ソードアート・オンライン一紅き魔剣士と冥界の女神一 作:ソル@社畜やってます
・和人&珪子
・明日奈&詩乃&琴音
・利久&ひより
・里香&直葉
-SAO帰還者学校 体育館-
「っらあ!」
掛け声を発しながら両足で踏み込むと、ガシャアン!という音と共に桐ヶ谷利久はバスケのゴールリングにダンクシュートを決めてぶら下がり、数秒経ったところで満足そうな表情で床に降りた。
現在体育の授業では男女共にバスケットボールが行われており、二クラス毎の合同授業では事前の授業内で決めた同じチームによるミニゲームが行われている。利久の平均より少し上という身長からは想像もつかない豪快なダンクシュートにチームメイトだけでなく対戦相手も興奮し、試合待ちの男女は全員ザワついている。女子に関しては明らかに男子よりもザワつきが大きい。
そもそもが、だ。桐ヶ谷和人という前例がいて桐ヶ谷利久という人間がモテないわけがない。顔立ちは整っており文武両道で体つきは筋肉がついて引き締まっている。生活面でも家事を一通りこなせる上に、料理に関しては下手なチェーン店など軽く越える腕前。おまけに家がそれなりの名家、とこれだけの要素があってむしろモテないわけがないのだが。
それでも前例もとい和人と利久に告白してはいけない、というより告白してもド派手に自爆するだけだから止めておけ、という暗黙の了解があるから二人は学校内でそれらしいイベントが起こったことがないが。理由は言わずもがな、現実では彼女でありSAO時代は妻だった明日奈、詩乃の存在である。両者共に並大抵の女子力では太刀打ちできないスペックを持っている上に美少女の名に恥じないルックスまでも合わせます持っている。なにより和人と利久が学校内であるにも関わらず、それはもうブラックコーヒーがマックスコーヒーになったり、辛口のカレーが甘口になったりるレベルで盛大にイチャイチャしているため、二人に好意を寄せている他の女子生徒らは遠くから見ることしかできないのだと悟った。
「よし、集合!」
ミニゲーム終了の合図が鳴って体育教師が号令を掛けた場所へと生徒は集まり、座ってから教師の話を聞く。
「来月から体育会系の授業はプールになる。男子は来週のこの時間に全員でプール掃除をするから集合はジャージを着てプール前だ、いいな?」
男子生徒が全員了承の返事をすると、教師がチャイムよりも一足早く授業終了の声を響かせて、生徒は更衣室へと向かう。
男子は早速プール談義に華を咲かせており、女子の中にはそれを見て嫌そうな顔をする生徒がちらほらいる。
「プールかぁ。絶対男子が嫌らしい目で見てくるよね。特に明日奈なんかすごい見られそう」
「それは、あまり嬉しくはないかな…」
水筒に入れておいたスポーツドリンクを一気飲みした琴音と、その言葉を聞いて苦笑いしながら明日奈が言うと、隣にいる詩乃が笑みを浮かべる。
「大丈夫よ明日奈。いざとなったら利久がいるから」
「詩乃が最優先だけどな」
タオルで顔や首の汗を拭いながらそう言う利久に、明日奈と琴音は揃って「相変わらずだね~」と微笑ましく言う。
SAOでの初心(うぶ)だった頃からすっかり変わって、人前でもなんの躊躇もなく詩乃への果てなき愛情をさらけ出すようになった利久。当時からよく知っている二人からすれば、よくぞここまで成長したものだなぁ、と少し感慨深い気持ちになる。
更衣室で着替えを終えた四人はそれぞれの教室にある個人用ロッカーから弁当ないし登校途中に購入したパンを引っさげ、いつものメンバーが集うカフェテリアのテーブル席へとやってきた。
既に里香、和人、珪子も揃っている中、たった一人…直葉だけがその場で負のオーラを漂わせながらテーブルに突っ伏していた。
「直葉?どうしたの?」
気になって仕方がない四人を代表して琴音が聞くと、直葉はゆっくりと顔を上げてから何かに絶望したかのような暗い表情で言った。
「体育の授業…プールになるので…」
「…え?それで?どうしたの?」
「…」
頑なに口を開こうとしない直葉に、特に一緒に暮らしている利久と詩乃が不思議そうにしていると、和人が「はぁー」とため息を吐きながら利久に言った。
「利久。わからないのか?」
「うん、まったくわからん」
「本当にか?」
「本当にわからん」
「…小さい頃。庭の池。これでもわからないか?」
手を顎に添えて和人の言った二つの単語から子供の頃の記憶を利久は必死に遡ると、やがて思い当たる事柄を思い出した利久は今度は「嘘だろ?」と言わんばかりの顔をした。
「え、直葉。まさかまだ…?」
「…うわあああん!そうだよ~!まだ無理なんだよ利久兄ぃ~!!」
とうとう本格的に泣き出した直葉に驚愕する女性陣を代表して、詩乃が「ねえ、どういうことなの?」と聞くと、和人と利久が同時に言った。
「「スグ(直葉)はな、泳げないんだよ」」
その言葉を聞いて女性陣は数秒沈黙したかとお申し付けと、直後に揃って「えええええぇぇぇ!!?」と驚愕の声を上げた。
直葉は明日奈ら女性陣の中で文句なしに一番運動神経が良く、実際中学時代は全中ベスト8にまで登り詰めていたほどだ。帰還者学校での体育の授業でも女子生徒の中では常にトップの成績を突っ走っていて運動に関しては文字通り何でも出来る、というのが女性陣の思っている直葉の姿だけに、まさか泳げないなどとは夢にも思っていなかった。
「あれだけ運動できるのに泳げないの!?」
「まだ小さかった頃、庭の池に落ちて溺れたのがトラウマになってるみたいでな…」
「嘘でしょ…そんなに立派な物がついてるのに!?水に浮くはずなのに!?」
「「里香、私(俺)の妹をバカにしてるようなら殴るわよ(ぞ)?」」
「ごめんなさいだから二人ともその握り拳やめてください!!」
「なんで里香さんっていつも自殺行為するんですか…?」
「でも意外だなぁ。直葉ちゃん泳げなかったんだ」
「でも、よくよく思い出したらALOで水が関係するクエストをやってるの見たことなかったね」
「SAOでも見たこと…なかったね」
冷静に分析する明日奈と琴音のそばで、ようやく落ち着いた直葉が和人と利久を見ながら鼻を軽く啜ってから言った。
「お兄ちゃん達、どうしよう…」
「どうしよう、つったってなぁ」
「まあ…今からじゃ時間が限定されてるし、要練習としか言えないよな」
「うぅ…詩乃さん…」
「直葉。辛いでしょうけど泳げるように練習しましょ?私たちも協力するから」
さり気なく和人と利久も強制的巻き込みながら、いい意味で年齢からは想像できない母性オーラを纏って言う詩乃に、直葉は黙って頷いた。
~数日後~
ユイとストレアに協力してもらい、近場でかつそこそこ大きめのプールが利用できる施設を調べてもらった和人と利久が相談し、都内の区が運営している体育館へとやってきた。
ひよりは風邪でダウンしてしまっているため来られなかったが、他の女性陣は数日前の直葉が泳げないという事実が露見した日に、詩乃が満面の笑みで「もちろん皆も手伝ってくれるわよね?ちなみに答えは聞いてないわ」と有無を言わさずに手伝うことを約束させられたため、全員来ている。
一足早く水着に着替え終えた和人と利久は他の利用者の迷惑にならないように準備運動を始めた。和人は黒色の、利久は紺色の無地のトランクスタイプの水着をそれぞれ着用している。
「おっ待たせ~!」
準備運動を終えて水温に慣れるためにプールに両足を入れていたところに、里香を筆頭に女性陣が着替えを終えてやってきた。里香は赤色を基調にしたワンピースタイプの水着を着用。他の女性陣は明日奈は赤と白のストライプ模様入った、珪子は赤と黄色のフリル付き、詩乃は黒地に白の水玉模様が入った、琴音はSAOの時のような青を基調に南国風の模様が入った、それぞれのビキニを着用している。
そして直葉はと言うと、オシャレを度外視した実用性重視で一人だけスクール水着を着用していた。ただしそれでも持ち前のスタイルが全面に出ており、珪子が早くも嫉妬の目で見ている。
女性陣もしっかりと準備運動をした上で、和人と利久も交えて《直葉のカナヅチ克服大作戦(里香命名)》の話し合いが行われることになった。
「まずは現状確認ね。直葉、どのくらいまでならできるの?」
今回の発端ともいうべき詩乃が聞くと、直葉は小さい声で答えた。
「…潜れません」
その答えを聞いた瞬間、直葉以外の全員同時にため息をついた。泳げないとはいえせめて潜るくらいは大丈夫かと思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
「…えっと、じゃあ潜るところから…利久お願い。泳ぎの方は私たちが担当するから」
「ん、わかった」
利久は直葉を連れてそのままプールへと入ると、向かいあって手を繋ぎながら言った。おそらくは恐怖心があるから潜ることすらできないのだろうと考えた利久は、手を繋いで安心感を与えながら練習をすることにした。
「とりあえず、このまま潜ってみるぞ」
「う、うん…」
「じゃあ行くぞ。せーの」
何の抵抗もなく水中に潜った利久に対して、直葉は大きく息を吸ってから強く目を閉じながら潜った。
利久はそのまましばらく水中の直葉の様子を見て、少しずつ一人でも大丈夫なようにするため左手を離した。すると離した瞬間に直葉が利久に抱きつくように接近してきたのを見て、利久はすぐさま一緒に水上へ上がった。
「ここまで駄目なのか…まだ片手を離しただけだぞ?」
「怖いのは怖いんだよぉ!」
「あー…どうするかなぁ…」
こんな状態では潜れるようになるのだけで日が暮れそうだと思った利久は、ALOでの魔王さながらに威圧感とドS力を増して言った。
「直葉。もし今から30分以内に潜れるようにならなかったら…お前の部屋のぬいぐるみ全部燃やす」
「え、ええぇ!?」
目には目を。歯には歯を。恐怖心には恐怖心を。それが利久の考えた作戦だった。恐怖心があるならそれを上回る恐怖心で上書きして、さらにそこに時間制限もつけることで時間を短縮しつつ克服させるのが狙いだ。
そしてそれは上手くいった。最初こそ利久が片手を離した状態でも駄目だったが、両手を離しても1~2分は潜っていられるようになった。正直なことを言ってしまえばたかが1~2分潜れるようになった程度では満足できないのが利久の本音だが、何事もなく潜れるようになっただけ進歩したことを喜んでも文句は言われないだろう。
まだ潜りを克服しただけなのに、激しい運動したかのような疲れきっているような表情をしている直葉に、無情にも次の琴音がプールサイドから声をかける。
「直葉ー。次は私とばた足の練習ね」
「立て続けにですかぁ…」
休む暇も与えてくれない講師陣に直葉は明らかに怒った表情をしながらプールに口元を沈めてブクブクブクと気泡を立てた。そんな姿を見た琴音と利久はそれぞれ「全部やりきったら後でコンビニで好きな物奢ってあげる」と食べ物で釣ることで直葉の機嫌を直した。
プールから上がった利久は残りのメンバーがいるであろう直葉が練習しているのとは別のプールに行くとそこには…
「お返しだ和人ー!」
「ちょ、やめ。おい里香明らかに俺だけ狙ってるだろ!?」
「きゃっ!こんの~、やったわね詩乃のん!」
「射撃で私に勝とうだなんて十年早いわよ明日…わぷっ!だ、誰!?」
「ふふ~ん。油断大敵ですよ?詩乃さん」
無料で貸し出されている水鉄砲で盛大に遊んでいる全員の姿があった。人が苦労してるのに何を遊んでいるんだ!と思った利久は、今回の発案者たる詩乃に近づく。
「詩~乃~?なんでそんな楽しそうに遊んでいるのかな~?」
両手で柔らかい頬を思いっきり引っ張りながら魔王系スマイルでそう言う利久に、詩乃は物凄く焦った。
「ひ、ひふ!?ひあふほ!ほへははひふふはっはははへへ…(り、利久!?違うの!これは退屈だっただけで…)」
「その割には、随分と楽しそうに見えたけどな~?」
「へいふはひはい!ひはいはらほれはへへ!(ていうか痛い!痛いからこれ止めて!)」
「な~に~?聞こえんなぁ~?」
涙目になりつつある詩乃の頬を構わず引っ張り続けている利久を、和人が慌てて止めに入る。
「おい利久、さすがに止めてやれよ。可哀想だろ」
「む…わかった」
利久が手を離すと、詩乃は痛い頬をさすりながら明日奈に引っ付いた。
「明日奈ぁ~利久が私をいじめる~!」
「もう、利久くん。詩乃のんをいじめちゃダメでしょ?」
「そうよ!大体彼女をいじめるとか男として最低よ!」
思いっきり便乗する里香の言葉に、絶えず魔王スマイルを続けている利久が、目を細めて腕を組みながら言った。
「ふ~ん?人が苦労してるのも知らずに楽しそうに遊んでいらっしゃったのは、一体どこのどなた達でしたっけ?」
「ごめんなさい私達です…」
「遊んでてすいませんでした…」
「暇を持て余していたんです、許してください魔王様…」
リアルファイトに発展すると誰も敵わない利久の魔王スマイルに、たちまち女性陣は頭を下げて謝った。
「別に遊ぶなとは言わないけどさ、こっちの苦労もわかれよ」
「待って、直葉のカナヅチってそんなに酷いの?」
「30分前まで水中に潜ることすらまともに出来なかったぞ」
「うわぁ…」
「それはひどい」
「大丈夫なの?それだけ聞くと泳げるようになるビジョンが見えしないけど」
「んー…」
利久は直葉が練習しているプールが見える位置まで進んで様子を見た。直葉は琴音に両手を繋いでもらいながらばた足で進む練習をしており、未だにまともに泳げていないのだと利久は察した。
和人達のいるプールへと戻ると、プールサイドに座って両足をプールに入れながら言った。
「まあ、多分なんとかなる…と思う」
「なんか不安しかないぞ。本当に大丈夫なのか?」
「直葉のポテンシャルを信じよう」
「そもそもあんなに脂肪の塊があるんだから普通浮いて泳ぎやすいと思わない?」
「なんで里香って直葉ちゃんの胸のことばかり着目してるの…?」
明日奈の言葉に里香は大きな声で言った。
「ほぼ同い年なのにあんなに飛び抜けて胸が大きいとかおかしいでしょ!」
「聞いた私がバカだった…!」
「里香?それはむしろ私が言いたい台詞なんだけど?」
「詩乃さんだって順調に育ってきてるじゃないですか!私、仲間だと思ってたのに!」
怒っている珪子の言葉に、里香が面白がってすかさず援護射撃を送る。
「そうよ詩乃。直葉から聞いたけど、利久と二人っきりのときに熱々で濃厚な(ピーー)してるくせに!誰よりも先に卒業してるくせに!!」
「え、詩乃お前まさか休日の昼間に…?」
「詩乃のんそんなにやってるの…?」
里香の言葉に和人と明日奈がドン引きするのを見て、詩乃は焦って言う。
「ちょ、そんなにいつもはやってないわよ!利久もなんとか言って!」
「そうだ、そんなに頻繁にやってるわけないだろ。一番最近やったのは二週間も前のことだぞ」
「それってつい最近のことじゃないですか!」
利久の言葉にたまらず珪子がツッコミを入れる。学生の身であるにも関わらずそういう行為をしている時点でどうかと普通なら思うが、利久と詩乃に関してはこれが平常運転である。件のことは全員知っているし、詩乃の溢れ出る愛が凄まじいことも周知の事実だ。
「ねえ、あまり大声でそういう話しない方がいいよ?」
後方からした声に全員が一斉に振り向くと、ビート板を持ちながら琴音が呆れたような表情でそこに立っていた。琴音はビート板を明日奈に手渡して「次、お願いね」と言って腰をかける。
明日奈は「じゃあ行ってくるね」と主に和人々に向けて手を振ってからその場をあとにした。
「そんじゃ、夜の事情のこと詳しく聞かせてね。詩乃♪」
琴音が笑顔で言うのを聞いて、詩乃は逃げたいと思いながら逃げられないのを感じとった。
その後は明日奈に続いて里香→詩乃&珪子→和人と続いて直葉の水泳特訓をアシストした。既に終えたないし待機していたメンバーは変わらずにあれやこれや話をしたり、水不足鉄砲で遊んだりして楽しんでいた。
最終的に直葉が25mを泳げるようになったところで特訓は終了。おまけで利久が全四種類の泳ぎで競争して直葉を圧倒したのには、他のメンバー全員が思わず苦笑いを浮かべていた。そして最後には直葉も加わっての水鉄砲による射撃合戦が繰り広げられた。
帰宅直前に直葉が「利久兄に負けたくないからまた特訓に付き合って!」と言い、後日に改めてひよりも加わっての水泳の特訓が行われることになったが、それはまた別の話。
泳げないのって結構辛いですよね。
俺も海で死にかけたトラウマがあって泳ぐどころか海に入ることすらできない(プールならギリOK)んですけど、遠くから楽しそうに泳いでいる姿を一人で見ている時の寂しさときたら…
あの出来事は絶対に許さねえドン・サウザンドォォォ!!