転生したら戦闘力5のオッサン以上にモブだった件 作:大岡 ひじき
「あ…あのベジータが、あんなあっさり…」
「あら〜……」
ベジータさんが遠くのお空にぶっ飛ばされたのを、驚きすぎて呆れたように悟空さん、見送っちゃいました。
「…面白い。
ならば今度は同じ人造人間であるオレが…」
それを見て何を思ったか夫、久々に見る好戦的な目をして、2、3歩少女に向かって歩き出します。
おいばかやめろ。
「…言っときますけどそのスーツの仕立て代、値引してもらっても高かったんですからね。
もし破ったら当分クチききませんし、お店紹介してくれたお義姉さんに言いつけますよ?」
「…避難するか。
誰かさんが地球を割ってしまったからな。
自然は大切にしろよ」
何やら誤魔化すように言いながら夫がアタシの肩を抱いてその場から退避しようとします。
…それにしても、遠くに飛ばされちゃいましたけど、今日のベジータさんのスーツ姿。
やや暗めの臙脂で、普通の男の人はまず選ばない色味。
それを違和感なく着こなしてるのに驚いたけど、それよりも。
あの方、うちの夫以上にサイズ選択難しそうだし、そもそもブルマさんが自分の夫に吊し売りのスーツなんか着せないだろうから、フルオーダーなのは間違いないでしょうけど、それにしても。
あれだけ動いて肩肘膝が邪魔になった感じは一切見られなかったばかりか、ボタンの1つすら取れずに済んだって、ひょっとしたら凄いんじゃないでしょうか。
今度どこで仕立てたのかブルマさんに聞いてみようかと一瞬思いましたが、普通の生活してる分にはスーツにそこまでの強度は必要ない事に気づいてやめました。
いやむしろ、必要ない生活に埋没して欲しいというか。
なんだかんだで、アタシも夫も二度死んでますからね。
セルの時と魔人ブウの時とで。
(そういえば魔人ブウとの戦いが終わった後、地球人から魔人ブウの恐怖の記憶は消えた筈なんですけど、何故かアタシ覚えてるんですよね)
三度目はさすがに遠慮させていただきたいです。
いやまあ夫に言わせれば、アタシは自分で気付かないうちに何度死んでるかわからないそうですが。
つか、もうプロポーズの言葉がそれだったっていうね。
…すいません、事態が大変な時につい余計な事考えて思考が横道にそれるのアタシの悪い癖です。
何はともあれ夫に促され、ひとまず安全な距離までアタシ達が離れた頃、ようやくお互いのことを思い出したらしい悟空さんとアラレさんが、旧交を温めるというにはあまりに壮絶な攻防を繰り広げていました。
これ以上はアタシ達が踏み込める領域ではありません。
「止められるんですよね!?
止めてくれるんですよね!?」
「どうかな〜?
あいつメチャメチャ強えかんなぁ…ま、やってみっさぁ!!」
……………。
それから…えーと、その、ですね。
小学生男子ならば大喜びだけど、お食事中のお茶の間の皆さんにはちょっとアレな展開を経て(トランクスさん、本当にお疲れ様でした…!あの瞬間のアナタの勇姿は、フリーザ様をみじん切りにした時のミランクスさんと重なりましたよ。いやマジで)、ブルマさんがテレビカメラに向かって、お茶の間の皆さんに呼びかけています。
「今すぐ、宇宙一美味しい食べ物を、TVに向かって想像してちょうだい!」
その言葉に応えるように、お釜に手足がついたようなデザインのマシンに、イメージが集まってきます。
…特大元気玉の時と比べて集まるの早いです。
あの時にこのくらいササっと元気が集まってたら…いえ、止しましょう。
後から事情聞いたら先に呼びかけてたっていうベジータさんの声を、耳障りなノイズとしか受け取ってなかったアタシが言えた義理じゃないです。
本当にごめんなさいベジータさん。
ああごめんなさい、美味しい食べ物、でしたね。
アタシが一番美味しいと思うのは、うちのママの手作りコロッケでしょうか。
柔らかく茹でてところどころ塊が残る程度に粗く潰したジャガイモに、炒めたみじん切り玉ねぎとひき肉を混ぜて、やや甘めに味付けして衣をつけて揚げた、サクサクほっくほくの揚げたてコロッケ。
ん〜、思い出したら食べたくなりました。
これだけは教わったレシピ通りに自分で作ってみても、何故か同じ味にならないんですよ。謎。
やがて集まった「美味しいもの」のイメージが、なにやら黒っぽい球状の形をとりました。
そんな事をしている間に、渦中のお二人が技を繰り出そうとしています。悟空さんはかめはめ波の構えです。と、
ドオォ──ン!!
壊れた会場に降ってきた何かが、クレーター状の窪みを作ります。
その中心に、背の高い端正な顔立ちの細身の男性と…紫の、猫?
彼らの出現にブルマさん、「やったぁ!!」とか言って指鳴らしてますけど…待ってください。
アナタ、自分がナニ呼び出したかわかってるんですか!?
…先程までの話の流れからすると、あの2人のどちらかが破壊神ビルス様…いえ、判ります。猫さんの方でしょ?
話には聞いていましたがお会いするのは初めて…というか、普通に生活していたら、まずお会いする事はない方ですが、うん。
普通の人間は、会っちゃいけません。
アタシなんか拝顔した瞬間から身体の震えが止まらないし、もう何か本能的に、地面に膝をつかずにはいられません。
…いや、悟空さん。
「おーい、どしたーマリン?具合でも悪いんかー?」
じゃなくてですね。
そもそも皆さん、なんであの方の前で、そんなに普通に立っていられるんですか!?
この星の、生物としての本能のままに、
恐れではなく、畏れを、否応なく抱かされ、
力ではなく、存在そのものに圧倒されます。
駄目です。とても立っていられません。
アタシは当然のように跪き、こうべを垂れて、その絶対的な存在を前に、服従の姿勢をとりました。
其は、破壊神・ビルス。
「…ビルス様。神気を少し抑えましょうか。
どうやらそちらのお嬢さんには
「うん?…へえ。
本来ならこの反応の方が普通の筈だけど、久しく見なかったから何だか新鮮だね。
まったく、この頃はどいつもこいつも、神に対する礼儀がまるでなっちゃいない。
…ん、これでいいかね、お嬢さん?」
…お嬢さんって誰のことなんでしょうか。
今ここにいる女性と言える存在は、アタシとブルマさんという子持ち中年女性ふたりと、そこで破壊の限りを尽くしている少女型ロボットだけですけど。
…あ!そんな事より気がつけば、ちょっと身体が楽になってます。
身体の震えが治まると同時に、Pウィルスで発病した時の100倍は苦しかった心臓がすっかりとはいかないまでも落ち着き、やはり100倍の重力にでも捉われたかのごとく地面に縫い付けられた身体が、ゆっくりとなら起こせるようになりました。
せっかくなので頭を上げてみます……!!!?
ななななな、なんでビルス様が、いきなり目の前にいらっしゃるのですか!?
顔は上げたもののまだ跪いた姿勢のままのアタシに、目線を合わせるようにしゃがんで、冷たい目がアタシを見つめています。
表情はよく判りません。
脳内では大パニック起こしつつ状況が判らず固まっていると、やがてビルス様がスッと手を伸ばし……あ。
「あー!オラの弁当!!」
そうでした。
アタシ、チチさんから預かってる悟空さんのお弁当、今は手から離して傍に置いてますが、ずっと持ったまんま移動してました。
ちなみにさっきまでアタシのそばに立ってた筈の夫は、アラレさんが「でっけえネコさん」に興味を示したと見るや否や、高速で飛んで行って首根っこ捕まえてました。
ついでにもう片方の腕で、こっちに駆け寄ろうとする悟空さんをヘッドロックしてます。
よく見たらバリヤー張ってました。
反撃されてもダメージを受けない為なんでしょうが、今の青い悟空さんって現時点での最大本気バージョンですよね?
多分本気で反撃されたら役に立ちません。
アラレさんの力は未知数ですし。
ヤヴァイ、夫死ぬ。コロコロされる。
「な、何すんだよ17号!」
「黙ってろ!
たかが弁当ごときでひとの妻を危険にさらす気か!!
お前もだガキ!大人しくしてろ!!」
「ほよ?」
…どうやら反撃はされずにすんでいるみたいです。
良かった。そんな中、
「おいそこの!お前だお前!
誰だか知らんが空気読め!ボツにするぞ!
今日の話は私が主役…」
と、何かおかしな人?がアタシとビルス様に近づいてきました。
さっきまでトランクスさんが、もう1人の…確か則巻博士と、一緒に捕まえようとしていた人です。
ビルス様が無言でその人に掌をかざします。
「幽霊だろうと何だろうと、ビルスさまに破壊できないものはないんですよ」
ビルス様と一緒に来た長身の男性がそう言うと同時に、絡んで来た人は光に包まれるように消えてしまいました。
そしてビルス様は何事もなかったかのように向き直り、重箱を開けると、中のシュウマイを一個つまみ、口の中に放り込みます。
「あ〜ん…(モグモグ)……うま───い!!
うまいうまいうま────────い!!!!!」
そうでしょうそうでしょう。
ただでさえお料理上手なチチさんが、愛する夫の為におかずひとつひとつに手間をかけた、愛と真心とボリュームたっぷりの豪華7段重愛妻弁当なんですから。
ちなみにチチさんによれば、これでも悟空さんにとっては腹八分にも満たないそうですが。
ですがそれを見てブルマさんが恐る恐る、例の黒いのを指差しながらビルス様に話しかけます。
「あの〜、ビルス様?
ビルス様の為に用意したのは、こっち……」
「…今、ボクの中に満ちているこの大いなる感動を、邪魔する奴は…許さないよ…!」
言いながらビルス様が、ブルマさんに向けて手を伸ばしかけました。
やばい!!
アタシは咄嗟に、重箱の中から肉まんを一個掴むと、それをビルス様の口に押し込みました。
チチさんの手作り肉まんは孫家のソウルフードです。
幼少期の悟飯さんがピッコロさんに連れ去られ、修行として荒野に放り出された時、一番食べたいと思ったのがこれだったそうです。
アタシも何度かご馳走になりましたが、これ食べちゃうともうコンビニの肉まんは食べられません。
「むぐぉっ!?○△※☆……!!うまい!
これもうま───い!!うまいうまいうま───い!!!」
それを皮切りにビルス様は、重箱の中身を次々と、あっという間に平らげていきました。
「あぁ〜…オラの弁当が……」
ごめんなさい悟空さん。アタシは守れませんでした。
いやむしろ、ここまで守った事を褒めてください。
あなた方2人の戦いの余波でこのお弁当、バラバラになっていてもおかしくなかったんですから。
お弁当は供物になったのだ。合掌。
と、その場にいる誰もが呆然と、その光景をただ見つめていると、突然ビルス様が表情を変えました。
「ウイス、帰るぞ」
「はい?」
「大至急だ!!」
ビルス様はおなかを押さえながら、涙目になって叫んでいます。
「我慢ですよ──!!」
…お二人は来た時と同じように、唐突に帰っていきました。
心配はしていたんですけどね。
サイヤ人仕様の量のお弁当、1人で一気に全部食べちゃったんですもの。
そりゃおなかくらい壊しますよ。
そして気がつけば騒ぎの張本人は、何故かうちの夫に肩車されて空飛んでけひゃけひゃ笑ってて、それと競争するように羽の生えた赤ちゃん2人が夫の左右を飛んでます。
ここに至るまでに何があったかすごく気になりますが、そういえば上の双子がうちに来たばかりの頃、なかなか馴染んでくれない彼らに、苦肉の策でアレをやって貰った事を思い出しました。
アタシは二度とごめんですけど、子供達は大喜びでしたよそういえば。
はじめ頼んだ時は、自分が連れて来て出産間近のアタシに押し付けたくせに、
「なんでオレが」
とか言ってたのが、やってるうちに調子に乗り出して宙返りとかしてるのを見て慌てて止めた、今となっては笑い話。
ひょっとしてひょっとしたら、最初に対応したのがベジータさんじゃなくうちの夫だったら、ここまで大ごとにならずに済んでたんじゃないでしょうか?
なんだただの戦犯か。
「あ〜あ、結局あれ、無駄になっちゃったわね」
その戦犯の最愛の嫁ブルマさんが、先程の『美味しいもののイメージ』を指差しながら呟きました。
「オラ食ってみようかな?
弁当、ビルス様に食われちまったし」
「やめてくださいよ、地面に落ちてるモノ食べるとか。
3秒ルールだってとっくにタイムオーバーです」
そのアタシの言葉に被せるようにトランクスさんが、できれば気付きたくなかったすごく決定的な事実を口にしました。
「ソレ作る前に、同じマシーンでう○ち作ったしね」
「うわ!汚ったねー!!」
…あなた方、それを神様に食べさせる気だったんですね。
悪の科学者に盛られたお薬の効き目が切れ、よいこに戻ったアラレさん達は、則巻博士に連れられて帰っていきました。
「あー!なんだかすっごく発明したい気分だわ!
さあ帰りましょうトランクス」
「ママ、なにか忘れてない…?」
「アタシはお料理したい気分です。
子供達回収して、さっさと帰って晩御飯の支度します」
「そういえばサファイがさっき、ママのハンバーグが食べたいって言ってたぞ。
作ってやったらどうだ」
「そうですね。
子供達にも手伝ってもらってたくさん作りましょう」
「あ〜腹減ったなぁ〜…」
そして。
「……二度とギャグ漫画のやつとは戦わん」
チャンチャン。