魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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最高評価及び高評価ありがとうございます。
東方とは全くかけ離れたSF展開が続いていますが、好反応が続いていて、とてもうれしく思います。


第94話 ボイジャー1号

「ふ~ん」

 

 金色のレコードだからゴールデンレコード。なんか安直で捻りのない名前だな。

 

「レコードというからにはなにか音楽が入ってるんだろ? どんな内容なんだ?」

「太陽系の情報や地球の風景を捉えた写真、波・風・雷・鳥・鯨などの自然音、地球上に存在した55の言語での挨拶、世界各地の古典・民族音楽が収録されています」

「纏めると、人類の生物的構造や文化・文明について記録されたレコードね」

「……なんか先の展開が読めてきたぞ。つまりそのレコード盤を銀河帝国の宇宙船が拾ったせいで地球を見つけてしまったから、その歴史を変えてほしいってことか?」

「結論から言ってしまえばそうなります」

「なるほど」

 

 1977年にはまだ私は生まれてないし、ましてや外の世界の出来事ともなると……。うん、反応に困るし何とも言えないな。

 

「でもそれだとおかしくない? 前の歴史では西暦300X年まで地球は残ってたんだぞ? 1977年に発射された人工衛星が原因なんだとしたら、なんで地球は侵略されなかったんだよ?」

「……妹紅さんが仰る前の歴史について、記憶が残ってないので分かりかねますが、その理由についての推測は出来ます。ですがまだ話の途中なので、まずは私達が調べた話を聞いてもらえますか」

「そ、そうだね。話を逸らしてごめんよ。続けて」

 

 そして依姫は、話を仕切り直すように咳ばらいをした後、再び語り始めた。

 

「西暦2055年2月9日、太陽系を脱出し、星間空間を漂っていたボイジャー1号を銀河帝国の巡洋艦が偶然見つけました。幸いにも単純な電子媒体だった為に、レコードの解析にはさほど苦労はしなかったようです」

 

 私の脳内では蓄音機から音符が飛び出すようなイメージが生まれていた。

 

「そして地球の情報を入手した銀河帝国は、首都惑星ロレンから、常にリアルタイムで状況を把握し、なおかつ砂浜の砂粒一つ一つまでくっきりと拡大できる特殊な観測装置を用いて惑星観察に入りました」

 

 太陽の光が地球に届くのにおよそ8分程度かかるという話を聞いたことがある。9000万光年離れた星から望遠鏡で地球を覗いてみても、レンズには9000万年前の地球の姿しか映らないし、その逆も同じ。恐らくその特殊な観測装置とは、光の速さを超える何かによって〝今″を見ることが出来る装置なのだろう。

 

「しかし当時の地球はワープどころか、光速飛行すら確立できていなかった為に、〝未熟で原始的な惑星″という評価でした。銀河帝国は文明の発展具合によって優劣を付けていまして、当時の地球のような文明は宇宙全体で見るとごくごく普通のありふれた存在なので、本来なら接触する価値も、監視する労力すら必要のないものでした」

 

 科学の発展のせいで妖怪達は幻想郷に引きこもる事になったのに、異星人から見ると未熟で原始的な惑星という扱いとは。つくづくスケールが違うな。

 

「ですが彼らにとって長年に渡って探し求めた惑星です。銀河帝国はステルス機能付きの宇宙船を地球に送りこみ、特殊な装置を使って地球人に成り代わり、より詳しく地球の文化やタイムトラベラーの情報を調査していきました」

「……さらっと言ってるけど、とんでもない情報だな」

 

 地球みたいな惑星が宇宙全体で見るとありふれているのにも驚きだが、マミゾウや鵺のような変身能力を科学的に行ってしまうなんて。もはや何でもありなのか。

 

「ところが地球でも時間移動は眉唾物の扱いでした。フィクションの世界では盛り上がりをみせていましたが、現実的な研究開発を行っている研究所は殆どありませんでした。更に当時地球上に存在した世界各国のデータベースを調べたそうですが、霧雨魔理沙という人物について影も形も掴めなかったそうです」

 

 2055年は今の私は存在せず、この歴史に生を受けた〝人間の私″が幻想郷に居た筈だ。しかしどの歴史でも私は幻想郷生まれ幻想郷育ちだし、博麗大結界に覆われたこの土地を彼らが発見できなかったのも不思議ではない。

 

「この結果を受けて銀河帝国は、『まだこの時代には時間移動の研究が本格的には始まっておらず、〝霧雨魔理沙″も生まれていない』と断定しました。彼女の姓名に使われている言語、及びその読み方から『日本人女性の可能性が高い』とし、日本国に多くの人員を割き、重点的に観察するようにしたそうです」

「へぇ、外の世界ではそんなことになっていたのか」

「日本中が宇宙人だらけ……!」

 

 幻想郷で例えるなら、人里の中に妖怪が正体を隠して紛れ込んでいるようなものか? ……でもこの例えはなんか違う気がする。

 

「成り行きは分かったけど、そうやって観察することに決めたのならなんで地球は滅ぼされたの?」

「その鍵は人類の歴史にあります」

 

(なんかまた壮大な話に繋がりそうだぞ? ついていけるかな……)

 

 少しの不安を抱えながらも、彼女の話を静聴する。

 

「タイムトラベラーの捜索と共に人類史を調べた銀河帝国は、18世紀後半に起こった産業革命以降の人口爆発、及び地球文明の異常なまでの発展速度に脅威を感じていました。この成長率は宇宙全体を見渡しても類例のないものだそうで、銀河帝国が当時1500年掛けて発展させた技術を、人類は僅か200年足らずで追い抜いてしまいました」

 

(ん? どこかで聞いたことがあるフレーズだな。確か柳研究所で見たテラフォーミング計画の資料にも似たような事が書いてあったような……)

 

 内容を思い出している間にも、依姫の話は続く。

 

「そして2070年、人類が無人光速航行に成功した瞬間から銀河帝国は懸念を抱きました。『この発展速度が続き、そう遠くない未来に本格的に宇宙進出を決めてしまえば、間違いなく我々を脅かす存在になる』と。光速航法を確立してしまえば、ワープ航法に辿り着くのも時間の問題ですので」

 

(それにしても依姫は良く噛まずに難しい単語をスラスラと話せるなあ。喉が疲れたりしないのかな)

 

 赤い瞳を見ながら下らない事を考えている間にも、彼女の口から紡がれる耳触りのよい声は、風鈴の音のようにすっと入ってくる。

 

「銀河帝国は、地球人の脅威と時間移動の秘密解明を天秤にかけてギリギリまで悩み抜いた挙句、後者を断念することに決定。人類がワープ航法を確立した西暦216X年に滅ぼすことを決断し、先程の映像に繋がります。結局彼らは霧雨魔理沙についての情報は何一つ得られませんでした」

「なんか異星人の考えることはよく分からないな。話を聞く限り、別に危害を加えたわけでもなさそうなのに」

「〝出る杭は打たれる″ってことじゃない?」

「あー……」

 

 もしかしたら外の世界の人間は――人類は、宇宙で一番欲深い存在なのかもしれない。

 

「そして冒頭の妹紅さんの疑問に対する答えですが、その時の歴史では銀河帝国に地球を捜す動機がなかった筈なので、仮にボイジャー1号を拾われていたとしても、その歴史の私達が地球の発展を妨げていた為に、〝未熟で原始的な惑星″という評価のまま、見逃されていたのかもしれません」

 

『あくまで憶測でしかありませんけどね』と言うものの、割と筋が通っているようにも思える。妹紅も納得してるような表情だし。

 

「私から話すべき事は以上です。ここまでの話を纏めますと、過去を変えるターニングポイントは【アンナの口封じ】、【ボイジャー1号の破壊】なので、魔理沙にはこの二つを遂行して欲しいのです」

「ああ、任せてくれ」

 

 依姫は口封じとか物騒な事を言っているが、要はアンナの星に記録が残らなければ良いだけの話だ。39億年前に戻った時、アンナに時間移動関連の話を無闇に言いふらさないよう口止めすればいいだろう。

 彼女の性格ならば、きちんと事情を説明すれば了承してくれるだろうし、これに関しては深く考える必要はない。

 問題なのがボイジャー1号についてだ。何故〝破壊″という表現を使うのか。1977年だっけか? その年に戻って発射されないように過去を変えてはいけないのか。

 その事について質問してみると、こんな答えが返って来た。

 

 

 

 

「それは難しいでしょうね。1970年代後半は外惑星――木星、土星、天王星、海王星、冥王星のことを言います――が同じ方向に並ぶ絶好の時期なので太陽系外探査には都合が良く、当時の技術水準ではこの時期に打ち上げなければ175年先まで待たなければならなくなります。なのでいくら妨害されようとも、どれだけ莫大なお金が掛かろうとも、国の威信を掛けて人工衛星の発射にこぎつける筈です」

「……なるほど。そんな事情があったのか」

 

 175年という期間は7世代、下手すれば8世代も経っているだろうし、人間にとってはあまりにも長すぎる時間だ。目の前にぶら下がっているチャンスを逃す謂れはないだろう。

 

「ボイジャー1号は稼働停止寸前まで地上と通信を行っています。無用なバタフライエフェクトを避けるためにも、ボイジャー1号の電池が切れる2025年6月30日以降に破壊すると良いでしょう。銀河帝国に発見されるまで30年あるので、時間は充分にあります」

「ふむふむ」

「そして肝心の場所ですが……こちらをご覧ください」

 

 依姫は画面に向けてリモコンを操作し、ゴールデンレコードの写真から、星や渦巻きのような形の銀河が沢山映し出された写真へと切り替えた。

 

「これは太陽系を中心にその周辺の銀河の星々を映した星図です。ボイジャー1号の電源が落ちた地点から逆算するに、地球からおよそ248億㎞離れたこの辺りにあるはずです」

 

 星図が拡大されて、太陽系から外れた真っ暗な地点にポインターが点滅しているが、周囲には目印がないのでいまいち場所が良く分からない。

 

「何か目印みたいなものはないのか?」

「強いて言えばこの灰色の五等星が目印になるかもしれませんが、なにぶん宇宙はとても広大なので、目視で探し出すのは難しいかもしれません」

「じゃあどうすればいいんだ?」

「ボイジャー1号の電波を追跡して位置を割り出すのがベターな方法でしょう。この時代において地球から最も離れた場所にある人工物なので、きっとすぐ見つかると思います」

「……仕組みはよく分からないけど、にとりに頼めばいいかな」

「うん、任せて」

 

 正直なところ、宇宙的なことや原理的な説明をされても全然分からないので、機械に強いにとりが心強い。

 

「ねえ一つ疑問なんだけどさ、ボイジャー1号ってことは同じく2号や3号もあるんでしょ? それらは破壊しなくても良いの?」

 

 妹紅の疑問に、彼女はこう答えた。

 

「その点は問題ありません。役目を終えたボイジャー2号や、それ以外に発射された太陽系外探査の人工衛星も西暦2070年に人類によって回収される予定ですので、放置しても大丈夫です。ただボイジャー1号だけが、銀河帝国の探査網に拾われてしまい、このような結果になってしまいました」

「ふ~ん、そうなのか」

「よし、そうと決まれば早速行こうぜ! 目指すは2025年だ!」

「待って、魔理沙」

 

 そうして立ち上がりかけた私を、にとりが引き留める。

 

「今の宇宙飛行機だとこの人工衛星の場所まで行けないんだよね」

「なんでだ?」

 

 広大な宇宙空間を素早く移動するための乗り物の筈なのに、それができないとはこれいかに。

 

「だって地球から約248億㎞離れてるんでしょ? 宇宙飛行機は最大でもマッハ100しか出ないから、全速力で24時間飛ばしつづけたとしても人工衛星のある場所まで約23年掛かるんだよ」

「23年!? え、そんな遠いの?」

「計算上はね。宇宙は何があるか分からないし、実際はもっとかかるかも。それに宇宙飛行機が経年劣化するかもしれないし、この期間をずっと飛び続けるのは現実的じゃないよ」

 

 私の質問に彼女は困り顔で答えていた。この部屋にいる面々は寿命なんてあってないような存在ばかりだが、いくらなんでも片道23年の旅は長すぎる。タイムジャンプでは移動時間の解消は無理だし。

 

「だから、月の都から協力して欲しいんだよね。出来れば技術協力とか……」

 

 物欲しそうな目で依姫と豊姫の二人を見つめるにとりに、依姫はこう答えた。

 

「それでしたら私共の方で恒星間航行に対応した宇宙船と乗組員を用意しましょう。地球が無くなってしまった今、こちらとしても最大限の協力をするつもりです」

 

 渡りに船というべきか、そんな申し出をしてくれたが私は一つ条件を付ける。

 

「それは有難いんだけどさ、出来ればにとりの宇宙飛行機を光の速さで飛べるように改良してくれないか?」

「別に構いませんが……理由を聞いてもよろしいですか?」

「あまり時間移動に大勢の人を連れて行きたくないんだよ。歴史が変わった時どんなことが起こるか分からないし、出来れば私のコントロールできる範囲内で済ませたい」

「なるほど、確かにそうですね。ではこれから宇宙飛行機のグレードアップに取り掛かる事にしましょう。にとりさんにも手伝ってもらうことになりますが、それでも宜しいですか?」

「もちろんオッケー!」

 

 にとりは目を輝かせて喜んでいた。

 前から超光速航行で飛ぶのが夢だと話してたし、意欲は非常に高いだろう。依姫と共に退室していった彼女を見て、そう思う私だった。




【お詫び】91話タイトル『歴史の終焉 閉ざされた未来』にて、人類がワープ航法を開発したのは『2116年』と表記してましたが、『216X年』に訂正いたします。
過去に投稿した話を一部変更になってしまい、まことに申し訳ありません。



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