転生したら戦闘力5のオッサン以上にモブだった件 作:大岡 ひじき
「…まったく。
人の服をビショビショにしやがって。
よくこんなに泣けたもんだな。感心するよ」
「ありがとう」
「褒めてない」
「知ってます。
そうじゃなくて…一緒に居てくれて」
「……フン」
アタシの言葉に17号さんは、ムッとしたような表情で、アタシから視線を逸らしました。
うん、すっごく迷惑だったとは思ってます。
ごめんなさい。
でも、アタシ1人だったら耐えきれず、絶対心が壊れてました。
多分ですがもう大丈夫。何とか落ち着きました。
完全に割り切れたわけではありませんが、うん。
落ち着きました。
「ごめんなさい。
そろそろお姉さんの無事、確認したいですよね?
多分このタイミングなら、カリン塔付近を飛んでいると思いますよ。
行ってあげてください」
「…それもおまえの言う『この世界の物語』ってやつか?」
…そう。
ここに至るまでの間、いきなりしがみついて号泣し始めたアタシに戸惑いながら、意外にも何とか宥めようと、言葉をかけてきてくれた(多分離して欲しかっただけだと思う)17号さんに、アタシはすべて話してしまっていました。
幼い頃から知っていた、
孫悟空さんと仲間たちの冒険譚。
途中から絡んできたアタシの人生。
いつからか、必ず変えようと動いてきた、悟空さんに待つ死の運命。
結局変えられなかった結末。
…ただ、何故それを知っていたのかという点だけは、説明する事ができませんでした。
セルに飲み込まれる前までは、確かに覚えていた筈なのですが、今は何故かそのあたりだけ、すっぱり切り取られたように、記憶から抜けているのです。
考えても思い出せないものは仕方ないと、今はその問題はわきに置いといてますが。
ひょっとしたらセルに吸収された一時的な影響で、後からふっと思い出すかもしれませんし、もし思い出せなくても、当面困る事はなさそうです。
悟空さん風に言うなら『ま、いいか!』です。
そして一通り話し終え、アタシの涙が止まりかけた頃、17号さんはアタシを見つめ一言、「傲慢だな」と言い放ったものです。
「どういう意味…ですか?」
「意味も何も、そのままさ。
確かに孫悟空の運命を、お前は知っていたんだろう。
だが、お前本人の運命は?
それもちゃんと判った上で、孫悟空の運命を変えようとしていたのか?
さっきから聞いていれば、そもそもがお前の人生、大半が、孫悟空で構成されてると言っても過言じゃない。
だけど、孫悟空はあくまで孫悟空で、お前じゃないんだ。
自分すら確立していないヤツが他人を変えようなんて、傲慢以外の何ものでもないだろ」
そんな事を言われても…アタシの知る『この世界の物語』には、『マリン』の存在なんてなかったんですから。
ただそう言われて初めてアタシは、他の人のこの世界の歴史は知っているのに、自分の歴史だけは知らないという事実に気付きました。
そもそも今までそんな事、考えたこともなかったんです。
「アタシの…人生」
「そんな大袈裟なものじゃなくてもいいさ。
当面の目標とか、夢とか、やりたい事とか。
…何かないのか?」
…いきなり言われても思いつきませんけど。
あ、でも…。
「…なんてな。
とりあえずの目標として孫悟空の命を狙って、それを果たさないうちに、その孫悟空にさっさと死なれたオレに、言われたくはないだろうけど。
これからの目標が欲しいのは、オレも同じさ。
でもそれだって時間をかけて、じっくり探すのも楽しいんじゃないか」
そう言って17号さんは、悪ガキみたいな顔で笑いました。
せっかく綺麗な顔してるのに台無しです。
でも確かにそうです。
考えれば子供の頃、目の前にぶら下げた当面の目標の為なら、アタシはいくらでも頑張れました。
悟空さんを見に行きたくて、お勉強やお手伝いを頑張っていたあの頃の自分を、今思い出すべきかもしれないです。
まずはその、当面の目標を設定しないといけないわけですけど。
てゆーかさっき、子供の頃から思っていて、まだ叶えられていない夢が、ひとつだけあったのを思い出しましたけど、そっちはもうそれこそ、ドラゴンボールでも使わないと無理な気がします。
「ようやく落ち着いたようだな。まったく。
人の服をビショビショにしやがって。
よくこんなに泣けたもんだな。感心するよ」
気付けばアタシの涙は完全に乾いていました。
「そうか…まあでも、18号を捜すのは別に後でもいいかな。
というより、オレが今ここからいなくなったら、お前が困るんじゃないか?」
先の問いにアタシが頷くのを見て、17号さんは少しだけ考えてから言いました。
その言葉の意味が瞬時にわからず、アタシが聞き返そうとすると、少し馬鹿にしたように笑います。
「やれやれ。気付いていないのか?
ここは無人島なんだぜ。
乗り物なんか勿論出ていないし、そもそもお前はセルに連れられてここに来たんだろう?
舞空術も使えないんだろうし、オレがいなかったら、どうやって帰るつもりなんだよ?」
…17号さんの言葉に、アタシはサーッと血の気が引くのを感じました。
言われてみればその通りです。
ドラゴンボールで蘇った人は、基本的には死んだ場所で復活します。
あの世で肉体を与えられた魂は例外ですが。
そうそう、ナメック星で命を落としたクリリンさんが蘇って来る際には、事前に魂を地球に移動させる手順が必要だったんでした。
だから、セルに吸収されて殺されたアタシ達が、ここで生き返ったのもその法則通りなんでしょう。
そして、アタシがここにいた事を知っているのは、多分ピッコロさんと天津飯さんだけの筈。
その2人に思い出してもらえなかったら、アタシ多分この島で、サバイバル生活突入です。
しかもこの島、あの戦いで結構破壊されてますから、更に生存状況が厳しくなります。
あの緑のナメクジ許すまぢ。
自然は大切にしろよ!!
いえごめんなさい許してください。
お願いだから迎えに来て。
でなきゃ死ぬ。今じゃなくても絶対死ぬ。
アタシの想像が絶望的な方向に進んでいったあたりで、17号さんが堪え切れなくなったように吹き出し、その後喉の奥で笑ってるのが聞こえました。
こっちは真剣に悩んでんのに。滅べ。
すいませんなんでもないです。
この件も劇中で説明するのが多分不可能なのでここで。
セルに一度殺されて生き返った時、元々この世界の存在である『マリン』だけが再構成され、過労死して転生した40女の部分は、そのまま消滅してしまいました。
それにより転生者であるという記憶はマリンから永遠に失われ、それでも彼女のそれまでの芯となっていた、ここまでの原作知識だけが辛うじて残りました(←ここまで消えてしまったらマリンの人生自体がスッカスカになる)。
そして転生者である記憶を失った結果モブという意識も当然消え、『マリン』は完全にこの世界のキャラクターの1人となって、実は今や望めば物語をいくらでも動かせる存在になりました。
しかし、そうなる直前に歴史の修正力さんが最後のお仕事をした為、ブウ編以降の原作知識も、今はマリンの中から消えております。
意味ないじゃん(爆)