バトルロイヤル、最後まで武舞台に残っていたのが17号さんだったそうで、賞品であるスーパードラゴンボールに彼が願ったのは、
「消えてしまったすべての宇宙を元どおりに」
だったとの事。
「結局はその願いも、全王の掌の上、最初からそれ以外は無効だったらしいがな」
すべての宇宙の中から勝ち残った宇宙には、それだけの徳があるだろうし、なければそのまま消してしまえばいいだけ、という神の遊び。
「所詮オレたち人間は、神の指先ひとつで操られるマリオネットってところだな。
けど、まあ、それも人間らしいと思えば、悪くはない」
そう言ってアタシを抱きすくめたままの夫は、体内に永久エネルギー炉を内蔵しており基本疲れる事はない筈なのですが、なんかちょいちょい落ちそうな感じで、それでも話し続けています。
そろそろ子供たちが帰ってくるから、食事の支度をしないといけないので、彼に夕食まで眠っていてもいいからと言って、ベッドを離れようとしたところ、
「ギリギリまで独占させろよ」
とますますギュッと抱き込まれました。
「自分の望みを捨てて、すべての宇宙を救ってきた英雄の、ほんのささやかな願い事を、叶えてくれてもいいだろう?」
…耳元で囁く甘い声に、もうアタシに逆らう術はありませんでした。
「…こんな事を言うと、軽蔑されるかもしれませんけど」
「…ん?」
「アタシ、世界中で…ううん、宇宙で一番、アナタの事が好きです。
子供たちは勿論大切だけど、一番好きなのは、アナタなんです」
「軽蔑なんてしないさ。オレも同じだ。
…言ったろ?
おまえが居なかったら、オレは世界の破壊者になるって。
オレが英雄でいられるのは、おまえがいるからだ。
愛してる、マリン」
降ってきた唇を受け止め、ゆっくりと目を閉じながら、うちの夫完璧にかっこよすぎてズルイと思いました。
おかえりなさい。アタシの
☆☆☆
「カプセルコーポレーションのブルマ嬢から、クルーザーを譲ってもらう約束をした。
夏休みに入ったら、それで家族で旅行に行こう」
子供たちが帰ってきてから、家族で少しおしゃれをして出かけた郊外の自然派レストランでの夫の爆弾発言に、子供たちは盛り上がってましたがアタシはミネラルウォーター吹いてました。
一体何やってるんですアナタ。
とりあえず家に帰ったらブルマさんに電話しないと。
とりあえずは「トシ考えろお前ら」というツッコミが確実に入るぐらいいちゃつかせてみたかった。
やってみたら、意外とあっさりだった。
所詮こんなもんだ。