転生したら戦闘力5のオッサン以上にモブだった件   作:大岡 ひじき

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9・瑠璃色の地球(中編)

 そんな時でした。

 アタシの足元近くを流れる川を、上流からオルニトミムスの幼生が一匹、流されてくるのを見たのは。

 オルニトミムスは水辺の恐竜で、水鳥のような食性を持ちますが、その骨格はダチョウに近いもので、泳ぎを得意とするものではありません。

 つまり、アレ絶対溺れてます。

 研究者としては、このケース、手を出すべきではないんでしょう。

 でも見た瞬間、自分の今の状況、アタシの中からすっ飛びました。

 人質の立場も、腕を縛られている事も、頭の上の拳銃も、それらに伴うベタ展開も、全部。

 

「あっ!こ、コイツ!」

 ものすごくナチュラルにアタシは足を踏み出すと、流れに向かって駆け出しました。

 先ほどから弛んでいたアタシを捉えていた腕が、すり抜けたアタシの身体を掴み損ねて空を切ります。

 ですが次の瞬間、アタシは草か何かに足を取られ転倒しました。

 手で受け身を取れないので、もろに地面に激突します。

 顔だけは何とか死守しましたが、胸は打ちました。

 痛い。

 

「このアマ、舐めやがって!」

 悪人の台詞テンプレートでもあんのかってくらいありがちな台詞を吐いて、男はアタシに拳銃を向けます。

 

「いやそんな事よりアレ!流されてますから!

 助けないと!つか助けてあげて!」

「知るか!」

 えー、密猟者の分際でオルニトミムスの幼生に興味ないんですかアナタ。

 ああでも、美しい羽毛を持つのは成体の雄だけな上、成長したら3メートルにもなる草食恐竜にペットとしての需要はないですかね。

 雄の成体が、剥製として欲しがられる程度。

 いやいやそんな事より、この人もしかして、アタシの事撃とうとしてませんか?

 してますよね?若干逆上してますよね?

 気づいた時には拳銃の発射音が響いて、次の瞬間、アタシの身体は弾丸に貫かれて…ない!?

 

 …顔を上げると目の前に、見慣れた背中がありました。

 恐る恐る見ると17号さんが、左腕に水の滴ったオルニトミムスの幼生を抱えて、しゃがんだような姿勢で、やや前かがみになり、腹部に右の拳を当てていました。

 え……まさか。

 

「や……やったか!?」

 拳銃を構えたままの男が、少し呆然としつつ、薄笑いを浮かべました。

 その左手から力が抜け、助けられたらしいオルニトミムスの幼生が、そこから抜け出して、どこへともなく駆けていきます。

 良かった…いや、良くない!

 撃たれた!しかも、アタシを庇って!?

 と、17号さんの腹部に当てられた右手が、ゆっくりと前に突き出され、握った拳が小指から、一本ずつ開かれていきました。

 それが中指まで開かれた時点で、何かが掌から落ちます。

 思わずそちらに目をやると、それは……

 拳銃の、弾丸!?

 

「う……あぁ」

「残念だったな」

 アタシの場所と角度からは見えませんが、声の感じからすれば絶対ニヤリって感じで笑いながら、17号さんが立ち上がります。

 ああそうですよね。

 この人、ただの人間とはわけが違うんでした。

 一瞬泣きそうになったアタシの涙を返せ。

 まあ流してないけど。

 

「…こいつにさえ手を出さなければ、捕縛されるだけで済んだものを。

 覚悟するんだな」

 …そこから後の光景は、ちょっと見るに耐えませんでした。

 

 ☆☆☆

 

「いい加減にしろよ…。

 まだわかっていないようだな」

「はい?」

 管理事務所を通じて警察に引き渡された密猟者達を見送った後、ようやくアタシの腕を解いてくれた17号さんが、なんだか怒ったように言いました。

 なんでアタシ、怒られてるんでしょうか。

 まあ確かに人質になって、この人の仕事の邪魔になった事は、申し訳なかったと思いますが。

 でもこの怒り方と言葉は、そういう感じじゃない気がします。

 

「初めて会った時からそうだった。

 おまえは、普段は臆病なくせに、こうと思い込んだ途端、自分の身の安全など考えずに、危険の只中に飛び込んでいく。

 最初はどうしてだろうと思った。

 戦う力も勇気もないくせに、どうしてこいつは、こんなことができるんだと。

 だがおまえの話を聞いて、おまえの様子を近くで観察していてわかった。

 おまえは無意識のうちに、自分自身を計算に入れずに行動してる。

 自分の存在をそもそもないものとしてるから、いくらでも生命を投げ出せるんだ」

 …えー。命投げ出すとか、そんな事した記憶ありませんけど。

 ひょっとして腕縛られてる状態から、川に向かって走り出したから?

 もしかすると、あの拳銃の男に隙を作る為の行動と勘違いしてますか?

 そんなつもりはありませんでした。

 あくまであれは、流されてくオルニトミムスを助けたかっただけです。

 なんて言ったところで、

 

「なんにも考えずに行動してる点で同じだ馬鹿!」

 って言われそうだから言わないけど。

 

「おまえは未だに、孫悟空の物語の中にいる。

 いい加減にそこから出てこい!」

 怒鳴るように言い放つ17号さんが、アタシの両肩を掴み、その細い指が肩に食い込みます。

 

「い、痛いです。離してください」

「痛いのはおまえが現実にここにいるからだ!

 おまえの登場しない孫悟空の物語の中じゃなく、ここに!

 オレだけじゃなく他の誰だって、こうしておまえに触れられるし、誰の目にだっておまえは映る!」

 …見返した冷たい瞳は、いつにない熱を帯びていました。

 いつもより近い距離も手伝って、思わずアタシの心臓が跳ねます。

 

「…そもそもおまえは、周りに愛され、大切に守られて育ってきた筈だろう?

 おまえを溺愛してるあの母親ひとり見てもそれは明白だ。

 おまえが自分をないがしろにする事は、おまえを大切に思ってるやつ全員をないがしろにする事だぞ?

 もう少し考えろ」

「…ご、ごめんなさい」

 ああうん、要するに、すごく心配されてるって事だけはよくわかりました。

 思わず謝罪の言葉が口をついて出ます。

 そんなアタシの様子に何を思ったものか、17号さんはため息を一つ吐き、それから、何だかわからない事を言い出しました。

 

「…おまえが、どうしてもこの世界での、自分の価値を認めないつもりなら…オレがおまえに世界を守らせてやる」

「は?」

 アタシが?世界を守る?それは一体?

 

「いいか、この先おまえが無茶をして生命を落とすような事になるなら、世界がおまえを見捨てたとみなし、オレがこの世界を滅ぼす」

「は?いやいやいやいやちょっと待って。

 世界にしてみたら、対価として全然釣り合わなくて、ものすごい迷惑だから」

「そうだな。

 オレにとっては世界ひとつじゃ、釣りを貰ったって少ないくらいだ」

「えっ……」

 17号さんはそう言うと、ようやくアタシの肩から手を離すと、髪に指を差し入れ、くしけずるように撫でてから、ニヤリと笑いました。

 

「おまえの大好きな孫悟空が、命懸けで守った世界なんだろ?

 滅ぼされたくなかったら、精々己が身を大切に生きるんだな」

 あの…冗談ですよね?

 

 ☆☆☆

 

 あの後。

 何だか気まずくなって、研究所に帰る車の中でも、降りた後も、一言も発せずにそのまま別れて。

 だって、何か言わなきゃと思えば思うほど、心臓が鷲掴みされたかのようにギュッと痛んで、もうどうしていいのかわからなかったんですもん。

 しかも、彼の熱を帯びた視線が、別れた後の方が鮮明に思い出されて、その度に心臓がドキドキ跳ねるのです。

 こんな事は初めてで。

 アタシは一体どうしてしまったんでしょう。

 こんな状態で研究に没頭できる筈もなく、観測結果をレポートにまとめる事もままならずに、2日ほど時間を無駄にした後の休日。

 午前中から鳴り響く自室の電話の着信音を何度か無視して、それに耐えきれなくなってジェットフライヤーを飛ばし、あてもなく飛んだ先の、ほぼ何もない荒野に、アタシは一旦着陸しました。

 ここは数年前、ナメック星の戦いの後にようやく戻ってきた悟空さんが、フリーザ軍の丸い宇宙船に乗って戻ってきた、あの時の場所と雰囲気が似ています。

 

『マリンさは、悟空さが大好きだっただからなぁ』

 悟空さんの思い出話をする度に、チチさんがアタシに言う言葉。

 それはどうやらアタシと悟空さんの両方を知る全員の共通認識らしく、ブルマさんにも同じような事を言われました。

 確かにアタシにとっては、悟空さんは特別な人でした。

 理由はわからないけど幼い頃から、出会う前から存在を、その運命を、知っていた人。

 

 憧れ、尊敬、好意、羨望。

 手が届くようで、届かなかった英雄。

 

 それは、いい年齢をした女が抱くには、あまりにも幼い感情で。

 考えてみれば、知り合いの既に成人した女が既婚者の男に対して好意を抱いていると知れば、普通なら咎めるか止めるかするものでしょうに、ましてやその奥さんの立場なら、怒り狂ってもおかしくないでしょうに、それを知る誰もがアタシを咎める事をしなかったのは、アタシの感情が誰の目から見ても、幼い日の憧れの延長というような、淡く幼く可愛いものにしか見えていなかった事の証左でしょう。

 けど、それでも。

 憧れ続けていたかった。見続けていたかった。

 大人になんかなりたくなかった。

 

「なんで死んじゃったんですか、悟空さん…」

 あの日からずっと問い続けてきた、誰も答えの出せない問いを、アタシは空に向けて問いかけます。

 涙はもう出ません。

 この件で流した涙は、あの人の服にみんな吸い取られました。

 …また思い出しちゃったし。

 思い出さない為に、誰もいないところに来たっていうのに。

 

『この先おまえが無茶をして生命を落とすような事になるなら、世界がおまえを見捨てたとみなし、オレがこの世界を滅ぼす』

 別の時空においては実際にそれを行なった人が言うのだから、ハッタリではないのでしょう。

 そして、悟空さんが居ない今、世界の敵に回った彼を、止められる者など居やしません。

 

『オレにとっては世界ひとつじゃ、釣りを貰ったって少ないくらいだ』

 そんなわけないじゃないですか。

 世界にとってはアタシなんて、とてもちっぽけな存在なのに。

 そのアタシ一人の命を世界と天秤にかけ、アタシを選んだのは、現時点で世界最強の男。

 明らかに見込み違いだと、わかってるのに。

 バカな事だと笑えればいいのに、それを嬉しいと思ってしまう自分がいて。

 

「これに、心が動かない女なんか居るかバカ──ッ!!」

「何だか知らんが独り言なら静かに言え馬鹿!」

「えっ!?」

 周囲に誰も居ないと思って安心していたアタシは、発した言葉に返事が返ってきた事に驚いて、声のした方を振り向きました。

 そこには…、

 

「ベジータ…さん」

「マリン、だったな。

 貴様、こんなところで何をしている」

 今やただ一人の生き残りである純血サイヤ人が、怪訝な顔でアタシを見据えていました。

 

 ☆☆☆

 

「ブルマさんは、とても真っ直ぐな人ですね」

「…いきなり何だ」

 …まあ、そう思いますよね。

 アタシ自身ですら唐突だと思いますもん。でも。

 

「いつも、その時の自分の気持ちに正直で、自信に満ち溢れていて。

 ああいう、真っ直ぐで強い気持ちを、真正面からぶつけてこられた時って、ぶつけられた側としては、どういう対応を取るべきなんですか?

 そのまま受け止めても、或いは返しても、相手も自分も傷つけるって判ってる場合とか、特に」

 どうしても、聞いてみたいと思いました。

 この人は、なんだかんだあっても、最後にはそれを受け止めた人だから。

 

「…どうやら、ふざけているわけではなさそうだな」

 ですが、そんなアタシの問いにベジータさんは、傍の大きな岩にもたれて腕組みをしながら、何だか呆れたように言いました。

 

「アナタ相手にふざけるほど命知らずじゃありません」

「フン。

 普段は熟考して行動しているつもりでも、一旦こうと思い込めば、充分に命知らずになるやつが何言ってやがる」

 あれ?

 

「え?

 最近似たような事、別の人にも言われたんですけど。

 ひょっとしてソレ、アタシに対する共通認識だったりします?」

 アタシが驚いていると、ベジータさんは表情の呆れたような色をますます濃くします。

 しかもちょっとため息つきましたよこの野郎。

 

「…オレとしては、貴様にその自覚がなかった事が驚きだ。

 少なくともそうでなければ、なんの戦闘能力も持たないただの女が、セルを止めようなんて思い至る筈もなかろう」

 まじか。

 今の今までとんでもない言いがかりだと思ってましたが、セルの時の事を出されたら、確かにと思わずにはいられません。

 

「……さっきの質問だがな」

「はい?」

 そこに唐突に話題が変えられ、アタシが間抜けな声を発するのに構わず、ベジータさんが続けます。

 

「…思いをぶつける側も、無傷で終わろうなんてハナから考えちゃいない。

 結局はそのまま受け止めるか、そのまま返すか、自分がそうしたいと思う方を選ぶしかないだろう」

 そう言って目を閉じたベジータさんは、アタシが今まで見た事のない表情をしていました。

 彼なりになんらかの葛藤を経た上で、ブルマさんの気持ちに応えたという事なのでしょう。

 

「オレもまったく考えなかったわけじゃないからな。

 貴様が悩んでいるのも、判らんでもない」

「な、何もアタシの事だなんて言ってないじゃないですか!」

「そうか?

 まあ何であれ、オレの知った事じゃない。

 それより早く帰れ。

 ここに居られるとオレの修行の邪魔だ」

 ベジータさんはそう言うと、追い払うような仕草で手を振りました。

 

 …アタシは幼い憧れから、アタシの居ない、悟空さんの物語から、今こそ抜け出さなければならないのでしょう。

 あの人の言う通り、アタシはここに居るのだから。

 そして、悟空さんはもう居ないのだから。




今連載中のやつに夢中になってて、こいつの存在を完全に忘れておりました。
とりあえず「や……やったか!?」(←やってない)ってパターンを、いっぺん書いてみたかっただけなんです。

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