転生したら戦闘力5のオッサン以上にモブだった件 作:大岡 ひじき
「逃げろ17号───っ!!!!!」
渾身の力を込めたエネルギー波での攻撃をまともに受けて無傷でいるセルを見て呆然とした後、ピッコロさんが叫びました。
そのピッコロさんをセルがタコ殴りし、左手で、ぐったりしたピッコロさんの胸ぐらを掴んで持ち上げます。
「くっくっく……!
どうも強くなりすぎてしまったようだな…。
はりきって必要以上の人間どもを殺して、エネルギーをいただいたからな…」
セルはそう言うと、「じゃあな」の一言とともに、右手に溜めたエネルギー波で、ピッコロさんの身体を貫きました。
そのまま無造作にピッコロさんを放り投げ、海に落とします。
ピ、ピッコロさ────ん!!!!!
そのピッコロさんの先ほどの攻撃が、周囲全体を巻き込むものだった為、満足に動けないアタシ、実は密かに命の危険にさらされていたのですが、何故か直前に16号さんの手によって避難させられて、今現在人造人間たちの後方に置かれています。
16号さんマジ紳士。
緑のやつ信用しないとか言ったの撤回します。
とはいえアタシの方も、ようやく手足に血が通ってきて、少しずつですが感覚が戻ってきました。
もう少し時間が経てば、ゆっくりなら歩くくらいできる筈です。
…そして、手足の感覚が戻るに従い、アタシの心にそれに比例するように、徐々に怒りがこみ上げてきました。
セルに対して、否、それ以上に、役立たずの自分に対して。
アタシはなんでここにいる?
セルに連れてこられたからだけど、逆にそんなセルの気まぐれがなければ、この場に自ら赴く事などできるわけもない、ただの人間。ただの女。
命がけで戦って、確かこの時点で死んではいない筈だけど、それでも瀕死のピッコロさんを助けに行く事もできず、本来なら彼らの敵である人造人間にすら、お情けで庇われて。
ううんそれ以前に。
アタシのママもセルに殺された。
それが今になってようやく腑に落ちてきた。
アタシは確かにただの人間。
だけど、この一点だけで、ただの人間のアタシにも、怒る権利はあるんじゃないの!!?
怒りが一時的に恐怖を凌駕します。
アドレナリンが全身に満ちて、ふにゃふにゃだった脚が、しっかりと地面を踏みしめます。
裸足なのが気に入らないけど、この際そんな事はどうでもいいです。
アタシは確かに戦いの役には立たないけど、せめて最悪の事態を回避する為、アタシはその瞬間を待ちました。
今現在、ピッコロさん、17号さんに続き、16号さんとセルが激しい戦いを繰り広げています。
その少し離れた高台に、いつ来たのか天津飯さんの姿が見えました。
多分、タイミングは、一瞬。
「まだいたのか!!逃げろと言った筈だぞ18号!」
「もういいじゃないか、やっつけちまったんだから」
激しい格闘戦の末、地面に深くめり込んだセルに向けてエネルギー砲を撃ち込んだ16号さんが18号さんに言うと、実に美しい微笑みを浮かべて18号さんが答えました。
17号さんと18号さんって双子の姉弟って話でしたけど、17号さんが成人体型からは程遠いせいか、絶対18号さんの方が大人っぽく見えますよね。
いやそんな事今はどうでもいいんですが。
「倒してはいない!!!
ダメージは負った筈だが、今の攻撃ぐらいで死ぬような相手ではないぞ!!
17号!今のうちだ、おまえも逃げるんだ!」
「冗談じゃない!痛い目にあわされてたんだ。
ひと泡ふかさずに逃げてたまるか!
ダメージを負ってるんだろ?
このオレの手でとどめを刺してやる!
出てきやがれ!」
…はい、出てきてますよ。
『わたしセル、いまアナタの後ろにいるの』
ってやつです。
セルは17号さんが背にした穴から、彼の背後に忍び寄ろうとしています…が。
これです、この瞬間を待っていました!
「17号後ろだ───っ!!!セルが…!!!」
天津飯さんが気付いて叫ぶ前にアタシは駆け出すと、セルの尻尾にしがみつきました。
「望み通り出てきてやっ……っ!!?」
セルが17号さんに向けてその尻尾を振るいますが、瞬時にかかったアタシの重みの分だけスピードが落ちて、間一髪で17号さんがその場から飛び退きます。
やった!
そう思ったと同時に、アタシはそのまま地面に叩きつけられ、全身に衝撃と激痛が走りました。
ぐあっ…これ絶対肋骨2本くらい折れましたよ。
痛い。すごく痛い。
「貴様…ジャマをしおって!」
セルはアタシを睨み付けると、更に激しく尻尾を振り回して、アタシを振り落とそうとしますが、アタシは渾身の力で更にしがみつきます。
「マリンやめろ!殺されるぞ!!」
とかなんとか、天津飯さんっぽい声が聞こえるけど知りません。
多分アタシの名前呼んでるから天津飯さんだとは思いますけど、耳で聞いただけだと16号さんと区別がつかないです。
そんな事より今ここで時間を稼いで、16号さんが17号さんと18号さんを連れて逃げてくれれば。
原作でセルが完全体になったのは、まず17号さんを吸収した事でパワーアップして、それがベジータの興味を引いてしまい、アイツがその手助けをしたって事…だった筈です。あの野郎。
そのパワーアップの過程さえなければ、この形態のまま、うまくすればベジータが倒して終わりかもしれませんし、そうならなくても悟空さんが戦う段階で、もう少し楽な展開に持っていけるに違いありません。
ううんそれより何より。
アタシには戦う力がない。それはわかってる。
でもセルの思い通りになんて絶対にさせたくない!
「完全体になんか…させない…!!!!」
セルが完全体になれば、セルゲームを開催して、戦士たちが修行に入り、孫悟飯さんが戦う事になる。
悟飯さんはその潜在能力を解放してセルを圧倒するも、心が力を制御できなくなり、その結果セルを追い詰める。
そして悟空さんは命を落とし、ナメック星のドラゴンボールなどで生き返るチャンスがあったにもかかわらず、彼は生きる事を諦めてしまう。
そんな未来なんかいらない。
例えアタシが死んだって、悟空さんのいない世界になんかさせない。
『母さんに、すまねえって言っといてくれ』
ねえ悟空さん。
そんな気持ちがあるのなら、もう少しチチさんの気持ち考えてあげてくださいよ。
あの人は、地球の未来より、悟飯さんのお勉強の方が大事って言い切れる人なんですよ。
世界の平和とアナタの二択迫られたら、迷わずアナタ選ぶに決まってるじゃないですか。
アタシだってそうですよ。
世界なんかよりアナタの方が、ずっとずっと大事です。
いや、アタシのことなんて、この際どうでもいいんだけど。
「いい加減にしろ!
このうっとおしいゴミがぁ───っ!!!」
苛立ったセルが、アタシごと尻尾を何度も地面に叩きつけます。
ゴミで悪かったなこの野郎。
お前に言われなくたってわかってる。
だけどそのゴミにだって、守りたいものはあるんだから!
痛い、痛い、痛い。
なんか身体がバラバラになるみたいです。
でも悟空さんはこれまでの戦いで、もっと痛い、苦しい思いをしてきた筈です。
悟空さんだけじゃない。
悟飯さんも、クリリンさんも、ヤムチャさんも、天津飯さんや餃子さんも、ピッコロさんも、ミランクスさんも、それにあのベジータだって。
そう思うとなんだか嬉しいです。
モブのアタシでも、アナタの『仲間』になれたみたいで。
閉じていた目をふと開くと、少し遠くで17号さんが呆然とした表情でこっちを見ています…って!
アナタまだ逃げてなかったんですか!?
いいからさっさと逃げ…っ!!?
「しまっ………!!!!」
一瞬そちらに注意が向いた事で力が緩んだのか、いつのまにか流していた血で手が滑ったのか、どっちなのかわからないけど、とにかくアタシ、セルの尻尾から弾き飛ばされ、次の瞬間宙を舞っていました。
「……逃げて…………っ!!!!!」
叫んだアタシの声は、実際には声になっていなかったんでしょう。
岩山に叩きつけられると思った瞬間、何かがアタシを受け止め…それが先程から散々逃げろと忠告されていたにもかかわらずその場にとどまっていた、黒髪の少年の腕だと気付いたその瞬間、
アタシと、
17号さん、
2人まとめて、
セルに、
飲み込まれていました。
この後メチャクチャ原作通りに展開した(爆)