転生したら戦闘力5のオッサン以上にモブだった件 作:大岡 ひじき
『愛に生きて愛に死ねたなら』という歌詞がこの話のイメージのすべて。
関係ないがヒガシ主演の必殺仕事人と最初に聞いた時に『ひかる一平から始まって、最後にはジャニーズにすべて乗っ取られたか…』と思った事は一生己の心の中に秘めておこうと思う(爆)
「動物学者マリン。死因、病死。
Pウイルスのヒト感染型への変異の可能性にいち早く気付き、警鐘を鳴らした事で、感染の拡大を防いだ功績により、おまえは天国に送る事とする」
閻魔様の前に立ち、その審判を聞き終えたアタシは、ため息まじりに吐き捨てました。
「…お笑い種ですね。話にもならないわ」
「なに?」
怪訝な顔をする閻魔様の目をまっすぐ見返しながら、アタシは思ったままを口にします。
生きてる間は口をつぐんでいた事ですが、アタシ死人ですから、何言ったって関係ありません。
…死人に口なしの意味履き違えてる気がして仕方ないですが、細かい事は考えないことにします。
ええ死人ですから。
「アタシが知ってる別な時空の歴史で、ヒト型Pウイルスによるパンデミックは起きていなかった。
それはつまり、アタシがいなくても、他の誰かがやっていたって事。
それがこの時空ではたまたまアタシだっただけで。
アタシじゃなかった場合、そもそもどこから来たウィルスなのかわからなかっただろうから、名前はついていないでしょうけど、それだけ。
感染が拡大してた場合に予想される死者数と比較して、被害を未然に防いだからって、それが一体なに?
結局アタシは、一番助けたい人を救えなかった。
そして自分を信じてくれている人を裏切った。
そのアタシが天国行き?
閻魔様の審判って、随分と甘いんですねえ」
「こ、こら!閻魔様に向かってなんてクチを…」
「アタシの言い草が気に入らないのなら、地獄へでも何処へでも落とせばいいわ!
いえ、むしろそうしてください!
よろしくお願いします!」
自分でもそろそろ何言ってるかわからないけど。
気がついたら胸の痛みが消えていて、閻魔様の審判を待つ死者の列の最後尾に立っており、それにより自分が死んだと自覚した時に、一番最初に襲って来た感情が、罪悪感。
死んだら地獄に落とされると、生前に覚悟していたから、そこに対する恐怖はないけど、アタシの死後、チチさんや悟飯さん、他の皆さんにアタシの裏切りを知られて、ただでさえ悟空さんを失って傷ついている心に、更に深い傷をつける事は辛い。
そんな場合じゃなかったから誰も突っ込まなかったけど、要請を受けて防護服を着けた救急隊員が深夜に駆けつけたのが独身女性一人暮らしの部屋で、搬送された患者が既婚男性という状況、誰がどう見たって、そういう事だとしか思えないじゃないですか。
チチさんや悟飯さんなんて、同じ屋根の下で寝ている筈の夫、父親が、真夜中に遠くに住む知り合いの部屋から救急搬送されたって言われて、相当混乱したに違いないです。
もっとも、うちの研究所的には結構なスキャンダルになる事を考えて、ある程度の情報操作が行われた可能性も否定できませんけど。
同じウイルスに罹患してるのに、アタシと悟空さんの隔離病室が離されたのは、今思えば隠蔽工作の意図を含んでそうです。
どちらにしろ、アタシ、悟空さんを救えなかったばかりか、信じてくれた人を裏切り、悟空さんにも同じ罪を背負わせたわけで。
アタシさえ居なければ、悟空さんは罪を犯さなかった。
ならば、その罪はアタシが1人で負うべきだし、そのつもりで裁きを待っていたのに。
それがなんで天国行き?意味がわかんないし。
「…マリンよ。
おまえが何を言っているのかよくはわからんが…地獄というのはだな、その者にとって一番辛い状態に、延々と置かれる場所なのだ。
例えば…これが一例だな。
この者にとっての地獄がこれだ」
突如空間に大画面モニターみたいのが出現し、そこに何かが映し出されました。
それは、大きな木のまわりを、おもちゃの鼓笛隊がぐるぐると回ってそれぞれの楽器で音楽を奏で、その上をなんか妖精さんみたいのがひらひら飛んでる、昔何かの絵本で見たような光景でした。
「……なんです?
このメルヘンランドのパレードみたいの…?
あれ?この人は…」
ですが、よく見ると太い木の枝から、大きなミノムシのようなものがぶら下がっており、そのミノから出ている見覚えのある顔が、苦悶の表情を浮かべています。
これって…地球に現れた時の。
「こいつはフリーザといって、この宇宙においてありとあらゆる悪業を行なった挙句に、2年半前地球に来て父親とともに孫悟空に倒されたやつだ。
その時の事は、おまえも見ていた筈だから知っているだろう」
やっぱりフリーザ様でした。
…何故でしょう。
メルヘン童話の世界が、この顔が加わった途端、シュールな光景に姿を変えるのは。
「わかるか?こいつにとってはこれが地獄の責め。
天国というのも然り、その者にとって一番、幸せな状況の中に身を浸すことで、魂を浄化してから、再び生まれ変わるのだ」
アタシ、前世の記憶持ったまま一度転生してるんですけどね。
それはあくまでこの世界で生まれて死んだ者のルールって事でしょうか。
そーいや、今のアタシは魂だけの存在の筈なのに、ここにある姿はこの世界に生まれた『マリン』の形ですし。
つか列に並んでた時はモヤっとした煙みたいな形だった気もするんですがね。
「おまえにとっての天国は、他の者から見れば地獄であるかもしれんぞ。
確かにおまえのいう通り、おまえには功績はあるが罪もある。
だが、悪い心や小さな罪は誰の中にもあるし、それだけを見て全て地獄に落としてしまえば、あの世は地獄の住民で溢れてしまい、生まれ変われる者は誰もいなくなってしまう。
正直、どちらに向かわせるべきか、判断のつかぬケースもある。
だがわしはわしの職務として、必ずどちらかに決めねばならん。
おまえには、わかりやすい功績があり、それによって沢山の人間が救われたのが、たまたまであろうが事実だ。
信じている者を数人裏切った罪よりも、そちらを優先して判断したに過ぎん」
なるほどね。
ありていには、単純に数の問題ですか。
アタシにとっては、会ったこともない大勢の人間の命よりも、身近にいた人の存在の方がずっとずっと重たかったわけですけど、そんなもんは斟酌しないってことですね。
納得はしないけど理解はしました。
「おっしゃりたい事はわかりました。
でもそれならば、アタシに行ける天国なんてありません」
アタシの幸せは、たったひとつ。
幸せに笑っている悟空さんを見ていたかった。
それはもはや、叶うことはない。
「まあそう言うな。行ってのお楽しみだぞ?」
閻魔様はニヤリと笑うと、もう行けというふうに軽く手を振り、「次の者、前へ」と、アタシの後方に向かって声をかけました。
「ここは…」
次に気がつくと、目の前におっきなお猿さんがいました。
「あれ…アナタ、見たことあります」
どこでだっけ?
まわりを見渡すと、アタシの足元からまっすぐ、ブロックで舗装された道が伸びていて、その少し先の道の脇に、やはりブロックを組み上げたような丸い小さな建物があります。
なにげにそこまで歩いて行くと、お猿さんがアタシについてきました。
ちょっと可愛い。と、
「…マリン!?おめえ、なんでここに…!?」
忘れようもない声に、今はもう実際にはない筈の心臓が跳ねる感覚がありました。
心に対する肉体の反応って、意外と魂にも記憶されてるみたいですね。
いやそんな事より。
振り返ると良く知っている顔が、驚いたようにアタシを見つめています。
「…!ご、くうさん…?」
これ、幻ですかね。それでもいいですけど。
とりあえず、お猿さんがそっちに向かって歩いて行ったので、アタシも一緒に歩いていってみます。
「お、おい、ここって重力、地球の10倍あんだぞ?
オラはもう平気だけど、おめえはなんで普通に動けんだよ?」
…なんか本物っぽいです。
ていうか、感動の再会もなにもあったもんじゃない。
でもなんとなく、状況が掴めてきました。
「あー…悟空さん、亡くなった後、肉体再生して貰ってるんですね?
アタシ、ごく一般的な死人なんで、重力関係ないんだと思います」
一般的な死人って言葉が、的確なのかはわかりませんけど。
「なんだよそれ。
つまり、おめえも死んじまったんか?」
悟空さんの問いに、アタシは頷きました。
「例の心臓病です。アタシにも感染してて」
「あー…そっか。
おめえに移しちまったんかあ…。
そりゃ悪ィことしたなぁ」
悟空さんが本当に済まなそうな顔していうもんだから、アタシは精一杯おちゃらけてみようと思います。
「でも、これでお揃いですよ、悟空さんと♪」
「お揃いかぁ〜。
って、おめえはそれでいいんかよ?」
今ちょっと中途半端なノリツッコミみたくなってましたよ、悟空さん。
てゆーか、
「らしくないですよ?
そこはいつもみたく、『まあ、いっか!』で済ませてくださいよ。
どうせもう、起こっちゃった事なんですから」
責任も罪悪感も、感じるのはアタシだけでいいんです。
どうしてここに居るのかはわからないけど、会えただけでアタシは嬉しいんですから。
「…そだな!
お互い、死んじまったもんはしょうがねえよな!」
「ね♪」
そんなアタシの思いを知ってか知らずか、悟空さんはようやく、いつもの笑顔を見せてくれました。
アタシが調子を合わせていると、
「お前ら、死人のくせに全然悲壮感がないのう…」
と、横から呆れたようなツッコミが入りました。
「あら?」
「界王さまだよ。界王さま、こいつがマリンだ!」
思い出しました。
この方が界王さまで、あっちのお猿さんは、ペットのバブルスくんです。
知ってはいたのに実際にお会いするのはこれが初めてなのでピンと来てませんでした。
「話は閻魔のやつから聞いておるわい。
マリンよ、ワシが界王じゃ!
おぬしは今日より天国の住人となり、魂が浄化されて生まれ変わるまでの間、ここでワシらと暮らす事になる!」
「はい、界王さま…え?
アタシ、閻魔様に、天国行けって言われたんですけど。
もう閻魔様ったらさっさと行けって案内もせずに追い出すから迷ってこんなところに出ちゃったじゃないですかやだー」
本来この界王さまのお家のある小さな星、悟空さんが蛇の道だかを通って何ヶ月もかかってたどり着いた場所の筈だけど?
つか迷って出るとか普通に未練残した幽霊の行動ですよね。
どんだけ悟空さんに会いたかったんですかアタシ。
「お前、ワシの話よく聞いとらんだろ…。
閻魔から、天国と地獄の定義の説明は受けたんじゃなかったのか?」
界王さまに言われて、さっきの閻魔様の言葉を思い出しました。
天国と地獄、ありていに言えば、その基準は本人次第なのだという…あれ?
「ええとつまり、ここがアタシの天国って事?」
「そういう事じゃな。
悟空はこれから、あの世の達人達との戦いに、何度も赴く事になる。
おぬしは生まれ変われるその時まで、傍でそれを見続ける、というわけじゃな」
「そうなんかー!
なら、これからよろしくな、マリン!」
悟空さんがちょっと嬉しそうに手を伸ばし、握手を求めてアタシの手を掴…もうとします。
瞬間その手が、触れようとしたアタシの手を、文字通りそのまますり抜けて…空間に、大きな波紋が拡がるのが見えました。
まるで、水面の月に指を触れた時のように。
「………?なんだ、これ!
なんで、おめえに
悟空さんは再びアタシに手を伸ばすと、試すようにあちこちに、その手を触れようとします。
ですがどこに触れようとしても悟空さんの手はアタシをすり抜けるばかりで、その動きに合わせて、新たな波紋が次々と現れて、やがて消えてゆきます。
…どうでもいいですが、胸元に来た手の動きが明らかに他の箇所と違ってたんですけど、アナタ界王さまがそばで見てる事忘れてるんじゃないですか。
どうせ
「…普通に、死人だからじゃないでしょうか。
幽霊って言った方がいいかも。
さっきも言いましたがアナタと違って、魂だけの存在なんですよ。今のアタシ」
アタシが冷静にそう答えると悟空さん、なんだかすごくショック受けたような顔をしました。
そのまま界王さまを振り返り、掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ります。
「な、なあ界王さま!
マリンにも、オラみたいにカラダ戻してやる事ってできねえのか?」
「こやつは天国の住人だからな。
おまえとは違う」
あっさり界王さまに拒否され、何故か肩を落とす悟空さん。
「別にアタシ困りませんよ?
お腹も空かないし眠くもならないし」
だってアタシ死人ですから。そう言ったら、
「オラが困るんだよ…」
と、ボソッとちっさく答えたのしっかり聞こえてました。
まさかとは思ったけどやっぱりそういう事ですか。
「そんなにアタシに触りたいですか?
生きてる間、散々触ったじゃありませんか」
お互いもう死んでるんですから、死んでるなりの人間関係構築しましょうよ。
死人同士のコミュニケーションってどんなだか知らないけど。
とはいえこの人の場合、下手に肉体がある分、死人の自覚が薄いのかもしれません。
生きてる時と死んでる時で、単に身を置く場所が違うだけですもんね。
彼にしてみれば。
とりあえず、事実上お別れした日に見たのと同じような拗ねた顔してるのには気づいてないふりをして、アタシは言葉を続けました。
「それにここの重力考えたら、身体あったらアタシ動けませんからね。
元々、武闘家でもなんでもないごく普通の、か弱い地球の女の子なんで。
…って、やだもう!
そんな、子供の夕食の皿の上で虐げられたシイタケみたいな顔しないでくださいよ!」
「ちぇ。なんだよそれ」
「ぶふっ!!」
アタシたちがしょうもないやりとりをしている横で、何故か界王さまが盛大に吹いてました。
「…閻魔よ、あの娘、本当にあれで良いのか?」
「最良の選択ではないですが仕方ありません。
界王さまには、他に何か良い考えがおありですか?」
「うぬぬ…し、しかしじゃ。
あれではあの娘、決して魂が浄化される事はないぞ」
「そうですね。
本人にとって一番の幸せと同時に、一番の苦しみも味わっていますから。
いわば天国であると同時に地獄でもある。
ですがそれは、あの者本人が望んだ事です。
それに、恐らくはあの者自身、その事に気付いていますよ」
☆☆☆
「なんだよもう終わりかぁ〜?
だらしねえぞ、兄ちゃん」
「いやもうやめたげて。
ラディッツさん涙目になってるじゃないですか」
「く、くそっ、兄よりすぐれた弟など〜〜!」
「ちょwそれ違うwwキャラ違うwww」
「少し黙ってろ戦闘力3の女!」
「…悟空さーん、どうせならスーパーサイヤ人でお願いですって!」
「お、さすがオラの兄ちゃん!そうこなくっちゃな!」
(断末魔)
…確かに、アタシは天国にいました。
閻魔様のおっしゃってた意味の通りの。
アタシの幸せは、幸せに笑っている悟空さんを見つめている事。
そして悟空さんの幸せは…強い相手と戦うこと。
そうして、戦い続ける悟空さんを見つめ続けて、少しして気がつきました。
悟空さんには肉体があるから、天国でも地獄でもない立ち位置にいるけれど、そうでなければアタシと同じ、天国にいるようなもの。
なのにその実、彼はどんどんと、修羅界へと堕ちていくのです。
幸せに笑いながら。
愛する人が修羅へ堕ちていくさまを見て。
その笑顔を見ていられるのは幸せで。
それは、なんて苦悩に満ちた天国。
そして、なんて歓喜に満ちた地獄。
☆☆☆
「ブルマさんのお話は、娘からよく聞いておりました。
その子が息子さん?
まあ、まだちいさいのに、しっかりしたお顔。
将来きっとかっこよくなるわね」
「そ、そうですか?
なんか目つきが悪いから、ちょっと心配してるんですけど。
それより、申し訳ありません。
お葬式にも伺えなくて…」
「あら、そんな事。
だって産後入院中だったんでしょう?
こちらこそ、そんな大事な時に、娘が死んだなんて知らせてしまって…」
「いいえそんな。でも、まだ信じられない。
マリンが…もうどこにも居ないなんて」
「私たち夫婦も同じよ…。
本当、しょうがない子だわ…」
「今日お呼びしたのは、お尋ねしたいことがあったからなの。
主人の耳には入れたくない事だから、こんなところにお呼びたてしてごめんなさいね」
「いえ。尋ねたい事って…?」
「あの、マリンから、何か聞いていないかしら?
マリンと親しく付き合っていた方…その、男性の方について、何か」
「え?
それって…恋人ってことですか?マリンに?」
「…そう。ブルマさんもご存じないのね。
ひょっとしたらと思ったのだけど」
「聞いていません。
あの…どうしてそう思われたんですか?
マリンに、恋人がいたって」
「…詳しい事がわかるまでは、ブルマさんの胸だけに、しまっておいていただけるかしら?」
「え…えぇ、勿論」
「マリンは、妊娠していたらしいの。
月齢的には、本人自身、気づいていなかった可能性が高いようだけど。
もっとも、感染症で死んだ患者だから、遺体は火葬にされてしまって、今更検査もできないわ」
☆☆☆
破壊され、瓦礫の山と化した街の中で、無傷で残った一台のトラックに手をかざした、金髪の美しい少女を、よく似た顔の黒髪の少年が制した。
「おい、壊すなよ18号。
次の街までこいつで行こう」
「なんでよ?飛んで行った方が早いじゃない」
「さっさと終わらせちゃつまらないだろ?
ゲームはじっくり楽しもうぜ」
「そういうイミのないの好きだね、男は。
人間っぽいとこ残ってるじゃない」
「わかるだろ21号。
おまえも人間の男から人造人間になったんだ」
黒髪の少年が、そう言いながら振り返る。
「わからん。オレには生きてきた過去自体がない。
そんな事はわかりようがない」
21号と呼ばれた小柄な金髪碧眼の少年は、面白くもなさそうにそう答え、フンと鼻を鳴らした。
「…どういうことだい?」
冷たい目を見開いて、少女が訊ねる。
「オレは、死んだ女の腹から取り出した、サイヤ人の胎児から作られた」
本当の王子様が現れない時空のマリンは原作主人公に囚われたまま救われる事はないのだった。
つか最後のオチの部分を実は一番書きたかったわけだが、未来トランクスには状況更にカオスにして本当にすまん。
天国と地獄の解釈は当然ながらオリジナル設定。
フリーザ様の地獄があれなら、こんな天国もアリかなと。
後悔はしているが反省はしていない←だめじゃん